Friday, June 1, 2012

矛盾が深まる欧州危機と不安定さが続く米国市場



 









1.5月の株式市場
5月の株式市場は、欧州でフランスの政権交代に加え、ギリシャでの政権与党が過半数を取れず、617日に再選挙になるなど政治的な混迷が広がったことや米国での経済指標に悪化要因が見られたことから下落傾向を強めました。市場の大きな動きは以下のようなものでした。

51日:4月の製造業景況感指数が市場予想に反して、3月の53.4%から54.8%に増加したことから、ダウ価格は66ドル高(0.50%増加)。
54日:政府発表の雇用統計によれば4月の失業率は8.1%に減少したものの、非農業部門の雇用者増が11.5万人で予想の17万人を下回り、景気の不透明感から、168ドル安(1.27%減少)。
57日:6日のフランス大統領選挙やギリシャ総選挙で、財政規律を重視する現政権への国民の反対が強いことが判明、今後の見通しが不透明になったことから、30ドル安(0.23%減少)。但し、欧州株式市場はギリシャを除き、すべて上昇。
58日:ギリシャの政局混迷で、再び欧州危機の懸念が強まり、75ドル安(0.59%増加)。
59日:ギリシャの政局混迷から欧州連合の金融支援が一部遅れるとの情報やスペインの金融システムへの懸念から、97ドル安(0.75%減少)。
511日:昨日の取引終了後、JPモルガンが金融派生商品への過剰な投資から、現時点で約20億ドルの評価損を発表したことやギリシャの混迷で、34ドル安(0.27%減少)。
514日:ギリシャの政局混迷やJP モルガン・チェースの巨額損失による金融規制強化の警戒から、125ドル安(0.98%減少)。
515日:ギリシャの再選挙で欧州連合離脱の観測が出るなど、欧州への懸念から、63ドル安(0.50%減少)。ギリシャの銀行からの預金引き出しが7億ユーロに達したとの報道。
517日:ギリシャ問題がスペインの金融機関の格下げなどスペインに波及したことや米国景気の先行き懸念が伝えられ、156ドル安(1.24%減少)。
518日:格付け機関がギリシャの金融機関の引き下げたこと等、欧州債務問題の懸念が強く、73ドル安(0.59%減少)。6日連続の下げで、週間では451ドル安。
521日:ギリシャの債務問題の警戒感が弱まったこと、中国の景気後退懸念が和らいだことなどから、7営業日振りに反発、135ドル高(1.09%増加)。
525日:スペインの金融システムへの警戒感が高まり、75ドル安(0.6%減少)。
529日:中国政府の景気刺激策への期待感やギリシャのユーロ離脱観測が和らいだこともあり、126ドル高(1.01%増加)。2週間振りの高さ。
530日:スペイン政府の資金調達難やギリシャ選挙懸念から、161ドル安(1.28%減少)。

また、多くの投資家の関心を引いていたフェイスブックが5月18日にナスダックに上場しました。欧州市場の混乱とJP モルガン・チェースの約2億ドルの投機取引損失等といった市場の悪条件もあり、終値は公開価格の38ドルを多少上回る38.23ドルで終わりました。しかし、それ以降は下がり続け、5月末の株価は29.60ドルドルまで下落(6%減少)、新規上場の難しさを改めて認識させました。

2. 矛盾が深まる欧州危機
56日に大統領選挙が実施されたフランスでは、社会党のオランド候補が51.67%、現職のサルコジ大統領が48.33%で、予想された通り、オランド候補の勝利となりました。オランド候補は財政規律を強化するEU新条約を見直し、成長を促進する条項を主張していますが、既に25カ国が署名済みの新条約を見直すことは現実的ではないと言えます。但し、欧州の成長戦略策定に対してはドイツのメルケル首相も前向きと言われ、問題はどのような政策を優先させるかにあると見られます。オランド候補は追加の財政政策が必要との立場であるのに対し、メルケル首相は労働市場の構造改革や規制緩和で成長を促進したいとの考えで、今後両国でどのように調整していくかが鍵になっています。

一方、ギリシャは欧州連合からの資金支援を条件に、緊縮財政政策を受け入れた全ギリシャ社会主義運動(PASOK)と新民主主義党(ND)の連立与党はNDが改選前の72議席から108議席へ増加させたものの、PASOKが改選前の129議席から41議席へ大幅に減少し、過半数を失いました。その後、最初に第一党となったNDが、次に第二党となった急進左派連合(SYRIZA)が、最後にPASOKが連立政権を試みましたが、多数派を形成することはできませんでした。これにより、ギリシャは617日に、再び総選挙を行うことになりました。総選挙の結果がどのようなものになるにせよ、ギリシャの根本的な問題はギリシャの経済力からして、共通通貨ユーロに留まることのマイナス面が大きすぎることにあります。元来経済基盤が弱く、国際競争力のないギリシャが共通通貨ユーロの導入により、一層経済力を弱めた結果、更なる財政赤字を招き、緊縮政策と引き換えに欧州連合やIMFからの資金援助が必要になったものの、返済はできず、再び緊縮政策の緩和と債務削減の追加を求めるなど悪循環を繰り返しています。同じような困難な状況にある欧州連合メンバー国のアイルランドが欧州連合からの資金支援に対して、緊縮政策を受け入れ、何とか改善を目指している状況を考えれば、ギリシャの選択は緊縮政策を受け入れるか、あるいは欧州連合を自ら離脱するしか打開の道はないように思われます。

加えて、5月後半には深刻な不動産向け不良債権問題に陥っているスペインの大手銀行に対する投資家の懸念が強まり、欧米市場に不安定な動きを与え続けています。525日にスペイン政府は経営危機に陥っている大手銀行バンキアに対して190億ユーロの国債注入による資本増強案を発表しましたが、この前提には欧州中央銀行の資金支援が必要であり、欧州中央銀行から否定的な反応を受け、未だに解決の見通しがついていません。スペイン政府の10年もの国債金利が7%に達している現状では、スペイン政府に自力で追加の国債調達をする余裕はなく、欧州中央銀行からの資金支援以外に方法がないのが実態です。

いずれにしましても、現在の欧州連合は共通通貨ユーロの導入による相互の経済発展を図るという当初の目的から離れ、メンバー国の自国内部の経済困難さから、他のメンバー国がユーロ維持のために救済措置を検討・実行する組織に変わってしまっているように見られます。この点、欧州連合のあり方について根本的な見直しが必要な時期に来ているように思われます。

3.ロム二―候補の経済政策(雇用拡大効果は?)
経済回復と雇用拡大を目指す現職のオバマ大統領の経済政策は、1月の一般教書や経済教書、さらに雇用拡大法案やインフラ投資法案などで、明らかにされています。しかし、ロム二―候補の場合、討論会やスピーチを聞く限り、減税や規制緩和などを通じた民間企業指導型の経済への転換を求めているものの、現在の米国のようにリーマン破綻後の深刻な住宅不況や急速なグローバル化による構造変化が進んでいる中で、どのように経済成長や雇用増加を図ろうとするのか具体的な提案がなされていません。大きな方向としては、財政支出をGDPの20%以内にしたり、軍事費をGDPの4%に引き上げるなどを提案しており、1981年に誕生したレーガン大統領の政策に近いと見られます。当時の状況はそれまでの政府指導型経済が結果として、高率インフレと経済停滞が並存するスタグフレーションをもたらしており、小さな政府による市場経済優先の経済政策がある程度の効果を与える状況にありました。

しかしながら、今回の金融不況は行過ぎた規制緩和が、大手金融機関による米国住宅不動産モーゲージの過度な証券化を生じさせ、それが崩壊した後の構造的住宅不況が主因となっています。そうした状況の中で、ロム二―候補がスピーチで主張するように、住宅の需給に徹した市場原理を導入すれば、住宅物件価値の一層の下落から、不況が一段と深刻化するリスクが高まります。これに関連して、511日のニューヨーク株式市場終了後、米国最大手商業銀行のJP モルガン・チェースがロンドンオフィスで、デリバティブ取引で約20億ドルの損失を生じたことを発表しましたが、商業銀行には投機的取引を制限させるボルカー・ルールの早期適用が極めて重要です(本来あるべき姿は、1999年に廃止された銀行業務と証券業務の分離を定めた1933年のグラス・スティーガル法の復活にあるかも知れません)。しかし、これについても、ロム二―候補は規制強化に反対の立場を取っています。

一方、雇用拡大策についても、コストの安い発展途上国に生産やサービスのグローバル化が進む中で、いかにして米国内の雇用を増加させるのかの具体的な政策がロム二―候補から示されていません。彼がビジネスで成功させたプライベート・エクイティのBain Capital社であれば、投下資本の最大効率化のために、リストラや生産設備の海外移転で効率化を図ることができますが、大統領や州知事は国や州の従業員の雇用確保と雇用拡大が優先課題であり、彼のBain Capitalでの実績は殆ど役に立ちません。ちなみに、彼が州知事を務めたマサッツセッツ州では彼の在任中、全米で雇用創出数が全米で37位から47位に後退したという事実があります。

共和党の支持者の多くは、ロム二―候補あるいはライアン下院議員が掲げる小さな政府に基づく企業減税や富裕層減税に賛成しているのかもしれませんが、マクロで米国が抱える現在の経済成長や雇用拡大問題は減税と規制緩和で改善できるものではなく、そうした政策を優先させれば、ブッシュ政権時に生じた同じ問題が繰り返されるように思います。

現在の米国経済にとって問題なのは、経済回復や雇用拡大には金融面だけでなく、財政面からの刺激策が必要であるにもかかわらず、連邦議会、特に下院があまりに古すぎる“小さな政府”をイデオロギーとして主張するティーパーティー・グループに強く影響され、オバマ政権の提案をことごとく拒否していることです。

4.両院での多数派を狙う共和党
2010年の中間選挙で共和党の躍進をもたらし、その後、連邦議会、特に下院に大きな影響を与えたティーパーティー・グループが今回は上院で穏健派とされる共和党議員の再選を阻止すべく、大きな運動を起こしています。最初にターゲットにされたのがインディアナ州選出のルーガー上院議員で、共和党穏健派の重鎮として、党派を超えた米国外交政策の課題に取り組んできたことがティーパーティーの強い批判を受け、510日の共和党候補選挙の指名を獲得できませんでした。また、ネブラスカ州では州の上院議員を務めたフィッシャー候補がティーパーティー・グループの支援を受け、共和党候補となりました。

加えて、共和党が多数派を占めている州の多くで、選挙民が実際の選挙を行うに際しては本人である公的証明書の提示を義務づける法案を可決するなど選挙資格を厳密化しており、結果において従来の民主党の基盤である貧困層の投票が制限される恐れが出てきています。

この点、仮に11月初めの大統領選挙で、現職のオバマ大統領が再選されても、両院が共和党の多数支配になる可能性もあり、米国政府の政策実行が現在以上に難しくなる懸念があります。本来、世界の民主主義の模範となるべき米国政治が急激に変わってきていることに対して、UC バークレーのライシュ教授(クリントン第1期政権の労働長官)が、最近“Beyond Outrage”という本を著し、少数のグループによる利益支配の構造が進んでいるのではないかとの強い懸念と米国民の自覚を呼びかけているのは大変興味深いことです。
            (201261日: 村方 清)