Monday, December 1, 2014

中間選挙後の政治変化と株式市場への影響



1.11月の株式市場
11月の株式市場は中間選挙で共和党が連邦議会の上下両院で多数派となったことを除けば、欧州や中国などの海外市場あるいは原油安の動向が大きな影響を与えることになりました。主要な動きは以下の通りでした。

11月3日:先週末の日銀の追加金融緩和で欧米市場が高騰したことを受けて、週明け3日の欧州市場で主要国の株価指数が下落したことで投資家心理がやや悪化。米国は4日の米中間選挙を前に市場の様子見ムードも強く、24ドル安(0.14%減少)。
11月5日:上下両院で共和党が多数派となりエネルギー、金融関連などの規制緩和が進むとの観測が強まり、101ドル高(0.58%増加)。
11月6日:ECB理事会後の会見でドラギ総裁が追加の金融緩和に前向きな姿勢を示したことから、70ドル高(0.40%増加)。
11月7日:政府発表の10月の雇用統計は非農業部門の雇用者数は前月比214,000人で市場予想の235,000人を下回ったが、失業率は5.9%から5.8%へ低下、19ドル高(0.11%増加)。
11月10日:FRBが緩和的な金融政策を当面続けるとの見方から、資金流入を見込んだ買いが入り、40ドル高(0.23%増加)。
11月13日:米景気や企業業績が回復するとの期待と同時に、原油先物相場が下落するなど、相場の重荷となり、41ドル高(0.23%増加)。
11月14日:連日最高値を更新したため利益確定売りが優勢で、18ドル安(0.1%減少)。
11月18日:ドイツの景気指数が上昇したことや米国の11月住宅市場指数が市場予想であったことから、40ドル高(0.23%増加)。
11月19日:先月のFOMC会合の議事録要旨が公表されたが、金利引き上げに関するヒントは少なく、前日の過去最高値更新から利益確定売りが優勢で、2ドル安(0.01%減少)。
11月20日:中国や欧州の企業の景況感が悪化したが、米国は10月の中古住宅販売件数やフィラデルフィア連銀景気指数が市場予想を上回ったことから、33ドル高(0.19%増加)。
11月21日:中国人民銀行が金利の引き下げを決めたことやECBのドラギ総裁の講演で量的緩和に踏み切るのではないかとの思惑が広がり、91ドル高(0.51%増加)。
11月25日:7-9月期のGDPの改定値は実質で年率3.9%と速報値より0.4%上方修正されたが、消費者信頼度指数が市場予想に反して低下、3ドル安(0.02%減少)。
11月26日:10月の個人消費支出の伸びは市場予想を下回ったものの、耐久財受注額は予想以上に増加、13ドル高(0.07%増加)。
11月28日:27日のOPEC総会での生産量据え置きの決定を受け、原油先物相場の急落で小売株や航空株が上昇したものの、石油株や建機株が下落、49セント高(0.0%)。

2.米国の雇用状況
米労働省が11月7日に発表した10月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比214,000人の増加で、市場予想の235,000人を下回りました。但し、8月と9月の改定値は203,000人と256,000人へ上方修正されました。 一方、10月の失業率については5.8%で、前月から0.1%の改善、労働参加率は62.8%で前月の62.7%より若干増加しました。なお、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は11.5%で僅かに減少しました。部門別ではサービス業が181,000人の増加で、特に教育や医療関連が41,000人と雇用改善に大きく貢献しました。なお、製造業と建設業は15,000人と12,000人の増加でした。

3.10月のFOMC会合要旨
米連銀は11月19日に10月28-29日に行なわれたFOMC会合の議事録要旨を発表しました。先月のFOMC後に発表された声明では労働市場に関する判断が強められ、景気回復への自信が示される一方、金融市場の不安定性や欧州経済の低迷などにはあまり重視しない内容となっていました(このことが量的緩和策の終了の決定になりました)。しかし、実際には市場の不安定性や海外経済について当局者の間で多くの議論が行なわれていたものの、米国経済について悲観的な言葉が不要な警戒心を起こさせることの懸念から、除かれたことが明らかになりました。

一方、2%のインフレ目標については、2%を下回る状況は、2%を上回る状況と同様の代償を伴うとの広い合意があり、この見解は国民にも広く共有されていると当局が認識されているとしました。更に、金融安定の目標を声明に盛り込むことも提案されましたが、早期に結論を出すのは困難として見送られました。

4.中間選挙後の政治変化と株式市場への影響
11月4日に行なわれた米国の中間選挙で、事前の予想通り、与党民主党は下院のみならず、上院でも過半数を野党の共和党に奪われました。これにより、オバマ大統領は残り2年間の任期において共和党支配の議会への対応で困難さが一層増すことになります。その一方、三権分離主義を取っている米国では大統領に拒否権を始め、多くの行政権限を与えており、オバマ大統領が絶対に認められないとする法案については、議会で承認されても実行できない可能性があります(大統領が拒否権を発動した法案は両院が3分の2以上の多数で再可決しない限り、成立しません)。

こうした状況を踏まえて、オバマ大統領は11月5日に共和党指導者への協力を求めました。これに対し、上院共和党トップのマコネル院内総務はTPPや税制改革などの政策については前進させる用意があることを表明しました。その一方、ベイナー下院議長はカナダからテキサス州に原油を運ぶキーストンパイプラインの建設を早期に認めるように要請する一方、企業の負担が多いと共和党が考えるオバマケアについては撤廃を求め、更に不法移民に米国市民権獲得の機会を与える移民制度改革についても強い反対の意向を示しました。

しかし、オバマ大統領は11月20日に国民向けのテレビ演説で、不法移民の中で、アメリカ国籍の子どもを持ち、既に5年以上米国に生活している移民については強制送還を3年間免除する措置を大統領権限で実施することを表明しました。今回のオバマ大統領の決定は2012年の大統領選挙で、オバマ候補を支持してきた中南米系住民が議会の反対で一向に進まない移民制度改革についてオバマ大統領の実行力に失望し、今回の中間選挙で投票を棄権したことが民主党の敗因につながったとの強い危機感があったと見られています。

移民制度改革についての大統領の決定に対して、共和党は大統領権限の乱用であるとして強く反発、今後他の政策面でも大統領に協力するのは困難になるとしています。その反面、大統領権限による移民改正措置の実施は過去、民主党と共和党の大統領がいずれも行なってきたことでもあり、むしろ連邦議会の上院で移民改正法案が承認されながら、様々な理由を上げながら法案の承認を引き伸ばしてきた下院の共和党に大きな責任があるように思われます。そして、オバマ大統領は2016年の大統領選挙を意識しながら、民主党の支持基盤である中南米系住民の民主党大統領候補への協力を再び取り込みたい戦略があったものと見られます。なお、11月22日のLA Times紙は今回の大統領権限による移民法改正措置により、従来強制送還を恐れ、オバマケアへの登録を躊躇していた中南米系住民の多くが申請する可能性があり、オバマケアの保険加入者が急増する可能性があるとしています。

一方、オバマケアの撤廃を求める共和党下院は21日に行政権の乱用があったとして、
オバマケアを管轄する厚生長官と関連予算の支出に関与した財務長官を連邦裁判所に提訴しました。

加えて、こうした大統領と議会の対立は株式市場にも影響を与える分野においても今後起きてくるものと見られます。最初に予想される問題は2月末から3月初めに限度額に達することが見込まれる連邦政府の債務上限引き上げで、前回の2013年10月には大統領・民主党と共和党の厳しい対立から連邦政府の一部機関が閉鎖に追い込まれました。今回は下院のみならず、上院も共和党が多数派となっていることから、共和党はオバマケアの撤廃を求め、様々な要求をしてくるものと見られ、オバマケアの廃止はあり得ないとする大統領・民主党との間で前回以上に深刻な対立を起こすことが考えられ、株式市場への悪影響が懸念されます。

更に、株式市場の動きに影響を与える法案として、下院で既に承認されている議会による連銀への監査があります。来年初め以降の新たな議会で、共和党支配の上院でも承認されれば、従来独立性の高かった連銀による過度な金融緩和政策やバランスシートの悪化問題が議会でオープンに議論されることになる可能性が高まります。議会による連銀の監査は本来、連銀が伝統的な金融政策の実行機関であれば問題は少なかったものの、2009年11月の量的緩和策の導入以降、既に連銀は長期国債を含む4兆5000億ドル以上の長期債権を保有しており、連銀による不良債権化の問題や財政ファイナンスの問題に加え、市場原則重視の立場から連銀による金融市場の歪みの問題が議論されるものと見られます。特に、
FRBを監視する上院銀行委員会の次期委員長にはイエレン氏の連銀議長承認の際に、イエレン氏の量的緩和策の支持姿勢を強く批判したアラバマ選出のリチャード・シェルビー議員が就任する予定で、共和党の多くの議員が主張する連銀の政策決定への監視、特に金利決定の数式化さらに雇用対策よりインフレ対策重視への転換を求めてくるものと思われます。なお、シェルビー議員は連銀の国内銀行の監督権限にも強く反対しており、連銀からその権利を剥奪すべきことを求めています。いずれにしても、共和党支配の新たな連邦議会では米国の早期の金融正常化に向かって連銀に多くの要求をしてくるものと見られています(グリーンスパン連銀議長以降、次のバーナンキ議長、そして現在のイエレン議長などが進めてきた連銀の金融緩和政策については、テーラー・ルールでも有名なスタンフォード大のテーラー教授など多くの金融専門家からも強い批判が出ています)。

5.量的緩和策をめぐるECB内部の議論
11月6日のECB理事会後の記者会見でドラギ総裁はECBによるバランスシートの拡大を理事会全体で決めたような表現を用いた結果、市場もそれに応じて積極的な反応をしました。しかし、実際には、理事会の声明文を見ると拡大することが期待されるという表現に留まっていました。更に、11月17日にドラギ総裁が欧州議会で証言し、インフレが長期間に渡り、過度に低水準に留まれば、ECBはあらゆる行動を取る用意があるとして、量的緩和策を含めた措置実施の可能性を言及しました。その日も中国中央銀行の金利引下げ決定もあり、ドラギ総裁の発言は株価を押し上げる反応を示しました。

その一方、こうしたドラギ総裁の発言に対し、ECBの決定に強い権限を有するバイトマン独連銀総裁は11月6日のドラギ総裁発言について、バランスシート拡大は期待であって目標ではないとして、緩和期待の高まりに距離を置きました。いずれにしても、ドラギ総裁がECBのバランスシート拡大について前向きの発言をすれば、市場は前向きの反応をしますが、現時点では量的緩和策がメンバー国の財政規律を緩めることになることを警戒するドイツやオランダなど北欧グループが積極的に賛成していない現実があり、市場が過度に反応しているように思われます(なお、量的緩和策の導入に賛意を示しているのはイタリア出身のドラギ欧州中央総裁の他、イタリア中央銀行、フランス中央銀行、ポルトガル中央銀行の総裁など南欧諸国の理事たちに限定されているように見られます)。

更に、米国の投資家の多くは日本だけでなく、EUでも本格的な量的緩和策を導入すべきとの意見を強く主張しますが、その背景には海外での量的緩和策の導入が金利差による海外投資家からの米国市場への新たな資金流入となり、株価を押し上げる効果に期待していることがあげられます(米国の投資家にとっての最大の関心事は実体経済の動向というより、新たな資金流入により株価上昇が続くかどうかであり、そのことが中央銀行の行過ぎた金融政策を通じて株のバブルとバーストが繰り返される米国の株式市場の特性となっています)。いずれにしても、米国や日本で経験しているように、中央銀行による量的緩和策は株価上昇などの資産インフレには効果があっても、グローバル化やIT技術が急速に進んだ実体経済の中では、その効果に疑問があるだけに、株の時価総額と実体経済(GDPの規模)の乖離がどこまで進むのかを注意深く見守る必要があるように思われます。

6.OPEC会合での減産見送り決定とその影響
中東などの産油国で構成する石油輸出機構(OPEC)は11月27日にウィーンで定例総会を開き、価格下支えのための減産に踏み切るかどうかを議論しましたが、意見の隔たりが大きく、加盟12カ国の生産目標を現行の日産3000万バーレルに据え置く決定をしました。

会合ではイランやベネズエラなどの財政状態の厳しい加盟国が減産を要求、一方、財政余力のあるサウジアラビアやクエートなどは生産目標の据え置きを主張したが、減産には全壊一致の合意が必要で、意見の調整がつかず、減産は見送りとなりました。サウジアラビアには減産で価格を押し上げても、米国などでのシュールオイルの増産を招くだけで、供給過剰の解消にはつながらないとの懸念があったことが伝えられています。

これを受けて、27日のニューヨーク・マーカンタイル取引所の原油先物市場は急落し、WTIの1月渡しは一時69ドル台と4年半ぶりの安値をつけました。これにより、原油安が一段と進み、消費国のガソリン価格にもよい影響することが予想されます。その反面、原油安が進んだことは輸出依存度の高いロシア経済に深刻な影響を与えており、ルーブルの著しい低下に加え、12月の債務支払い問題も懸念されています。
2014121日: 村方 清)

Saturday, November 1, 2014

連銀による量的緩和政策の終了と市場の変化
















1.10月の株式市場
10月の株式市場は28-29日の米連銀のFOMC会合で、長期間に渡って続けられてきた量的緩和政策の終了が見込まれていたことから、エボラ出血熱の騒ぎや世界不況の懸念と合わせて、不安定な展開となりました。主要な動きは以下の通りでした。

101日:9月のサプライマネジメント協会(ISM)製造業景況感指数は前月の59から56.6に大きく低下、欧州や中国の低下もあり、先行き懸念から、238ドル安(1.40%減少)。
103日:政府発表の9月の雇用統計は非農業部門の雇用者数は前月比243,000人で市場予想の210,000人を大きく上回ったこと(失業率も5.9%へ低下)や下落相場が続いていたことで、積極的な買いが入り、209ドル高(1.24%増加)。
10月7日:ドイツの8月鉱工業生産指数が市場予想を下回ったことやIMFの世界経済見通しで2014年と15年の世界経済の成長率予測を引下げたことから、273ドル安(1.65%減少)。
108日:9月開催分の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨の公表を受けてドル高による物価押し下げ懸念と世界経済の停滞による低金利政策の必要性が強く意識され、前日の大幅下落の反動もあり、275ドル高(1.64%増加)。
109日:欧州の景気悪化や中国の成長鈍化など世界景気の減速懸念が米国景気の悪化にも繋がるとの警戒感から、335ドル安(1.97%減少)。下げ幅は2013年6月20日以来、約1年3カ月振りの大きさで今年最大。
10月13日:世界的な景気の減速懸念と多くの機関投資家が運用の参考指標とするS&P500の株価指数が節目である1905ドルを割り込んだことから、223ドル安(1.35%減少)。
1015日:世界経済の減速懸念に加え、米国でも9月の小売売上高が前月比0.3%減や卸売物価指数の0.1%低下による米国経済の不透明感、さらに米国でのエボラウイルス患者に接した2人目の看護婦から陽性反応が出たことなどから、173ドル安(1.06%減少)。
1017日:欧州株式相場が大幅上昇し、米市場でも9月の米住宅着工件数が市場予想以上に増加や10月の米消費者態度指数(速報値)も改善、263ドル高(1.63%増加)。過去6営業日の下げ幅は合計で876ドルであったが、この日の反発で約3割を取り戻し。
1021日:アップルの四半期決算で市場予想を上回る内容であったことやECBが追加の金融緩和策を検討しているとの報道から、215ドル高(1.31%増加)。
1023日:キャタピラーや3Mの四半期業績が好調であったこと、ユーロ圏と中国の購買担当者景気指数(PMI)が前月より上昇したことなどから、217ドル高(1.32%増加)。
1028日:主要企業の四半期業績が好調であったことから、188ドル高(1.12%増加)。
1029日:FOMC会合で量的緩和政策の/dx/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3EBE1E2EAE2E3E5E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NX終了を決定、ゼロ金利政策については「相当の期間」との文言を残したものの、雇用情勢の改善によっては早期金利引き上げにも言及しており、売りが優勢で、31ドル安(0.18%減少)。
1030日:7-9月期のGDP速報値が3.55%となったこと、ダウ銘柄のビザが四半期決算の好調と自社株買いの発表でダウを約140ドル押し上げ、221ドル高(1.3%増加)。
1031日:日銀が31日の金融政策会合で市場予想に反して、追加の金融緩和に踏み切ったことから世界的な株高となり、米株式でも買いが優勢となり、195ドル高(1.13%増加)。

2.米国の雇用状況
米労働省が10月1日に発表した9月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比248,000人の増加で、市場予想の210,000人を大きく上回りました。また、7月と8月の改定値は243,000人と180,000人へ上方修正されました。 一方、9月の失業率については5.9%で、前月から0.2%の改善、労働参加率も62.7%で前月の62.8%より減少しました。なお、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は11.8%で僅かに減少しました。部門別ではサービス業が207,000人の増加で、特に小売業が35,000人と雇用改善に大きく貢献しました。但し、製造業は4,000人の増加でした。

3.FOMCによる量的緩和策終了
米連銀が量的緩和策を終了させることが見込まれていたFOMC会合は10月28-29日に開かれました。会合後の声明文によると、米経済活動は穏やかなペースで拡大、労働市場もやや改善が進み、雇用数は増え続き、失業率も下落してきており、全体的に労働市場関連の指標は、労働資源の未活用が次第に改善してきている。家計支出は穏やかに伸びてきており、民間設備投資も改善しているが、住宅市場の回復は依然として遅い。物価上昇はFOMCの長期目標を下回る水準が続いている。インフレ値はやや下がっているが、アンケート調査による測定では長期のインフレ期待は安定しているとしました。更に、今後も適切な金融政策によって経済は穏やかなペースで拡大し、労働市場関連の指標や物価上昇率はFOMCの二大使命と整合的な状態に向かって動いていく見通しであることを伝えました。

その上で、労働市場の見通しが証券購入政策の開始以来これまで十分に改善してきたこと、さらに今後も物価安定を確保しつつ、最大雇用を達成する目標に向けて十分は底堅さがあるとして、証券購入政策を10月で終了させる決定をしたとしました。但し、米機関債と住宅ローン担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資したり、保有国債の償還金を入札で再投資する現在の政策を維持し、FRBが今後も大きな額の長期証券を保有していくことを明らかにしました。

なお、現在0.0-0.25%に誘導しているフェデラルファンドの金利については、物価上昇率がFOMCの長期目標である2%を下回る水準に留まるのであれば、証券購入政策を10月に終了させた後も、「相当の期間」は現行の水準を維持することが適切であるとしました。同時に雇用と物価における誘導目標に向かって現在よりも速く前進していることを示せば、金利引き上げが現時点の予想より早まる可能性があることにも言及しました。

今回のFOMCの量的緩和政策の終了決定については元々予想されたものであり、決定自体に驚きはないものの、労働市場の現状についてイエレン議長などが前回のFOMC会合などで懸念を示してきた労働資源の未活用が次第に改善してきていると伝えたことは少し驚きを与えました。一部のアナリストの見方では、これ以上量的緩和政策を続けても、構造的要因の失業状態を改善させることは難しく、逆に熟練者の不足による賃金上昇圧力が高まることへの警戒感を持ち始めたのではないかとしています。

更に、イエレン議長は10月17日の講演で、所得や富の格差の拡大に憂慮していることが伝えられています。連銀が過去6年間に渡って続けてきた量的緩和政策は実体経済の改善以上に資産インフレを増大させる点で、富裕層と中間所得層以下の格差を増大させており、連銀内部でも量的緩和政策のマイナス面も認識されたように思われます(昨年秋に次期連銀議長の筆頭候補とされたサマーズ元財務長官は早くからそのことに言及していました)。

いずれにしましても、米連銀が量的緩和政策を今回終了させたことにより、金融正常化に向けて一歩進むことは大変望ましい方向であると思われます(本来、実体経済の緩やかな回復と資産インフレの乖離が一段と進むことを避けるためにはバーナンキ前連銀議長が昨年5月末に述べたように、その時期から量的緩和政策の縮小を始め、昨年末に終了させておくことが正しい措置であったように思われます)(注)

(注)現在、連邦議会では連銀が量的緩和政策とゼロ金利政策を長期間に渡って続けてきたことに対し、市場原則を歪めているとして共和党議員を中心に強い批判が出ており、その一環として連邦議会に連銀の監査を行なわせるという法案が既に下院で承認されています。もし、今年11月4日の中間選挙で上院でも共和党が多数を占めるようなことになれば、連銀の金融政策決定がオープンになり、議会による連銀の監査機能が高まることが期待されます。

4.ISISの勢力拡大とエボラ出血熱
米国のオバマ大統領が910日にイスラム国の壊滅を宣言して以来、米軍はイラクに300回、シリアには227回の空爆を行なっていますが、空爆の評価については意見が分かれています。元々、シリアについては反アサドグループの力が弱く、イスラム国に対する空爆を行なっても、彼等に対抗する地上軍が存在せず、彼等の侵攻を止めるだけに留まっている状況です。一方、イラクでは3つのグループからなる連立政権が誕生しましたが、各グループの思惑が異なり、イスラム国の支配地域を奪回するような強力な一イラク軍が確率するに至っていません。最近ではイラク政府より米国政府に対し、空爆の増加や最新の兵器の供与を求める要請が高まっていますが、米国は空爆が市民の被害を拡大することや雨天が多くなり空爆が難しくなっており、逆にイラクの地上軍の本格的参加を求めています。一方、空爆後も勢力を維持するイスラム国には外国人だけでなく、地方のスンニ派部族グループも参加しており、現状のままでは、オバマ大統領が宣言したイスラム国の壊滅は容易ではない状況です。最近では、イスラム国が隣国のレバノンにも進出、シーア派のイランの支援を受けているヒスボラと、更にレバノン政府軍とのの武力衝突が増加しているとの情報もあり、混乱が大きくなっています。

加えて、10月の米国株式市場で大きな波乱要因となったものとしては米国内でエボラ出血熱の患者がでたことでした。10月15日にはテキサス州ダラスの病院で、米国で2人目のエボラ出血熱の陽性反応が出たことから、他のマイナス要因と合わせ、一時460ドルを超える下落を経験することになりました。その後は、オバマ大統領による積極的な取り組み姿勢が示されたこともあり、米国国内で大きな問題は生じていませんが、西アフリカの3カ国では既に13,000人を越える患者が出ており(約5,000人が死亡)、その地域の増加をいかにして止めるかが最大の課題となっています。

5.欧州経済のデフレ化
EU経済の牽引役であったドイツ経済にも、ロシア経済制裁の影響から景気後退の様相が現れるにつれ、ECB(欧州中央銀行)による一層の金融緩和策、特にメンバー国の国債購入という量的緩和策の要求が高まっています。これに対し、ドイツは過剰な公的債務問題を抱える国々の財政削減や労働市場の構造改革を優先させるべきとの従来の立場を変えるに至っていません。1025日付の英国エコノミスト誌は欧州のデフレ化が危機的になっているとして、財政余力のあるドイツの国内でのインフラ整備への財政出動、さらにフランスとイタリアが財政赤字削減のペースを緩めるのを認めると同時に、フランスとイタリアは労働市場などの構造改革のスピードを上げるべきとの提案を行なっています。更にそれに加えて、ECBによる新発国債の購入も掲げています。しかし、米国や日本における中央銀行の量的緩和政策の経験で示されているように、量的緩和政策は株などの資産インフレには効果を上げても、資金需要が少ない実体経済の改善には限界があるだけに、他の政策と併せて慎重に対応することが必要と思われます。特に、日米欧の先進国経済のデフレ化はそれらの国々の多くの企業が発展途上国を中心に従来進めてきた過度なグローバル化に基づく世界的なモノとサービスの供給過剰によるものであり、それを是正するような大きな政策転換がない限り、先進国内でどのような金融緩和政策を取り続けても根本的な問題を解決することは困難であるように思われます。

6.原油価格の下落が示す世界景気の後退
上記のドイツの景気後退に加えて、最近目立ってきている中国経済の停滞は原油価格の下落となって現れてきています。一時はWTIベースで1バーレル100ドルを越えていた原油価格は1017日には1バーレル80ドルを割り込みました。原油価格の下落の背景には産油国、特に非OPECメンバーが生産量の減産に応じず、マーケットシェアーを維持したい最大手の産油国であるサウジが対抗上、従来通りの生産量を続けていること、さらにシュールオイルの増産が続いている米国が国内自給率を高めているなどの事情もあるようです。ちなみに、ゴールドマンサックスは26日に2015年第一四半期の原油価格の予想を1バーレル当たり15ドル下げ、75ドルとしたことが伝えられました。原油価格の下落はデフレ化が進む先進国の経済に一段の景気後退をもたらしかねず、米国でも今後の低成長を予定した長期の国債購入が一段と進む結果になっています。
         (2014111日:  村方 清)

Wednesday, October 1, 2014

連銀による資産バブルの延命と不安定化
















1.9月の株式市場
9月の株式市場は16日-17日の連銀のFOMCで、金利の早期引き上げが決定されるとの警戒感から株価は低迷しました。FOMC会合で量的緩和策は終了させるが、早期の金利引き上げはないことが確認され、再び株価上昇となりました。しかし、同時に、ウクライナ、中東、香港での地政学リスク増大から不安定化しました。主要な動きは以下の通りでした。

92日:8月のサプライマネジメント協会(ISM)製造業景況感指数は59で、20113 月以来の水準に上昇、米景気の回復観測は強まったことから、早期の金利引き上げの見方も出て、31ドル安(0.18%減少)。
95日:政府発表の8月雇用統計は非農業部門の雇用者数は前月比142,000人で市場予想の225,000人を下回ったことで(失業率は6.1%へ低下)、近い将来の連銀の金利引き上げはないとの見方が強まり、68ドル高(0.40%増加)。
99日:アップルの新製品発表などのニュースがあったが、連銀の早期金利引き上げの懸念から、98ドル安(0.57%減少)。
911日:前日のオバマ米大統領による「イスラム国」への空爆拡大声明や週間の米新規失業保険申請件数が前週比で11000件の増加などから、20ドル安(0.12%減少)。
912日:米連邦準備理事会(FRB)が将来の政策金利の引き上げ時期をいまの想定より前倒しするとの観測が改めて意識され、61ドル安(0.16%減少)。
916日:17日に発表されるFOMCの利上げ時期を巡る表現について、有力紙が基本的な文言が維持されると指摘。早期利上げ懸念が後退し、101ドル高(0.59%増加)。
917日:FOMCで政策金利の早期引き上げがないことが判明、22ドル高(0.15%増加)。
918日:米連銀が早期に利上げへ踏み切るとの懸念が後退。金融株を中心に買いが広がり、109ドル高(0.64%増加)。
922日:8月の米中古住宅販売件数が前月比1.8%減で、市場予想の1.0%増を大幅に下回ったことや中国の景気回復ベースの鈍化見通しなどから、107ドル安(0.62%減少)。
923日:シリア空漠の地政学リスクの拡大に加え、9月のユーロ圏購買担当者景気指数(PMI)が52.39カ月振りの水準に低下、更に米財務省による米企業が米国内での法人税軽減を目的とした海外企業の買収に対する対抗措置などから、117ドル安(0.68%減少)。
924日:8月の米新築住宅販売件数が前月比18%増と市場予想を大幅に上回ったことや/dx/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3EBE3EAE3E2E3E5E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NXシカゴ連銀のエバンス総裁が早期利上げに否定的であったことから/dx/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3E5E4EAE3E2E3E4E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NX154ドル高(0.9%増加)。
9月25日:アップルの新製品不具合問題、米区耐久消費財受注額大幅下落、ロシアの対抗措置言及、ダラス連銀総裁の早期金利引き上げ必要論などで、264ドル下落(1.54%減少)。
9月26日:26日発表の4~6月期の実質国内総生産(GDP)確定値は4.2%から4.6%へ上方修正されたこと、前日夕に発表したナイキの決算が好調で、167ドル高(0.99%増加)。
9月29日:香港で民主化を求める抗議活動が激化して香港株が下落。欧州株式相場も下落し、米市場でも投資家が運用リスクを避ける動きが優勢で、42ドル安(0.25%減少)。
9月30日:9月の米消費者信頼感指数が前月の93.4%から86%へ低下、7月のS&P/ケース・シラー住宅価格指数も市場予想を下回る6.7%増に留まり、28ドル安(0.17%減少)。

2.米国の雇用状況
米労働省が9月1日に発表した8月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比142,000人の増加で、市場予想の225,000人を大きく下回りました。また、6月の実績値は267,000人と31,000人の下方修正、7月の改定値は212,000人と3,000人の上方修正をしました。なお、8月の雇用者数の伸び悩みは季節要因によるもので、上方修正される可能性があります。一方、8月の失業率については6.1%で、前月から0.1%の改善、労働参加率も62.8%で前月の62.9%より減少しました。なお、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムについている労働者を含めた広義の失業率は12.0%で、僅かに減少しました。部門別では、サービス業が112,000人、建設業が20,000人、教育と医療関連で37,000人の増加となりました。一方、製造業の増加はなく、小売業は8,400人の減少となりました。

3.FOMCの決定とその影響
9月16日と17日に連銀のFOMCが開催されました。会合の声明文では米経済活動は穏やかなペースで拡大している。労働市場はやや改善が進んだが、失業率は殆ど変わっておらず、活用されない労働資源が著しく残っている。家計支出は民間設備投資も改善しているが、住宅市場の回復は依然として遅い。物価上昇はFOMCの長期目標を下回る水準に留まっており、長期インフレ期待は安定した状態を保っている。そして、雇用の最大化と雇用情勢見通しの改善という目標達成への前進ぶりを考慮した結果、現在の量的緩和策の縮小規模を10月から更に100億ドル減額し、月額ペースで150億ドルとする決定になったことを伝えました(米国債を月額150億ドルから100億ドルへ、住宅ローン担保証券を月額100億ドルから50億ドルへ縮小)。なお、雇用情勢が改善し続け、物価も長期目標値に向かって上がっていくとの見通しが幅広く裏付けられるならば、次回の会合(10月16日と17日)で、現在の証券購入策を終了するとしました。

また、雇用の最大化と物価の安定に向かって改善していくためには極めて緩和的な金融政策を維持するのが適当であることを確認、現在の0.0-0.25%という異例の低水準であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を維持する期間の決定に際しては現在の前進振りと今後の予測の両方を評価していくこととしました。これらの要因の評価に基づき、長期インフレ期待がよく抑えられており、物価上昇率がFOMCの長期目標である2%を下回る水準に留まるとの予測が続くようであれば、証券購入政策を終了した後も相当の期間は現在のFF金利の誘導目標を維持するのが適切である可能性が高いことを確認したとしました。

FOMCによる今回の決定には2つの意味があるものと思われます。一つは株価や不動産価格の上昇を通じて資産インフレ効果を上げてきたものの、マイナス面の影響も大きくなっている量的緩和策を予定通り10月で終焉させることであり、雇用や成長と言った実体経済面の改善では未だに効果を上げていない状況の中で、早期の金利引き上げによる急激な資産価値の下落を避けるためにゼロ金利政策の維持を決めたことだと思います。現在のような経済の長期停滞に対して金融緩和策が有効でないにしても、一度作り上げられた資産インフレを延命させることが当面の金融安定化に資するという判断があったのかも知れません。しかし、グリードな投資家の多くは連銀のゼロ金利政策の維持を更なる株価上昇の機会と位置づけており、資産インフレ(バブル)が一段と進むような状況を作り出しています。

米国で進む所得格差の拡大に関連して、クリントン元大統領が9月23日にCNBCのインタビューで、格差拡大の是正に際しては、米国経済の健全な発展のために企業経営者が利益の配分について従業員やコミュー二ティーへの還元を優先させ、その後に経営者や株主に配分していくような政策を取っていくことが必要と述べていました(最近の調査で、米国の大手企業におけるCEOと従業員の報酬の差は350倍まで拡大していると言われています)。現在、UCバークレーのライシュ教授はクリントン政権の労働長官として、経営者と従業員の報酬比率の是正について多くの提言をしていました(その意味では、イエレン議長も彼女の雇用問題の専門性を生かすためには、高度な金融の専門性が必要とされる連銀議長職より、労働長官のポストの方が向いていたように個人的に思います)。

4.バフェット指数などに見る米国株のバブル度の大きさ
米国有数の投資家であるウォーレン・バフェットは2001年、フォーチュン・マガジンのインタビューで、株式市場時価総額対GDPはどの瞬間の評価額を見る場合でも、たった一つの指標で見ることのできる最高の基準となる指標であると述べています(常識的に考えても、一国の株式時価総額をその国のGDP値で比較して、時価総額がGDP値より上回っていないことを確認することは株式投資の健全性を確認するものと言えます)。これに基づいてバフェット指数の推移を、普通株の市場価値を示す連邦準備理事会のB.102 バランスシートに出てくる1951年以降のデータと四半期毎の名目GDPの数字で比較してみると、2014年9月までの60年間強の平均値は約68.6%であり、深刻なスタグフレーションが起きた1982-3年がボトムで32.2%、急激なドットコムバブルが生じた2000年がピークで153.6%となっています。また、2008年9月の金融危機後は2009年3月がボトムで62.6%、2013年3月には約100%を越え、現在は平均値を50%以上越える125.9%となっています。

バフェット指数と同じようなものとして、米国の普通株をカバーしているウィルシャー5000(Wilshire 5000 Full Cap Price Index)があります。データのある1970年以降の推移を見ると、平均値が71.0%、ボトムが1982-3年の45.6%、ピークが2000年の136.5%で、バフェット指数とほぼ同じ結果となっています。金融危機以降は2009年3月がボトムで56.8%、2013年3月が96.5%、現在は平均値を45%以上越える116.5%となっています。

いずれにしても、現在の株価がバフェット指数やウィルシャー指数からして、歴史的な平均値から50%近く上昇していることは大きな注意が払われるべきと思われます。結果的に見れば、バーナンキ前連銀議長が2013年5月に表明したように量的緩和策の縮小を昨年6月から始めて彼が退任する今年1月に終了させていれば、現在の株価の行きすぎた状況は避けられていたように思われます。なお、ちなみにウォーレン・バフェットが率いるバークシャー・ハザウエィが抱える現金ポジションが8月1日の決算では過去最高の約554億ドルに達していることが報告されています。

5.アリババの上場
中国のネット通販最大手のアリババが9月19日にニューヨーク証券取引所にADR(米預託証券)として新規株式公開で上場、予定価格の68ドルを約38%上回る93.89ドルでその日を終えました。約30兆円と言われる中国のネット通販市場で8割のシェアを持つアリババが米国の投資家から多くの注目を読んでいただけに、予定価格を大幅に越えた上場は大きな成功と見られます。しかし、アリババには中国の外資規制をかいくぐるために作られた中国国内のVIE(Variable Interest Entity)とケイマンに作られたAGHの関係が単に契約であるため、どの程度の法的拘束力があるのかという企業構造、27人のパートナーが議決権の大半を握る統治形態、さらに中国固有の模造品販売による訴訟リスクなど透明性に大きな問題が指摘されています。また、アリババが中国市場で躍進した背景には現在の共産党政権の強い後押しがあったとの話も伝えられており、今回のニューヨーク証券取引所の上場が後押してきた共産党政権の利益に繋がるものではないかとの疑問も生じています。いずれにしても、統治形態の問題から香港市場での上場が出来なかったアリババがニューヨーク市場に上場できたのは、2000年初めのドットコムバブルと同じように、過熱化している現在の米国の株式市場を象徴しているようにも思われます。

6.ECBの金利引下げと量的緩和策の一部導入
84日に、ECB理事会は政策金利を従来の0.15%から0.05%へ0.1%引き下げることを決定、同時に10月から資産担保証券(ABS)の買い入れを行なうことを決定しました。今回の決定は8月のEUの消費者物価が昨年同月に比べ、0.3%しか上昇せず、今年4月に記録した0.7%から縮小していることがあるとされます。しかしながら、今回の措置によってEU経済がどこまで立ち直るかは疑問とされます。一つの原因はEU経済の低迷にはウクライナを巡るロシアとの経済制裁措置の応酬がEU経済に与えている影響が今後も続かざるをえないことが上げられます。もう一つは金利引下げによる実体経済への効果がどの程度あるのかが不明だということです。実体経済がデフレ化状態に陥っている時に金利引下げを行なっても企業も家計も新たな借り入れを行なうことは少なく、経済活動への刺激策としては限界があることです。

ドラギ総裁としては今回の措置に加え、更なる緩和策としてメンバー国の国債などを購入する大規模な量的緩和策を考えているようですが、それも米国で見られるように株や不動産などの資産価値の上昇効果をあるものの、成長や雇用に与える影響は限定的です。EUの根本的な問題はメンバー国の間で経済力や生産性に大きな差が出てきているにもかかわらず、共通通貨ユーロ維持のために中央銀行であるECBの金融緩和という救済措置で問題解決を遅らせていることにあります。このことが、本来、メンバー国が自立で解決すべき財政赤字や債務累積の問題についても国内の政治的事情から先送りされ、安易にECBに頼りすぎる風潮を生んでいるように見られます。EUで救済機関となったECBへの依存度合いが高まれば高まるほど、EU内の経済低迷と対外的競争力の低下で、状況は一層悪化していくように思われます。

7.欧米による対ロシア制裁強化とオバマ政権のイラク・シリア空爆
米国は912日に、ロシアの主要産業である石油や防衛産業に加え、6金融機関全てを対象に米国の債券・株式市場での30日以上の資金調達を禁止する措置をとりました。その中には資金規模で、ロシア最大のスペルバンクも加えられています。エネルギー産業向けでは国営天然ガス企業ガスプロムや国営石油会社ロスネフチなどが、防衛産業向けではロシアの国防防衛企業5社の資産を凍結する他、ロシアンテクノロジーズによる期間30日以上の債券発行を禁止しています。これに先立ち、EUもエネルギー産業や国防防衛関連の企業に対する資金調達の制限措置を実施しています。

一方、中東では、オバマ大統領が従来続けてきた米公館の施設や要員の保護、あるいは人道支援を目的として限定的な空爆に変えて、910日にイスラム国の壊滅を目指した作戦に本格的移行することを宣言、915日にバクダッド近郊で初めてイスラム国への空爆を行ないました。加えて、923日にはシリア内のイスラム国の拠点とされる北東部の都市ラッカをサウジアラビアなど中東5カ国の参加を得て空爆しました。オバマ政権は当初シリアへの空爆に否定的でしたが、国境を無視して移動するイスラム国を打倒するにはシリア側にも打撃を与えることが不可欠との判断だったと見られています。さらに、25日にはイスラム国の資金源とされるシリア北部の石油精製施設も中東の5カ国と協力して空爆しました。現時点の状況を見る限り、オバマ政権のイラクやシリア空爆は一定の効果を上げているようですが、地上戦でイラク軍の参加が期待できるイラクと異なり、シリアには有力な地上軍が存在しないだけに、十分な目的を達成できるかどうかには疑問も出ています。
        (2014101日: 村方 清)

Monday, September 1, 2014

金融危機前の状況を越える米国の資産インフレ(バブル)

















1.8月の株式市場

8月の株式市場は月半ばからウクライナ情勢の緊張緩和などから株価の上昇が再び始まり、最高値の記録更新を続けました。しかし、月末にロシア軍によるウクライナへの介入が伝えられると、再び不安定化の兆しを見せています。主要な動きは以下の通りでした。

1日:政府発表の7月雇用統計非農業部門の雇用者数は前月比209,000人で、市場予想届かず(失業率も6.2%へ上昇)、ウクライナ等の地政学リスクもあり、70ドル安(0.42%減少)
4日:地政学リスク新たな動きはなく、前週の大幅下落の反動から、76ドル高(0.46%増加)。
5日:7月の米サプライマネジメント協会(ISM)非製造業景況感指数など米国の景気回復を示す経済指標あったが、ウクライナや中東情勢への警戒感がくすぶり、140ドル安(0.84%減少)
7日:ウクライナをめぐる欧米とロシアの経済制裁の応酬が激しくなっており、欧米景気の悪影響の懸念や欧州株式相場の低下などで、投資家心理が一段と悪化、75ドル安(0.46%減少)。
8日:ロシア軍がウクライナ国境付近での演習を終わらせたの報道からウクライナを巡る欧米とロシアの対立懸念がやや後退、前日の下落からの買戻しが活発で、186ドル高(1.13%増加)。
13日:7月の米小売売上高が市場予想0.2%を下回り、連銀の緩和的な金融政策が長期化するとの期待から、91ドル高(0.55%増加) 
14日:米新規失業保険申請件数が前週比21000件増加の311,000件で、市場予想の295,000件を上回り、連銀がゼロ金利政策を長期間続けるとの見方で、62ドル高(0.37%増加)。 
18日:8月の住宅市場指数が市場予想を上回ったことから、176ドル高(1.06%増加)。
19日:7月の米住宅着工件数が年率換算で前月比15.7%増となり市場予想を大きく上回住宅市場への期待感が高まり、80ドル高(0.48%増加)。
20日:7月のFOMC議事録要旨が発表され、労働市場は急回復しているものの、早期金利引き上げには今後の経済活動や労働市場の動向次第としており、60ドル高(0.35%増加)。
22日:ウクライナ情勢の悪化とジャクソンホール・シンポジウムでイエレン議長が金利引き上げについての明言を避けたことから、38ドル安(0.22%減少)。
25日:新規の戸建住宅販売が前月比2.4%減少したにもかかわらず、76ドル高(0.44%増加)。
28日: ウクライナ情勢を巡る緊張が高まり、42ドル安(0.25%減少)。
29日:7月個人消費は前月比0.1%減であったが、景気回復の期待から19ドル高(0.11%増加)。

2.米国の雇用状況とFOMCの7月議事録要旨

米労働省8月1日に発表した7雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比209,000人の増加で、市場予想の233,000人を下回りましたしかし、5月の実績値は229,000人、6月の改定値は298,000へいずれも上方修正されました。の結果2月から7月までの6ヶ月間は連続して雇用増加数200,000人を越えたことになりました一方、7月の失業率については6.2%で、前月から0.1%の悪化、労働参加率も62.9でそれ以前の3ヶ月間の62.8%より増加しました。なお、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムについている労働者を含めた広義の失業率は12.2で、少し上昇しました。

部門別では、卸売りや小売業などのサービス業が140,000人の増加、製造業と建設業が其々28,000人と22,000人の増加となりました

3.FOMCの7月議事録要旨とジャクソンホール・シンポジウムのイエレン演説

FRBは8月20日に7月29日と30日に開かれたFOMCの議事録の要旨を発表しました。その中で、ここ数ヶ月の雇用改善が顕著になっていること、もし雇用とインフレ率の改善が加速した場合、緩和策を現在の想定より早く取り除くことが適切との見方を多くの委員が取っていることを明らかにしました。

上記7月の議事録に関連して、8月21日と22日に開かれたジャクソンホール・シンポジウムで、タカ派のプロッサー・フィラデルフィア連銀総裁がイエレン議長の従来の考え方を否定するように、これ以上雇用状況が改善する余地は少ないこと、むしろ、市場に金利引き上げの準備をさせておくべきことを主張しました。これに対し、イエレン議長は雇用状況には依然緩みがあること、失業問題には景気循環によるものと経済の構造変化によるものとがあるが、その区別は難しいこと、どの時期に金利引き上げを行なうかは今後の経済データ次第としました。イエレン議長の見方は米国の失業問題の大半は現在進めている金融緩和策によって解決されるとの立場を取っているようですが、米国企業のグローバル化やIT化による米国内での構造的な失業問題の認識について、バーナンキ前連銀議長などに比べ、依然弱いような印象を受けます。加えて、コロンビア大学ビジネススクールのグレン・ハバード教授(金融論が専門)を始め多くのエコノミストは構造的な失業問題は金融政策で対応できるものではなく、連邦政府や議会で検討すべき政策にかかわる領域であるとしています。そして、イエレン連銀議長が雇用問題に固執し、金融緩和策の変更に慎重であることが、ウオール街を中心にグリードな投資家に更なる株価上昇の期待を持たせているように思われます。

3.金融危機前の状況を越える米国の資産インフレ(バブル)

米国の株式市場については、ダウ価格が昨年の2013年3月5日に金融危機前の最高値であった2007年10月9日の14,200ドルを越え、史上最高値を更新し続け、現在は17,000ドルを越える水準に達しています(ダウ価格が昨年3月5日に金融危機前の最高値を越えたことなどから、昨年5月末にバーナンキ前連銀議長が示唆したように、FOMCで第3次量的緩和策の縮小を6月頃から実施するような計画がありましたが、市場では一層の株価上昇を期待する投資家の否定的な反応が強く、FOMCはその計画を実施しませんでした)。

株価と同時に、住宅不動産価格も高騰を続けています。今年6月の南カリフォルニアの住宅平均価格(中央値)は415,000ドルとなり、金融危機前の最高値である2008年1月の価格と同じになりました(LAカウンティだけをみれば、7月の住宅平均価格は457,500で、1年前に比べ7.6%の増加となっています)。こうした価格の上昇はカリフォルニアで戸建住宅を購入できる住民の比率を2013年第2四半期の36%から2014年第2四半期の30%へ低下させています(もし、LAカウンティの住宅平均価格である約457,000ドルの家を30年の4.32%固定金利ローンで購入しようとすれば、頭金20%で、年収として93,590ドルが必要とされます)。私が住む地域では金融危機以前でも外国人(特に中国人)の現金購入者が多いこともあり、戸建で800,000ドル前後の売買取引が大半だったのですが、最近では1,000,000ドルを越える売買取引が少なくありません。住宅価格が高騰することの問題点は、平均的な米国人が通勤距離内で年収の3-5倍程度で買える物件が急激に少なくなり、遠隔地に住むか、一生賃貸物件で住むことを考えざるを得ない人達が増加していることにあります。この現象はロサンゼルスだけに限らず、中国人による投資が急増しているサンフランシスコやバンクバーでも更に深刻な問題になっているようです(中国人の外国向け不動産投資ブームは中国内のシャドーバンキングが背景にあるとの見方もあります)。

いずれにしても、テイラー・スタンフォード大教授が指摘するように、前回の金融危機(住宅価格高騰によって作り出された過度のサブプライムローンの証券化)の原因がグリーンスパン元議長の金利引き上げの遅さであったことからすれば、当時グリーンスパン議長に同調したイエレン元サンフランシスコ連銀総裁が今回は連銀議長として、雇用問題に固執するあまり、金融緩和策の長期化によって株と不動産の資産インフレが大きくなり(バブル化)、グリーンスパン元議長と同じような間違いを起こすことになりはしないかとの懸念を抱かせます。

4.所得格差拡大を起こさせている連銀の超金融緩和策

8月12日付のLA Timesのビジネス版に、全米市長会議によって11日に発表された報告書で、2005年から2012年において、トップ20%の高所得者層が全体の所得増加の60%を得る一方、ボトム40%の低所得層は所得増加の6.6%しか得ておらず、所得格差が一段と拡大していることが報告しました。また、今年春にOECDから出された報告書で、米国において0.1%の最富裕層クラスが米国全体の所得に占める比率が1980年は2%であったものが、2012年には8%まで拡大したことを伝えています。こうした高所得層以上の所得と低所得層の所得が急激に拡大している背景には、連銀が過去数年間に渡って取り続けてきた超金融緩和策と無関係ではないように見られます。

昨年12月のブログで紹介したように、サンフランシスコ連銀のHobijn氏やニューヨーク連銀のSahin氏等の共同研究で、1948年から1987年の期間と2010年から2012年の期間を比較した場合、労働分配率は57.1%から53.3%へ4%近く減少していること、その原因はグローバリゼーションによる外国との競争によって米国での就業機会が減少していることを指摘しています。また、シカゴ大学のKarabarbounis教授とNeiman教授は技術革新による投資財コストの減少が労働分配率の低下をもたらしていることを示しました。

その一方、米国企業の利益は2010年の約11%から2013年の約14%に増加しています。特に目立つのは配当や内部留保であり、両者で11.5%近くを占めるものと見られます。連銀の超金融緩和策による株価上昇にもかかわらず、株主や投資家を満足させるために従来と同じかそれ以上の株価利益率や配当率を確保しようとすれば、労働分配率は低下せざるを得なくなります。米国のGDPの約7割が個人消費に依存している時に、賃金所得の増加を伴わない労働分配率の低下は米国経済の健全な発展にとって大きなマイナス要因でしかないように思われます。

フランスの有名な経済学者で、欧州復興開発銀行の初代総裁を務めたアタリ氏は2008年11月に出版された「金融危機後の世界」と言う本の中で、米国の過度なサブプライムローンによって引き起こされた前回の金融危機の最大の原因は米国における所得格差の拡大であると分析しています。米国での金融危機後の対応を見ると、連銀による2008年11月の第1次量的緩和策は住宅担保証券の急激な値下がりを防ぐことである程度の意味があったものの、2010年11月の第2次量的緩和策や2012年9月の第3次量的緩和策では長期国債の大量購入を行なっており、それは財政ファイナンスの形で市場に大量の資金を供給、実体経済において資金需要が少ない状況では、株価(および不動産価格)の高騰を招く資産インフレ効果でしかなかったように思います。そして、実体経済の改善が進まない中では、株価の高騰は更なる資本利潤率上昇と労働分配率低下を招かざるを得ないと見られます。いずれにしても、連銀の超金融緩和策は株価や不動産価格の高騰を通じて富裕層と中間層以下の所得格差を増大させるものであり、早期な金融正常化に向かう政策転換が求められているように思われます。

そして、現在、求められているのは先進国経済のデフレ化をもたらしている最大の要因ともいうべき、政治体制や経済原則が異なった国や地域まで著しく拡大した企業の行過ぎたグローバル化の是正であり(米国企業だけでなく、日本や欧州企業も含めて)、加えて従業員を減らすだけの過度な技術革新の見直しであると思います。前者の場合、政治体制や経済原則が異なる国での投資活動は当初段階では投資国の企業や国にとって成長要因となるものの、やがて被投資国での強力なライバル企業を出現させ、投資国のデフレ化、そして経済・政治的脅威にまで発展するように思われます(現在のロシアや中国との問題の一部もその一端ではないかと思います)。また、後者の場合には従業員は賃金所得を通じて、国全体の経済の約6-7割を占める個人消費需要の中心を担っており、企業が技術革新による生産効率化だけを追求すれば、消費需要の停滞となってマクロ経済のマイナス面も大きくなって現れてくることだと思います。こうした国全体の新たな政策は財政政策を含めて連邦政府や議会が対応策を検討、実施すべきことであり、それらはいずれも中央銀行の金融政策で改善が望めるようなものではないはずです。

5.欧州経済とロシアのウクライナへの介入

EU統計局が14日に発表した4-6月のEU諸国の実質GDP速報値前期比横ばいのゼロ成長となりました。 ウクライナやイラク情勢など不透明感が増す各地の地政学的リスクが景気の下押し要因となったものと見られます。

特に、ウクライナ情勢ではEUはエネルギーなどで結びつきが強いロシアに対する経済制裁に踏み切っており、今後の動きでは更なる打撃も予想されます。国別では欧州経済のけん引約であったドイツが輸出や投資の低迷を受けて0.2%減と前期の0.7%増から一転してマイナス成長に転落、フランスは横ばい、イタリアは前期に続くマイナスで、再びリセッションに陥りました。

これに加えて、28日にはウクライナ東部地域で劣勢の親ロシア派を救援すべく、ロシア側が約1000人の兵士を送ったことが報告されています。ロシアのプーチン大統領の目的はクリミアだけでなく、ウクライナ東部地域でも、ウクライナのNATO加盟阻止のためにロシアの影響力を絶対に残しておきたいということなのでしょうが、時代遅れのロシアの大国主義に拘るプーチン大統領に国際社会が振り回され、一層の経済の混乱・低迷を起こされているという感じがします。

        (2014年9月1日:  村方 清)