
好調であった米国の株式市場に中東の民主化革命の影響が現れ始めています。2月22日には原油生産で世界第8位にあるリビアの政治的な混乱から、昨年11月16日以来、最大の下げとなる178.46ドル(1.4%)の下落を経験しました。今後も中東における主要産油国での政治的な不安定性が発生すれば、米国株式市場に悪影響を与えていくものとみられます。
米国内では回復が目立つ株式市場に対して、不動産市況は依然として低迷状態にあります。2010年第4四半期における全米平均住宅価格は前年同期に比べ、4.1%の下落となり、こうした下落傾向は全米主要20都市の18に及んでいます。価格の下落は新規建設の減少となって表れ、2010年はリーマンショックのあった2008年の約100万戸に比べ、4割減の約60万戸となっています。また、オフィス、倉庫、ホテル、ショッピングセンターなど商業不動産の新規建設も例年を大きく下回っており、このことが建設業や関連産業に従事する人達の高失業にも繋がっています。不動産市場の低迷が続いている背景には、不動産ビジネスを支える金融機能の低下があります。昨年、全米で業績不振でFDICの管理下に入った銀行数は157行で、2009年の140行から17行増加しました。今年も2月半ばの時点で22行がFDICの管理下に入っています。こうした銀行の多くは資本力が不足しており、金額の大きな不動産向けローンからの返済が滞った場合、業務の続行が難しくなります。
通常、不動産取引の大半は金額が大きなことから、住宅と商業物件を問わず、ローンを前提としてビジネスが成立しています。また、米国市場ではローンは物件の市場価値に基づくノンリコースローンが一般的で、借入人の保証や他の担保を必要とされません。このため、ローンを供与する金融機関の立場からすれば、物件価値の客観的な市場評価、価値下落に伴なうローン元本の安全性確保のための適切なエクイティ額、元利支払いを可能にさせる借入人の支払能力や物件の収益性の算定が重要となります。さらに、不動産市場が拡大するにつれ、金融機関は金額の大きな不動産ローンを証券化して投資家に売却することで自己のバランスシートに計上しないオフバランスシート化が一般的になりました。
商業用不動産で本格的なローンの証券化ビジネスが行なわれたのは1990年代初めで、ウォール街の投資銀行がCMBS(商業不動産モーゲージ担保証券)の金融商品を作りました。CMBSは1980年代後半に債務不履行に陥った金融機関の不良債権を低価で買い入れ、さらに不良債権をプールしたものを利回りとリスクの大きさによって幾つかのカテゴリーに分けて、投資家の関心度に応じて売却するという商品でした。CMBSがビジネスとして成立するためには、仕入れた金融債権の金利コストが販売する金融債権の利回りより低いことが必要で、1990年代半ばまでは順調に発展しましたが、1998年夏のロシア金融危機を契機に大きな逆ザヤ現象が発生し、CMBSビジネスは一時的に破綻しました。
一方、住宅不動産のローンの証券化はCMBSよりも早く、1970年代にFennie Mae及びFeddie Macを通じて、金融機関の住宅ローンの保証や買い取りにより、MBS(住宅モーゲージ担保証券)を発行する形で行なわれました。米国の住宅ローンは政府機関の関与により、ローン供与に必要な条件も定型化されており、長い間信用性の高い証券化商品としての位置づけが行なわれていました。しかしながら、2000年代初め、世界的な金余り現象の中で、ウォール街の投資銀行が住宅ローン証券化ビジネスに、サブプライムローン(低所得者向けの住宅ローン)を組み込み、米国内外の投資家に売却し始めたことにより、大きなリスクを抱える高利回り金融商品となりました。低所得者向け住宅ローンにおいては、エクイティ分である借入人への頭金支払いを必ずしも求められず、かつ最初の数年間は変動型金利の金利分だけの支払いでよいというものが多く、住宅不動産の価値が上がり続けることを前提に供与されていました。当時は共和党のブッシュが大統領の時代で、政府の持ち家奨励政策や連銀による低金利政策が支えとなり、住宅価格の上昇が続いていたため、サブプライムローンの証券化のリスクが顕在化しませんでした。しかし、インフレ懸念から、連銀が金利を引き上げた2006年前半以降は変動金利型のサブプライムローンの延滞率やデフォルト率が急激に増加、住宅価格の下落、証券化された不良債権の拡大が世界市場へと広がっていきました。
2008年9月の大手投資銀行リーマンブラザーズの破産までの今回の金融危機の原因に関し、2009年5月に議会によって承認され、大統領も署名した10名の委員会メンバー(委員長はカリフォルニア州の元財務長官であったPhil Angelides)によって作成された「金融危機調査報告書」(”The Financial Crisis Inquiry Report”)が本年1月27日に発表されました。この委員会の構成メンバーは民主党推薦者が6名と共和党推薦者が4名であったこともあり、金融危機の原因について委員会としての統一的な結論はなく、民主党推薦者6名の多数意見に加えて、全体450ページの中に約40ページの共和党推薦者4名の少数意見が併記されることになりました。多数意見は今回の金融危機は避けられたものであったとして、金融機関の内部統制やリスク管理面での大きな誤り、そうした金融機関による過剰借り入れと高リスク投資さらに透明性の欠如が重なったこと、ワシントンの財務省、連銀、ニューヨーク連銀、SEC等政府機関の危機に対する準備不足と金融市場の不確実性やリスクに対する矛盾した対応、格付機関のモーゲージ証券に対する評価の甘さ等が主要な原因としました。これに対し、3名の共和党推薦者の意見は今回の危機は金融機関や政府機関の責任を越えるもので、世界的な金融バブルや住宅バブルの結果であるとしました。もう一人の共和党推薦者は政府による持ち家奨励政策やこれに対応するための政府金融機関の融資基準の緩和措置が原因であるとしました。なお、この委員会の報告より6ヶ月前の7月21日に両院とも民主党が多数派であることを踏まえ、議会は昨年7月22日に金融規制改革法案(Dodd・Frank法)を成立させ、財務省による金融システムの監視、連銀による金融機関の監督強化、銀行の自己取引勘定の禁止(いわゆるVolcker条項)、金融商品に対する消費者保護のための消費庁の創設などを決めました。
「金融危機調査報告書」とは別に、今回の金融危機について分析を行なった経済学者で大きな評価を得たのはニューヨーク大学のNouriel Roubini教授とシカゴ大学のRaghuram Rajan教授でした。Roubini教授はサブプライムローンの問題が顕在化する前の2006年に米国の住宅バブルの崩壊と住宅モーゲージ証券の混乱による世界金融システムの機能停止を予測、さらに2008年初めには大手投資銀行2社の破綻を予想したことで有名になりました。一方、Rajan教授は前職のIMFのチーフエコノミストであった2005年に主要国の中央銀行幹部が集まった会議で、高い利回りと同時に大きなリスクの取引を誘発している投資銀行の従業員報酬制度の問題点を指摘したことで注目されました。また、Rajan教授は昨年米国のビスネス書でベストセラーになった”Fault Lines: How Hidden Fractures Still Threaten the World Economy”(翻訳は「フォールト・ラインズ:大断層が金融危機を招く」)を出したことでも著名です。Rajan教授はその著書の中で、現在、金融の世界は3つの大断層を抱えているとして、米国における所得格差の不満を和らげる金融優先の動き、貿易収支不均衡に基づく過剰消費国と過剰輸出国との間の金融不均衡の拡大、米英とその他の国々との間の金融取引の透明性の大きな差異を上げています。そして、これらの断層による影響を少なくさせない限り、再び金融危機が起こる可能性を示唆しています。いずれにしても、米国の景気は現在連銀の金融緩和策や多くの企業のリストラ策等により、株式市場を中心に回復傾向を示していますが、それと同時にRajan教授が指摘する幾つかの大断層が依然として存在していることを忘れるべきではないと思います。
(2011年3月1日:村方 清)
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