
円高が再び進行しています。民主党代表選挙直後に取られた日本政府・日銀による為替介入は市場の予想外であったこともあり、一時的に85円台に急速に戻りましたが、今は再び83円台となり、円高傾向が進んでいます。そして、更なる円高は輸出依存度の高い日本の企業にとって海外市場での売り上げ減少や採算悪化に繋がりますし、加えて、日本企業の海外移転の加速化が日本国内のデフレ化と失業の高率化という悪影響をもたらしえいます。それでは、何故円高に戻ってしまうのでしょうか。その背景には、1960年代後半から始まった日米貿易摩擦とドルを国際通貨とする国際金融の問題が絡んでいます。私も日本の政府系銀行の駐在員として米国でのビジネス生活を始めた1976年4月以降今日まで、これらの問題に深く関係してきましたので、改めて現在の円高問題を振り返って見たいと思います。
1973年2月以前までは米国や日本などIMFの主要なメンバー国は固定相場制を採用しており、為替水準は唯一の国際通貨ドルを保有する米国との間の経常収支、特に貿易収支の差が大きな決定要因でした。しかし、米国の貿易収支の恒常的な赤字問題から、米国にとって固定相場制を維持することができなくなり、1973年2月に変動相場制となりました。更に、米国の貿易収支改善のためのドル安誘導に先進主要国が合意した1985年9月のプラザ会議以降は、より完全な変動相場制の導入と同時に、金融市場の自由化も急速に進みました。この結果、米国と相手国との金融政策の違い、特に金利差も為替水準に影響を与えるために、為替取引が余剰運用資金を扱う投資家達の強い関心を呼ぶことになり、今日では金融政策も短期の為替相場の変動要因となりました。
現在の日本は1985年9月以降、1ドル240円から今の85円近くまで3倍近い円高になったにもかかわらず、依然米国との間で大きな貿易黒字を続け、しかも先進主要国では最低の金利水準といわれる超低金利政策を長期に実施しているため、容易に円安に向かう状況にはなっていません。一方、米国は、2008年9月のリーマンショック後の経済不況を克服すべく金融緩和策を実施してきていますが、持続する経済低迷を改善するためには更なる金融緩和策を実行できる余地があり、これが米国の対日貿易の大幅赤字と並んで、投資家にとって今後も円高予想の判断に結ぶつくことになります。
米国経済の低迷が日米間の為替水準の動きに大きな影響を与えているのであれば、今の状態は円高ではなく、ドル安ではないかとの指摘があります。確かに、短期で見れば、実態は米国経済の不振によるドル安であると思います。しかし、国際貿易や金融の世界ではドルだけが国際通貨として認められているため、ドルを中心に価値基準の判断が行なわれることになります。このため、米国との間の貿易収支で恒常的に大幅な黒字構造を続けている日本や中国は、自国通貨の価値が米国のドルに比べ、不当に低いため、大きな黒字を達成しているという論理が一般的になってしまいます。
本来、国際通貨はドルのように一国の通貨ではなく、主要貿易国が信頼できる通貨として合意できる通貨であることが望ましいのですが、IMFを設立した1944年7月のブレトンウッズ体制では、金に加え、ドルを国際通貨としました。それは当時の米国の圧倒的な経済力からすれば、ドルを国際通貨としても位置づけることに問題ないということであったと思います。しかし、その後、ドイツや日本の復興や発展と米国の経済力の低下がドルの信用不安となって現れ、1971年8月の金とドルの兌換停止、1973年2月の変動相場制移行、1985年9月のドル安誘導のための全面的変動相場制実行へと進んできました。
そして、こうした展開を踏まえて現時点に至って判明したことは、為替相場の変動により米国の貿易赤字の改善を通じて、国際通貨であるドルの価値安定を図るという試みは、日米間を取っても、両国の経済構造の違いから(生産・輸出に傾斜した日本に対して、消費・輸入に依存した米国)、限界があるということだと思います。加えて、日本の企業が労賃の安価な中国などの発展途上国に一部の生産体制を移動させた海外投資が日本の輸出依存型経済構造を維持・拡大させることに繋がりました。1985年から2010年までに、ドルに対する円の価値が3倍になったということは、日米間では従来のままの輸出量や輸入量を続ければ貿易額の不均衡は6倍に拡大します。また、円の価値が3倍ということは従来の輸出額を達成するには3分の1の輸出量で済むし、逆に輸入は3倍の輸入量を確保しなければ従来の輸入額に達しないことになります。こうした点で、為替による日米間の貿易不均衡の解消は決して容易ではありません。むしろ、問題は経済力が低下した米国のドルを国際通貨の中心にしていることにありますが、新たな国際通貨を追加あるいは創設することの困難さから、暫くはドルを国際通貨として維持していかざるを得ないのが実情です。このことを受け入れる限り、国際通貨であるドルの維持のためには通貨面だけでなく、通商面における米国と対米黒字国(日本や中国)の協力が従来以上に必要になっています。
これは、現在、経済が好調なドイツと韓国が対米貿易収支の均衡化に努め、自国の通貨価値が適切な水準以上に上昇しないように努めていることに現れていると思います。 米国市場で、ここ数年、韓国製の電気製品だけでなく自動車の売り上げが増加、日本製品のシェアが下がってきていることも、こうした韓国の対米通商政策に基づいた通貨の適正化によることが大きいと見られます。
こうした点からすれば、日本はドルの価値維持のために、日米間の貿易収支(及び経常収支)の不均衡是正に自ら積極的に協力していく姿勢を示すことが求められていると思います。日本の場合、GDPベースで世界第2位の大国ですが(今年は中国が第2位になる可能性があり)、それは生産(貯蓄)・輸出に偏重した大国であり、消費・輸入という世界の需要創出面で世界第2位の国の責任を果たしているわけではありません。そして、国際通貨ドルを保有する米国との間で大きな貿易不均衡を続けていることが、日本が際限のない円高に追い込まれていく最大の理由となっています。日本にとって必要なのは、輸出依存型の経済から、輸出と内需の均衡型経済に転換することであり、規制緩和や市場開放を通じて、米国の優れた製品(通信や最先端医療技術製品)やサービス(インターネット関連サービス)の輸入拡大を通じて、輸出入のバランスを図るべきであると思います。特に、米国向け輸出が大きな日本企業については、政府の指導や助言の下に、自らも米国からの輸入拡大を図り、円高にブレーキを駆けていく姿勢が求められていると思います。また、日本の米国からの製品輸入は米国での雇用増加にも繋がり、日本が従来実施してきた余剰外貨の運用である米国債の購入に比べ、景気回復が緊要な米国にとっても、より適切なものだと思います。
日本側の米国からの輸入額が大きく増加し、日米間の貿易収支の均衡化が進み、もし円の価値が適正な水準まで下げれば、ドイツや韓国と同じように、日本国内での企業活動も活発となり、成長のみならず、雇用や税収の増加といった面でも、国内経済に望ましい効果が出てくるように思います。