Thursday, August 1, 2013

実体経済より株価高騰を懸念させる連銀の量的緩和策














1.7月の株式市場
今月の株式市場は多くの米企業の四半期業績発表があり、業績相場といった色彩がありました。しかし、それでも7月10日の連銀議長の講演内容や717日と18日の議長の議会証言が株価を大きく変動させるなど、依然連銀主導による金融市場であることを認識させました。主要な動きは以下の通りでした。

7月1日:米サプライマネジメント協会の製造業景況感指数が前月の49から50.9へ改善、一方で5日の米雇用統計を見極めたいとの投資家の判断も強く、65ドル高(0.44%増加)。
72日:米雇用統計などの経済指標の発表を週後半に控え、様子見の投資家が多く、午後は利益確定売りが優勢。43ドル安(0.28%減少)。
73日:ADPによる非農業部門の雇用者数が前月比188千人で、市場予想を上回ったことから、56ドル高(0.38%増加)。
75日:政府発表の非農業部門の雇用者数の伸びが前月比195,000人の増加となり、市場予想(175,000人)を上回ったことから(失業率は7.6%で横ばい)、労働市場が順調に改善しているとの見方から147ドル高(0.98%増加)。
78日:ポルトガルの連立政権維持の見込みから、欧州株が上昇としたため、89ドル高(0.59%増加)。
79日:非鉄大手のアルコアが前日発表した四半期決算が予想ほど悪くなかったこともあり、76ドル高(0.5%増加)。
711日:失業保険申請者の増加があったものの、前日のバーナンキ議長の講演会での発言について当面緩和策を続けるとの意味を量的緩和策の早期縮小はないと判断した投資家が多く、169ドル高(1.11%増加)。
716日:米鉱工業生産指数が上昇のニュースがあったが、明日の連銀議長の議会証言を控え、過去最高値圏にある株の目先の利益確定の売りが優勢で、32ドル安(0.21%減少)。
718日:連銀議長の2日間の議会証言に加え、新規失業保険申請件数が市場予想より減少したことやフィラデルフィア連銀景気指数が上昇するなど、米景気の改善が示されたことで、78ドル高(0.50%増加)。
723日:ユナイテッドテクノロジーの四半期決算がよかったものの、相場が高値にあるところから警戒感も強く、上昇は限られ、22ドル高(0.14%増加)。
724日:キャタピラーの四半期業績が低調だったことや中国の景況感指標の低下から、
利益確定売りが広がり、26ドル安(0.16%減少)。
729日:FOMC等の行事を控え、利益確定売りが優勢で、37ドル安(0.24%減少)。
731日:FOMC後の声明が市場予想通りの内容だったこともあり、利益確定売りが優勢で21ドル安(0.14%減少)。

2.実体経済より株価高騰を懸念させる連銀の量的緩和策
今月は多くの米企業の四半期決算の発表がありましたが、連銀議長の緩和策の方向性に関する発言に市場が大きく変動する状況が続きました。710日に連銀は618日と19日に開催されたFOMCの議事要旨を公表し、19名のメンバーの内、半数は経済が改善し、年内にもQE3を終了することになると予想していたこと、但し、投票権のある12名のメンバーの多くは量的緩和策を縮小させる前に雇用市場の一段の改善を確認する必要があるとの見解を示していたことを明らかにしました。

同じの日の取引終了後に、バーナンキ連銀議長はボストンでの講演会後の質疑で、緩和策の中でも、量的緩和策とゼロ金利政策とでは目的が異なっており、前者は劇的な変化を期待して行うものであり、後者はより長い目的を持って実行されていることを説明しました。これらの政策によって、現在住宅や自動車セクターが良くなってきていること、家計もバランスシートの改善が見られるとしました。しかし、失業率6.5%まで低下させる雇用市場の改善や2%のインフレターゲットは依然として厳しいものであることを説明しました。さらに、TaperingTightening では意味が異なっており、量的緩和策が縮小されても、失業率が6.5%以下になるまではゼロ金利政策を続けることを明らかにしました(市場はバーナンキ議長の発言について、量的緩和策を含めた金融緩和策の継続と捉え、11日のダウは169ドル高と大きく上昇することになりました)。

717日と18日に、バーナンキ連銀議長は議会の下院と上院で定例の米国経済の現状と見通しについて証言しました。主要な証言内容は以下の通りでした。
1)経済:6月予想での見通しは、財政政策の制約が減り、今後の数四半期に渡って成長が加速、それに伴ない、雇用市場も改善が続くことを見込んでいる。
2)雇用:雇用状況は次第に改善しつつある。しかし、失業率は長期の正常水準を大きく上回る。失業率が労働参加率の循環的低下であれば、低金利政策の維持が必要となる。
3)インフレ:FOMCの長期目標の2%を下回り続けている。非常に低いインフレ率はデフレリスクを増大させる。インフレ率が目標の2%へ戻るように行動する必要がある。
4)資産買い入れ政策の方向性:資産買い入れ政策は経済・金融動向に左右されるため、事前に決められるものではない。今後の指標が予想と一致すれば、年内に月次の買い入れペースを緩め、来年半ばで終了することを見込んでいる。しかし、目標を達成する上で、緩和策が十分でないと判断すれば、買い入れペースを上げることもあり得る。

また、両院での質疑応答の中で、量的緩和策に関するものは以下の通りでした。
19月に量的緩和策の縮小を行なう可能性:今後は出てくる経済指標を検討した上で、FOMC’が判断を下すことになる。
2)量的緩和策の評価:金利政策のような通常の金融政策手段ほど強力ではないが、雇用や経済に対して有意義な効果を持ったと見ている。特に、2008年以降、短期金利の操作余地がなくなり、デフレの懸念が増す時期に、経済を押し上げていく役割を担ったと思う。
3)量的緩和策のリスク評価:量的緩和策はリスクとコストを伴っており、注意深く見守っている。しかし、量的緩和策の効果とコストを数量的に比較分析することは難しい。
18日も、連銀議長の量的緩和策に関する発言から、多くの投資家は量的緩和策縮小の時期がまだ決まっていないとの投資家の判断から、ダウは78ドル高と大きく上昇しました)。

また、31日も2日間に渡るFOMCの会合後に声明が発表されましたが、従来と同じく、量的緩和策やゼロ金利政策を維持すること、量的緩和策は今後の雇用統計などの景気動向を見極めた上で、増額、減額とも準備していることを明らかにしました。声明発表後、一時的にダウは75ドル以上も上昇しましたが、月末であることや82日の雇用状況の発表を待ちたいとの投資家の判断が強く、最後は21ドルの下落となりました。

現在、米国では連銀が200811月以降、5年間で約3.5兆ドルの量的緩和策を続けながら、ここ数年間は雇用状況の改善に大きな変化が見られないことや20121月に2%のインフレターゲットを導入しながら未だに1%前後のインフレしかないことなど、マクロ経済の改善は進んでいません。しかし、その一方、株価については20133月に200710月の高値水準を上回った以降も上昇を続けています。特に、主要な銘柄については、景気回復の遅れから売り上げが伸び悩んでいるものの、多くの企業で経営合理化などにより株価利益率の達成は確保されており、軒並み最高値を更新しています。しかし、連銀の量的緩和策によって株だけが高騰していく状況は、やはり投機性の高い不安定な相場を作り出しているように見られます。株式市場のP/E Ratioの分析で有名な エール大のシラー教授は、7月末のS&P500P/E Ratio24.59 としており、過去10年間平均のRatioである16.47と比べ、50%近く上がり過ぎているとしています。この点、投機性を増している高値の株式市場を、今後どのようにして安定的な業績相場に移行させるかが大きな課題になっていると思います。

なお、米国に限らず、欧州や日本でも、低金利政策のみならず、量的緩和策を続けながら、成長、雇用、インフレ等のマクロ経済面での改善が大きく進まない最大の理由はそれらの国々における企業のグローバル化の進展が大きいためと見られます。特に中国やインドなどの発展途上国に生産やサービスの多くが移ってしまい、それらの製品やサービスを輸入する先進諸国におけるデフレ化が構造的にビルトインされてしまっていることがあげられます。そして、先進各国において中央銀行による大規模な量的緩和策を導入しても、企業の借り入れ増加に結びつかず、大量の資金が株式市場に流れ、株価だけが大きく上昇、実体経済との乖離を拡大させているように思われます。

4.欧州連合の新たな問題となるポルトガル
ポルトガルは20115月に財政危機に陥り、EUIMFECBのトロイカから780億ユーロの支援を受け、財政赤字の削減に向けた改革を進めていました。しかしながら、7月初めに連立与党の一端を担う民衆党党首のポルタス外相が財務相の後任に財政規律を重視する別の大臣が指名されたのに反発して辞意を表明しました。このため、社会民主党出身のコエリヨ首相が内閣改造に踏み切り、ポルタス外相を副首相に昇格させ、彼をIMFEUとの交渉役に当たらせることで連立政権の維持で合意しました。しかし、カバコシルバ大統領は首相の内閣改造案を拒否、最大野党の社会党を含めての与野党協議で対応策をまとめることを要求、3党間で話し合いが続けられていましたが、歳出削減をめぐる与野党間の対立は深く、19日に会議は決裂しました。そして、今後の対応はカバコシルバ大統領に委ねられることになりました。

今回のポルトガルのケースは、ギリシャやイタリアと同様で、財政危機を乗り切るべく、トロイカによる支援と引き換えに、歳出削減に努めたものの、経済の悪循環から十分な成果は出ず、多くの国民の不満を反映して政治状況が不安定になっていることだと思います。

英国エコノミスト誌は76日付けの記事で、こうしたEUの状況について、内部で金本位制を、外部で変動相場制を採用しているようなものであるとする米国の2名の学者の研究を紹介しています。彼等によると、現在、17カ国の共通通貨であるユーロは①固定レート、②資本の自由な移動、③独立した金融政策という相矛盾する前提の上で成り立っており、解決は容易でないとしています。

いずれにしても、現在は欧州中央銀行がイタリア出身のドラギ総裁の下で、ギリシャやイタリアなど南欧諸国の国債を購入して金融の安定を一時的に図っていますが、同一通貨を維持しながら、緊縮財政政策で国内経済の調整を図ろうとすることは南欧諸国と北欧諸国では経済構造や社会文化が異なっている以上、容易なことではなく、今後も同じような問題を繰り返していくように思います。

また、前月でも伝えましたが、経済成長が停滞し、国内経済に大きな問題を抱えている国々でも、欧州中央銀行による量的緩和策や低金利政策で、全体の株価が上昇するというアンバランスが起きています。このことについて、ニューヨークの株投資アナリストの一部に欧州が底から脱しているとの見方を取るものもいますが、実態は単に時間稼ぎをしているに過ぎず、本質的な問題は依然解決されていないというのが正しい評価だと思います。
           (201381日:  村方 清)