Wednesday, June 1, 2011

欧州危機の再燃と米国株式市場への影響















米国経済は5月に入り、一部の経済指標では改善が見られるものの、4月の失業率は8.8%から9.0%へ悪化、更に5月16日には連邦政府の借り入れ限度額の14兆294億ドルに達するなど、不安定な状態が続いています。しかし、それ以上に深刻な状況にあるのは欧州で、昨年5月に欧州連合とIMFによる総額1100億ユーロの支援措置が実行されたギリシャの経済は改善どころか、悪化の一途を辿っています。緊縮財政政策による税収の落ち込みも有り、2010年の財政赤字は当初目標の8.1%から10.5%へ大きく増加、2010年末のGDPに対する公的債務残高は前年末の約113%から約144%に増加しました(ちなみに、日本は約192%から約226%に増加)。こうした状況下で、ギリシャの債務不履行の懸念が伝えられ、加えて、緊縮財政政策を実施中のスペインでも与党が地方選挙で大敗を喫するなどの要因もあり、5月23日のダウ平均価格は1.1%の下落を経験しました。

ギリシャの財政状態が改善を見ていない最大の理由は、支援計画の前提である緊縮財政政策が多くの国民の理解を得られていないことや、国有資産の売却も反対が多く十分に進んでいないことが挙げられます。このため、ギリシャ国債の利回りは10年債で過去最高の16%まで上昇しています。また、米国の大手格付け会社であるスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)はギリシャ国債に関する格付けを「BBマイナス」から「B」に2段階引き下げています。ギリシャ政府としては、こうした状況下ではEUの他の国々に新たな支援を求めざるを得ない状況ですが、EU内部にも追加の支援や支援条件に意見の一致があるわけではなく、混乱が続いています。現在、最も厳しく対立しているのは、ドイツとヨーロッパ中央銀行といわれ、ドイツは新たな資金供与にはギリシャの国有資産の売却金担保などのローン条件の変更が必要であると主張しています。これに対して、ヨーロッパ中央銀行は現在のローン条件を変更するのは市場がギリシャの債務不履行と認識する恐れがあるとして、現行条件下での新たな資金供与の見返りにギリシャ政府の一層の緊縮政策を求めたいとしています。

欧州連合はユーロという統一通貨を前提にした国家を超える共同体組織ですが、各国の経済政策はそれぞれの国の主権に基づく独自の経済政策に委ねられており、通貨の価値維持のために各国が取るべき共通の政策はありません。この結果、ユーロという通貨の価値維持のために各国が自国の経済をどこまで犠牲にすべきかについての国民的合意が得にくいという問題があります。そして、このことが、一方で供与国側であるオランダ政府の支援反対やフィンランドにおける支援反対の野党勢力の伸長があり、他方で受入国側のギリシャにおいても過度な負担を求める欧州連合への国民の不満から、連合を脱退すべきとの強硬意見が出てくる背景になっています。それに加えて、IMFからの借り入れであれば、過剰債務国が取るべき方法は緊縮財政政策だけでなく、自国通貨の切り下げなど価値の適正化による改善手段がありますが、欧州連合では加盟国による共通通貨の価値維持が前提であるために、緊縮財政政策や国有資産売却などへの依存度合いが大きくならざるを得なくなっています。

こうした状況の中で、追加の金融支援が絶対的に必要となっているギリシャに対して、どのような形で支援を行なうかは、欧州連合においても過去の実績がないだけに、支援国や支援機関の間で意見が別れる結果になっています。加えて、ギリシャへの支援のあり方は現在同様な問題を抱えているアイルランドやポルトガル、更により多くの支援の必要が出てくる可能性のあるスペインまで影響が及ぶことを考えると、欧州連合内部での合意の形成が一層難しくなっています。欧州連合としては、当初は支援のあり方については連合内部の問題として対応したかったにもかかわらず、昨年5月以降はIMFとの密接な協議を行なっているのはIMFにはメンバー国の債務問題や対外不均衡問題への対応で十分な実績があることに基づいています(これに関連して、現在空席のIMF専務理事のポストについては、欧州経済危機問題の深刻さと指導力のあるIMFとの連携の重要性からして、従来通り、欧州から選任される見通しが強いように思われます)。いずれにしましても、現在の欧州危機の問題は、昨年初めにギリシャで最初で起きた時より、規模や問題の性格から一層深刻度を増しており、解決の方向性が出てくるには暫く時間がかかるものと見られます。

欧州の経済危機が長期化することは、米国の株式市場においても不安定さが高まることは避けられなくなっています。一方、米国固有の問題としても、経済回復の動きが鈍くなっていることに加えて、前述したように、連邦政府の借り入れが限度に達したために、財政面での景気刺激策に限界が与えられることになりました(借り入れ限度の引き上げは、税収の伸びが顕著であるところから、実質的な借入限度引き上げが8月2日までに行われればよいとの見込みですが)。もし、こうした欧州の不安定さや米国経済の不透明さが6月以降も続くような場合、4月28日にバーナンキ連銀議長が声明したように、金融面の量的緩和策ともいうべきQE2(Quantitative Easing 2:2010年11月3日に連銀が発表した量的金融緩和策第2弾で、2010年11月から2011年6月までの8ヶ月間、毎月約750億ドルのペースで合計6000億ドル分の国債を市場から購入する政策)を6月末で終了することになれば、低金利政策の継続があったとしても、米国の株式市場に対してマイナス面の影響が大きくなるのではないかと見られます。
(2011年6月1日: 村方 清)