Sunday, July 1, 2012

新たな方向を探る欧州連合と政治的対立の悪影響を受ける米国市場















1.6月の株式市場
6月の株式市場は、ギリシャの総選挙の見通しの困難さやスペイン政府が銀行救済のために欧州連合からの支援が必要になるなど、28日と29日の欧州連合首脳会議で支援強化の方向が出されるまでは大きな混乱が続きました。同時に、米国を含む主要国において経済減速の兆候が目立ってきており、不安定な展開となりました。市場の主要な動きは以下の通りでした。

6月1日:5月の米雇用統計で、雇用者の増加数が69,000人で、市場予想の半分程度に留まったこと(失業率は8.2%に上昇)、中国やユーロ圏の企業景況感の悪化なども重なり、ダウ価格は275ドル安(2.22%減少)。
66日:欧州中央銀行総裁の記者会見発言や米国連銀理事会メンバーの追加金融への前向き発言から、287ドル高(2.37%増加)で、今年最大の上げ幅。
68日:スペイン政府が週末にも欧州連合に支援を要請し、金融機関の不良債権処理が進むのではないかと期待から、93ドル高(0.75%増加)。
611日:週末に欧州連合の財務相会議で、スペイン政府の支援要請があれば約1000億ユーロに応じることを決めたため、一時は100ドル近く上昇したが、具体的な支援の方法が不透明なことから、スペインの国債利回りが上昇し、143ドル安(1.14%減少)。
612日:欧州債務問題で主要国やIMFが歩調を合わせるとの見方や米国連銀の追加緩和への期待感から、163ドル高(1.31%増加)。
613日:5月の米国小売売上高が前月比0.2%減と2ヶ月連続で落ち込んだことや欧州債務問題への警戒感も強く、77ドル安(0.62%減少)。
614日:週間失業保険申請数の増加や5月の消費者物価指数が前月比0.3%減少などから連銀の追加緩和策への期待と週末のギリシャの総選挙の結果に備え、各国中央銀行による流動性供給の報道もあり、156ドル高(1.24%増加)。
615日:617日のギリシャ総選挙後の混乱に備えた主要国中央銀行の流動性供給の観測と米国連銀の追加緩和策への期待から、115ドル高(0.91%増加)。
621日:6月のフィラデルフィア連銀景気指数が悪化したことや中国の6月の購買者景気指数が前月比で悪化したことなど世界景気の減速傾向から、251ドル安(1.96%減少)。
622日:欧州中央銀行が資金供給条件を緩和するとの発表で、67ドル高(0.53%増加)。
625日:5月の米新築住宅販売件数は市場予想を大きく上回ったものの、欧州情勢への警戒感が強まり、138ドル安(1.09%増加)。
627日:5月の米仮契約住宅販売指数が市場の予想以上に改善したことや米国耐久財受注額も改善したことから、92ドル高(0.74%増加)。
629日:米国経済指標は改善と悪化が混在したものの、欧州連合で欧州安定メカニズム(ESM)を通じる民間銀行への資本注入を合意したことから、278ドル高(2.20%増加)。

2.新たな方向を探る欧州連合
注目されていた617日のギリシャ第2回総選挙の結果は、旧与党として緊縮政策を進めてきた新民主主義党(ND)が第1党で129議席(29.7%)を獲得、反緊縮派の急進左派連合(SYRIZA)71議席(26.9%)を上回りました(投票率では僅差であったものの、議席数で大きな差となったのは比例代表制によって、第1党に50議席上積みされた結果))。加えて、旧連立与党として、緊縮政策に関与した全ギリシャ社会主義運動(POSOK)が33議席を獲得した結果、旧与党の連立で議会定数300の過半数を確保することになりました。これは急進左派連合が政権を取れば、ユーロ離脱に繋がる恐れがあるとギリシャ国民の多くが判断したためとされています。しかしながら、旧連立与党の勝利はギリシャのユーロ離脱という最悪の事態は回避されたものの、負の悪循環に陥っている現在の緊縮政策でギリシャの財政問題が改善される見通しは依然厳しいこと変わりありません。新連立政府は緊縮政策の実行期限を2年間延長するとの決定をしましたが、欧州連合にはこの延長により、追加の資金援助が出ることを懸念する向きもあり、今後の交渉の難航が予想されます。

628日からの欧州連合首脳会議に先立ち、622日に開かれたドイツ、フランス、イタリア、スペインの4カ国首脳会議で、欧州連合域内の成長戦略に充てるために、欧州中央銀行を通じて1200億―1300億ユーロの資金を供与することで基本的に合意しました。従来、ドイツのメルケル首相はメンバー国の財政規律政策が最も重要としていましたが、緊縮策だけでは南欧を中心とする経済の悪循環問題は解決できず、フランスのオランド大統領の提案を受け入れる形になりました。

また、スペインにおける商業銀行の資本不足問題に関連して、スペイン政府は約620億ユーロの資本増強が必要とされる状況を踏まえ、628日から開かれた欧州連合首脳会議で銀行支援を欧州連合各国に正式に申請しました。既に支援する用意があることを表明していた欧州連合は、欧州金融安定基金(EFSF)や7月に発足予定の欧州安定メカニズム(ESM)を通じて、スペイン政府機関である銀行再編基金(FROB)へ資金を融資する予定です。なお、スペインの商業銀行の資本不足問題に関連して、欧州連合内部で“銀行同盟”設立の議論が出ていますが、従来各国の政府・中央銀行が担っていた銀行監督権限を欧州連合に移管することには各国にとっては主権譲渡の問題もあり、具体的な創設に向けた提案を年内にまとめることになりました。

加えて、財政再建に取り組んでいる国に対しては、厳しい条件を課すことなく、欧州安定メカニズムの資金を通じてその国の国債を買い支え、金融市場の安定化を図ることで合意しました。会議では“ユーロ共同債”も話題になりましたが、信用度の高い国の実質的負担が増加する共同債には依然ドイツなどの反対が強く、今後の検討課題となりました。

こうした合意により、629日の米国株式市場ではダウ価格の終値が278ドル高という大きな上昇を記録しました(但し、第2四半期の実績では約3.3%下落)。

“銀行同盟”や“ユーロ共同債”の構想は現在の問題を改善させていく方法であることは間違いありませんが、それは欧州連合が各国の主権を共同体組織に譲渡するという政治統合に向かって進むことであり、現時点ではどのメンバー構成国でも大多数の国民はそれを望んでいない状況にあります。この点、現在の通貨統合がもたらしている欧州連合のメンバー国の問題解決には理論的に政治統合が望ましい解決策であるにしても、どのようにして構成メンバーの国民の多くを納得させていくかも、今後の大きな課題になると思います。

3.米国経済の現況と見通し
米国連銀は19日と20日に開かれた公開市場委員会で、6月末で期限が切れる予定の長期金利を下げるための金融緩和措置(ツイスト・オペレーション)を6ヶ月間延長することを決定しました。連銀議長はこの理由として、米国経済の見通しが2012年の成長率が4月の2.65%から2.15%に落ちてきていること、失業率も7.91%から8.9%に悪化するなど改善のペースが鈍ってきていることを上げています。また、記者会見では今後経済状況がさらに鈍化するような場合には、追加の緩和策を取る用意があることを伝えました。それと同時に、現在の状況を改善するには金融政策だけでは十分ではなく、適切な財政政策が必要であることを伝えました。但し、具体的な財政政策については、議長は従来と同じように、政治的影響を懸念して具体的な言及を避けました。なお、質問の中に、米国経済が流動性の罠に陥っている日本の状況と比べるものがありましたが、議長は現在のような超低金利状態ではこれ以上の金利政策には限界があるものの、量的緩和策は依然有効であり、日銀もそれを用いているはずと回答していました。

4.JPモルガンチェースCEOの公聴会
613日に上院銀行委員会で、619日に下院金融サービス委員会で、510日に金融商品取引で約20億ドルの損失を出したことを発表したJPモルガンチェースのダイモン最高経営責任者(CEO)が出席し、今回の損失問題に関する公聴会が開かれました。今回の事件はリーマンブラザーズ破綻後の金融規制改革法との関係で、更なる規制の強化が必要になるかどうかで注目されましたが、ダイモンCEOは最高投資運用オフィス(CIO)の取引担当者がリスクを理解しておらず、チェック機能も十分に働かなかったために起きたもので、例外的であること、更に、今回の損失があったとしても、4月―6月の決算では依然利益が見込まれていることを強調しました。新たな規制は必要でないとする共和党議員の多くはダイモンCEOの意見に賛意を与えていましたが、民主党議員の中には今回の取引がリスク回避のためのヘッジ取引ではなく、大きな利益を狙おうとした投機取引の結果ではないかとの質問を行ないました。ダイモンCEOはあくまでもヘッジ取引であると回答しましたが、同時に両者の区別はビジネスの性格上、困難なものとのコメントも加えました。

しかしながら、公聴会のテレビ中継後に、こうした金融投機取引ビジネスに詳しい専門家はJPモルガンチェ-スがリーマン破綻後の数年間に渡って、このような投機取引で大きな利益を上げていたのではないか、利益の大きさから内部監督の甘さが生じ、それが今回の大きな損失につながったのではないかとの疑問を投げかけていました。これに関連して、618日号のBloomberg  Businessweek 誌は、JPモルガンチェースの元CIO幹部の発言として、ダイモンCEO2005年にCIOを創設して以来、投機取引による利益確保を奨励していたことや度重なる警告にも拘らず、こうした投機取引を拡大させていったことを明らかにしました。

現在のように、米国の多くの企業に多額の余剰資金がある時に、商業銀行が伝統的な貸し出し業務で多くの利益を上げることは困難な状況ですが、その一方、それを理由に預金を前提とする商業銀行に大きな投機取引を認めることは1929年の大恐慌や2008年のリーマンブラザーズ破綻のような事件を再び繰り返す事態になりかねず、そのことがオバマ政権にボルカー・ルールを含めた金融規制改革法を2010715日に成立させた背景でした。いずれにしても、今回のJP モルガンチェースの損失事件は投機性の高い取引額の大きさや欧州市場の金融不安定さから、損失が更に拡大する恐れもあり(628日付のNew York Times紙は最悪90億ドルに達する恐れがあるとの記事を掲載)、金融機関、特に大手商業銀行に対する規制強化の議論が高まることは避けられないように思われます。

5.最高裁による米国医療改革法の合憲判決
20103月に成立したオバマ政権の米国医療改革法では医療保険料を下げるためには国民の加入義務が不可欠となっていますが、これまで共和党系の26の州で国民への加入義務は違憲との判決が出ていたこともあり、オバマ政権はジョージア州の高裁判決を対象に連邦最高裁に上訴しました。判決前は最高裁判事が共和党大統領によって5名が指名されていることから、共和党側の主張を受け入れ、国民の加入義務は政府の権限を越えるとの理由で違憲判決が出されるとの見方が大方予想されていました。しかし、628日の最高裁判決では、ロバーツ最高裁長官が義務違反の罰金を政府による税金とする限り、違憲ではないと判断したため、54の僅差で合憲とされました。オバマ政権は連邦政府には州際通商取引については連邦政府が罰金を課せるとの立場を取っていましたが、ロバーツ長官はその立場を取らず、政府の一般課税権によるものとの判断を下しました。

この背景には米国医療改革法には①既往症者への保険取り扱い差別の禁止、②26歳までの若者は親の保険への加入可能、③医療保険における生涯保険受領額の上限禁止など、既に多くの米国民が恩恵を受け始めており、加入義務条項を理由に違憲判断を下せば、国民生活への悪影響が大きいとの判断があったものと見られます。さらに、従来より、米国最高裁判所は政治色が強すぎるとの批判があったことから、最高裁長官としては中立的な法律論の立場で判断する必要性を感じていたのではないかとも指摘されています。

いずれにしましても、今回の合憲判決は単に再選を目指すオバマ大統領にとってプラスの効果を与えるだけでなく、先進国の中で最も後れている医療保険制度を持つ米国が立法面や行政面だけでなく、司法面でも一歩前進したことで大きな意味があると思います。特に、最高裁の合憲判決後、下院の民主党リーダーであるペロシー議員(前の下院議長)が国民皆保険を悲願としていた故エドワード・ケネディ前上院議員もこれで安心できるのではないかと述べていたことが印象的でした。

6.ウィスコンシン州知事リコール選挙とロムニー候補の指名獲得
一部で、11月初めの大統領選挙の前哨戦と言われた65日のウィスコンシン州知事のリコール選挙で、現職の共和党のウォーカー知事が53%で、民主党のバレット候補の46%を破りました。しかし、その直後に行われた同州の大統領候補支持率調査ではオバマ候補が52%、ロムニー候補が45%で、オバマ候補が7%のリードとなっていました。これについて、知事の不正行為とかの理由でないにもかかわらず、リコール投票が行われたことに対して州民の6割近くが賛成でなかったとの報道が出されています。同時に、ウィスコンシン州知事リコール選挙では共和党のウォーカー候補が他州にある政治色の強い企業からの多額献金を集めて使った費用が30.5百万ドルで、民主党のバレット候補が使った費用の3.9百万ドルに比べ、 7倍以上の違いがあったことが選挙結果に大きな影響を与えたとの指摘も出されています。

これに関連して、州内の選挙に他州の企業や団体が無制限の資金を使って介入することを禁じたモンタナ州の最高裁判所の決定を625日に54で連邦の最高裁判所が覆す決定を行ないました(前述の医療保険改革法に対する最高裁の判決と異なり、この判決は従来と同じように、最高裁の判決が極めて政治色の強いものとなりました)。

共和党の大統領指名選挙に関連して、626日に最後のユタ州の予備選を終えて、ロムニー候補が代議員総数の66%にあたる1512人を獲得、8月のフロリダでの党大会で正式に指名を受諾することになりました。ロムニー候補が共和党の氏名争いで、他の候補とは決定的に異なったのは資金力の豊富さであり、他の候補は途中で選挙活動を断念せざるを得ませんでした。特に、現在、共和党大統領によって指名された判事が過半数の最高裁判所の判断で、選挙支援団体の資金集めには金額の制限がないとしたことが、ロム二―候補の指名獲得においても大きな結果をもたらしたことは注目される必要があると思います。

その反面、ロムニー候補の民間企業での実績に関連して、621日付のワシントンポスト紙は、彼が責任者であったBain Capitalが投資した企業の多くが生産施設やサービスの拠点を中国やインドなど外国に移し、米国での雇用が失われていることを明らかにしました。米国での雇用増加が大統領選挙の争点の一つになっている時に、大きな影響力を持つワシントンポスト紙にこのような記事が掲載されたことはロムニー候補にマイナスの影響を与えることは避けられないものと見られます(ワシントンポスト紙はロム二―候補側の抗議に対して、記事の内容には裏づけがあるとの理由で応じなかったと報道されています)。
              (201271日:   村方 清)