1.8月の株式市場
8月の株式市場は8月5日以降8月23日までは連銀の量的緩和策縮小の懸念から、26日以降は化学兵器使用の疑いが強まったシリア政府への攻撃の可能性から、ダウ平均価格は7月末に比べて、約4.4%の下落となりました、主要な動きは以下の通りです。
8月1日:米サプライマネジメント協会(ISM)の製造業景況感指数が6月の50.9へ7月の55.4へ改善、2年1ヶ月ぶりの高水準となったことや中国の製造業購買担当者景気指数(PMI)も前月の50.1から50.3へ改善し、ダウは128ドル高(0.83%増加)。
8月2日:政府発表の非農業部門の雇用者数の伸びが前月比162,000人の増加で、市場予想(180,000人)を下回ったものの(失業率は7.4%に低下)、雇用環境が緩やかに回復している見方が広がり、30ドル高(0.19%増加)。
8月5日:前週末に主要な株価指数が最高値を更新したため、利益確定目的の売りが優勢で、46ドル安(0.30%減少)。
8月6日:5日のダラス連銀総裁に加え、アトランタやシカゴの連銀総裁による量的緩和早期縮小の言及や過去最高値推移の反動で、利益確定売りが優勢で、93ドル安(0.6%減少)。
8月9日:連銀が9月から量的緩和策の縮小を始めるとの見方が強まり、利益確定売りが優勢で、73ドル安(0.47%減少)。ダウが週間で1.5%の下落となるのは6月以来。
8月14日:メーシーなど一部の百貨店の四半期決算が不調であったことや連銀の量的緩和策早期縮小の見方が強まり、113ドル安(0.73%減少)。
8月15日:シスコやウオールマートなどの四半期決算が不調であったことに加え、週間失業保険申請件数が2007年10月以来最低で、しかも7月のCPIが0.2%であったことから、
9月から連銀の量的緩和策縮小が始めるとの見方が強まり、225ドル安(1.47%減少)。
8月19日:米長期金利の上昇や連銀の量的緩和策縮小の懸念から、71ドル安(0.47%減少)。
8月21日:7月のFOMCの議事要旨が発表され、量的緩和緩和策の縮小時期について、意見の相違が見られたが、縮小傾向は避けられないとの見方から、105ドル安(0.70%減少)。
8月23日:米商務省発表の7月新規戸建住宅販売件数が394,000戸で、市場予想の485,000戸を大幅に下回り、量的緩和策の縮小規模が小幅との見方から、47ドル高(0.31%増加)。
8月26日:米国務長官の記者会見で、米国がシリアへの強硬手段を取る可能性を言及したことから、64ドル安(0.43%減少)。
8月27日:量的緩和策縮小に加え、化学兵器使用疑いのシリアへの米国の軍事介入、米国政府の借り入れ引き上げ問題などで、170ドル安(1.14減少)。、
8月29日:米国第2四半期のGDPが上方修正の2.5%で、16ドル高(0.11%増加)。
8月30日:7月の個人消費支出が0.1%の伸びで予想を下回ったことや化学兵器使用のシリアへの攻撃を検討中のケリー国務長官の記者会見もあり、31ドル安(0.21%減少)。8月の下落率はダウが4.4%、ナスダックが1%で、S&Pの3.1%は2012年5月以来。
2.欧州経済
欧州連合は8月14日にユーロ圏17カ国の今年4-6月のGDPの速報値を発表しました。それによると全体では前期比0.3%の増加で、7四半期振りにプラス成長となりました。ドイツとフランスがそれぞれ0.7%と0.5%の増加で、全体を牽引した形になりました。但し、ドイツが0,7%という大きな成長率を示した背景には、厳冬で予定通り進まなかった民間の設備投資が集中したなどの特殊な要因もあるとされ、今後も持続するかは必ずしも明確ではありません。なお、フランスは政府の一般支出が0.5%増加したことに加え、個人消費が0.4%増となったことが大きかったとされています。
一方、債務危機の影響を受けるイタリアとスペインはマイナス幅が縮小したものの、それぞれ0.2%減と0.1%減となりました。特に、両国の失業率は依然高く、スペインが26.3%、イタリアが12.1%を記録しています。いずれにしましても、ユーロ圏では南欧諸国の債務問題や労働市場改革は依然として解決されておらず、ドイツとフランスの2強の改善がユーロ圏全体を押し上げる結果となりました。
なお、9月22日でドイツの総選挙が行なわる予定ですが、現在の予想では与党のキリスト教民主同盟(CDU)/キリスト教社会同盟(CSU)と自由民主党(FDP)の連立政権が過半数を占めるものと見られます。但し、FDPが議席獲得に必要な5%の得票率に届かない場合、CDU/CSUと野党第1党の社会民主党(SPD)とで大連立を組む可能性が生じます。
その場合でも、SPDはドイツのユーロ圏維持には賛成を示しており、従来の政策に大きな変更はないものと見られます。焦点は与党のCDU/CSUはユーロ共同債や預金保険制度に反対を表明しており、そうした制度に前向きのSPDとの調整が必要になるかも知れません。
3.連銀の量的緩和策縮小に備える米国市場
8月5日の週は、米国の4地区の連銀総裁が相次いで、量的緩和策の縮小に前向きな発言を示唆しました。最初にこれまで緩和策の継続を支持してきたシカゴ連銀のエバンス総裁が、6日に労働市場の著しい改善が見られるので、9月17-8日に開催されるFOMCの会合で購入額を縮小する決定に明確には反対しないと発言、クリーブランド連銀総裁のピアナルト総裁も7日の講演会で、雇用の伸びが予想よりも強いことを理由に、量的緩和策の規模縮小に備える時期に来ていることを示唆しました、更に、従来量的緩和策に最も批判的であったダラス連銀のフィシャー総裁も8日に、経済の改善が持続していることから、量的緩和策を縮小する良いタイミングと発言、加えて、アトランタ連銀のロックハート総裁も経済がかなり改善してきており、資産購入政策なしでも前進できる態勢に備えるべきとしました。こうした4地区の連銀総裁の縮小発言が相次いだことから、8月5日の週は、ダウ価格は1.5%の下落となりました。
8月12日の週も、15日に発表された週間失業申請件数が前週に比べ15,000件の減少で320,000件数と2007年10月以来の低水準となったこと及び7月の物価上昇率が0.2%で、過去12ヶ月間ベースで2%となったことから、連銀が示唆してきた量的緩和策の縮小条件が整いつつあるとの見方が強まりました。この日はシスコやウオールマートなどの四半期決算も不調でダウは大きく下落、225ドル低下(1.47%減少)となりました。なお、この週は前日の14日もメーシーなどの大手百貨店の四半期業績悪化からダウは113ドルの下落となっており、週全体としても2012年6月以来の2.2%という大きな下落となりました。
8月21日に、7月30-31日のFOMCの議事録要旨が公表されましたが、大半の委員がバーナンキ議長の年内に量的緩和策の規模縮小に着手し、2014年半ばに終了させるとの立場を確認したものの、9月から始めるかどうかについて具体的な時期の言及はありませんでした。但し、数人の委員が量的緩和策の買い入れ規模を縮小する時期が近いとの認識を示したとされています。加えて、議事録要旨の発表を受けて、米国債10年物が2011年7月以来の高水準である2.9%を一時超えたことから、ダウは105ドル安の大幅下落となりました。
9月17日と18日に開かれるFOMCの会合で、現在の量的緩和策を縮小させるべきかの議論が行われる予定となっていますが、縮小論が強くなっている背景には2つ理由があると見られます。その一つは量的緩和策の実体経済への影響が限定的になっていることで、特に昨年9月に導入された量的緩和策の第3弾の場合、雇用創出面でも経済成長率でも大きな効果を与えていません。次期連銀議長の有力候補の一人とされるサマーズ元財務長官が量的緩和策は実体経済の押し上げに効果を発揮していないとの発言を繰り返しています。また、彼は雇用問題は財政政策が重要で、金融政策は適さないとの考え方を持っています。
もう一つは量的緩和策が実体経済以上に株価を押し上げ、実体経済との乖離を大きくさせていることです。3月5日にダウ平均価格はリーマン破綻前の最高価格である2007年10月9日の14,162ドルを越えましたが、米国経済が低迷している時に株価だけが高騰している株式市場の異常さが目立つことになりました。量的緩和策に反対を続けるダラス連銀のフィッシャー総裁は8月5日の講演で、「一部の市場参加者はFRBが永遠に市場を浮揚させ続けてくれるとの期待を抱いている。これが金融資産の価格形成を歪め、怠惰な分析を奨励して、深刻な資源配分の誤りの素地を作り出している。」と発言しました。8月26日付のBloomberg Businessweek誌も最近における米国株高騰に対して、オバマ大統領が過度な金融緩和策で新たなバブルを起こさせてならないとの強い考え方を持っていることを伝えています。次期の連銀議長として、最も有望視されていたイエレン連銀副議長以外に、前述のサマーズ元財務長官の名前が上がっているのも、こうした大統領の懸念があるのかも知れません。
ニューヨーク連銀が株の主要なディラーを対象に行なったサーベイでは彼等の多くは9月17-18日のFOMCの会合で、量的緩和策の規模を現在の850億ドルを700億ドルへ150億ドル縮小(財務省証券で100億ドル、不動産担保証券で50億ドル)、12月までに更に150億ドルを縮小すると見ているようです。いずれにしても、バーナンキ連銀議長の主導の下に2008年9月から実行されてきた連銀の量的緩和策が、今後は縮小・廃止の方向へ向かうことは間違いないものと見られます。
4.10月中旬に迫る米政府借入れ上限問題
8月26日に、ルー米財務長官は米国議会が連邦債務の法的上限引き上げで迅速に行動しなければ、10月中旬にデフォルト・リスクが高まることを警告しました。米連邦政府は今年5月に約16兆7000億ドルの債務上限に達した後、様々な緊急措置による資金のやりくりを通じて、デフォルトを回避してきました。しかし、10月半ばまでに緊急の借り入れ手段が尽き、手元資金残高が500億ドル程度になる可能性が見込まれています。野党の共和党は債務上限問題を政治的な駆け引きの材料にすることを検討していると伝えられ、一方、オバマ政権は議会が積み上げてきた議会の責任で、共和党と交渉するつもりはないと大統領報道官は明言しています。 2011年8月にも債務上限引き上げ問題をめぐる与野党の対立から、米政府がデフォルト寸前に追い込まれた経験があり、今後のオバマ政権と与野党との話し合いの行方が注目されます。
5.エジプトの軍事クーダーとシリアの化学兵器使用
エジプトで7月3日に軍事クーダーが起こり、同国の総選挙で選ばれたモルシ元大統領が失脚しました。その後、ムスリム同胞団は大規模なクーダー拒否とモルシ復権のデモを呼びかけ、各地で多くの衝突を繰り返しました。しかし、より多くの国民の支持を得ている軍部に対して、政治的あるいは軍事的に対抗することは難しく、その影響力をかなり後退させているのが実態です。
ムスリム同胞団は、3代続いた軍出身大統領の政権下で、非暴力的な穏健路線で、多くの福祉事業を行い、広い支持を集め、「アラブの春」を契機に、初の民主的選挙で、政権の座を射止めました。しかし、軍トップの更迭やイスラム色の強い憲法草案を導入するなど強引な政策を進める一方、多くの国民が強く望んでいた経済の回復には失敗、治安の維持回復も成功しませんでした。モルシ政権の政策が行き詰まった背景には、エジプトはイスラム諸国の中ではイスラム的な保守世界から西欧流の近代社会への脱皮を図ってきており、過度なイスラム色の復活には軍部だけでなく、多くの国民の反発がありました。
一方、軍若手将校団を中心とするエジプトの軍部エリート達は遅れた祖国の近代化と強力な国家建設の意欲を持ち、保守的な宗教勢力と一線を画すグループになっていました。加えて、軍部は外国からの経済支援の受け入れや国内で広範な権益を有する商工業者と組んで、大きな経済的な影響力を持っていました。今回、モルシ元大統領の政権が経済的にも政治的にも完全に行き詰まっていたことは、軍部が政権を取り戻す絶好の機会となりました。しかし、復権した軍部にしても、以前のムバラク時代のやり方以外に新たな国家像や政治プログラムを持っておらず、民主化への道筋を表示するのが精一杯の状態です。
2年前にチュニジアで始まった「アラブの春」はアラブ世界に民主主義国家の建設の流れが強まるとの期待をもたらしましたが、現状では挫折したと言ってもよいように思います。なお、エジプトの軍事クーデターの西側諸国への経済的な影響については、スエズ運河の航行が保証される限り、限定的なものと見られます。
次にシリアについては、ケリー国務長官がシリア政府が化学兵器を使用した証拠が高いことを踏まえ、8月27日に限定的な武力攻撃の可能性を示唆したこともあり、シリア問題が世界の主要な株式市場に動揺を与えることになりました。8月28日には米政府の借り入れ限度問題への懸念もあり、ダウは170ドルの下落、欧州や日本も大きな下落となりました。
オバマ政権が当初、期待していた英国政府からの協力は8月29日に英国議会の反対で得られなくなり、一時米国の単独攻撃の可能性を検討したものの、オバマ大統領は8月31日の会見で米国議会の承認を求めることを明らかにしました(議院内閣制の英国と異なり、三権分立制の米国では今回のような限定攻撃の決定権限は国の最高司令官である大統領に与えられています)。オバマ政権が議会の承認を求めることにした背景には、オバマ大統領が従来から大統領による武力行使決定は国連決議があるか同盟国の協力が不可欠と主張していたこと、今回はそれがいずれも得られなかったことに加えて、米国世論の8割近くが議会の承認を求めていたことが上げられます。米国議会は9月9日から開催の予定ですが、与党民主党が多数の上院の承認は問題ないものの、野党共和党の多数の下院では承認の見通しは現時点では不透明です。しかし、ブッシュ政権が意図的に作り出したイラクの大量破壊兵器に対して米国による本格的な戦争を承認した米国議会が今回承認しなければ、シリア政府の客観的な化学兵器使用に対して何らの行動も取らないという二重の間違いを犯すことになりかねず、米国の威信の観点から最終的に承認するのではないかと思われます。
なお、米国がシリアへの攻撃した場合、シリアの反撃がどのようなものになるかは予測不可能ですが、シリアを支援するイランに欧米との関係改善を望む新たな大統領が就任していることもあり、米国の攻撃がシリアの化学兵器関連施設に限定されていれば、他の国を巻き込んだ大きな戦闘に発展する可能性は少ないのではないかと見られます。しかしながら、米国によるシリアへの攻撃が起きれば、一時的に米国、欧州、そして日本の株式市場に大きな悪影響を与えることは間違いなく、今後の動向が注目されます。
(2013年9月1日: 村方 清)