Thursday, March 1, 2012

ギリシャ危機対応とイラン問題で影響される米国市場













1.2月の株式市場
2月の米国株式市場は、国内経済の順調な回復により企業業績の改善傾向が見られる中で、前半はギリシャ危機への対応の動きと、後半はイラン問題による原油価格の上昇に影響を受ける展開となりました。しかし、ギリシャ危機は問題やその対応が慢性化していることもあり、昨年に比べて、米国市場の変動幅は小さなものとなりました。市場の主要な動きは以下の通りでした。

2月1日:米国、ドイツ、中国などの製造業関連指標が好調であったことから、ダウ価格は5日ぶりに上昇、84ドル高(0.66%増加)。
2月3日:1月の非農業部門の雇用者数が予想を大幅に上回る24万3000人の増加で、失業率も過去3年で最も低い8.3%に低下したことから、157ドル高(1.23%増加)。ダウ価格はリーマン破綻前の2008年5月19日以来の高値を達成。ナスダックもITバブルでつけた2000年12月の高値を上回る2906ドルを達成。
2月8日:ギリシャ政府は連立与党3党との間でEU, ECB, IMFのトロイカが第2次金融支援の条件として要求していた財政緊縮策を合意したことを発表、7ドル高(0.05%増加)。
2月10日: 9日夜の欧州財務相会議でギリシャへの支援決定を持ち越しを決めたことから、ギリシャの債務問題の不透明感が強まり、89ドル安(0.69%減少)。
2月13日:ギリシャ議会による金融支援の条件である緊縮策の可決や欧州の主要株式市場の上昇により73ドル高(0.57%増加)。アプッルの株価も500ドルを超え、最高値記録。
2月14日:EUがギリシャ政府に要求した歳出削減の内容説明と財政削減に関する与党党首の誓約書提出がなく、15日予定の財務相会議は20日以降に延期。4ドル高(0.03%増加)。
2月15日:ギリシャの債務問題の見通しが不透明になったことから、97ドル安(0.76%減少)。アップルも中国市場の販売懸念から、約12ドル下がり、500ドルを再び割れ。
2月16日:1月の住宅着工件数が市場予想を上回る699,000戸となったこと、新規失業保険申請件数が2008年3月以来の低水準である348,000件に減少したこと、更にギリシャの追加支援交渉が進むとの期待から、123ドル高(0.96%増加)。
2月21日:欧州財務相会議でのギリシャ向け第2次金融支援合意にも拘らず、その実効性の疑問と原油価格の高騰で、微増の16ドル高(0.12%増加)。
2月23日:住宅価格指標が改善したことにより、46ドル高(0.36%増加)。
2月28日:2月の消費者信頼感指数が70.8と昨年2月以来の高水準になったこともあり、24ドル高(0.18%増加)で、3年9ヶ月振りに1万3000ドル台を回復。
2月29日:昨年第4四半期のGDP上方修正などにも拘らず、連銀議長の議会証言で追加緩和期待の後退から、53ドル安(0.41%減少)で、ダウ価格は再び1万3000ドル割れ。但し、株価続伸のアップルは米国株式市場で、史上6社目の時価総額5000億ドルを達成。

2.ギリシャ問題と欧州連合の対応
2月8日にギリシャ政府はEU ,ECB ,IMF のトロイカが要求する緊縮策を受け入れることで、連立与党3党との間で合意しました。その内容は①公共投資や国防費の圧縮などを通じ、今年の歳出をGDP 比で1.5%削減、②新就業者について、最低賃金を22%引き下げ、③公務員の1万5,000人の削減などです。これを受けて、欧州連合は21日の財務相会議でギリシャ向け第2次金融支援(追加支援)に合意しました。この合意では①欧州連合とIMFは総額1300億ユーロの支援、②民間債権者は保有する額面で約2000億ユーロの53.5%に当たる1070億ユーロを債権放棄、③欧州中央銀行(ECB)や各国中央銀行は額面で5000億ユーロとされるギリシャ国債保有に伴う利益を放棄、④欧州委員会がギリシャに常駐し、財政再建を監視等となっています。

財務相会議の合意事項の主要なポイントは現在約160%に達しているギリシャの公的債務をいかにして2020年までに120%にするかでした。このためには民間債権者の債権放棄額を当初の50%から53.5%にする増加する必要があり、追加の債権放棄額として70億ユーロの引き上げが求められ、同時にECBと各国中央銀行もギリシャの債務削減に協力することが不可欠になっていました。この合意により、3月20日に期限が来る約2000億ユーロのギリシャ国債償還は問題なく実行される見通しとなりました。

しかしながら、それ以降については、4月8日に予定されるギリシャ総選挙で、現在の連立与党であるギリシャ社会主義運動党と新民主主義党が過半数を維持できるかが問題になります。また、仮に過半数を得ても、共通通貨ユーロの価値維持のために、緊縮財政策で負の悪循環に陥っているギリシャ経済は景気悪化で公的債務が更に拡大するリスクが依然続くことになります。なお、2月25-26日に開催された20カ国の財務相・中央銀行総裁会議でも、欧州支援に対するIMFの資本増強の条件として欧州連合自体の安全網の拡大が重要との指摘があり、外部からの支援が容易でないことが明白になりました。

2.イラン問題と原油価格上昇
2月14日以降、イラン政府の核施設増強に対する米国と欧州による経済制裁強化計画の影響を受けて、原油価格の上昇が続いています。2月24日にはWTIベースの原油価格はバーレル当たり110㌦を越える状況になり、米国経済への悪影響も懸念されています。しかしながら、今回の上昇は実体経済における原油需給バランスの不均衡が増大したというより、イランをめぐる政治的対立の深刻化が投機マネーの原油買いに走らせている要素が強いこと及び急激な上昇に対してはサウジアラビアの増産の可能性があり、このまま大きな上昇を続けるリスクは少ないように見られます。

もちろん、イスラエルによるイランの核施設攻撃などの新たな政治的緊張が高まれば、原油価格の高騰が予想されます。しかし、2月25日付の英国エコノミスト誌の分析記事が指摘するように、イスラエルによるイランの核施設攻撃は1981年のイラク攻撃や2007年のシリア攻撃に比べて戦略的に容易でないこと、加えてイスラエルはイランやその同盟国からの強い反撃も覚悟しなければならず、米国政府の了解がない限り、現実的なものにならないように見られます。また、オバマ政権としても中東で新たな戦争状態が起きることは現時点ではあまりにマイナス面が多く、決して望まないものと思われます。

3.オバマ政権の2013年度予算教書
オバマ大統領は2月13日に2013年度予算案を議会に提出しました。今回の予算案の特徴は短期的には改善している米国景気を下支えると同時に、長期的にはブッシュ減税の廃止による歳入増加を通じて財政健全化を目指したものです。但し、その結果として、2013年度の財政赤字は9010億ドル(GDP比率で5.5%)で、2012年度に見込まれる1兆3300億ドル(GDP比率で8.5%)に比べて大きく減少しているものの、依然として高い水準が続くことが見込まれます。また、政権誕生時にオバマ大統領が公約した任期末での財政赤字の半減を達成するとの公約も実現できなくなります。

しかしながら、財政削減に重点を置き過ぎれば、回復過程にある米国経済に悪影響を与えかねず、ブッシュ減税廃止による財源確保で、短期的に新たな景気刺激策と雇用対策を導入することは正しい方向と言えるように見られます。特にオバマ大統領が提案したブッシュ減税の廃止はミドルクラスに比べ、税の負担が少なすぎる富裕層への増税を目指したものであり、1月の一般教書で示した米国民の公平な負担の目標に合致するものでもあります。予算案の主要な内容は以下の通りです。

歳入面
(1)年収25万ドルを超える世帯について、ブッシュ減税を2012年末で打ち切り、最高税率を40%とする。配当税率を所得税の最高税率と同率とする。
(2) プライベートエクィテやヘッジファンドが受け取るCarried interestへの課税を強化し、税率を15%のキャピタルゲインではなく、所得税の最高税率とする。
(3) 企業が海外であげた収益や金額の大きな費用への優遇措置、及び石油・ガス会社への補助金を廃止する。
歳出面
(1) 防衛費として10年間で4870億ドルを削減する。
(2) 社会保障費として、10年間で3640億ドルを削減する。
(3) インフラ整備などにより、雇用促進のために3500億ドルを支出する。
(4) 教育関連投資として、600億ドルを支出する。

上記の中で、特に大きいのは富裕層への課税強化で、10年間で1兆4000億ドルの歳入確保を計画しています。しかしながら、ブッシュ減税の恒久化を狙う共和党、特にティーパーティーグループの影響が強い下院共和党はこれに強く反対することが予想されます(特に、共和党のロムニー候補はブッシュ減税の継続に加え、富裕層への税率を35%から28%に、低所得層の税率を10%から8%に引き下げることを提案しており、専門機関の調査ではその提案を実行した場合、米国の財政赤字は10年間で3兆4000億ドル拡大するとCNNが報じています)。共和党の主張はオバマ政権による大きな政府による歳出増加が財政赤字の主因としていますが、現在の財政赤字の主因はブッシュ前大統領の再選戦略のために取られた大幅減税やアフガンとイラクでの戦費拡大によるもので、ブッシュ減税で恩恵を受けている富裕層への権益擁護のために、議論のすり替えを行っているように思われます(勿論、オバマ大統領も認めるように、今後増加が予想される社会保障関連費用の対応策を現在から検討しておくことも必要になりますが)。

なお、昨年12月末にオバマ大統領と共和党支配の下院で大きな対立なった従業員減税や失業保険の延長等は米国民の反対を無視できなくなった共和党の同意で、2月17日に議会で承認されました。

4.共和党の大統領候補争い
共和党の大統領候補争いは、2月4日のネバダではロムニー候補が勝利したものの、2月7日のミネソタ、ミズリー、コロラドではサントラム候補が勝ちました。しかし、2月28日にはミシガンとアリゾナで、ロムニー候補が再び勝ちました。ロムニー候補の限界が見えてきた中で、サントラム候補にはその主張が共和党の伝統的な基盤であるブルーカラー層に受け入れやすいなどの強さがありましたが、政治と宗教の分離の必要性を説いたケネディ元大統領を批判したり、大学教育の必要性を否定したり、更に連邦政府は義務教育に一切関与すべきでないなどの極端な発言が目立ち、ミシガンでロムニー候補に勝てる機会を失いました。次の焦点は3月6日のスーパー・チューズディに予定される10州の選挙ですが、サントラム候補がこれらの州で過半数を取るとか、早い機会に同じ保守派のギングリッチ候補が降りてサントラム候補に一本化しない限り、資金力や組織力で優位に立つロムニー候補が勝つ可能性が高まるものと見られます。

ロムニー候補かサントラム候補のいずれが勝つかは今後の展開次第ですが、11月初めの大統領選挙で、現職のオバマ大統領に勝てるかについては、現時点での幾つかのメディアの調査を見る限り、オバマ大統領が5-10ポイント程リードしている状態です。その理由は昨年末からGDPや雇用実績で米国経済の改善傾向が強まっていること、これまでの共和党の大統領候補選びの党員集会や予備選挙で、サウスカロライナを除き、いずれも参加者が前回の2008年を下回っており(ネバダ、ミネソタ、ミズリーでは20%以上の減少)、盛り上がりに欠いていることが挙げられます。この点、今後、米国経済が急激に悪化するとかの予期しない事態が起きない限り、現職のオバマ大統領の優位性は変わらないように思われます。
             (2012年3月1日; 村方 清)