Wednesday, August 1, 2012

財政緊縮下で金融緩和政策への依存度を高める欧米市場













1.7月の株式市場
7月の株式市場は、前半ではスペインの銀行救済をめぐる欧州連合内部の混乱が欧米市場に悪影響を与える一方、後半には欧州債務問題に対する欧州中央銀行総裁の大胆な発言が欧米市場の株価の大幅な上昇をもたらすなど、変化の大きな展開となりました。主要な動きは以下の通りでした。

73日:5月の製造業受注額が前月比0.7%増と市場予想を上回ったことや欧州中央銀行が景気支えの金融緩和策に踏み切るとの期待から、ダウ価格は72ドル高(0.56%増加)。
76日:6月の米国非農業部門の雇用増加が80,000人に留まったことによる雇用回復遅れの懸念(失業率も先月と同じく8.2)や欧州連合で合意したスペインの銀行救済案に対する北欧諸国へ否定的反応から、124ドル安(0.96%減少)。
710日:アルコアを始めとする米企業の四半期業績の不振に加え、イタリア首相のイタリアも欧州安定メカニズムから国債買い支えの必要性発言から、83ドル安(0.65%減少)。
713日:JPモルガンチェースの四半期業績が市場予想ほど悪化せず、中国の第2四半期のGDPが市場予想の範囲であったため、204ドル高(1.62%増加)。
717日:コカコーラなどの四半期業績が悪くなかったことや連銀議長の上院証言で、追加金融緩和策の可能性を示したことから、78ドル高(0.62%増加)。
718日:前月の新規住宅着工件数が6.9%増の年間76万戸ベースとなったことやインテルなどの四半期業績が市場予想より良かったことから、103ドル高(0.81%増加)。
720日:スペインの地方政府の財政難から再び欧州債務問題の警戒感が強まり、投資家の運用リスク回避の売りが広がり、121ドル安(0.93%減少)。
723日:スペインとイタリアの国債利回りが上昇し(スペインは7.5%を超える水準)、ギリシャの欧州連合離脱観測も出るなど、欧州債務の懸念から、101ドル安(0.79%減少)。
724日:米国製造業の景況感の悪化やギリシャの債務削減の目標達成困難との見通しから、104ドル安(0.82%減少)。3日間連続で100ドル以上のダウ下落は20119月以来。
725日:6月の新規住宅販売件数は市場予想より減少したものの、ボーイングやキャタピラーなどの四半期業績が好調で、59ドル高(0.47%減少)。
7月26日:欧州中央銀行のドラギ総裁のユーロを守るためのあらゆる措置を取るとの発言を受けて、スペインの国債利回りが低下、212ドル高(1.67%増加)。
727日:米国の第2四半期GDP1.5%と市場予想を上回ったことや前日のドラギ欧州中央銀行総裁の発言を受けて、独仏首脳がユーロ圏の維持に注力するとの声明を出したことで、188ドル高(1.46%増加)。
731日:目先の利益確定の売りが広がったことや81日に予定される連邦公開市場委員会で追加の量的緩和策の可能性は低いとの見方から、64ドル安(0.49%減少)。

2.不安定さが続く欧州市場
629日の欧州連合首脳会議におけるスペインの銀行への支援合意を受けて、720日の欧州連合財務相会議では総額1000億ユーロの資金援助を決定しました。支援内容としては7月中に緊急的に300億ユーロをスペイン政府に拠出、国内14銀行に対するストレステストを実施し、9月中に各行の資本不足額を算定した後、資本注入を行うことになりました。資本注入は欧州金融安定基金(EFSF)からスペインの銀行再編基金(FROB)を通じて行ない、欧州安定メカニズム(ESM)が発足した段階で、ESMが支援を引き継ぐことになりました。

今回の合意決定は市場でも前向きに反応したものの、その後にスペインのバレンシア地方政府がスペイン政府に財政支援を求める報道が伝えられ、723日にはスペインやイタリアの国債利回りが再び上昇することになりました(スペインの国債利回りは7.5%を越える水準)。また、724日には格付け機関のMoody’s が欧州連合を支えるドイツへの評価について南欧諸国への支援負担が増加していることを理由に、中立からネガティブに変える可能性を示すなど、欧州連合全体にとってもマイナス面の影響が大きく出始めました。 

一方、ギリシャについては、サマラス首相が国内的に、財政赤字の削減目標をGDP3%以内の実行期限は2年間延長するとしたものの、欧州連合メンバー国に難色があり、本格的な交渉は今後に持ち越されることになりました。

そうした状況の中で、726日に欧州中央銀行のドラギ総裁がスペインやイタリアが直面する財務問題に対して、欧州中央銀行は全責任を持って対応する用意があることを表明、翌日には独仏首脳も欧州連合の維持を改めて確認したこともあり、欧米の株式市場は急激な回復をしました(ダウ価格は26日が212ドル、27日が188ドルと連続の上昇)。しかし、具体的な改善措置については、財政規律重視のドイツ等の北欧諸国と支援策の拡大を求めるスペインやイタリアなどの南欧諸国との間では大きな差があることに変わりはなく、今後どのような改善方法で合意点を見つけ出していくのかが課題になります。

3.英銀行の金利不正問題と米国の金融規制問題
英大手銀行のバークレーズが628日にロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正操作問題に関与していたとして、英国と米国の金融当局に対し、総額453百万ドルの罰金を支払うことで合意しました。7月に入り、バークレーズのCEOと会長が責任を取って辞任することになりましたが、その後の調査で、LIBORの不正操作問題はバークレーズだけでなく、他の欧米の金融機関も長期間に渡って行っていたとの疑惑が広がり、金融界を揺さぶる大きな事件に発展する恐れが生じています。

もし、他の大手銀行も関与していたことが明らかになれば、関係する政府の金融当局による課徴金だけでなく、そうした銀行を通じてLIBORの金融商品を使っていた多数の顧客からの高額の損害賠償を受ける可能性があります。

一方、米国では725日に、シティコープのサンディ・ワイル元CEOがCNBCとの記者会見で、メガバンクにおける銀行業務と投資銀行業務の分離を提案したことで、大きな注目を浴びました。ワイル会長は銀行、投資、保険業務等のあらゆる金融の一元化を唱え、1998年には当時の大手保険会社エトナと最大手商業銀行であるシティコープを統合させ、シティコープが投資銀行業務に大きく踏み込んでいく契機を作った責任者でした。

しかし、彼の後を次いだプリンスCEOは当時のシティコープ経営執行委員会会長がルービン元ゴールドマン・サックス会長であったこともあり、彼の助言によってシティコープは大きく証券化業務(特にサブプライムローンの証券化)に関与していくことになり、それが結果において破綻への道を歩むことになりました。こうして経緯もあり、ワイル元CEOは銀行業務と証券業務の分離、すなわちグラス・スティーガル法の復活を求めたものであり、金融界のみならず、連邦議会でも大きな話題になっています。

3.鈍化する米国経済への連銀の対応
717日に、米国連邦準備理事会のバーナンキ議長は上院銀行住宅都市委員会で、半期に一度の金融政策報告を行ないました。その中で、欧州債務危機や米国財政策をめぐる懸念が景気回復の足かせになっていること、雇用市場についても現在の8.2%の水準にある失業率が緩慢にしか低下しない可能性があることを認めました(727日に発表された米国の第2四半期GDPは1.5%で前期の2.3%を下回りました)。その上で、今後も雇用市場に改善が見られない場合、あるいはデフレリスクが生じた場合には、一連の追加景気刺激策を検討すると述べ、選択肢として米国債やモーゲージ担保証券などの追加買い入れに加え、窓口買出しや準備金の引き下げ、時間的政策などのコミュニケーションの利用を挙げました。

また、年明けにブッシュ減税の失効と歳出の自動削減措置が開始となる“財政の崖”についても、議会が行動しなければ米国経済はリセッションになる公算が大きいとして、急速な歳出削減や増税を回避しながら、信頼のある長期の財政再建計画を策定することの重要性を改めて強調しました。

こうしたことから、次回の連銀公開市場委員会(FOMC)は731日から81日に開催の予定ですが、その時に追加の景気刺激策が決まる可能性は少ないものの、9月のFOMCで和措置が取られるのではないかとの見方が多くなっています。

4.オバマ政権の減税提案
7月17日のバーナンキ議長の議会証言に先立ち、79日にオバマ大統領は議会に対し、所得が25万ドル以下の米国民の98%が属するミドルクラスについては11月の大統領選挙を待たずにブッシュ減税を1年間延長し、25万ドル以上の富裕層については選挙後に、クリントン大統領時代の税率に戻すべきかどうかの議論を行うべきことを提案しました。

この理由として、①米国の成長はミドルクラスが健全に発展していくことが必要で、ブッシュ政権時代に試みられたトップダウン・エコノミクスは機能しなかったこと。②ブッシュ減税によって、富裕層とミドルクラスの所得格差が広がっていること、③将来の税金がどうなるかについて、不安定な状態を長く続けるべきでないことを上げています。

これに対して、議会の共和党幹部は従来通り、減税延長を行うのであれば、富裕層を含む全所得層を対象にすべきであると主張しています。オバマ大統領がこのような減税案を提案した背景には米国民の3分の2が支持する富裕層への課税強化と経済的な困難を抱えているミドルクラスへの減税延長により、大統領選挙で米国民の広範な支持を得ようとする狙いがあるものと見られます。

5.様々な問題に直面するロム二―候補
621日のワシントン・ポスト紙に、ロム二―候補が責任者であったベインキャピタル社の投資先企業が中国やインドに生産施設やサービスの拠点を移したとの記事に関連して、ロムニー候補陣営はGSI インダストリーズなどの投資先企業がアウトソーシングを行なったのはロム二―候補が冬季オリンピックの責任を担うべく、ベインキャピタル社を離れた19992月以降のことであり、彼と直接に関与していないとの釈明を行ないました。 

しかし、711日付のボストン・グローブ紙はSECに登録されたベインキャピタル社の資料から彼が2002年まで、会長兼CEO、かつ100%のオーナーであったこと、さらに毎年10万ドル以上の報酬が受け取ることを明らかにしました。加えて、2004年に行なわれたマサッツセッツ州知事選挙の際に、対立する民主党候補からボストンを数年間離れていたことを聞かれた際に、ロム二―候補は彼の住所がボストンにあることの他に、ベインキャピタル社の役員会に出席していたことを自ら述べており、矛盾する彼の説明に疑問が投げかけられています。

また、ロム二―候補はメディアから強く求められている過去の納税報告書について、(特に問題となるのは税法上の優遇措置を使った外国での資産運用)、外国での資産運用はブラインドトラスト方式であるため、彼自身ではコントロールできないこと、過去の長期間に渡る納税報告書は不必要な疑問を呼ぶだけであり、昨年と今年の納税報告書以外は公表するつまりはないことを伝えました。こうしたロム二―候補の姿勢に対しては、民主党側だけでなく、共和党関係者からも反発を招いており、過去の納税報告書を公表しないことは大統領候補としてマイナスになるだけであり、公表することが強く求められています。

なお、ロムニー候補の税金問題に関連して、716日付けのブルムバーグ・ビシネスウィーク誌はロム二―候補が熱心な信者であるモルモン教とビジネスの関係についての特集記事を掲載しており、その中でモルモン教が宗教法人であることの減税優遇措置を利用して、ビジネスを大きく伸ばしていることを伝えています。

いずれにしましても、ロム二―候補は彼の主張の一貫性の無さ(注1)、資産や経歴の不透明性、米国のリーダーとしては無神経かつ無知な発言の多さなど(注2)、大統領としての資質に多くの問題を抱えているのに対して、オバマ政権も最近は経済停滞が目立ってきており(最大の理由は財政政策が十分に発動されないためで、その背景には連邦下院が201011月の選挙で共和党が過半数を取ったことにより、オバマ政権への協力を拒否していることがあります)、今年116日の大統領選挙では、2つのマイナスを比べ、どちらが大きいかによる逆の選択になってきているように思われます。
 
 (注186日付のニューズウィーク誌は、”Romney:the WIMP Factor(臆病さ)Is He Just Too Insecure To Be Presidentとする特集記事で、自らの考えを示すことができないロムニー候補のリーダーシップの欠如の問題を取り上げました。
 (注2)最近ではロンドン・オリンピック開催直前にロンドンを訪問した際、オリンピックについての準備が不十分と発言、ロンドン市民の反感を買ったり、イスラエルを訪れた際には、米国に比べGDPに対する医療費の少なさを賞賛したものの、それはイスラエルが社会主義国のような公的医療保険制度を持っているためであることを知りませんでした。
              (201281日:  村方 清)