
1.12月の株式市場
12月の米国株式市場は、米国経済改善の指標が相次いで発表されたにも拘らず、20日頃までは9日の欧州首脳会議合意の実行性への懸念に悪影響を受けました。その後、スペインやイタリアの財政規律策が其々の議会で承認されるにつれ、欧州に一時的安定が見られ、米国市場も改善傾向を強めることになりました。12月の主要な動きは以下の通りでした。
2日:米国の11月失業率は2009年3月以来の低水準である8.6%に低下、しかし欧州危機への警戒感から、ダウ価格は0.61ドル安(0.01%減少)。
6日と7日:9日の欧州首脳会議への期待から、其々78ドル高(0.65%増加)と52ドル高(0.43%増加)。
8日:欧州理事会において欧州中央銀行総裁が中央銀行による国債大量購入は出来ないとの発言や欧州共通債発行へのドイツの反対などが伝えられ、199ドル安(1.63%減少)。
9日:欧州首脳会議で、英国を除く26カ国が財政規律強化のための財政協定および欧州安定メカニズム(ESM)による5000億ユーロの支援基金設立で合意したことから,187ドル高(1.55%増加)。
12日:首脳会議合意の実行性懸念やインテル業績不振等から、183ドル安(1.34%減少)。
14日:イタリア国債の市場金利が危機ラインである7%を越えたことやドル高・ユーロ安から原油や金相場が大幅に増加したことから、131ドル安(1.1%減少)。
19日:欧州中央銀行(ECB)総裁が中央銀行による各国の国債購入に慎重な姿勢を示したことやIMFへの融資額が目標の2000億ユーロに達せず、100ドル安(0.84%減少)。
20日:スペインの国債入札が順調であったことや米国の新規住宅着工件数が1年7ヶ月振りの高水準であったことから、337ドル高(2.37%増加)。
22日と23日:新規失業保険申請数が36万4千件と2008年4月以来の低水準となったこと、11月の景気先行指標総合指数が0.5%上昇したこと、11月の米国新規戸建住宅が過去7ヶ月で最高であったこと等から、其々62ドル高(0.51%増加)と124ドル高(1.02%増加)。
28日:イタリア国債の入札懸念や株価高値の利益確定売りで、140ドル安(1.14%減少)。
29日:新規住宅販売件数が1年7ヶ月ぶりの高水準であったこと等、米国の経済指標がよかったことや欧州危機の懸念が薄らいだこともあり、136ドル高(1.12%増加)。
30日:イタリア国債10年物が危機ラインの7%以上となったり、年末越えの運用リスク回避の動きから、69ドル安(0.57%減少)。なお、2011年は世界の主要株式市場が大きく落ち込む中で、ダウ価格は1年全体として約5.5%の増加。
2.一時的安定を示した欧州危機
欧州危機については、12月9日の欧州首脳会議で、英国を除く26カ国が(1)財政規律強化のための新たな枠組みである「財政協定」、(2)新たな支援措置として、2012年7月稼動予定の欧州安定メカニズム(ESM)による5000億ユーロとIMFを活用した2000億ユーロの支援プログラムを導入することで合意しました。
まず、最初の点については、参加国は憲法や国の基本法で公的債務を対GDP比の0.5%までとする均衡予算の達成・維持を義務付けられ(例外的に、一時的な景気要因で債務がGDP比で3%までの赤字になることが認められる)、3%を達成しなかった場合には他の加盟国が欧州司法裁判所に訴え、制裁措置を課すことなどを内容としています(16日には新たな取り決めについての原案がまとまり、20日から英国を除く26カ国で本格的な協議の予定。なお、新たな取り決めの批准には欧州連合加盟17カ国の過半数である9カ国の合意で可能)。次に、第2のESMは, 本来2013年半ばに欧州金融安定基金(EFSF)を引き継ぐことを予定していたものを1年前倒して両者を併用させると同時に、欧州連合加盟国の中央銀行が総額1500億ユーロ、その他の国が500億ユーロをIMFに融資することにより、IMFからの2000億ユーロを緊急時の財源とすることを見込んでいます。
9日の米国株式市場は前日まで欧州首脳会議での話し合いに悲観的な見方もあったことから、この合意を強く好感し、ダウ価格は約187ドル高(1.55%増加)となりました。しかし、この合意については幾つかの懸念が生じています。(1)の「財政協定」については、欧州連合の共通通貨の維持には参加国の財政規律の確保が不可欠ですが、現時点で自国の財政運営責任を最終的に欧州会議に委ねることに其々の国民がどの程度納得するかがあります。また、財政規律を遵守できなかった国が制裁措置を受け入れるかという問題もあります。
次に、(2)の追加支援措置については既存の欧州金融安定基金(EFSF)にESMとIMFによる新たな制度を加えた支援可能金額は合計で1兆1400億ユーロに達します。しかし、この金額は2012年のPIIGSの債務償還額を上回っているものの、欧州連合第3位のイタリアの債務残高は現在1兆.8000億ユーロで、もしイタリア経済が深刻になれば、十分ではないとの指摘があります。支援措置の拡大からすれば、欧州中央銀行(ECB)によるメンバー国の多額の国債購入機能や欧州共通債の導入が望ましいのですが、インフレやメンバー国の財政規律責任の曖昧化を懸念するドイツの反対から、今回も実現できませんでした。
こうした状況の中で、ドラギECB総裁は8日の政策金利の1%への引き下げに加えて、21日には民間銀行への新たな政策として3年強の新流動性供給策を実施、523の金融機関から4890億ユーロの資金要請に応じました。これはECBがドイツなどの反対が強い域内国債の購入ではなく、金融機関への流動性供給拡大を通じて間接的に金融機関の国債投資の維持・拡大をさせ、当面の危機を乗り越えようとしているものと見られ、年末までの動きからする限り、市場の安定と言う点では一定の効果を上げました。
3.本命不在の共和党大統領候補選びとオバマ大統領の再選新戦略
米国経済については、給与税減税(厳密には社会保障税減税)や失業保険の1年間延長について、共和党は最初にこれを埋める財源の確保が前提との立場を取っていました。しかし、その考え方に固執すれば米国中間層の反発を受けるとの懸念から、上院は12月17日に財源問題を棚上げし、取り敢えず2ヶ月間の延長を行なうという法案を超党派(民主党50名と共和党39名)の賛成で承認しました。これに対して、ティーパーティーグループの影響が強い共和党多数の下院では上院案を拒否し、12月20日に幾つかの条件を付けられるのであれば、1年間の延長を認めるという法案を承認しました。このため、一時は法案の年内合意は難しいとの見通しが出るほどでした。しかし、オバマ大統領の強い要請と上院共和党院内総務から働きかけがあり、最終的に12月23日に下院でも上院案を承認することになりました。当初強気であった下院共和党が譲らざるを得なくなった背景には、8月初めの予算法案における国債発行限度額では議会に予算を認めてもらう行政府の大統領側に交渉上不利な面があったのに対し、今回の給与税減税や失業保険の延長ではその恩恵は米国の1億6千万人と言われる従業員や3百万人の失業保険受給者に直接およぶために、世論の動向を考慮せざるを得なかったという事情がありました。但し、今回の法案は2ヶ月間の延長であり、期限となっている2月に再び大統領・民主党対共和党、特に下院共和党との間で激しい議論が展開されることになると見られています。
共和党大統領候補の選定に関連して、1月3日に予定されるアイオワ州党員集会の選挙では、過去の下院議長時代の汚点やロビーイング活動が問題にされたギングリッチ候補の支持率が低下、彼に代わって本来穏健派でありながら、共和党保守派の支持を得るべく自分の主張や立場を次々に変えるFlip-flopper(風見鶏)と称されるロムニー候補がリードする中で、アイオワ州を最重点に置くポール下院議員や共和党保守派の支持を受けるサントラム元上院議員が急速に追い上げています。特にポール候補は自らをリバタリアンとして、連邦政府や連銀の過度な介入を嫌い、市場原理に任せるべきというのは共和党保守派やティーパーティーグループの主張とも一致しています。しかし、ポール候補が彼等と異なるのは外交や軍事においても国内優先主義を主張するのに対し、共和党保守派は世界、特に中東で同盟国であるイスラエルの権益保護のために米国の強い存在を誇示すべきとの立場を取っていることにあります(ポール候補の場合、12月20日前後から約20年前に出した出版物の人種差別表現が問題にされており、その背景にはポール候補が取る親イスラエルとは言えない立場が影響したかも知れません)。いずれにしましても、1月3日のアイオワ州の党員集会や1月10日のニューハンプシャー州の予備選挙で共和党大統領候補が絞られることはないものの、現在7名の候補者から撤退する候補が出てくる可能性は高いと思われます。
これに対して、オバマ大統領は2012年の大統領選挙における経済戦略を早期の経済回復から、ミドルクラスの利益擁護にシフトさせていると12月26日付のLA Times紙は伝えています。オバマ大統領の戦略転換の兆候は12月6日にカンサス シティーで行なわれた“岐路に立つミドルクラス”のスピーチで表れ始めましたが、それは100年前に共和党のセオドア ルーズベルト大統領が”ニューナショナリズム“のスペーチを行い、ミドルクラスの発展こそが米国経済に不可欠であることを述べた場所でもあります(セオドア ルーズベルト大統領は1905年の日露戦争の和平停戦を斡旋したことにより、1906年にノーベル平和賞受賞)。オバマ大統領の言葉を借りれば、”これは我々が取り組むべき極めて重要な課題であり、それはミドルクラスを発展させるか破壊させるかの瞬間でもある。危険に晒されているのは米国は勤労者が家族を育て、適度な貯蓄を行い、家を保有し、老後に備えることを可能にさせる国であり続けるかである“としています。そして、ミドルクラスの比率が戦後の50%から、1980年までに40%に低下、過去20年間の所得格差拡大の傾向が続けばその比率は3分の1に減少するとしています。これを改善するには米国の国民や企業による公平な負担が重要で、ミドルクラスの減税と高所得富裕層の増税を掲げました。
オバマ大統領の新戦略で効果が出たのは、12月末に期限が切れる従業員の給与税減税と失業保険の延長問題でした。前述したように、財政再建を求めながら富裕層減税が執着するティーパーティーグループの影響力が強い下院でも、米国民や世論の圧力から、最後はベイナー下院議長が超党派の上院案を受け入れざるを得ませんでした。この結果、オバマ大統領の支持率は一時の40%前後から現在は50%近くまで回復しています。オバマ政権の戦略転換が現在時点で成功しているものの、それが今後も持続するかどうかは来年11月の大統領選挙まで、米国経済の回復基調が続くかどうかにかかっているように思います(住宅不況の深刻さからして、来年中にリーマン破綻前の経済状態に戻ることは不可能にしても)。
来年11月の大統領選挙に関連して、もう一つ注目されているのがマサッツセッツ州の上院議員選挙です。マサッツセッツ州は従来民主党が強く、2名の上院議員とも民主党でしたがエドワード ケネディが亡くなった後の2010年1月19日の特別選挙で、ティーパーティーグループの影響を受け、共和党のスコット ブラウン下院議員が選ばれました。しかし、11月の選挙ではハーバード大学の法科大学院教授で、2010年7月のドッド・フランク金融改革及び消費者保護法の成立に尽力したハーバード大法科大学院のエリザベス ウオーレン教授が民主党から立候補することになりました。一時は消費者金融商品保護局の長官になる話も伝えられたウオーレン候補はウオール街の金融機関による行過ぎたビジネス方法を強く批判してきており、現在ウオール街占拠運動グループの広範な支持を得て、現職のブラウン議員を7%程リードしています。また、ウオーレン候補の動きはウオール街占拠運動グループの力が強いとされるニューヨーク、ニュージャージー、メリーランド、ロードアイランド州などの選挙結果にも影響を与えるものと見られています。
(2012年1月2日: 村方 清)