Monday, April 1, 2013

キプロス問題で揺れる欧州市場と高値警戒論が出始めた米国市場















 
1.3月の株式市場
3月の株式市場は欧州市場が315日以降、キプロスの銀行の不良債権問題をめぐる支援条件のあり方で不安定化を高めました。一方、米国市場は5日に史上最高値を記録した後、8日間連続で更新しましたが、それを支えた最大の要因が連銀による量的緩和策であり、警戒論も出始める高値水準となっています。市場の主要な動きは以下の通りでした。

35日:米サプライマネジメント協会(ISM)の景況感指数が前月比0.8%増加の56.0%となり、投資家心理が改善、126ドル高(0.89%増加)。2007109日の最高値を更新。
36日:ADPの全米雇用レポートで、政府部門を除く非農業部門の雇用者増加数が198,000人で市場予想の170,000人を上回ったこともあり、42ドル高(0.30%増加)。
37日:米政府発表の週間米新規失業保険申請件数が市場予想の355000件に反して、34万件に減少、雇用情勢の改善が続き、33ドル高(0.23%増加)。3日連続の最高値更新。
38日:米政府発表の2月雇用増加数は246000人で、市場予想の16万人を大きく上回り、雇用情勢の改善が顕著との見方から(失業率は7.7%に減少)、ダウ平均は68ドル高(0.47%増加)。4日連続の最高値更新。
811日:先週末に発表の2月雇用統計による米景気の回復期待と大手金融機関の資本計画の可否に対するFRB14日公表を控え、金融株が買われ、50ドル高(0.35%増加)。
814日:米政府発表の週間米新規失業保険申請件数が市場予想に反し、前週比750件減少、米景気の回復が加速しているとの見方から、84ドル高(0.58%増加)。8日連続の最高値更新(10日続伸)。
818日:キプロスの金融支援を巡ってユーロ全体の金融システムの警戒感から下落が一時100ドルを超えたが、米市場への影響は限定的との見方から、63ドル安(0.43%減少)。
320日:キプロスの財務相がロシアに支援を要請したことや連銀が量的緩和策やゼロ金利政策の維持を表明したことから、56ドル高(0.39%増加)。
321日:キプロス問題の先行き不透明感が高まり、90ドル安(0.82%減少)。
322日:キプロスと欧州連合の金融支援交渉合意への期待感から、91ドル高(0.63%増加)。
325日:キプロス支援の枠組みをめぐるEU財務相会議議長の発言をめぐり、思惑が入り乱れ、欧州債務問題が再燃することの懸念が増加し、64ドル安(0.44%減少)。
326日:米国の2月耐久財受注額が5.7%の増加となったことや1月のケース・シラー住宅指数が8.1%増加と2006年夏以来の水準であったことから、112ドル高(0.77%増加)。
327日:キプロスの先行き不安とイタリアの連立政権樹立の協議が難航で、欧州市場の下落から、33ドル安(0.23%減少)。
328日:キプロスで銀行が2週間ぶりに再開したが、大きな混乱はなく、金融システムへの懸念が後退し、52ドル高(0.36%増加)。S&P500の株価指数も史上最高値を更新。

2.キプロス問題で揺れる欧州市場
欧州中央銀行のドラギ総裁は39日に2013年のGDPの見通しを3日月前のマイナス0.3%からマイナス0.5%に下方修正しました。また、2014年の見通しについても、1.2%から1%に引き下げました。インフレ率についても、前回予想の1.4%から1.3%へ下方修正しました。但し、こうした下方修正を行なったにもかかわらず、政策金利は過去最低の0.75%で据え置くことを決定しました。この背景には、更なる利下げについてはドイツなどの強い反対があったためと見られています。

次に、314日に開催された欧州首脳会議で、緊縮策を主導するドイツと成長を優先させるフランスの対立が見られましたが、最終的には財政規律強化については財政赤字を産出する際には、公共投資に関する各国の裁量を拡大し、成長を損ねないようにするとの妥協案で合意が成立しました。

3月の動きで最も重要であったのは、深刻な銀行の経営問題に直面するキプロスに対して、ユーロ財務相会議は315日に100億ユーロの支援と同時に、支援条件として、10万ユーロ以上の預金者には預金残残高の9.9%を、10万未満の預金者には預金残高の6.75%の預金税を課すことを決定したことでした。ユーロ財務相会議が預金者に税負担を求めたのは、EUメンバーの中で、国内の政治事情からドイツやフィンランドで支援負担の増加に強い反発があったことやキプロスの銀行への大口預金者はロシアなどの外国人が多く、課税措置を取っても影響が少ないとの判断がありました。

キプロスは代表的な産業が観光業と銀行業と言われるほど、従来から外国人の預金を奨励してきており、全体の預金700億ユーロの内、3分の1がロシアの富裕層を中心する外国人であったと言われています(一部はロシアからのマネーロンダリングの噂もあります)。その預金の多くはキプロスの銀行がギリシャ国債やギリシャ企業への貸付に使われており、2011年以降ギリシャの債務増加問題で、そうした貸付への返済を受けられなくなったことにキプロスの銀行の不良債権化の原因がありました。このため、ドイツなどはキプロス政府の外国人預金奨励策やキプロスの銀行の安易な融資姿勢に問題の本質があり、預金に対する課税を行い、キプロスの自主財源の確保を強く要求しました。

これを受けて、キプロス議会が19日に採決を行ないましたが、反対多数で法案は拒否されました。このため、キプロス政府は新たに大手銀行の整理と国内の資産や教会からの寄付を活用する投資資金の設立を議会に提案、議会も22日にはこの法案を成立させました。しかし、欧州連合から財源確保が不十分との指摘が出され、キプロス政府との交渉が続けられた結果、キプロスの二大銀行を縮小・整理すると同時に、高額預金者に一定の負担を求めることで合意しました。具体的には最大手のキプロス銀行は資本増強の際に10万ユーロ以上の高額預金者に負担を負わせ、第2位のライキ銀行については健全な銀行部分と不良債権を集めた不健全な銀行部分に分離、健全な銀行部分は最大手のキプロス銀行に吸収させることになっています。また、ライキ銀行についても、10万ユーロの高額預金者には大きな負担を課すことになっています。

今回の動きはキプロスの経営難に陥った銀行への救済に対して、欧州連合がキプロス政府に支援金を供与するのに際し、キプロスの銀行の株主、債券保有者、さらに大口預金者に負担を求めたことで、従来の欧州連合メンバー国への支援策と異なっています。この背景には最大の供与国であるドイツなどで国内事情からこれ以上の支援負担が出来ないと言う理由に加えて、キプロスの銀行の業務規模は国内総生産の8倍といわれる程大きすぎるものであり、銀行全体の規模を他のメンバー国並みにするために、その負担を銀行の利害関係者に負わせたことにあります。今回の措置が成功するかどうかは大口預金者、特にロシアの富裕層の出方やロシア政府の反応が鍵となります。また、今回の措置は他のメンバー国には適用しないとの明確なメッセージも必要となります。いずれにしましても、イタリアの政治的な混乱と同時に、キプロスという小国が起こした銀行の不良債権問題は欧州市場だけでなく、米国市場にも大きな影響を与えることになりました。

3.米国議会の2013年度暫定予算成立
米国上院は320日に、下院が可決した暫定予算案を修正した上で可決、これにより930日までの暫定予算が成立することになりました。なお、31日から実行されている850億ドルの強制削減措置は依然続けられており、財政収支改善をめぐる民主、共和両党の合意が成立しない限り、41日以降に政府機関の運営や雇用面での悪影響が大きくなっていくものと見られます。

4.連銀の金融緩和策と高値警戒論が出始めた米国市場
320日に開かれた連邦公開市場委員会(FOMC)は経済が緩やかな成長軌道に戻りつつあることや雇用情勢の改善が見られるとして、2013年のGDPの見通しについて、12月予測の2.3%から3.0%を2.3%から2.8%へ修正すると同時に、失業率の見通しについても7.4%から7.7%を7.3%から7.5%へ修正しました。その上で、月額850億ドルの証券購入プログラムを続けること及び物価上昇率が2%を超えない限り、失業率が6.5%程度に定着するまで、事実上のゼロ金利政策を続けることを確認しました。これを受けて20日の米国株式市場はダウ価格が再び最高値を更新しました(35日にダウ平均価格は2007109日の最高価格である14,162ドルを上回り、それ以降も8日連続で最高値を更新)。

株式市場がここまで大きく上昇した背景には連銀の金融緩和策、特に、量的緩和策が効果を上げていることが指摘されます。連銀が通常の国債購入以外の資産の購入に踏み切ったのは200811月で、MBS(住宅モーゲージ担保証券)1.25兆ドルを対象に, 米国の金融危機で急激な値下がりをした住宅モーゲージ証券の価格崩壊を防ぐことが目的でした。しかし、同時に3000億ドルの国債も対象にしたため、マネタリーベースは20088月までは8000億ドル台であったものが、20091月には2倍強の17000億位ドル台、201010月には2.5倍の2兆ドル台に達しました。更に、連銀は量的緩和策の第2弾として、201011月に6000億ドルの国債を購入することを決定、この結果、20111月までは2兆ドル台であったマネタリーベースは6月以降2.5兆ドル台に増加しました。こうしたマネタリーベースの増加は株式市場には著しいプラス効果を与え、ダウ平均価格で2008年末に6776ドルであったものが、2009年末に10428ドル、2010年末に11578ドル、2011年末に12218ドルと上昇が続きました。

なお、20129月に量的緩和策の第3弾として、400億ドルMBS450億ドルの国債を対象に続けられており、2012年末のダウ価格は13104ドルになるなど更なる株価上昇の原因となっています。特に、量的緩和策が超低金利政策と合わせて、国債などの利回りを著しく低下させ、機関及び個人投資家はリスク運用手段である株投資に大きく向かわせることになりました。

しかしながら、株価の急上昇に貢献している量的緩和策は、成長率上昇や失業率の低下と言った実体経済への影響は未だに限定的です。過去3年間の経済成長と株価の動向を見ますと、20093月以降今日まで、ダウ価格は2倍以上になったものの、米国経済の実質成長率は約7%にすぎません。また、失業率も現在の7.7%は20093月の水準に過ぎません。特に、連銀は現行の量的緩和策の見直しの必要性を失業率が6.5%に低下した時点としていますが、米国の高い失業率が厳しい緊縮財政を実行している州政府の政府職員に多いことやグローバル化に伴う質の面の労働需給のミスマッチである構造的要因を考えると、現在の規模での継続性には反対意見が出されています。 昨年11月の連銀公開市場委員会以降、一部の委員から実体経済の改善に限定的な量的緩和策の継続に疑問や懸念が出されており、最近でも、ペンシルベニア地区のブローサー連銀総裁は36日に量的緩和策の利点は少なく、金融安定や市場機能、物価安定と言った本来の連銀の役割を損なう恐れがあるとして、量的緩和策の縮小を提言しています。同様な見解はダラス地区のフィッシャー総裁によっても共有されています。

また、市場においても、ダウ価格が史上最高値をつけた3月初め頃から高値警戒の議論が出始めています。第1にエール大学のシラー教授によれば、現在のP/E比率22.9を過去10年間のサイクル調整済みのP/E比率で比較してみると約39%高いことを指摘しています。第2にQレーシオ(株価を純資産の調達コストで割ったもの)で、50%超過していることがコンサルタント会社から指摘されています。最後に現在の配当比率は2.6%で、過去の平均の4.3%を大きく下回っており、株価の異常な高騰が目立ってきています。

バーナンキ議長は20日後の記者会見で、こうした量的緩和策が金融市場や債券市場に与える影響について、副作用はまだ対応が可能と回答しました。しかし、行過ぎたサブプライムローンの証券化の崩壊をもたらした米国の金融危機の一因が当時のグリーンスパン連銀議長が指導した長期の低金利政策であったという経緯もあります。こうしたことを考えると、量的緩和策についても短期的には株価上昇の面で効果はあるものの、副作用が避けられないステロイド的療法の特性からして、現在、継続のあり方について見直しが必要な時期に来ているように思われます。
                (201341日:  村方 清)