
先進国の景気低迷と発展途上国の高成長が並存する世界経済の中で、米国経済に改善の兆しが見え始めています。 2008年9月のリーマンショックに起因した米国経済の低迷は2009年6月末までGDPが4四半期間連続してマイナスを記録するなど最悪でした。しかし、それ以降はプラス成長に転じ、2010年に入ってからは3.7%、1.7%、2.6%となっています。第4四半期についても、クリスマス商戦が好調であるところから前四半期の2.6%を越えるものと見られます。また、物価上昇率もCPIは現在年率1.1%の状態で推移しており、インフレ懸念は少ない状態です。経済の改善を反映して株式市場も好調であり、ダウ平均株価は昨年12月末まで過去2年4ヶ月で最高の水準を更新しています。しかしながら、改善が見える米国経済でありながら、雇用と財政赤字の2つの面で依然厳しい状態にあることに変わりはありません。
まず、雇用について、失業率は昨年中も高い水準に留まっており、11月は10月よりさらに悪化し、9.8%となりました。米国企業の業績改善が続く中で、雇用情勢が改善しないのは米国企業のグローバル化およびコスト圧縮のためのリストラ化が原因と見られます。業績改善が目立つ企業には海外売り上げの比率が高い大手の製造業やサービス業、加えて連銀による金融緩和の影響を受ける大手金融機関があります。現在、成長が著しい新興国への輸出拡大にはコスト競争力向上の観点から、新興国での生産やサービス拠点の拡大が不可欠であり、米国内での雇用増加に結びついていません。一方、リーマンショックで多額の不動産関連の不良債権を抱えた金融機関でも、景気回復の基調の中で、貸出し損失金や引当金の減少もあり、業績改善が見られるようになっています。しかし、引き続きリストラ化によるコスト圧縮に努めており、新規雇用を増やす状態にはなっていません。これに加えて、グローバル化により、従来に比べ品質が向上した中国など新興国からの製品輸入が急増しており、米国内の製造業従事者の減少に拍車をかけています。
このため、雇用の拡大はオバマ政権にとって最大の課題となっており、米国連銀は一層の金融緩和を進めるべく、昨年11月3日に今後8ヶ月間で6,000億ドルの追加国債購入計画を発表しました。これに加えて、財政面では昨年2月の米国回復再投資法に続き、12月18日にオバマ大統領が共和党との間で妥協が成立し、所得減税の2年延長を含めた8,580億ドルの追加景気刺激法が成立しました。しかしながら、連銀の量的金融緩和策が雇用に与える影響については、デフレ傾向下での企業の新規設備投資のための借り入れ需要はそれほど大きいとは言えず、限界的と見る見方も多くなっています。むしろ、連銀の金融緩和は証券市場への新たな資金供給となることから、株価の上昇を後押しし、その結果資産インフレによる消費拡大に結びつくことが期待されます。加えて、金融緩和は石油などの資源商品の高騰ももたらしています。しかし、不動産市場への影響については住宅も商業物件も未だに多くの不良債権が残っており、金融緩和の恩恵を受けていません。一方、公共事業や失業保険の延長等の財政刺激策は一時的な雇用確保や雇用救済となっていますが、それが民間部門での雇用増加に結びつくかどうかは見方が分かれています。中間選挙で下院における多数派となった共和党からは、そうした財政措置が一層の財政赤字の拡大になることの懸念が出され、市場でも国債の長期金利が上昇、債券市場の悪影響が出ています。
米国の財政赤字についてみると、2010年度(2009年10月から2010年9月まで)は前年度に比べて9%減少の約1兆3000億ドルとなり、対GDP比率も前年度の10%から8.9%へ減少しました。しかしながら、米国の公的債務残高は9月末で約13兆5600億ドルとなり、対GDPの94%に達しています(米国連邦政府だけの債務であれば約9兆ドルで、対GDPで63%になっています)。こうした深刻な事態を受けて、大統領の諮問を受けた“財政責任と改革に関する国家委員会は昨年12月に”The Moment of Truth“(決断の時)”という報告書を提出し、財政赤字解消のための以下のような方策を提言しています。
1.2020年までに、4兆ドルの赤字額を減少させること。
2.年間赤字額を、大統領の目標である2015年までにGDPの3%に対し、GDPの2.3%(ソーシャルセキュリテイを除けば2.4%)まで減らすこと。
3.歳入は対GDP比率21%、歳出は対GDP比率22%とし、最終的に21%とすること。
4.ソーシャルセキュリテイについて、2037年までに22%の削減を行なうこと。
5.公的債務の比率を2014年までに安定させ、その上で対GDP比率を2023年までに60%、2035年までに40%まで低下させること。
この提言に対する議会の反応は大方前向きですが、与党民主党の一部からはソーシャルセキュリテイの大幅削減には強い反対意見が出されています。しかしながら、オバマ大統領としても、今年1月からは下院で共和党が過半数を占めることから、財政赤字削減に向かった具体的な方策が求められることになります。
2008年に始まったサブプライムローンの不良債権額は、米国全体として5兆ドルとか6兆ドルの規模で、日本の不良債権額の5倍以上の大きさといわれました。そして、日本の場合、不良債権問題は1990年代の日本経済を“失われた10年”と言われるほど長期に渡り深刻な状態でした。しかし、米国はこれまでの推移からするかぎり、雇用や財政赤字の問題は続いているにしても、2年数ヶ月で株式市場では強い回復の兆しが見え始めています。この背景には金融機関を中心に不良債権問題を先送りせず、問題を抱えた組織の自立可能性に関する厳しい査定によって、それに適した対応措置を導入しました。早期の回復は自立化できない組織は市場から退出させ、自立化が可能な組織には市場に戻させるという金融面の市場経済原則を前提とした米国のダイナミズムによるところが少なくありません。
JIPANGU