
1.1月の株式市場
1月の米国株式市場は、1月中旬に欧州市場でギリシャ問題が再燃したにもかかわらず、経済指標の改善やIT関連の企業業績が比較的好調であったことから、上昇傾向を強めました。加えて、25日に連邦準備理事会が2014年後半まで現在の低金利政策の継続を表明したことも、市場に安心感を与えるものとなりました。1月の主要な動きは以下の通りでした。
3日:欧州や中国の12月の経済指数が上昇したことや米国の製造業景況感指数が6ヶ月振りに高水準となったことから、ダウ価格は180ドル高(1.47%増加)。
4日:欧州の懸念を米国経済指標が打ち消したことで、21.04ドル高(0.17%増加)。
6日:非製造業部門の雇用数が20万人増加(予定では15万人)で、12月の失業率は8.5%に低下したものの、欧州でスペインやイタリアの国債利回りが高水準であることやフランスの国国債格下げリスクなどの懸念があり、56ドル安(0.45%減少)。
10日:米企業アルコアの好調な業績発表や格付け会社フィッチがフランスの国債格下げはなしと発表したことにより、70ドル高(0.56%増加)。昨年7月以来の高値を記録。
12日:イタリアとスペインが実施した国債入札が好調であり、欧州危機の懸念が薄らいだが、米国の個人消費(12月は1%増加)や雇用情勢の指標(新規失業保険申請数は39万9千人で前週より2万4千人増加)が予想を下回ったことから、21ドル高(0.17%増加)。
17日:ドイツの景況指数の好調さや欧州主要国の格下げについては織り込み済みだったことから、60ドル高(0.48%増加)。
18日:住宅市場指数が前月比4ポイント増加し、2007年6月以来の高水準になったことなどから、97ドル高(0.78%増加)。
20日:ギリシャ債務削減をめぐるギリシャ政府と民間金融団との交渉が難航し、欧州市場が悪化したにも拘らず、米国市場はグーグルを除き、IBM、マイクロソフト、インテルなどの企業業績が好調で、97ドル高(0.76%増加)。
25日:ギリシャ危機再燃の懸念から、欧州市場が低迷する中で、米国市場は連邦準備理事会が超低金利政策を2014年後半まで続けることを発表したことから、81ドル高(0.64%増加)で、2011年5月10日以来の高値。アップルも増収増益決算で最高値を記録。
27日:2011年第4四半期のGDPは前期の1.8%に対し、2.8%と増加したが(但し、アナリスト予想の3%に届かず)、シェブロンなどの企業業績が悪く、74ドル安(0.56%減少)。
31日:1月の消費者信頼感指標が前月に比べ3.7%下落するなど市場の予想を下回ったことから、21ドル安(0.15%減少)。但し、1月全体では3.4%の増加で、4ヶ月間連続上昇。
2.ギリシャ問題で再燃した欧州危機
昨年11月1日に就任したドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁の下で、低金利政策や資金供給強化策などの新たな政策を展開、安定を示していた欧州市場でしたが、1月13日のS&Pによる9カ国の国債格付け引き下げ発表及び50%の債務削減をめぐるギリシャ政府と民間銀行団の交渉の難航で、再び不安定化要因が増す懸念が生じました。
今回の国債格下げはトリプルAの格付けだったフランスとオーストリアをダブルAプラスへ1段階引き下げ、イタリアをトリプルBプラスへ2段階引き下げ、スペインをシングルAへ2段階引き下げたことで、欧州連合全体の信用力が低下することになりました。特に問題とされたのは欧州連合の金融安定網と言われる欧州金融安定基金の対応力がフランスとオーストリアの引き下げで、4400億ユーロから、実質的な余力が700億ユーロに低下したことでした。また、格下げはイタリアやスペインの国債コストを上昇させるため、3月までに償還期限の迎えるこれらの国々の大量国債の借り入れ延長が円滑化に進むかに懸念も起こさせることになりました。
しかしながら、その後の動きを見る限り、国債格下げの影響は限定的で、フランスについては長期国債の利回りの上昇はなく、イタリアやスペインについても引き下げの影響は殆ど見られませんでした。その背景には今回の格下げは一機関だけのものであることに加えて、現在ドラギ総裁の下で取られている低金利政策や資金供給強化策などの新たな政策展開があげられます。民間金融機関が低金利による資金供給を受けられる限り、格下げによる影響は最小限度に留まるものと見られます。いずれにしましても、現在早急に求められているのは、1月30日の首脳会議で合意された3月初めの財政規律強化の新条約の署名及び今年7月までに約5000億ユーロの安定メカニズムを創設することに変わりありません。
一方、より深刻な状態にあるのはギリシャ債務の50%削減をめぐるギリシャ政府と民間金融団の交渉の難航です。ギリシャ政府は自立再建のために債務総額がGDPの約120%になることが必要として、民間金融機関に対して総額2000億ユーロに達する国債元本が実質65%から70%になるような自発的削減を求めています。加えて、償還期間についても30年で最初の10年間は4%以下の金利支払いのみを強く望んでいると言われています。一方、民間金融機関にとってはギリシャ政府の要求を受け入れれば、金融機関の財務内容を急激に悪化させるために、悪影響をできる限り少なくさせる条件が望ましいことになります。特に、今回の交渉結果は3月19日に期限が来る145億ユーロの国債が民間金融機関の協力を得て円滑に繰り延べられるかに影響を与えるだけに、合意の内容が注目されることになります。なお、民間金融機関による自発的な債務削減という形式を取っているのは、正式な債務不履行となれば、2008年のリーマン破綻に見られたような多数のCDS(Credit Default Swap)の取引に及ぶことになり、それを避ける意味があります。
ギリシャ債務削減問題の本質はギリシャにとって共通通貨ユーロの価値維持が自国の経済力に見合ったものではなく、高い通貨価値の維持のために取られた厳しい財政緊縮策と増税によって、経済が縮小、税収の減少、債務の増加、失業率の上昇、そして競争力の一層低下などを招いていることにあります。ギリシャの場合、欧州連合のメンバーでなければ、韓国などこれまで債務不履行となった国と同じように、IMFの管理下で財政緊縮政策の導入と同時に、より効果が高まる自国通貨の切り下げを実施したはずです。この点、ギリシャが共通通貨の価値維持が自国の大きな経済負担になっている時に、共通通貨統合体である欧州連合のメンバーであることが問題の解決を一層難しくさせているように見られます。本来、欧州連合が真の共通通貨統合体を目指すのであれば、自力で共通通貨ユーロの価値を維持できるメンバー国が自国の主権を超えた統合体に共通な金融・財政政策を実行していくことが必要で、逆に各メンバー国の主権維持を認めさせている今の欧州連合では常に運営が行き詰まることになります。特に、実質的に債務不履行状態にあるギリシャに対して、他のメンバー国や民間金融機関が支援をめぐって振り回されている状況は欧州連合がメンバー国の債務救済機関になっているようにも見られます。しかも現在実施されている緊縮措置はギリシャが抱える経済力の強化への根本的な解決にはならず、のような方法を続ける限り、欧州危機は次にポルトガルなどにも波及していかざるを得ないと思われます。
3.米国経済の現況とオバマ大統領の一般教書演説
米国政府が27日に発表した2011年第4四半期のGDPは2.8%の増加で、アナリストが期待していた3.0%増には達しなかったものの、前期の1.8%増を上回るものとなりました。また、連邦準備理事会が1月25日の公開市場委員会後に発表した声明でも①米国経済は緩やかな拡大を続けていること、②労働市場も改善傾向が見られているが、依然高い水準にあること、②家計支出部門の伸びがあるものの、住宅部門は引き続き低く落ち込んでいること、③物価上昇は安定した状態を維持していることなどを説明しました。そして、より強い景気回復を支援するために、超低金利政策を2014年後半まで続けることを伝えました。
これに先立ち、24日にはオバマ大統領が新年度の一般教書を発表しました。今回の一般教書は今年11月の大統領選挙を意識したものであり、共和党の大統領候補や共和党との政策の違いを強く強調しました。最初にオバマ政権の実績として、22ヶ月間で3.2百万人の民間部門の雇用を創出したこと、また、破綻寸前であった米国自動車産業に政府が支援した結果、GMが生産量で世界1になって自動車関連産業でも16万人の雇用確保になったことに触れました。その上で、米国の雇用増加に必要なのは製造業の再生であり、国内雇用を増加させる企業には税制上の優遇を与えることを伝えました。また、住宅債務の過大負担問題についても、金融機関のリファイナンスを通じた新たな負担軽減措置を提案しました。さらに、12月6日のカンサス シティでのスピーチに続いて、今回もミドルクラスが報われる社会的な公平さが米国社会の基本的な価値観であるとして、富裕層に対して「バッフェット・ルール」を適用、特に1百万ドル以上の高額所得層はミドルクラスと同じように30%以上の税金を払うべきことを求めました。外交・軍事面ではイラクからの撤退、アフガンからの縮小などを通じて、国防予算を削減、半分は財政再建に、半分は国内インフラを使う計画を示しました。なお、一般教書発表後の調査ではオバマ大統領の支持率が48%となり、不支持率の46%を上回りました。
一般教書発表後、共和党はインデイアナ州のダニエル知事が財政削減策に言及していないとのコメントを出しました(ダニエル知事は、ニュージャージー州のクリスティ知事やフロリダ州のブッシュ前知事と共に、共和党主流派が大統領候補に望んだ一人でした)。しかし、現在の米国財政赤字はブッシュ前大統領が再選戦略のために導入した大幅減税と2つの戦争による軍事費の大幅な増加に主因があるもので、当時OMB(大統領府予算管理局)の責任者であった彼のコメントに疑問を出すMSNBCテレビの政治解説者もいました。しかも、オバマ政権は財政赤字の改善をブッシュ前大統領が導入した一時的な大幅減税の廃止(特に富裕層への課税強化)と軍事費の大幅削減で実行しようとするもので、問題はティーパーティグループの影響による“小さな政府”の考えを建前にして、富裕層への課税強化や軍事費削減を阻止しようとする共和党、特に下院多数派の共和党の姿勢にあるように見られます。また、オバマ政権は一部の民主党議員の反対にも拘らず、今後増大する社会保障費への対応の必要性も認めています。
第2次大戦後に選ばれた米国大統領は、ブッシュ前大統領を除いて、現在の共和党候補達が理想とする“小さな政府”を主張したレーガン元大統領も含めて全員が増税を行なっています。レーガン元大統領は第一期では大規模な減税を実施しましたが、それが引き起こした大幅な財政赤字から1986年に増税のための全面的な税制改正を行っており、ブッシュ前大統領だけが自らの政策で大幅な財政赤字を出しながら、増税を実行しない唯一の大統領となりました(彼の父親であるブッシュ元大統領も財政赤字から1990年に増税を実行)。また、現在の米国経済回復の最大の障害になっている巨額の住宅モーゲージ不良債権化問題も、ブッシュ前政権の行き過ぎた持家奨励政策とウオール街金融機関による投機前提の住宅モーゲージ証券化にあったことは言うまでもありません。
4.共和党の米国大統領候補者選び
共和党の大統領候補選挙については、1月3日のアイオワ州の党員集会ではサントラム候補が第1位に、10日のニューハンプシャー州の予備選挙ではロムニー候補が第1位に、21日のサウスカロライナではギングリッチ候補が圧倒的な票を得て第1位になりました。また、31日のフロリダではロムニー候補の巻き返しが成功し、彼が第1位になりました。しかし、4州で獲得した代議員数がまだ少ないことやギャロップ社の全米支持率調査ではギングリッチ候補がロムニー候補を僅かにリードしており、暫くは選挙が続くことになります。
昨年末まで、資金力や組織力で他の候補を圧倒し、早い段階で指名争いに決着をつけると見られたロムニー候補がここまで苦戦しているのは予想外のことでした。ロムニー候補の問題はキリスト教福音派の支持が得られないモルモン教であることや、マサッツセッツ州知事としての実績が穏健派的な多くの政策を導入してきたことに加え、彼がBain Capitalというプライベート エクィティ(Vulture Capital、ハゲタカファンドと呼ばれることもあります)の会社の責任者として投資家利益の最大化に向かって強引なビジネスを展開してきたことがあげられます(1月18日付けのBloomberg/Businessweek誌は冒頭の記事でBain Capitalを含むプライベートエクィエィのビジネスの特徴を分析していますが、ロムニー候補が主張するような雇用創出が目的ではないと結論しています)。さらに、彼は多額の資産がありながら、税率の低い外国に23の銀行口座を保有したり、米国政府に対し14%程度の低い税金しか払っていないことが一般共和党員の支持を得にくくさせています(税率が低いのはBain Capitalなどのプライベート エクィティがロビー活動によって議会に認めさせたCarried Interest(繰越持分利益)に対する15%の低率というキャピタルゲイン税の存在があります)。それと同時に、ロムニー候補はビジネスマンとして成功者であっても、不況で苦しむ一ブルーカラーを中心とする伝統的共和党員との間で価値観を共有できないことも大きな弱点になっているように思います。
一方、ロムニー候補の最大のライバルとなっているのが元下院議長のギングリッチ候補です。ワシントンの政治や人脈に精通し、様々な角度からの議論が展開できる点で、オバマ大統領に対抗する候補として昨年12月から、急速に評価が上がりました。しかし、ギングリッチ候補には、下院議長時代に強引な政治手法から共和党議員を含めて多くの政敵を作ったことや金銭スキャンダル問題で議長職を失った経歴があります。また、議員を離れた後、政府系住宅金融機関のFreddie Macから160万ドルのコンサルタントフィーをもらい、ロビー活動をしていたのではないかとの批判を受けています。
その他の候補としては、一部の共和党候補の支持を受けているサントラム候補や徹底したリバタリアンの主張をするポール候補がいますが、いずれも考え方に偏りがあり、幅広い一般共和党員の支持を得るには至っていません。
なお、いずれの候補からのオバマ政権への批判が強く見られますが、1月23日付けのNewsweek誌に保守派の政治評論家として知られるアンドルー サリバン氏が“Why are Obama’s critics so dumb?(何故オバマ批判者達はそれほど無知なのか?) という記事を寄稿しています。オバマ政権が1930年代の大不況以来最大の不況に取り組んできた業績に加え、彼のイデオロギーに拘らない現実的な政治手法をもっと評価すべきことを主張しています。恐らく、共和党大統領候補の一部はオバマ政権の実績を認めながらも、オバマ大統領に対抗する共和党候補として、意図的に否定する姿勢を貫いているように思われます。
(2012年2月1日: 村方 清)
1月の米国株式市場は、1月中旬に欧州市場でギリシャ問題が再燃したにもかかわらず、経済指標の改善やIT関連の企業業績が比較的好調であったことから、上昇傾向を強めました。加えて、25日に連邦準備理事会が2014年後半まで現在の低金利政策の継続を表明したことも、市場に安心感を与えるものとなりました。1月の主要な動きは以下の通りでした。
3日:欧州や中国の12月の経済指数が上昇したことや米国の製造業景況感指数が6ヶ月振りに高水準となったことから、ダウ価格は180ドル高(1.47%増加)。
4日:欧州の懸念を米国経済指標が打ち消したことで、21.04ドル高(0.17%増加)。
6日:非製造業部門の雇用数が20万人増加(予定では15万人)で、12月の失業率は8.5%に低下したものの、欧州でスペインやイタリアの国債利回りが高水準であることやフランスの国国債格下げリスクなどの懸念があり、56ドル安(0.45%減少)。
10日:米企業アルコアの好調な業績発表や格付け会社フィッチがフランスの国債格下げはなしと発表したことにより、70ドル高(0.56%増加)。昨年7月以来の高値を記録。
12日:イタリアとスペインが実施した国債入札が好調であり、欧州危機の懸念が薄らいだが、米国の個人消費(12月は1%増加)や雇用情勢の指標(新規失業保険申請数は39万9千人で前週より2万4千人増加)が予想を下回ったことから、21ドル高(0.17%増加)。
17日:ドイツの景況指数の好調さや欧州主要国の格下げについては織り込み済みだったことから、60ドル高(0.48%増加)。
18日:住宅市場指数が前月比4ポイント増加し、2007年6月以来の高水準になったことなどから、97ドル高(0.78%増加)。
20日:ギリシャ債務削減をめぐるギリシャ政府と民間金融団との交渉が難航し、欧州市場が悪化したにも拘らず、米国市場はグーグルを除き、IBM、マイクロソフト、インテルなどの企業業績が好調で、97ドル高(0.76%増加)。
25日:ギリシャ危機再燃の懸念から、欧州市場が低迷する中で、米国市場は連邦準備理事会が超低金利政策を2014年後半まで続けることを発表したことから、81ドル高(0.64%増加)で、2011年5月10日以来の高値。アップルも増収増益決算で最高値を記録。
27日:2011年第4四半期のGDPは前期の1.8%に対し、2.8%と増加したが(但し、アナリスト予想の3%に届かず)、シェブロンなどの企業業績が悪く、74ドル安(0.56%減少)。
31日:1月の消費者信頼感指標が前月に比べ3.7%下落するなど市場の予想を下回ったことから、21ドル安(0.15%減少)。但し、1月全体では3.4%の増加で、4ヶ月間連続上昇。
2.ギリシャ問題で再燃した欧州危機
昨年11月1日に就任したドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁の下で、低金利政策や資金供給強化策などの新たな政策を展開、安定を示していた欧州市場でしたが、1月13日のS&Pによる9カ国の国債格付け引き下げ発表及び50%の債務削減をめぐるギリシャ政府と民間銀行団の交渉の難航で、再び不安定化要因が増す懸念が生じました。
今回の国債格下げはトリプルAの格付けだったフランスとオーストリアをダブルAプラスへ1段階引き下げ、イタリアをトリプルBプラスへ2段階引き下げ、スペインをシングルAへ2段階引き下げたことで、欧州連合全体の信用力が低下することになりました。特に問題とされたのは欧州連合の金融安定網と言われる欧州金融安定基金の対応力がフランスとオーストリアの引き下げで、4400億ユーロから、実質的な余力が700億ユーロに低下したことでした。また、格下げはイタリアやスペインの国債コストを上昇させるため、3月までに償還期限の迎えるこれらの国々の大量国債の借り入れ延長が円滑化に進むかに懸念も起こさせることになりました。
しかしながら、その後の動きを見る限り、国債格下げの影響は限定的で、フランスについては長期国債の利回りの上昇はなく、イタリアやスペインについても引き下げの影響は殆ど見られませんでした。その背景には今回の格下げは一機関だけのものであることに加えて、現在ドラギ総裁の下で取られている低金利政策や資金供給強化策などの新たな政策展開があげられます。民間金融機関が低金利による資金供給を受けられる限り、格下げによる影響は最小限度に留まるものと見られます。いずれにしましても、現在早急に求められているのは、1月30日の首脳会議で合意された3月初めの財政規律強化の新条約の署名及び今年7月までに約5000億ユーロの安定メカニズムを創設することに変わりありません。
一方、より深刻な状態にあるのはギリシャ債務の50%削減をめぐるギリシャ政府と民間金融団の交渉の難航です。ギリシャ政府は自立再建のために債務総額がGDPの約120%になることが必要として、民間金融機関に対して総額2000億ユーロに達する国債元本が実質65%から70%になるような自発的削減を求めています。加えて、償還期間についても30年で最初の10年間は4%以下の金利支払いのみを強く望んでいると言われています。一方、民間金融機関にとってはギリシャ政府の要求を受け入れれば、金融機関の財務内容を急激に悪化させるために、悪影響をできる限り少なくさせる条件が望ましいことになります。特に、今回の交渉結果は3月19日に期限が来る145億ユーロの国債が民間金融機関の協力を得て円滑に繰り延べられるかに影響を与えるだけに、合意の内容が注目されることになります。なお、民間金融機関による自発的な債務削減という形式を取っているのは、正式な債務不履行となれば、2008年のリーマン破綻に見られたような多数のCDS(Credit Default Swap)の取引に及ぶことになり、それを避ける意味があります。
ギリシャ債務削減問題の本質はギリシャにとって共通通貨ユーロの価値維持が自国の経済力に見合ったものではなく、高い通貨価値の維持のために取られた厳しい財政緊縮策と増税によって、経済が縮小、税収の減少、債務の増加、失業率の上昇、そして競争力の一層低下などを招いていることにあります。ギリシャの場合、欧州連合のメンバーでなければ、韓国などこれまで債務不履行となった国と同じように、IMFの管理下で財政緊縮政策の導入と同時に、より効果が高まる自国通貨の切り下げを実施したはずです。この点、ギリシャが共通通貨の価値維持が自国の大きな経済負担になっている時に、共通通貨統合体である欧州連合のメンバーであることが問題の解決を一層難しくさせているように見られます。本来、欧州連合が真の共通通貨統合体を目指すのであれば、自力で共通通貨ユーロの価値を維持できるメンバー国が自国の主権を超えた統合体に共通な金融・財政政策を実行していくことが必要で、逆に各メンバー国の主権維持を認めさせている今の欧州連合では常に運営が行き詰まることになります。特に、実質的に債務不履行状態にあるギリシャに対して、他のメンバー国や民間金融機関が支援をめぐって振り回されている状況は欧州連合がメンバー国の債務救済機関になっているようにも見られます。しかも現在実施されている緊縮措置はギリシャが抱える経済力の強化への根本的な解決にはならず、のような方法を続ける限り、欧州危機は次にポルトガルなどにも波及していかざるを得ないと思われます。
3.米国経済の現況とオバマ大統領の一般教書演説
米国政府が27日に発表した2011年第4四半期のGDPは2.8%の増加で、アナリストが期待していた3.0%増には達しなかったものの、前期の1.8%増を上回るものとなりました。また、連邦準備理事会が1月25日の公開市場委員会後に発表した声明でも①米国経済は緩やかな拡大を続けていること、②労働市場も改善傾向が見られているが、依然高い水準にあること、②家計支出部門の伸びがあるものの、住宅部門は引き続き低く落ち込んでいること、③物価上昇は安定した状態を維持していることなどを説明しました。そして、より強い景気回復を支援するために、超低金利政策を2014年後半まで続けることを伝えました。
これに先立ち、24日にはオバマ大統領が新年度の一般教書を発表しました。今回の一般教書は今年11月の大統領選挙を意識したものであり、共和党の大統領候補や共和党との政策の違いを強く強調しました。最初にオバマ政権の実績として、22ヶ月間で3.2百万人の民間部門の雇用を創出したこと、また、破綻寸前であった米国自動車産業に政府が支援した結果、GMが生産量で世界1になって自動車関連産業でも16万人の雇用確保になったことに触れました。その上で、米国の雇用増加に必要なのは製造業の再生であり、国内雇用を増加させる企業には税制上の優遇を与えることを伝えました。また、住宅債務の過大負担問題についても、金融機関のリファイナンスを通じた新たな負担軽減措置を提案しました。さらに、12月6日のカンサス シティでのスピーチに続いて、今回もミドルクラスが報われる社会的な公平さが米国社会の基本的な価値観であるとして、富裕層に対して「バッフェット・ルール」を適用、特に1百万ドル以上の高額所得層はミドルクラスと同じように30%以上の税金を払うべきことを求めました。外交・軍事面ではイラクからの撤退、アフガンからの縮小などを通じて、国防予算を削減、半分は財政再建に、半分は国内インフラを使う計画を示しました。なお、一般教書発表後の調査ではオバマ大統領の支持率が48%となり、不支持率の46%を上回りました。
一般教書発表後、共和党はインデイアナ州のダニエル知事が財政削減策に言及していないとのコメントを出しました(ダニエル知事は、ニュージャージー州のクリスティ知事やフロリダ州のブッシュ前知事と共に、共和党主流派が大統領候補に望んだ一人でした)。しかし、現在の米国財政赤字はブッシュ前大統領が再選戦略のために導入した大幅減税と2つの戦争による軍事費の大幅な増加に主因があるもので、当時OMB(大統領府予算管理局)の責任者であった彼のコメントに疑問を出すMSNBCテレビの政治解説者もいました。しかも、オバマ政権は財政赤字の改善をブッシュ前大統領が導入した一時的な大幅減税の廃止(特に富裕層への課税強化)と軍事費の大幅削減で実行しようとするもので、問題はティーパーティグループの影響による“小さな政府”の考えを建前にして、富裕層への課税強化や軍事費削減を阻止しようとする共和党、特に下院多数派の共和党の姿勢にあるように見られます。また、オバマ政権は一部の民主党議員の反対にも拘らず、今後増大する社会保障費への対応の必要性も認めています。
第2次大戦後に選ばれた米国大統領は、ブッシュ前大統領を除いて、現在の共和党候補達が理想とする“小さな政府”を主張したレーガン元大統領も含めて全員が増税を行なっています。レーガン元大統領は第一期では大規模な減税を実施しましたが、それが引き起こした大幅な財政赤字から1986年に増税のための全面的な税制改正を行っており、ブッシュ前大統領だけが自らの政策で大幅な財政赤字を出しながら、増税を実行しない唯一の大統領となりました(彼の父親であるブッシュ元大統領も財政赤字から1990年に増税を実行)。また、現在の米国経済回復の最大の障害になっている巨額の住宅モーゲージ不良債権化問題も、ブッシュ前政権の行き過ぎた持家奨励政策とウオール街金融機関による投機前提の住宅モーゲージ証券化にあったことは言うまでもありません。
4.共和党の米国大統領候補者選び
共和党の大統領候補選挙については、1月3日のアイオワ州の党員集会ではサントラム候補が第1位に、10日のニューハンプシャー州の予備選挙ではロムニー候補が第1位に、21日のサウスカロライナではギングリッチ候補が圧倒的な票を得て第1位になりました。また、31日のフロリダではロムニー候補の巻き返しが成功し、彼が第1位になりました。しかし、4州で獲得した代議員数がまだ少ないことやギャロップ社の全米支持率調査ではギングリッチ候補がロムニー候補を僅かにリードしており、暫くは選挙が続くことになります。
昨年末まで、資金力や組織力で他の候補を圧倒し、早い段階で指名争いに決着をつけると見られたロムニー候補がここまで苦戦しているのは予想外のことでした。ロムニー候補の問題はキリスト教福音派の支持が得られないモルモン教であることや、マサッツセッツ州知事としての実績が穏健派的な多くの政策を導入してきたことに加え、彼がBain Capitalというプライベート エクィティ(Vulture Capital、ハゲタカファンドと呼ばれることもあります)の会社の責任者として投資家利益の最大化に向かって強引なビジネスを展開してきたことがあげられます(1月18日付けのBloomberg/Businessweek誌は冒頭の記事でBain Capitalを含むプライベートエクィエィのビジネスの特徴を分析していますが、ロムニー候補が主張するような雇用創出が目的ではないと結論しています)。さらに、彼は多額の資産がありながら、税率の低い外国に23の銀行口座を保有したり、米国政府に対し14%程度の低い税金しか払っていないことが一般共和党員の支持を得にくくさせています(税率が低いのはBain Capitalなどのプライベート エクィティがロビー活動によって議会に認めさせたCarried Interest(繰越持分利益)に対する15%の低率というキャピタルゲイン税の存在があります)。それと同時に、ロムニー候補はビジネスマンとして成功者であっても、不況で苦しむ一ブルーカラーを中心とする伝統的共和党員との間で価値観を共有できないことも大きな弱点になっているように思います。
一方、ロムニー候補の最大のライバルとなっているのが元下院議長のギングリッチ候補です。ワシントンの政治や人脈に精通し、様々な角度からの議論が展開できる点で、オバマ大統領に対抗する候補として昨年12月から、急速に評価が上がりました。しかし、ギングリッチ候補には、下院議長時代に強引な政治手法から共和党議員を含めて多くの政敵を作ったことや金銭スキャンダル問題で議長職を失った経歴があります。また、議員を離れた後、政府系住宅金融機関のFreddie Macから160万ドルのコンサルタントフィーをもらい、ロビー活動をしていたのではないかとの批判を受けています。
その他の候補としては、一部の共和党候補の支持を受けているサントラム候補や徹底したリバタリアンの主張をするポール候補がいますが、いずれも考え方に偏りがあり、幅広い一般共和党員の支持を得るには至っていません。
なお、いずれの候補からのオバマ政権への批判が強く見られますが、1月23日付けのNewsweek誌に保守派の政治評論家として知られるアンドルー サリバン氏が“Why are Obama’s critics so dumb?(何故オバマ批判者達はそれほど無知なのか?) という記事を寄稿しています。オバマ政権が1930年代の大不況以来最大の不況に取り組んできた業績に加え、彼のイデオロギーに拘らない現実的な政治手法をもっと評価すべきことを主張しています。恐らく、共和党大統領候補の一部はオバマ政権の実績を認めながらも、オバマ大統領に対抗する共和党候補として、意図的に否定する姿勢を貫いているように思われます。
(2012年2月1日: 村方 清)