1.5月の株式市場
5月の株式市場は、欧州は景気悪化が続いているものの、欧州中央銀行の金融緩和策もあり株価市場は安定性を保っていました。一方、米国は連銀の量的緩和策が株式市場の高値相場を助長しているのではないかとの懸念もあり、連銀内部でも量的緩和策縮小議論が目立ってきており、不安定な展開となりました。市場の主要な動きは以下の通りです。
5月1日:ADPによる非農業部門の雇用者数が前月比11万9千人で、市場予想の15万5千人を下回り、3日の雇用統計も下振れ観測が高まり、ダウ価格は139ドル安(0.94%減少)。
5月2日:欧州中央銀行の0.5%の利下げを受け、余剰資金が米国市場に向かうとの見方や米国の週間新規失業保険申請件数が予想に反して減少で、131ドル高(0.89%増加)。
5月3日:米政府発表の4月雇用増加数は16万5000人で、市場予想の15万人を上回り、雇用情勢の改善との見方から(失業率は7.6%から7.5%に低下)、142ドル高(0.96%増加)。
5月7日:日本や欧州の株式市場が上昇、運用リスク相場が加速、87ドル高(0.58%増加)。
5月9日:最高値更新による過熱感から利益確定売りが優勢で、23ドル安(0.15%減少)。
5月10日:世界的な金融緩和策での余剰資金の相場上昇期待から、36ドル高(0.24%増加)。
5月14日:米国中小企業の景況感を示す4月の指標が上昇、米国景気や株式相場の先行きに強気な見方が広がり、124ドル高(0.82%増加)。
5月15日:米国経済指標の悪化があったものの、米連銀の量的緩和策縮小が後退したとの見方から、60ドル高(0.40%増加)。
5月16日:4月住宅着工件数の低調から利益確定売りが優勢で、42ドル安(0.28%減少)。
5月17日:4月の米消費者態度指数が先月の76.4から83.7へ大幅に上昇(5年10ヶ月振りの水準)や世界的な金融緩和策による資金流入の期待から、121ドル高(0.80%増加)。
5月21日:米連銀幹部の発言で、量的緩和策継続の期待が高まり、52ドル高(0.34%増加)。
5月22日:連銀議長の午前中の議会証言とは異なり、前回FOMCの議事録で量的緩和策に伴う資産購入規模を6月にも縮小すべきとの複数委員発言から、80ドル安(0.52%減少)。
5月23日:日本株相場の急落を受けて米国市場でもリスク回避の動きが広がったが、4月の新規住宅販売件数が大幅に増加したり、週間新規失業保険申請件数が減少したことから,下げ幅は13ドル安(0.1%減少)に留まった。
5月28日;日欧株式相場の上昇に加え、3月の米住宅価格指数が10.9%上昇、5月の消費者信頼度指数が76.2%と高水準となったことで、106ドル高(0.69%増加)。
5月29日:米国の良好な経済指標が続く中で、長期金利が上昇、更に米連銀が量的緩和策の早期縮小に向かうとの懸念が強まり、107ドル安(0.69%減少)。
5月31日:5月の消費者態度指数の確定値が84.5%と上方修正、シカゴ購買部会景気指数(PMI)も58.7%と大幅に上昇、量的緩和策の縮小懸念が増加、209ドル安(1.36%減少)。
2.欧州経済
欧州連合(EU)の欧州委員会は5月3日、2013年のユーロ圏経済見通しが前回の2月時点から0.1ポイント下回るマイナス0.43%になることを発表しました。また、2014年についても2月時点から0.2ポイント下回るプラス1.2%に留まるとしました。景気後退の原因は個人消費の落ち込みで、特に失業率がユーロ全体では12%超で、特にスペインやギリシャでは25%を超えているのが大きく響いています。国別に見ると、ドイツは2013年にプラス0.4%を確保する見通しですが、フランスはマイナス0.1%、イタリアはマイナス1.3%、スペインはマイナス1.4%になる見通しです。これに伴い、財政再建は一層困難さを増しており、フランスが2013年と14年の財政赤字はGDP比で3.9%、4.2%に、スペインは6.5%、7.0%になることが予測されており、欧州連合のGDP比で3%以内という財政再建目標について、スペインだけでなく、フランスにいても2年間の延長が必要になるのではないかと見られています。
5月29日に開かれた欧州連合欧州委員会は、フランス、スペイン、スロベニア、ポーランドの4カ国は2年間、オランドとポルトガルは1年間、財政赤字削減の期限を目標時期よりも先送りすることを勧告、来月の財務相会議で議論される予定となっています。
なお、欧州中央銀行はユーロ圏の厳しい経済見通しを反映して、5月2日に政策金利を0.25%引き下げて過去最低の0.5%にすることを決定しました。その日に記者会見を行ったドラギ総裁は景気動向によっては追加的な利下げに踏み切る用意があることを示しました。
現在、欧州連合内で、ドイツとその他の国々との間で、緊縮財政を巡り意見対立が続いています。ドイツは9月の総選挙を前に、多国支援のための資金負担増加は認められず、メンバー国の財政規律が重要との従来の立場を表面的には変えていません。これに対して、従来ドイツと足並みを揃えていたフランスが自国の景気後退もあり、政権交代後、景気拡大のための政策も必要と主張を変えています。加えて、最近は、従来財政規律派であったオランダも自国の財政赤字の悪化から、より柔軟な政策が必要との立場を取り始めています。いずれにしても、現時点では、欧州連合メンバー国の厳しい国内事情を踏まえ、財政規律より経済成長や雇用増加を重視すべきとの意見が強まってきています。
しかしながら、こうした欧州連合の景気悪化という状況にありながら、5月の株価に関しては欧州中央銀行の金融緩和策もあり、上昇を続けており、実体経済との乖離が欧州でも起きていることになります。
3.米国財政赤字の改善
米国議会予算局(CBO)が5月14日に発表した2013会計年度(2012年10月から13年9月まで)の財政赤字は6420億ドルと2月時点の見通しから2030億ドルを下回る見込みであることを明らかにしました。2012年度の財政赤字は1兆ドルであったことからすると、2013年度は約4000億ドルが減少することになります。また、この結果、2013年度の財政赤字のGDP比率は4.0%となり、2012年度の7.0%に比べ、大幅に改善する見通しです。2月の予想より赤字幅が減少したのは税収などの歳入増と歳出抑制の両面で改善が進んでいることによるものです。歳入面では今年1月から実施されている給与減税の失効や年間所得40万ドル以上の富裕層増税が効果を上げていることによります。また、歳出面では今年3月に発動された今後10年間で1.2兆ドルという強制削減が大きく影響してきています。
なお、財政赤字の改善に伴い、今年5月に引き上げが必要と見られていた連邦政府の債務上限について、ルー財務長官は9月2日までは現行の政府借り入れ能力で維持できる見込みであることを明らかにしました。
4.連銀の量的緩和策縮小議論で揺れる米国市場
異質な金融政策とも言うべき連銀の量的緩和策が米国株式市場に大きな不安定要因となることを示す象徴的な出来事が5月22日に起きました。午前中に議会の上下両院合同委員会でのバーナンキ米連銀議長が行った証言では、米経済は緩やかなペースで成長しているものの、雇用情勢は全体的に弱く、量的緩和策の見直しには景気や雇用の改善が進んでいるかの検証が必要で、当面は緩和縮小の判断を先送りしました。これを好感したダウ平均価格は一時150ドル高となりました。その反面、長期金利も上昇、改善が目立っている住宅市場への懸念も増加しました
その後、合同委員会のブレイディ委員長から、量的緩和策が現在の雇用状況の改善に必ずしも効果的でないとの立場から、量的緩和策の継続の妥当性について質問を受けると、マクロの経済環境次第では、今後数回のFOMCで資産購入縮小を決めることもありうると従来のトーンを変える姿勢を見せました。また、午後に4月末の前回FOMCでの議事録が公表され、その会議で多数の参加者が6月にも現行の量的緩和策による資産購入ベース減速を支持したとの表現がありました。これを受けて市場に量的緩和策の縮小懸念が高まり、一時は120ドル以上の下落となりました。
また、5月31日には5月の消費者態度指数の確定値が84.5%と上方修正、シカゴ購買部会景気指数(PMI)も58.7%と大幅に上昇、投資家の量的緩和策の縮小懸念が増加、5月末ということもあり、209ドル安という大きな下落となりました。なお、10年物国債の利回りはこの日に2.13%となり、5月2日の1.63%に比べ大きな上昇となりました。
これらの出来事は米国の実体経済以上に、連銀の量的緩和策によって株価の高騰が維持されている米国の株式市場の不安定さがいかに大きいかを示すことになりました。
2008年9月にリーマンブラザーズの破綻によって生じた米国の深刻な金融不況を克服する手段の一つとして、バーナンキ連銀議長が2008年11月以降主導してきた大規模な量的緩和策は大量の資金供給を通じて住宅モーゲージ証券の価格崩壊を防いだり、大幅に下落した株価を高めることに貢献したことは間違いありません。しかしながら、量的緩和策が雇用回復に与える影響が限界的となり、一方で株価が米国企業の実績を遥かに超えて、今年3月5日にはダウ平均価格ベースで金融危機以前の最高値である2007年10月9日の水準まで達していることは、現時点では連銀の量的緩和策が株価高騰を助長し、投機性の強くなった株式市場に不安定性を高める結果になってしまいました。
いずれにしましても、本来株式市場は企業の業績によって民間の投資資金によって流れが決められていくことを前提としており、中央銀行の人為的な資金供給がそうした投資資金の流れに歪みを与え、株式市場の不安定性を高めている状況は望ましくなく、連銀が今後どのようにして量的緩和策を縮小させていくかが大きな課題になっているといえます。
(2013年6月1日: 村方 清)
(2013年6月1日: 村方 清)