Saturday, March 1, 2014

実体経済との乖離が進む米国の株式市場
















1.2月の株式市場

2月の株式市場は米連銀の量的緩和策模縮小による影響から1月23日以降ダウ平均価格は6%近い下落調整が起こりましたが、2月6日以降に急速に回復、2月末には1月23日前を越える水準に戻りました。異常気象の影響もあり、経済指標で米国の改善を示す兆候は見られないもの、株式市場が急速に立ち直ってきた背景について、投機性が高まっているのではないかとの見方も出てきています。主要な動きは以下の通りです。
 
2月3日:1月の米サプライマネジメント協会(ISM)の製造業景況感指数が前月の56.5から51.3へと2013年5月以来の低水準となり、景気減速への警戒感が高まり、シカゴ・オプション取引所の恐怖指数(CBOE Volatility Index)も16.5から2012年12月以来最大の21.44へ急上昇、ダウ平均価格は327ドル安(2.08%減少)。
2月4日:過去2日間で約3%の下落となったこともあり、割安感から短期的戻りを期待した買いが入り、72ドル高(0.47%増加)。
2月6日:週間新規失業保険申請件数が前週より20,000件少ない331,000件に留まり、7日発表の1月雇用統計の期待が高まったことや最近の相場安値感から、188ドル高(1.22%増加)。
27日:政府発表の非農業部門の雇用者数の伸びが前月比113,000 人の増加で、市場予想(185,000人)を大きく下回ったものの、,失業率は6.6%に低下、回復が続くとの見方から、幅広い銘柄に買いが優勢で、166ドル1.06%減少)。
2月11日:イエレン連銀議長が議会下院証言で現行の金融政策の継続を表明したこと、下院共和党が連邦債務上限引き上げを無条件で認める可能性を示したで、193ドル(1.22%増加)。
2月13日:朝に発表の1月の小売売上高が前月比0.4%減少し、過去分も下方修正されたが、連邦政府の債務限度引上げがほぼ解決したことから買いが優勢で、64ドル高(0.40%増加)。
2月14日:1月の米鉱工業生産指数が前月に比して低下したもの、2月の消費者態度指数が81.2と市場予想を上回り、127ドル高(0.79%増加)。週間上昇幅は380ドルで、2か月振り。
219日:住宅関連指標が市場予想を大きく下回ったことで悪天候による景気への影響が改めて意識され先行き警戒感につながった。米連邦準備理事会(FRB)が午後に発表した1月開催のFOMCの議事要旨は新味に欠ける内容で、90ドル安(0.56%減少)
220日:同日発表の米経済指標は強弱感が入り交じる結果となったが、米国の事実上のゼロ金利政策が長引くとの見方がじわりと拡大、93ドル高(0.58%増加)。
2月24日:米国の金融緩和策が長期化するとの見方から、104ドル高(0.64%増加)。
2月27日:上院銀行委員会におけるイエレン連銀議長の景気の一時的な減速は異常な気候による影響が大きいのではないかとの発言を受けて、74ドル高(0.46%増加)。
2月28日:2013年第4四半期のGDPは2.4%に0.8%下方修正されたものの、2月の消費者感度指数の速報値が上方修正されるなど一部の経済指標の改善があり、49ドル高(0.3%増加)。

2. 米国の雇用状況

米労働省が2月7日に発表した1月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比で11万3000人の増加に留まり、市場予想の185,000人を大きく下回りました。また、12月の雇用者数の改定値も1000人の増加に留まり、市場予想とは異なっていました。この結果、12月と1月の2か月間の雇用者数平均は94,000人となり、2013年1月から11月までの平均204,000人に比べ、大きく減少しました。一方、1月の失業率は、前月より0.1%低い6.6%となり、2008年10月の6.5%に次ぐ低い水準となりました(この減少は労働市場参加率の低下も影響)。
今回、雇用者数が予想以上に増加しなかった背景には全米各地を襲った記録的な寒波の影響があるものとみられますが、一方で、増加数が多かったのは気候の変動を受けやすい建設業の48,000人で、逆に小売業は13,000人の減少となったことを見ると、必ずしも気候要因だけではないように見られます。なお、こうした雇用情勢の悪化にも関わらず、株式市場の反応は強気で、ダウは166ドル高となりました。この背景には、2月3日に株価が大きく下がったことの反動や連銀の量的緩和策縮小テンポの見直しへの期待があったように思われます。
いずれにしても、次回の連銀のFOMC会合は3月18日―19日であり、3月初めの2月雇用統計の結果が判断材料になるものと見られます。

3. 連邦政府債務上限引き上げ法案可決

連邦政府の債務が当初は2月7日に、その後2月27日に限度に達すると見られ、引き上げが不可欠になっていた状況の中で、下院は11日に2015年3月までの1年間を無条件で引き上げる法案を僅差で可決、上院に送付されました。これまで、3年に渡って、債務上限引き上げを財政協議の材料に使って譲歩を引き出してきた共和党が、今回オバマ大統領が求めていた無条件の上限引き上げに応じた背景には、11月の中間選挙でオバマ政権が現在も問題を抱える医療保険制度改革(オバマケア)に論議の焦点を絞った方が得策との判断があったと見られています。
当初、共和党のベイナー下院議長は退役軍人向け年金の削減を見直すことを条件にしようとしましたが、党内で十分な支持を得られず、また、投票の際も共和党からの賛成者は議長を含め28名に留まったものの、民主党から195名中193名が賛成したことにより、221名対201名という僅差で承認されました。なお、上院も12日に審議を始め、59名の賛成を得て承認されました。いずれにしても、従来、債務限度引き上げ問題は与野党の厳しい対立から株式市場の不安定性を招いてきただけに、引き上げ法案が無条件で承認された意義は大きいと見られます。

4. イエレン連銀議長の議会証言と金融専門家による証言

(1) イエレン連銀議長の議会証言

連銀のイエレン新議長は11日に下院の金融サービス委員会で、27日には上院の銀行委員会で半期に一度の米国経済と金融政策に関する議会証言を行いました。最初に連銀の中心的な課題である雇用と物価の状況について、雇用は労働市場の回復が完全と呼ぶには程遠く、失業率は改善しているものの、持続可能な完全雇用と一致するFOMCの見通しを大きく上回っていること、インフレも最近では軟調さが見られており、これは輸入価格の下落といった一時的な要因を反映しているように見られることを述べました。また、国際金融市場の混乱については、動向を注意深く見ていく必要はあるものの、米国経済に著しいリスクを及ぼすものではないとしました。こうした状況を踏まえ、労働市場の状況が改善し、インフレがより長期の目標に再び近づいていくことが裏付けられれば、今後の会合で、資産買い入れベースを落としていく公算が大きいとの見通しを明らかにしました。こうした議長の証言を受けた下院での主要な質疑応答は以下のようなものでした(上院での質疑応答は下院と重複しているものが多く、省略)。

① 雇用に関する責務
連銀は議会によって課せられた雇用の最大化と物価の安定の2つの責務を負っており、連銀としてもその責務を果たすことをコミットしている。
② 構造的な失業
現在、26週間以上の失業に陥っている長期失業者は全体の失業者の約36%を占めている。長期に渡る失業は求職者も雇用者も雇用を諦める状況に追いこまれる恐れがあり、経済にとって重大な問題となる。
③ 労働参加率の低下
労働参加率の低下の大部分は構造的なもので、景気循環的な要因によるものではない。人口の高齢化に伴い、労働参加率は更に低下する可能性が高い。
④ 議会ができる失業対策
金融政策は万能ではない。議会が同じ目標を促進するために、その他の措置を検討することは全く適切であると思われる。
⑤ 労働分配率の低下
賃金は生産性に追いついていず、利益が賃金ではなく、資本分配に回されてきている。生活水準と言う観点からするとかなり懸念される傾向となる。
    12月と1月の雇用統計
12月と1月の雇用創出ベースが連銀の予想を大きく下回ってしまった。これには天候要因もあるが、その他の要因も影響を与えている可能性があり、結論を急ぐべきではないと思う。次回に予定されている3月のFOMCまでには、3月の雇用統計を含め、多くの経済指標を検証する必要がある。
    量的緩和策縮小の停止や拡大の条件
いずれも、見通しが著しく悪化することが必要となる。労働市場の見通しの悪化、インフレ率が時間の経過でも目標水準に達しないなどの深刻な懸念が生じた場合に検討することになる。
    今後の量的緩和策の縮小
今後の見通しが連銀の想定通りとなり、労働市場の改善もインフレ率も長期目標に向かって上昇する兆候がある限り、資産買い入れの縮小を継続する公算が高い。
    中銀の合理的なアプローチ
比較的正常な時には、テイラールールなどが合理的なアプローチになるが、経済が金融危機による厳しい状況に直面し、金利の引き下げが限界になっている現状では、異なるアプローチが必要だと信じており、そのように主張してきた。今後はフォワード・ガイダンスを通じて可能な限り系統的で、予見可能であるように務める。

(2) 金融専門家による議会証言

この後、同じ委員会で、金融専門家4名を招いて、米国の金融政策についての質疑を行ないました。特に、注目されたのが、スタンフォード大のフーバー研究所のテイラー教授とワシントンのケイトー研究所ディレクターのカラブリア博士の発言でした。テイラー教授は1985年から2003年までは連銀が政策ルールに従った金融政策を展開したために、大きな金融不安を招くことはなかった。しかし、2003年から2006年まではグリーンスパン議長の下で、そうしたルールに従わない低金利政策を取ったため、住宅バブルとその反動としてのリーマンブラザース破綻による金融危機を生じることになった。その後に1998年11月からバーナンキ議長によって導入された量的緩和策も金融危機がなければ、本来は不要であったはずであったとの議論を展開しました。また、委員長より、政策ルールに従った金融政策はいつ行なうべきかと質問されたところ、テイラー教授は今のような異常な金融緩和策は長く続けるべきではなく、できる限り早く金融正常化のための金利引き上げが重要であること、かつ現在のようなフォワード・ガイダンスによる誘導は指標のターゲットが動いており、正しくないと回答しました。

また、ケイトー研究所のカラブリア博士は連銀の政策は議会によって監督されるべきで、それがなかったことが1998年の金融危機を招くことになったとの意見を述べました。彼は連銀の量的緩和策による雇用効果にも極めて懐疑的で、量的緩和策を実施しても失業が非金融的な理由で起きている以上、効果はなく、ここ数ヶ月失業率が低下している背景には労働市場への参加率が低下していることが主因であるとコメントしました(注)。

(注)連銀の中にも、この委員会に出席したコール前連銀副議長のように、金融政策による雇用創出には限界があり、長期的構造的な失業には対応できないことを認める専門家もいます。

(3). 補足資料

①.米連銀の量的緩和策による実体経済の影響


GDP成長率(%)
12月失業率(%)
労働市場参加率(%)  
CPI(%)
ダウ価格
2010
2.77
   9.4
 64.3
   1.5 
11,578
2011
   2.01
  8.5
 64.0
  3.0
12,216
2012
  2.80
  7.9
 63.6
  1.7
13,104
2013
  1.90
   6.7
  62.8
  1.5
  16,577

②.量的緩和策導入後の連銀の資産ベースの推移

20088月:   8000億ドル台
200811月:  第1次量的緩和策実施
20091月:   1.7兆ドル
201010月:   2.0兆ドル
201011月:  第2次量的緩和策実施
20111月:   2.5兆ドル
20124月:   3.0兆ドル
20129月:   第3次量的緩和策実施
201312月:  3.68兆ドル

③.補足資料についてのコメント

標記1の表の中で、2010年11月の中間選挙までは上院、下院とも民主党が多数派で財政政策が効果を上げた時期であり、連銀の量的緩和策の評価は2011年から2013までが適切となります。この期間(2010年末から2013年末)における株価上昇率は約43%となっていますが、GDP成長率は高いものではなく、物価上昇率は逆に下がっています。また、失業率は下がってきていますが、2008年以前は労働市場参加率が66%を越えていたことを考えると、失業率の低下は市場参加率の低下が主要な原因ではないかと見られます。また、政府統計によれば、27週間以上の長期失業者の比率は2013年末で依然全失業者の約37%と高く、大きな問題となっています。

5.イタリアの経済停滞と新首相選任

欧州連合の中で3番目の経済規模を有するイタリアでは、昨年2月に総選挙が行なわれたものの、与野党の対立から政治空白が長期化、大統領の仲裁により、中道左派の民主党とベルルスコーニ基首相が率いる中道右派が大連立に合意、レッタ政権が4月に成立しました。しかし、経済改革や政治改革が不十分との党内の批判が多くなり、批判の急先鋒であったレンツィ書記長が新政権を樹立することになりました。イタリア上院は24日に、下院は25日にレンツィ新首相に対する信任投票を行い、新首相が承認されました。

現在、イタリアは2008年の金融危機以降GDPで10%以上低下、一人当たりGDPもイタリアが欧州連合に加入する以前よりも悪化、政府債務はGDPの130%を超える水準まで増加しています。この点、歴代首相の最年少であるレンツィ新首相の手腕に期待する声も大きいのは事実ですが、国政の経験が皆無であること、彼を含めて過去3人が選挙を経験しない首相になったことで、どれだけ多くの国民の支持が得られるかについて不安視する見方もあります。

6.ウクライナの政権交代の影響

2月25日にロシアを後ろ盾にするヤヌコビッチ政権が崩壊、野党勢力が新政権を樹立しましたが、ロシアの対応策が読めず、世界の株式市場への影響も現時点では不透明となっています。
            
                   (2014年3月1日: 村方 清)