
1.米国の株式市場
米国の株式市場は10月も、27日に欧州首脳会議で包括合意が達成されるまでは、欧州の動向に大きく左右される展開になりました。3日は週末にギリシャの2011年の財政赤字が目標のGDPの7.5%に対して8.5%になるとの見通しが発表されたことから、ダウ平均価格は約258ドル下落(2.36%減少)を記録しました。翌日の4日はアップルの新製品発表の期待感からハイテク銘柄中心に上昇相場となり、加えて欧州財務相会議でギリシャへの融資は11月半ばまでに行うことを決めたことから、ダウ価格は約153ドル高(1.44%増加)となりました。5日と6日は欧州危機が当面遠のいたとの判断から、ダウ価格は其々に約131ドル高(1.21%増加)と約183ドル高(1.68%増加)になりました(アップルの創業者であるジョブズ氏の死去はアップルの株を0.23%下げるだけに留まりました)。しかし、7日は格付け機関フィッチがイタリアの長期債格付けを1段階、スペインを2段階下げたことから、約20ドル安(0.18%減少)を経験しました。10日は週末にベルギーとフランス政府がギリシャ国債保有比率の高い民間金融機関デクシアの解体を決定したことやサルコジ大統領とメルケル首相が民間銀行の資本強化で一致したことを受け、ダウ価格は再び約330ドル高(2.97%増加)となりました。11日は欧州金融安定基金の拡大に最後の承認が必要であったスロバキア議会が否決したためにダウ価格は若干下落したものの、12日にスロバキアの議会で欧州金融安定基金の拡大が最終的に承認されたため、ダウ価格は約103ドル高(0.9%増加)となりました。13日の株式市場は米銀大手のJPモルガンチェースの四半期決算を受け、金融株が軒並み下がり、ダウ価格は約41ドル安(0.35%減少)を経験しました。14日は9月の小売売上高が前月比1.1%の増加となったことやグーグルが業績好調さを反映して市場をリードしたこともあり、ダウ価格は約166ドル(1.45%増加)となりました。なお、この日を終えて、ダウ価格とナスダック価格は再び昨年末を上回る数字となりました。
しかしながら、17日にドイツの政府高官が23日予定の欧州首脳会議の合意が容易でないことを伝えたこともあり、ダウ価格は再び約247ドル安(2.13%減少)を記録しました。18日は独政府と仏政府との間で欧州金融安定基金の2兆ドルの拡大に合意との話が伝えられ、ダウ価格は再び約180ドル高(1.38%増加)となりました。しかし、19日は前日発表されたアップルの業績が市場の予想を下回ったことや午後に欧州危機の対応が容易でないとのニュースが伝えられ、ダウ価格は再び約72ドル安(0.63%減少)を経験しました。21日と22日は欧州首脳会議への期待及びとマクドナルドやキャタピラーなど米国企業の好決算を受けて、ダウ価格は其々に約267ドル高(2.34%増加)と約105ドル高(0.89%増加)になりました。25日は米国の消費者信頼感指数が前月に比べて大幅に低下したことや欧州の包括合意の見通しが厳しいとの見方が強まり、ダウ価格は約207ドル安(1.74%減少)を再び記録しました。27日は欧州首脳会議で欧州危機の対応について包括合意が達成したことや第3四半期のGDPが2.5%と予想を上回った水準であったことから、ダウ価格は約340ドル高(2.9%増加)となりました。31日は欧州国債への投資に積極的であったMFグローバルが破産法申請したことや欧州包括合意の実効性への懸念から、ダウ価格は約276ドル安(2.26%減少)を記録しました。しかし、10月全体としては株式相場が大きく上昇、ダウ価格も月間増加率で約9.5%と2002年9月以来の高さになりました。
2.欧州危機と包括合意
欧州危機の問題はギリシャが政府の緊縮政策にもかかわらず、財政赤字拡大から債務負担軽減に結びつかず、不履行の懸念が高まっていること、同時にスペインやイタリアなども財政赤字の縮小が予定通り進まず、これらの国々の国債価値が低下するなどの状態が続いています。その結果、既にギリシャ国債を大量に保有していたフランス・ベルギー系民間金融機関デクシアの解体が10月9日に決められました。また、財政赤字の改善ができないギリシャについて、民間金融機関は今年7月に第2次支援で自発的に約21%の元本削減を受け入れましたが、依然として過大との見方が多く、民間金融機関の損失負担の増加が必要になっていました。
こうした中で、10月23日と27日に欧州首脳会議が開かれ、長時間の議論の末に、今後の進め方に関する包括合意が成立しました。主要内容は(1)ギリシャが民間金融機関に対して抱える債務の50%を民間金融機関は自発的に削減、(2)欧州連合は民間金融機関に1000億ユーロの資本増強を求め、2012年6月までに自己資本比率9%の達成、(3)欧州金融安定基金の拡大策として、イタリアやスペインなどの新たな国債購入する投資家の損失を一部保証する債務保証案と特別目的会社(SPC)を使って外部の投資資金を呼び込む案の併用を実行するとの3つになっています。包括合意に対する市場の反応は極めて良好で、28日は欧州市場だけでなく、ニューヨーク市場でもダウ価格が一時400ドルを越える程の上昇となりました(最終的には約340ドル高)。
しかしながら、今回の包括合意は今後の実行段階で、いずれも大きな問題を抱えています。第一にギリシャの債務の50%削減については、7月合意の21%でも参加率は90%に達していないことからすると、50%の削減に民間金融機関がどの程度参加するのかという懸念があります。もし、参加する金融機関が少なければ、ギリシャの負担軽減問題は大きく挫折することになります。第二に民間金融機関で自力による資本増強ができるところはギリシャ、ポルトガル、スペイン、イタリアなどの南欧の銀行では極めて少なく、公的資金の流入が不可欠になります。しかし、これらの国々は政府の債務比率自体が増加しており、新たな公的資金の負担には限界があります。
第三に中国などの外部の国々に新たな資金を出してもらう方法として、米国の1990年代初めのCMBS(商業不動産抵当証券)や2000年代後半のサブプライムローンの証券化で活用されたSPCを使う債権証券化の方法が考えられています。しかし、証券化は裏づけとなる投資対象商品の価値が上昇し続けていることが必要で、価値の下落があればレベレッジを伴っている商品は損失が加速度的に増大するリスクを含んでいます。現在、欧州連合は多くの低成長と債務負担に悩む国々を抱えており、そうした国を対象にした証券化商品をリスクと利回りの面で外部の投資家に魅力のあるスキームで作ることができるかという問題があります。
いずれにしましても、包括合意は欧州連合のメンバー国が自国の負担を極力少なくさせ、救済を外部に求めたものと言ってもよく、本当の意味の解決にはなっていません。欧州連合の本質的な問題は経済力が十分とは言えない国々に対して、統一通貨維持に必要な条件の加盟審査が厳密に行われることなく、政治的な思惑を優先して連合への加盟が認められ、しかもメンバー国に共通な財政政策の履行を強制させる能力を欠いていることにあります。そして、財政赤字や債務増加に陥った国で取られるべき経済実態に応じた為替政策が欧州連合の統一通貨維持という目的のために実行できないことにあります。この点、ギリシャなどの問題国が欧州連合に留まる限り、今後も欧州連合の不安定さは続かざるを得ないと見られます。
3.米国経済とオバマ政権
米国については9月の失業率が前月と同じく9.1%の高水準に留まっていることもあり、米国上院の民主党は10月11日にオバマ大統領が9月8日に提案した総額4,470億ドルの雇用創出法の修正案の議決を求めました。しかし、共和党議員全員の反対で承認に必要な60票に達せず、廃案となりました。これを受けて、オバマ大統領は雇用創出包括法案に代えて、年収100万ドル以上の高所得者に対する0.5%の増税で、教員、警官、消防士などの地方公務員の解雇を防止しようとする350億ドルの分割法案を10月20日に上院へ提出しました。しかし、これも共和党議員の反対で承認が得ることができませんでした。オバマ大統領としては、雇用法案成立のための遊説ツアーを続けていますが、野党である共和党はティーパーティーグループの影響を強く受けており、現在の米国議会構成ではオバマ大統領の雇用創出案が成立する可能性は低くなっています。米国経済の回復が鈍っている状況で、しかも低金利政策や量的緩和策といった金融政策の効果が限界になっている以上、財政支出による追加の刺激策が強く求められています。しかし、共和党が本来中・長期に解決すべき財政赤字の改善問題を全面に出して、オバマ政権による経済回復・雇用対策に悉く反対しており、財政面でも有効な政策が取れない状況にあります。
なお、オバマ政権は住宅ローンを持っている米国人の4割近くがローン残高より住宅価値が下回っている現在の深刻な不動産不況については、10月24日に議会承認が必要ない大統領令で現在のThe Home Affordable Refinance Program(HARP)を拡大し、ローン残高が住宅価値の125%を越えないという条件を外し、約2百万人はいると見られる借入人を現在のFannie MaeあるいはFreddie Macの対象となるリファイナンス・プログラムに加える措置を取りました。この措置により、住宅ローンで遅滞がない借入人は安い金利のリファイナンスを受けられ、連銀が9月に発表したツイスト・オペに比べ、恩恵が直接借入人に及ぶことになります。
4.共和党大統領候補の討論会
共和党大統領候補による討論会は10月も、11日と18日の両日に開催されました。特に、11日は米国の経済問題がテーマで、ビジネス界出身のケーン候補が提案した新たな税金政策である9-9-9が注目されました。所得税、法人税、売上税をいずれも一律に9%にするという考え方は新鮮でケーン候補の支持率を上げるのに役立ちました。しかし、現在の米国の深刻な経済問題への対応については、どの候補者も具体的な提案がない状況に変化はありませんでした。
18日の討論会ではケーン候補の9-9-9に対する批判が相次ぎ、特に、現在州税である売上税を新たに連邦税に含めることには税負担が大きくなるとの理由で他の候補者から多くの反対意見が出されました。また、ペリー候補が初めて米国の経済回復策として、米国内のエネルギー開発を進めることを提案しましたが、テキサス州のように資源がある州はよいにしても、資源のない他の多くの州にどの程度の適用性があるのかに疑問を残しました。一方、米国の現在の不況の主因である不動産不況の対応策について、ポール議員はブッシュ政権から続いている連邦政府や連銀の過剰な関与がもたらしたものであり、市場経済に委ねるべきという提案が出されました。しかし、彼の提案は今の状況が正常であれば検討の余地があるかも知れませんが、現在のような深刻な不動産不況では市場経済に委ねれば住宅価値が更に減少し、事態が一層悪化しかねないという問題への解決策にはなっていませんでした。また、この日の討論会では共和党候補者の中で一番リードしているとされたロムニー候補に対し、他の候補者達から不法移民問題や健康保険問題で厳しい質問があり、再び本命が不在となるような結果になりました。
5.ウォール街占拠(OWS)運動
最後に、9月17日に始まったウォール街占拠(Occupy Wall Street:OWS)運動は全米の各都市(あるいは世界の主要都市)に広がりを見せています。その背景には学校を出た後あるいは失業した後、すぐに就職口が見つからない若い人達の不満が中心となっています。同時に米国で長期間続けられてきた所得格差の拡大やリーマン破綻後の対応策がウォール街の大手金融機関の救済が優先され、経済状況が悪化している多くの中間所得層に向けられていないことへの政府への不信も重なっています。OWS運動で見逃すことができないのはこの運動を起こしたカル・ラスン氏(バンクーバー拠点のアドバスターズ共同創業者)が述べているように、この運動が反ティーパーティー運動の性格を持っていることです。現在、米国では全人口の1%の富裕層が米国全体の資産の25%近くを保有していると言われ(ニューヨーク市ではこの比率が40%以上)、しかも富裕層が献金やロビー活動によって、政府の政策に大きな影響を与えている状況を放置すべきでないということがあります。OWSが現在The 99% Movementと呼ばれるようになっているのもこのためです。この点、ティーパーティ運動が政府の関与を極力少なくさせた市場経済重視の旧来型の資本主義の復活を求めているのに対し、The 99% Movementは行過ぎた市場経済型資本主義を民主主義の理念に基づいて政府の適切な介入による修正を求めていると言えるかも知れません。
しかし、The 99% Movementは多くの参加者を集め, 一般の人達の関心を得ていながら、現時点ではティーパーティ運動と異なり、組織化の点でかなり遅れています。ティパーティー運動は政府の介入を好まない富裕層や企業の資金支援を受けて、全米的な政治活動組織を作り、これが2008年の中間選挙で共和党の中に大きな存在感を確立することに成功させました。The 99% Movementもこの運動に参加する人達が本当に彼らの目的を少しでも実現しようというのであれば、そのための政治活動組織を作ることが必要であり、もし組織化ができなければ単に現状に不満を抱く人達の抗議の集まりで終わってしまう恐れもあるように思います。
(2011年11月1日: 村方 清)