8月の株式市場は、8月2日に連邦政府の借入限度が議会で承認されたにもかかわらず、それ以降は下降局面の中で、上下の揺れが極めて大きな値動きを経験しました。8月2日のダウ平均価格は前日の製造業生産に加え、6月の消費支出もマイナス0.2%であったことなどの不振が伝えられ、今年3月以来最大の約266ドル安(2.2%の減少)を、8月4日も欧州中央銀行による欧州危機の懸念表明から約513ドル安(4.3%の減少)を記録しました。加えて、8月8日は前週の金曜日午後に米国の格付け機関の一つであるS&Pが米国政府の財政再建取り組みが不十分との判断から米国債の格付けをAAAからAAプラスに引き下げたことから、株式市場は大きく下落、ダウ価格は約635ドル安(5.6%の減少)となりました。この下落は2008年12月1日の679ドルに次ぐ大きなものでした。但し、翌日の8月9日に開かれた連銀の市場公開委員会後の記者会見で、バーナンキ連銀議長が現行の低金利政策を2013年半ばまで続ける用意があること、景気動向を見ながら追加の金融緩和策を取る用意があることを表明したことから、ダウ価格は再び約430ドル高(4.0%の増加)となりました。しかし、8月10日は欧州、特にフランス国債の格付け引き下げ懸念が出たこともあり、ダウ価格は再び約520ドル安(4.6%の減少)の下落となりました。それ以降は逆に、翌日の8月11日は先週の新規失業保険申請者数が5万人減少したことが原因で、ダウ価格は約424ドル高(4.0%の増加)を、12日は7月の小売額が0.5%上昇したこともあり、約126ドル高(1.1%の増加)を記録しました。さらに、8月15日はグーグルがモトローラの買収を決めたことやECBによるイタリアやスペイン国債の購入により欧州市場が安定を取り戻したことにより、ダウ価格は約214ドル高(1.9%の増加)となりました。なお、この日のダウ終値は11,483ドルで、S&Pによる米国債の格下げ決定前の水準まで戻ったことになりました。しかし、8月18日には大手金融機関の世界経済見通しが厳しかったこと、失業保険申請者が市場予測より増加したこと、さらに7月のCPIが0.5%に増加し、連銀の追加金融緩和措置が遠のいたとの観測などから、ダウ価格は一時500ドルを越す下落を再び経験、終値は約420ドル安(3.7%の減少)となりました。翌週の8月22日には株価が下がり過ぎた株を買い戻す動きと8月26日に予定されるバーナンキ連銀議長による新たな金融緩和策の期待から、ダウ価格は再び約322ドル高(3.0%の増加)を記録しました。8月26日の連銀議長の講演も追加の金融緩和策の余地を確認するものであったため、ダウ株価は更に約135ドル高(1.2%の増加)となりました。加えて、8月29日はギリシャの2つの商業銀行の合併が発表されたことで、ダウ価格は約255ドル高(2.3%の増加)となりました。いずれにしましても、8月のように株価が日毎に(時には1日の中で)、大きく変動を繰り返す月は最近においては例のないものでした。この背景には不安定性が一層増している欧州経済や景気の鈍化が目立つ米国経済や財政赤字問題を実際以上に政治化させてしまった米国議会における混乱があります。
欧州危機について見れば、欧州安定基金により、ギリシャ、ポルトガル、アイルランドへの資金供与が実行され、さらにこの基金の2500億ユーロから4000億ユーロの拡大も決定されました。それにも拘らず、8月も欧州危機の問題が米国の株式市場に大きな影響を与えたのはこれら3国以外に欧州連合の第3位と第4位の経済力を保有するイタリアとスペインの経済が低迷し、財政赤字拡大の懸念に伴う両国の国債信用低下問題が起こったためでした。欧州中央銀行は8月15日に両国の国債を流通市場から購入する措置を取ったことにより、投資家の不安は一時的に収まりましたが、両国の経済が直ちに好転する状況にはないだけに、再燃する恐れはあります。これに関連して、欧州中央銀行による問題国の国債購入では一時的な解決にすぎず、欧州連合の共通国債(欧州債)を発行すべきとの意見も出てきています。確かに、欧州債は問題国の国債に比べ、経済力が強いドイツやオランダなどを含む欧州連合全体としての債券であり、信用力が高く、金利も安くなることが期待されます。しかしながら、経済力の強い国の立場からすれば、欧州債の発行は自国の信用力の低下を招き、自分の国債発行コストにマイナスになりかねないだけに、それを相殺するメッリトがない限り、認められる状態にはありません。その意味で、欧州債は現在の欧州危機を解決する可能性はあっても、その是非は欧州連合のあり方に関係する問題になっています。ユーロという共通通貨を前提にした欧州連合は各国の主権を前提にしている経済統合であり、それを超える超国家形態ではありません。しかし、欧州債の債務返済が担保されるには各国の主権を超えた共通の財政・金融政策の実行が条件となります。8月16日の独仏の首脳会議でメンバー国独自の財政改善努力の必要性で一致したものの、欧州債に言及しなかったのも現在の欧州連合では困難との判断があったためと見られます。加えて、最近では欧州連合の最大経済国であるドイツを含めてメンバー国の景気後退が出始めており、今後も暫くは欧州危機が米国の株式市場に悪影響を与えるのは避けられません。
一方、米国については、8月5日の午後にS&Pが米国債の格付けを引き下げたことが8月8日以降の株式市場に大きな混乱を与えることになりました。S&Pの格下げ評価については、他の格付け機関がAAAの評価を変えていないこと、米国政府の債務不履行リスクという点では、2008年9月のリーマン破綻時期の方がより大きかっただけに、今回の判断には多くの批判が出されています。実際の債券市場でも彼等の格下げ判断にも関わらず、米国債の金利が低下しているという状況が起きています。米国の3つの格付け機関は現在の不動産不況の主因となっているサブプライムローンの証券化商品のリスク判断で、大きな評価の間違いをしており、それが格付け機関に対する批判ともなりました。8月8日のMSNBCで、ライシュ・UC バークレー大教授(クリントン第一期政権の労働著官)が今日の大不況の理由の一つは、格付け機関がサブプライムローンの証券化商品にトリプルA の格付けをしたことにあると述べていましたが、適切な指摘であると思います。いずれにしても、S&Pが格下げ評価の理由として、本来一時的であったブッシュ減税の取り扱いについて未だに適切な措置が取られていない点は正しいとしても、現在のように不履行の懸念が全くないと見られる米国債について格下げを行う必要があったかは大きな疑問とされます。
また、現在の米国の厳しい経済状態について、来年の大統領選挙に立候補予定の共和党候補者から相次いで、過去2年間のオバマ政権の取り組みへの批判が出されています。しかしながら、今回の米国の不況は2008年にリーマンブラザースを始め、多くの金融機関を破綻させた過剰なサブプライムローンに基づく深刻な不動産不況に主因があるとの認識がいずれの候補者から出されていません。株式市場については企業のリストラ化やグローバル化、あるいは連邦政府の金融安定化法や連銀による質と量面における金融緩和措置により、一時的に回復しましたが(少なくとも今年第2四半期までは)、7月以降は連邦政府の借入限度引き上げに関連して、財政収支の改善のあり方が議会の与野党間の激しい対立を起こしたため、株式市場は再び混迷することとなりました。それと同時に、不動産不況の深刻さは商業不動産のみならず、住宅不動産でも今でも続いています。 最近のS&Pの報告によれば、通常の中古住宅物件の在庫(現在は9か月分程)に加えて、金融機関が差し押さえたものの、価格の低迷から市場に回されていない“Shadow Inventory(隠された在庫)”の住宅物件が依然47か月分(約4年分)があるとしています。こうしたことが住宅市況の改善を著しく阻害しており、もし、金融機関が大量の差し押さえ物件を一挙に市場に出せば、急激な価格下落が生じる恐れがあります。こうした厳しい不動産不況は地方銀行を中心に年間100行以上の倒産が続いたり、米国最大の商業銀行であるBank of America(全米最大手の住宅モーゲージレンダーであったCountrywideや住宅モーゲージ証券化ビジネスの大手投資銀行であったMerrill Lynchを買収)の著しい業績悪化や株価の急激な下落を招いています(Bank of Americaの8月24日の株価は2009年3月以来の低水準である6.99ドルで、翌日の25日に世界最大の投資持株会社であるBerkshire Hathawayの会長兼CEOであるウォーレン バフェットが50億ドルの資本増強に応じました)。また、不動産不況は従来このビジネスに従事していた不動産、建設、金融関係の雇用を大きく失わせているだけでなく、一般の米国人にとっても株投資と並ぶ健全な資産形成であった不動産投資ができず、全体の個人消費の低迷の原因を作っています。8月26日のバーナンキ連銀議長の演説も今回の深刻な不況は従来の景気循環型と異なり、住宅市場の長期低迷化と経済のグローバル化が大きく影響しており、その回復には金融面の緩和策だけでなく、財政政策も合わせて取られる必要があることを強調しました。共和党のブッシュ政権による安易な持ち家促進政策や行過ぎた金融の自由化がもたらした今回の不動産不況の克服に共和党候補者はブッシュ政権やそれを引き継いだオバマ政権の金融安定化法による支援措置を批判するだけで、何一つ具体的な解決策を示していません。ティーパーティーグループの支援を期待するペリー候補は不況克服のために導入すべき連銀による量的金融緩和策を批判しましたが、インフレ懸念がない時でもそれに反対するのであれば、不況克服のためには他にどのような具体的な方策があるのかを示すことが求められているはずです。
加えて、米国内の雇用面の対応においても、企業のグローバル化に伴って、多くの米国大手企業が国内の雇用を増加させていない状況の中で、共和党候補が政府の介入を少なくさせ、市場原則に委ねれば、民間企業は国内雇用を増加できると主張するのであれば、その根拠を明示するが必要だと思います。例えば、テキサス州知事のペリー候補はテキサス州の雇用増加が多かったことを強調しますが、テキサス州における最近3年間の純雇用拡大は連邦政府の財政支援による政府職員の増加だったり、民間企業における最低賃金以下の従業員比率が全米で最も高いなどの問題が出ています。米国が現在直面している不況は、1990年代初め以降、日本が経験してき不動産バブル崩壊と高すぎる外需依存による過度なグローバル化がもたらした長期の構造不況(いわゆる失われた10年)という“日本病“に酷似するものであり、深刻な不況克服には何が必要であるかを与党のオバマ政権だけでなく、野党の共和党候補も具体的な方策を提案し、議論を戦わせることが強く求められています。
”日本病“に関連して、7月30日付けのエコノミスト誌は表紙に和服姿のドイツのマルケル首相と米国のオバマ大統領の似姿絵を並べて、両指導者はいずれも、長期に渡る国内の政治的対立から効果的な政策が取れない日本化に罹り始めていると風刺しています。それは欧州危機の問題にドイツ国内の政治事情から適切な対応が取れないマルケル首相と共和党が多数派となった下院の政治事情からリーダーシップが発揮できないオバマ大統領の状態を示したものです。その一方、経済的な”日本病”とは2008年ノーベル経済学賞を授賞したクルーグマン・プリンストン大教授が説明しているように、デフレ経済の進行により、積極的な金融緩和策を取っても、企業や個人の借入需要が増加せず、景気改善が図れないケインズ経済学の”Liquidity Trap (流動性の罠)に陥った状況を指しています。シカゴ連銀のエバンズ議長も8月30日のCNBCのインタビューで、米国経済が流動性の罠に陥っているとの見方を示しました。
最後に、現在の米国の政治状況について、CNNが8月7日から9日まで行なった調査によれば、8月2日に決められた借入限度の引き上げ問題に対する議会の対応に不満を持つ人が多く、2012年での下院選挙で再選を望むのはわずか41%に留まりました。特に、共和党を支持する人の割合は41%から33%へ減少、不支持者は1992年以降最大の59%に増加しました。その中で、ティーパーティー支持者は37%から31%に減少しました。一方、民主党は支持者と不支持者の割合はいずれも47%で従来と変化がありませんでした。なお、8月2日の与野党の財政削減合意に関連して、12名からなる議会の特別委員会に望むものとしては63%の人達が富裕層や企業への減税廃止を、歳出面では軍事費の削減が必要としたのは47%で、ソーシャルセキュリティーやメディケアの削減には3分の2が反対となっていました。野党の共和党はこうした世論の結果を踏まえた現実的な行動を取っていくことが必要になっていると見られます。
(2011年9月1日: 村方 清)
欧州危機について見れば、欧州安定基金により、ギリシャ、ポルトガル、アイルランドへの資金供与が実行され、さらにこの基金の2500億ユーロから4000億ユーロの拡大も決定されました。それにも拘らず、8月も欧州危機の問題が米国の株式市場に大きな影響を与えたのはこれら3国以外に欧州連合の第3位と第4位の経済力を保有するイタリアとスペインの経済が低迷し、財政赤字拡大の懸念に伴う両国の国債信用低下問題が起こったためでした。欧州中央銀行は8月15日に両国の国債を流通市場から購入する措置を取ったことにより、投資家の不安は一時的に収まりましたが、両国の経済が直ちに好転する状況にはないだけに、再燃する恐れはあります。これに関連して、欧州中央銀行による問題国の国債購入では一時的な解決にすぎず、欧州連合の共通国債(欧州債)を発行すべきとの意見も出てきています。確かに、欧州債は問題国の国債に比べ、経済力が強いドイツやオランダなどを含む欧州連合全体としての債券であり、信用力が高く、金利も安くなることが期待されます。しかしながら、経済力の強い国の立場からすれば、欧州債の発行は自国の信用力の低下を招き、自分の国債発行コストにマイナスになりかねないだけに、それを相殺するメッリトがない限り、認められる状態にはありません。その意味で、欧州債は現在の欧州危機を解決する可能性はあっても、その是非は欧州連合のあり方に関係する問題になっています。ユーロという共通通貨を前提にした欧州連合は各国の主権を前提にしている経済統合であり、それを超える超国家形態ではありません。しかし、欧州債の債務返済が担保されるには各国の主権を超えた共通の財政・金融政策の実行が条件となります。8月16日の独仏の首脳会議でメンバー国独自の財政改善努力の必要性で一致したものの、欧州債に言及しなかったのも現在の欧州連合では困難との判断があったためと見られます。加えて、最近では欧州連合の最大経済国であるドイツを含めてメンバー国の景気後退が出始めており、今後も暫くは欧州危機が米国の株式市場に悪影響を与えるのは避けられません。
一方、米国については、8月5日の午後にS&Pが米国債の格付けを引き下げたことが8月8日以降の株式市場に大きな混乱を与えることになりました。S&Pの格下げ評価については、他の格付け機関がAAAの評価を変えていないこと、米国政府の債務不履行リスクという点では、2008年9月のリーマン破綻時期の方がより大きかっただけに、今回の判断には多くの批判が出されています。実際の債券市場でも彼等の格下げ判断にも関わらず、米国債の金利が低下しているという状況が起きています。米国の3つの格付け機関は現在の不動産不況の主因となっているサブプライムローンの証券化商品のリスク判断で、大きな評価の間違いをしており、それが格付け機関に対する批判ともなりました。8月8日のMSNBCで、ライシュ・UC バークレー大教授(クリントン第一期政権の労働著官)が今日の大不況の理由の一つは、格付け機関がサブプライムローンの証券化商品にトリプルA の格付けをしたことにあると述べていましたが、適切な指摘であると思います。いずれにしても、S&Pが格下げ評価の理由として、本来一時的であったブッシュ減税の取り扱いについて未だに適切な措置が取られていない点は正しいとしても、現在のように不履行の懸念が全くないと見られる米国債について格下げを行う必要があったかは大きな疑問とされます。
また、現在の米国の厳しい経済状態について、来年の大統領選挙に立候補予定の共和党候補者から相次いで、過去2年間のオバマ政権の取り組みへの批判が出されています。しかしながら、今回の米国の不況は2008年にリーマンブラザースを始め、多くの金融機関を破綻させた過剰なサブプライムローンに基づく深刻な不動産不況に主因があるとの認識がいずれの候補者から出されていません。株式市場については企業のリストラ化やグローバル化、あるいは連邦政府の金融安定化法や連銀による質と量面における金融緩和措置により、一時的に回復しましたが(少なくとも今年第2四半期までは)、7月以降は連邦政府の借入限度引き上げに関連して、財政収支の改善のあり方が議会の与野党間の激しい対立を起こしたため、株式市場は再び混迷することとなりました。それと同時に、不動産不況の深刻さは商業不動産のみならず、住宅不動産でも今でも続いています。 最近のS&Pの報告によれば、通常の中古住宅物件の在庫(現在は9か月分程)に加えて、金融機関が差し押さえたものの、価格の低迷から市場に回されていない“Shadow Inventory(隠された在庫)”の住宅物件が依然47か月分(約4年分)があるとしています。こうしたことが住宅市況の改善を著しく阻害しており、もし、金融機関が大量の差し押さえ物件を一挙に市場に出せば、急激な価格下落が生じる恐れがあります。こうした厳しい不動産不況は地方銀行を中心に年間100行以上の倒産が続いたり、米国最大の商業銀行であるBank of America(全米最大手の住宅モーゲージレンダーであったCountrywideや住宅モーゲージ証券化ビジネスの大手投資銀行であったMerrill Lynchを買収)の著しい業績悪化や株価の急激な下落を招いています(Bank of Americaの8月24日の株価は2009年3月以来の低水準である6.99ドルで、翌日の25日に世界最大の投資持株会社であるBerkshire Hathawayの会長兼CEOであるウォーレン バフェットが50億ドルの資本増強に応じました)。また、不動産不況は従来このビジネスに従事していた不動産、建設、金融関係の雇用を大きく失わせているだけでなく、一般の米国人にとっても株投資と並ぶ健全な資産形成であった不動産投資ができず、全体の個人消費の低迷の原因を作っています。8月26日のバーナンキ連銀議長の演説も今回の深刻な不況は従来の景気循環型と異なり、住宅市場の長期低迷化と経済のグローバル化が大きく影響しており、その回復には金融面の緩和策だけでなく、財政政策も合わせて取られる必要があることを強調しました。共和党のブッシュ政権による安易な持ち家促進政策や行過ぎた金融の自由化がもたらした今回の不動産不況の克服に共和党候補者はブッシュ政権やそれを引き継いだオバマ政権の金融安定化法による支援措置を批判するだけで、何一つ具体的な解決策を示していません。ティーパーティーグループの支援を期待するペリー候補は不況克服のために導入すべき連銀による量的金融緩和策を批判しましたが、インフレ懸念がない時でもそれに反対するのであれば、不況克服のためには他にどのような具体的な方策があるのかを示すことが求められているはずです。
加えて、米国内の雇用面の対応においても、企業のグローバル化に伴って、多くの米国大手企業が国内の雇用を増加させていない状況の中で、共和党候補が政府の介入を少なくさせ、市場原則に委ねれば、民間企業は国内雇用を増加できると主張するのであれば、その根拠を明示するが必要だと思います。例えば、テキサス州知事のペリー候補はテキサス州の雇用増加が多かったことを強調しますが、テキサス州における最近3年間の純雇用拡大は連邦政府の財政支援による政府職員の増加だったり、民間企業における最低賃金以下の従業員比率が全米で最も高いなどの問題が出ています。米国が現在直面している不況は、1990年代初め以降、日本が経験してき不動産バブル崩壊と高すぎる外需依存による過度なグローバル化がもたらした長期の構造不況(いわゆる失われた10年)という“日本病“に酷似するものであり、深刻な不況克服には何が必要であるかを与党のオバマ政権だけでなく、野党の共和党候補も具体的な方策を提案し、議論を戦わせることが強く求められています。
”日本病“に関連して、7月30日付けのエコノミスト誌は表紙に和服姿のドイツのマルケル首相と米国のオバマ大統領の似姿絵を並べて、両指導者はいずれも、長期に渡る国内の政治的対立から効果的な政策が取れない日本化に罹り始めていると風刺しています。それは欧州危機の問題にドイツ国内の政治事情から適切な対応が取れないマルケル首相と共和党が多数派となった下院の政治事情からリーダーシップが発揮できないオバマ大統領の状態を示したものです。その一方、経済的な”日本病”とは2008年ノーベル経済学賞を授賞したクルーグマン・プリンストン大教授が説明しているように、デフレ経済の進行により、積極的な金融緩和策を取っても、企業や個人の借入需要が増加せず、景気改善が図れないケインズ経済学の”Liquidity Trap (流動性の罠)に陥った状況を指しています。シカゴ連銀のエバンズ議長も8月30日のCNBCのインタビューで、米国経済が流動性の罠に陥っているとの見方を示しました。
最後に、現在の米国の政治状況について、CNNが8月7日から9日まで行なった調査によれば、8月2日に決められた借入限度の引き上げ問題に対する議会の対応に不満を持つ人が多く、2012年での下院選挙で再選を望むのはわずか41%に留まりました。特に、共和党を支持する人の割合は41%から33%へ減少、不支持者は1992年以降最大の59%に増加しました。その中で、ティーパーティー支持者は37%から31%に減少しました。一方、民主党は支持者と不支持者の割合はいずれも47%で従来と変化がありませんでした。なお、8月2日の与野党の財政削減合意に関連して、12名からなる議会の特別委員会に望むものとしては63%の人達が富裕層や企業への減税廃止を、歳出面では軍事費の削減が必要としたのは47%で、ソーシャルセキュリティーやメディケアの削減には3分の2が反対となっていました。野党の共和党はこうした世論の結果を踏まえた現実的な行動を取っていくことが必要になっていると見られます。
(2011年9月1日: 村方 清)