Friday, July 1, 2011

先進国債務問題の深刻化と株式市場の不安定化













6月に入り、失業保険申請者の減少数が予想よりも下回るなど雇用情勢の悪化が伝えられたこともあり、6月1日のダウ平均価格は昨年6月以降最大の約280ドルの下落(2.23%の減少)を記録しました。更に、その後も米国経済の改善が遅れている指標が報告され、株式市場の下落傾向は連日続き、6月10日には3月18日以来の12,000ドル割れとなりました。また、後半になると、米国の株式市場はギリシャ危機を巡る動きで大きく変動しました。6月15日にギリシャの追加の緊縮財政措置をめぐって、ギリシャ国内で全国的なストライキや首相が内閣改造を行なうことを表明するなど混乱が広がり、再び180ドル近い下落(1.48%の減少)を記録しました。しかし、その後は6月17日に外国民間銀行のギリシャ向けローンの繰り延べの必要性を強く主張していたドイツが軟化したこと、6月21日に内閣改造を行なった首相が信任投票で辛うじて承認されたこと、更に6月29日と30日にギリシャ議会が昨年5月の総額1560億ドル(1100億ユーロ)の第5回融資170億ドル実行の条件として(これは7月中旬に決定される次の総額1120億ドルの金融支援融資の条件でもある)、今後5年間における更なる緊縮財政措置と公営企業を含む国有財産の売却提案を承認したことなどから、6月末におけるダウ平均価格は12,261ドルまで回復、当面の危機は回避されました。但し、その一方で、厳しい条件を受け入れた政府や議会へのギリシャ国民の反発は強く、ストライキや過激なデモが繰り返されています。

米国経済については、6月22日にバーナンキ連銀議長がFOMC後の記者会見で、現在の米国経済の停滞は日本の震災による自動車部品不足やエネルギーコストの上昇などの一時的な要因で起きており、今年後半にはGDPは年率2.7%から2.9%程度には回復するものと見込んでいると述べました(但し、4月時点での今年後半の見通しであった3.1%から3.3%は下方修正)。そして、雇用状態の改善には暫く低金利政策を続ける必要があるものの、追加の量的緩和策(QE3)を行う必要はないことを改めて伝えました。しかし、最近における経済指標の悪化を受けて追加の金融緩和策を期待していた市場の反応は否定的で、6月23日と24日の2日間ではイタリア商業銀行の資本不足問題も重なり、ダウ平均価格は約175ドルの下落を経験しました。なお、8月2日に限度に到達する連邦政府の借入枠の引き上げについては、6月29日のオバマ大統領の国民向け記者会見での強い要請があったにもかかわらず、財政赤字の改善には富裕層から増税が必要とする民主党と増税は一切認められないとする共和党との意見の対立が続いており、合意の見通しは依然立っていません。

これに関連して、米国では6月13日の夜、CNN主催による共和党の大統領候補とされる7名による討論会が行なわれました。この討論会には、2008年の共和党副大統領候補であったPalinアラスカ州元知事や中国大使を辞任したHuntsmanユタ州元知事は参加しなかったものの、有力候補と見られるRomneyマサツセッツ州元知事、Gingrich元下院議長、テーパーティグループの代表であるBachmann下院議員、極端な市場経済主義者で知られるPaul議員等が参加しました。議題は多岐に渡っていましたが、経済問題については参加者の間で大きな差はなかったものの、いずれの候補者もオバマ政権が取り組んでいる雇用問題と財政赤字への対応について厳しく批判する意見を述べました。特に、最初の雇用問題については過去2年間のオバマ政権による財政支出の拡大による雇用創出は大きな政府を作るだけで効果を上げておらず、規制緩和と民間企業への減税によって市場経済に戻すことが重要であること、また、米国の財政赤字についてはRyan下院議員が提案したようにMedicareを含む財政支出の大幅な削減が重要であると主張しました(Gingrich元下院議長は当初、Ryan提案をあまりに過激な右派の社会エンジニアリングと批判しましたが、当日は賛意を示していました)。そして、いずれの候補者も財際赤字改善の実行計画の見通しがない限り、8月2日に期限が来る連邦政府の借入限度の引き上げは認められないとしました。

しかしながら、バーナンキ連銀議長は6月14日の講演会で、財政赤字を削減させる重要性を認めながらも、財政赤字の大きな理由は高齢化社会に向かっていることや医療費が急速に上昇しているという社会の変化に基づくものであるとの見解を伝えました。そして、財政赤字の削減問題への対応は長期的な視点で検討されるべきであること、現時点で急激な財政支出の削減を行なえば、回復の兆しを見せている米国経済に悪影響を与えるものであるとして、借入限度の引き上げが早期に必要であることを訴えました。バーナンキ議長は6月22日のFOMC後の記者会見でも、質問に答えて、財政支出の削減は長期的な観点で行なうべきことの意見を繰り返しました。

恐らく、共和党議員の多くあるいは米国民の中にも、2008年9月のリーマンの破綻以降に生じた経済不況について、従来起きたような景気循環的なものとの位置づけから、市場経済原則の下に民間企業の自立的な運営に任せれば、無駄な政府支出を抑えられ、より効率的な回復に結びつくとの考え方があるように見られます。しかしながら、今回のサブプライムローンによる基づく不良債権額は5兆ドルとか6兆ドルと言われ、日本が失われた10年を経験した不良債権額100兆円の5倍か6倍に達しています。その結果、今年も米国の銀行の倒産件数が過去2年間と同じように、年間100行以上のペースで進んでいる状況を見れば、米国が抱える不動産不況の克服のためには総合的な財政・金融政策が必要であるとの認識が弱いように感じられます。これに関連して、6月13日の討論会に出席した共和党候補者の中にはPaul議員やBachmann議員はリーマンショック後にブッシュ政権によって取られ、オバマ政権で拡大した金融救済措置は不要であり、市場経済原則の下で処理されるべきであったとの意見を持っています。しかし、米国政府の金融救済措置がなければ米国経済は、より深刻な不況を長く経験、企業倒産数と失業者数は過去2年間の数字を遥かに上回ったものと見られます。こうした点に関連して、国際問題評論家のZakaria氏はTimes誌の6月27日号で、今の共和党保守派は現実を踏まえずに、観念的な政策を提案するだけで、具体的な実効性に欠けていることを指摘しています。

加えて、改善ペースが遅い雇用問題については、経済のグローバル化やビジネスのIT化が進んでいる今日の状況では、多くの米国企業は労賃の安い中国やインドなどの発展途上国を生産拠点あるいは重要な消費市場として位置づけているのが実情です。こうした点からすれば、米国内の法人税減少や規制緩和を行なえば民間企業は米国内の雇用を直ちに増加させるという共和党議員達の主張は現在のグローバル化時代の競争を十分に理解していないように感じられます。ちなみに6月20日付けのTimes誌は、2001年のノーベル経済学賞授賞のMichael Spence教授の調査結果として、1990年から2008年の間、グローバルなビジネスを展開している米国の製造業、銀行業、輸出会社、エネルギー等の会社における米国内の雇用増加は殆ど無かったこと、増加があったのは医療、政府機関、小売やホテルなど国内向けビジネスの会社での低賃金労働であったことを指摘しています。更に、6月27日付けのBusiness Week誌によれば、共和党のHuntsman大統領候補の場合、彼の父親が経営する大手化学会社では全世界の従業員12,000人の内、米国内の従業員は僅か約18%で、大半は中国やインドを中心とする海外従業員であることを伝えています。こうした状況は経済停滞による雇用問題とその克服のために財政負担の増加問題を抱える欧州の一部諸国や日本にもいえ、自国の民間企業のグローバル化がもたらした負の部分への対応策を転嫁された先進国政府は解決策を容易に見つけられず、財政赤字を拡大させているのが現状だと思われます。

先進国が現在の状況を克服するには、国内面の財政・金融政策だけでなく、対外的な通商・通貨政策が不可欠であり、日本のように均衡化を欠いた貿易政策やそれによる通貨価値の上昇は自国経済への悪影響を一層大きくさせています。現在、対外的な経済政策面で成功していると見られるのはドイツと韓国で、国際競争力が高いドイツは欧州連合を通じて大きな経済的恩恵を受け、また韓国は同一産業内の集約化と同時に、積極的な貿易自由化を進めることにより、国際ビジネスにおける存在感を増しています。また、オバマ大統領が今年1月25日に行なった一般教書演説で掲げたグローバル化時代に向けた教育投資は極めて重要だと思いますが、それが良い結果を生んでいくためには、時代の要請に応えた専門教育の質の高さと共に、そうした人材のグローバルベースでのコスト競争力が不可欠になっています。

一方、欧州経済については当面のギリシャ危機は回避されたことになりました。しかし、根本的な問題は欧州連合が政治統合ではなく、各国に依然主権が委ねられていること、更に欧州連合の共通通貨の価値維持のために、問題を抱えた国に対して支援国及び被支援国はどこまで自国の経済を犠牲にすべきであるかについて、加盟国の間で、あるいは政府と国民の間で共通の認識がないことにあります。今回のギリシャ危機問題でも為替切り下げが認められない状況下での財政再建には、より厳しい緊縮財政措置や国有資産の売却が必要となっていますが、それを実行すればギリシャ経済は規模が縮小し、税収の減少や失業の増加を招くなどの新たな経済問題を抱えるようになっています(ギリシャの失業率は昨年3月の11.6%から現在は16.2%以上に上昇、特に失業率が高い若年層の不満が拡大)。また、支援国側も新たな資金協力をしても被支援国の経済が悪化していく状況では、追加支援することへの不満が一層強まるという結果をもたらしています。欧州連合の歴史を見ると、欧州連合はメンバー国の数を増加させるために、メンバー国間の経済力の差異(国際競争力の差)を軽視し、加盟を促進していった経緯があり、加盟後も共通通貨を維持しようとすれば、国際競争力が低い国は債務が加盟前よりも拡大してしまうという矛盾を抱えています。この点、欧州連合がメンバー国の主権を弱めた政治統合に発展することへの合意が得られず、現在の通貨統合に留まる限り(あるいは問題国が欧州連合から離脱しない限り)、ギリシャ、更にアイルランドやポルトガルまで対象が広がっている債務救済問題は、今後も再燃されていく可能性が高いように見られます。

いずれにしても、7月から8月にかけて先進各国とも債務問題が政治的要因に大きく左右される状況になっており、米国の株式市場も不安定な状態が続いていくものと見られます。
                (2011年7月1日: 村方 清)