Tuesday, December 7, 2010

欧州危機と米国への影響(欧州連合の理想と現実)













過去20年間のグローバル化の進展および2008年に生じた米国のサブプライムローンによる金融危機の後遺症は日米欧の先進国経済の停滞と同時に、アジアを中心とする発展途上国の急速な経済発展をもたらしています。日米欧の中では、慢性的なデフレ不況に悩む日本を除けば、今年に入り、過剰債務問題に直面する欧州諸国の不振が目立っています。4月末のギリシャの公的債務累積問題に続き、11月末にアイルランドの多額の銀行債務と政府保証の問題が発生、欧州連合とIMFなどから総額850億ユーロの緊急融資が早急に決定されました。しかし、今年5月に1100億ユーロの緊急融資が決められたギリシャについては返済期限の延長が検討され、さらにポルトガルやスペインでも過剰債務による資金調達問題が大きな懸念となっています。27カ国の加盟メンバーを合計すれば、2009年のベースで全世界のGDPの約28%、米国のGDPを約15%上回る規模を持つ欧州連合が破綻することになれば、その影響は計り知れません。この点、今回は欧州危機の原因と今後の見通し、さらに米国市場への影響について焦点を当ててみたいと思います。

当初、ドイツやフランスなど6カ国で進められていた欧州共同体が、飛躍的に拡大したのは2004年5月1日の旧社会主義国の10カ国の加盟によるものでした。同じ年の10月28日には欧州憲法条約が調印され、ユーロという統一通貨を前提にした国家を超える共同体組織構造が用意されました。しかし、政治や経済面で超国家的な性格を持つ欧州憲法条約に対しては、当初のメンバー国であったフランスやオランダなどの国民から、国家主権の侵害という欧州懐疑主義が強まりました。その結果、そうした超国家的な性格を排除したリスボン条約が2007年12月に調印され、2年後の2009年12月1日に発効、欧州連合が誕生しました。言い換えれば、政治や経済の一体化という統合の理念からは超国家的な組織が望ましいものの、全体の規模を拡大するためには加盟メンバーの国家主権を容認せざるを得ないという現実との妥協の中で、欧州連合はスタートすることになりました。

そして、このことが今年4月から5月のギリシャ支援に際して、緊急支援の最大供与国であるドイツなどにおいて、ドイツの国民が放漫財政で生産性が低い国への援助負担に批判を強めた理由でもありました。今回もアイルランドへの支援についてもフランスなどからアイルランド政府が企業誘致のために行なってきた低い法人税(12.5%)への批判が強く見られました。27カ国メンバーの中で、16カ国が統一通貨であるユーロを採用しながら、欧州連合としての共通な経済政策はなく、各国独自の政策を実行しながら、債務不履行などの深刻な経済問題が発生した時に、当面の危機を回避するために欧州連合内部で緊急融資の方法や条件を決定したというのが今回の状況でした。

一方、2008年秋に債務不履行問題に直面したアイスランドの場合、欧州連合の加盟メンバー国でなかったため、最初はロシア、次にIMFから支援を受けましたが、改善のための方策は伝統的な通貨価値の下落であり、その結果、必然的に財政・金融における緊縮政策を実行せざるを得なくなりました。このことに関連して、欧州連合の緊急融資条件である受入国の財政支出削減策の方が市場原則による通貨価値の下落より、国民の負担が大きいのではないかとハーバード大のFeldstein教授が指摘しているのは興味深いことです。

欧州連合のメンバー国が統一通貨ユーロの価値を各国とも維持しようとすれば、メンバー国間の労働の移動、それによる賃金水準の柔軟性、そして税収の再配分といった米国の連邦制のような政治組織まで行くことが必要となります。米国の場合、州政府の財政赤字が拡大し、州民の税負担の増加や社会福祉サービスの低下があれば、州民は税負担が少なく、社会福祉サービスがよい他の州に自由に移ることができますし、加えて連邦政府による税収の再配分機能により、財政赤字に陥った州への支援も可能となっています。しかし、現在の欧州連合のメンバー国には、統一通貨ユーロの価値維持のための共通政策はなく、モノやカネの移動は自由であっても、ヒトの移動は国家主権によって制限されています。

こうした不完全な統合組織でありながら、欧州連合が存続できるのは、加盟メンバー国の中で、元々経済力があるドイツなどが欧州市場で統一通貨ユーロの採用により、さらに国際競争力が高まり、他の加盟メンバー国への金融的支援が可能であることが理由となっています。この点、今後も欧州連合が現在のような組織形態で存続できるかどうかは過剰債務国の連鎖がどこまで波及するか、それに対する資金供与国の金銭的支援能力がどこまで続くかにあると言えます。

それでは、欧州危機が米国市場に与える影響はどのようなものでしょうか。最初に見ておかなければいけないのは公的債務累積問題に陥った今年4月のギリシャにせよ、今回の債務不履行問題に直面したアイルランドにしても、経済規模はそれほど大きくなく、GDPベースで米国の2.3%と1.6%程度でしかないことです(両国はGDPベースで世界8番目の規模とされるカリフォルニア州の18%と12%程度)。今年4月にギリシャ危機が起きた際に、米国市場が混乱したのは欧州連合内で救済するかしないか、あるいは支援額の分担比率、さらに受入国への融資条件で意見が分れ、具体的な救済方法で合意するのに時間がかかったことでした。それに比べ、今回のアイルランド支援問題はギリシャの経験から、救済の方向性は既に決まっており、具体的な救済内容の決定に多くの時間を要しませんでした。その意味で、債務問題が経済規模の小さな国に限定される限り、米国市場への影響も限界的なものと言えます。しかしながら、これが欧州連合の主要メンバー国であり、経済規模で米国の約10分の1といわれるスペインなどにまで拡大すると、ドイツなどの資金供与国側からの支援金額も多額となるため、供与国側の不満も大きくなり、欧州危機の長引く混乱が他の市場、特に米国市場などに深刻な影響を及ぼしてくることになるかも知れません。


JIPANGU