1.3月の株式市場
3月の株式市場はウクライナに対するロシアの対応措置がクリミアだけに留まるかどうかの判断の難しさ、及び3月18-19日に開かれたFOMC会合での金融緩和策転換の予定時期をめぐる不透明さから、一時的に不安定度が高まる展開となりました、主要な動きは以下の通りです。
3月3日:2月の米サプライマネジメント協会(ISM)の製造業景況感指数が前月の51.3から53.2へ改善したものの、ウクライナ情勢をめぐる地政学リスクの高まりから警戒感が強まり、ダウ平均価格は154ドル安(0.74%減少)。
3月4日:ロシアのプーチン大統領がウクライナへの軍事介入について現在時点で必要性がないと発言したことから、投資家心理が大幅に改善し、228ドル高(1.41%増加)。
3月6日:週間の失業保険申請件数が前週から26,000件減少し、323,000件となったことから(市場予想は335,000件)、雇用状況の改善の期待が高まり、62ドル高(0.38%増加)。
3月7日:政府発表の非農業部門の雇用者数の伸びが前月比175,000 人の増加で、市場予想(149,000人)を上回ったものの(失業率は6.7%に上昇)、ウクライナ情勢への懸念から、31ドル高(0.19%増加)。
3月11日:主要株価指数が高値圏にあり、益確保の売りが優勢で、67ドル安(0.41%減少)。
3月13日:ウクライナのクリミア自治共和国のロシア編入の是非を問う16日の国民投票に対してケリー国務長官が実施されれば重大な措置を取ると警告したことや中国の経済指標の悪化から中国経済の減速の懸念が増して、231ドル安(1.41%減少)。下げ幅として今年3番目。
3月17日:クリミア自治共和国の住民投票を受け、欧米のロシアに対する経済措置が、市場の予想に近いものであったため、182ドル高(1.19%増加)。
3月18日:プーチン大統領はクリミアのロシアへの編入を宣言したが、ウクライナの分割を望まないとの姿勢を示したこともあり、89ドル高(0.55%増加)。
3月19日:FOMC会合で、量的緩和策を更に月額100億ドル縮小させることが決定されたことや記者会見でイエレン議長が金利引き上げ時期を市場予想より早める可能性を示唆したとの見方が広がり、114ドル安(0.7%減少)。
3月20日:フィラデルフィア連銀が発表した3月の景気指標は9で市場予想を上回り、米景気先行指標総合指数も市場予想以上に改善になるなどで、109ドル高(0.89%増加)。
3月25日:3月の米消費者信頼感指数が前月の78.3から82.3へ上昇(市場予想は78.6)、前日までの下落から短期的な戻りを期待する投資家も多く、91ドル高(0.56%増加)。
3月26日:クリミア編入でロシアに対するオバマ大統領の追加制裁警告で、99ドル安(0.60%減少)。
3月28日:2月の個人消費支出と所得が増加したことや、前日までの下落による割安感から、買いが優勢で、59ドル高(0.36%増加)。
3月31日:イエレン連銀議長が超低金利政策継続を強調したため、135ドル高(0.82%増加)。
2.米国の雇用状況
米労働省が3月7日に発表した2月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比175,000人の増加となり、市場予想の149,000人を上回りました。また、12月と1月の雇用者数の改定値も各々84,000人と129,000人に増加しました。この結果、12月から2月の3か月間の雇用者数平均は131,000人となったものの、それ以前の9月から11月までの225,000人に比べると低下したことになりました。一方、1月の失業率については前月から0.1%上がって、6.7%となり、横這いと見ていた市場予想を上回りました。部門別では、先月大きく増加した建設業は15,000人の増加に留まり、サービス部門の専門職が先月の42,000人から79,000人へ大きく増加しました。こうした雇用情勢の改善にもかかわらず、株式市場の反応は現在の高値水準やウクライナ情勢の懸念から限定的で、ダウは25ドル高に留まりました。
3.FOMC
3月18日と19日に、イエレン連銀新議長の下で、最初のFOMCが開催されました。会合の声明文では今年の冬は悪天候の影響を受け、経済活動の減速が見られたこと、労働市場では失業率が依然として高いものの、改善は見られていること、家計支出や民間設備投資も引き続き改善傾向にあること、物価上昇率はFOMCの長期目標を下回る水準にあるものの、安定した状態にあることが伝えられました。そして、法律に定められた連銀の使命である雇用の最大化と物価の安定化という目標達成が前進していることから、現在の量的緩和策の縮小規模を4月より更に100億ドル減額し、月額ベースで550億ドルとすることを決定しました(米国債を月額350億ドルから300億ドルへ、住宅ローン担保証券を月額300億ドルから250億ドルへ縮小)。
また、将来の政策金利の方向性を示すファーワード・ガイダンスについて、失業率6.5%の物価基準を撤廃したことを明らかにしました。これは政策方針そのものの変更を意味するものではなく、失業率やインフレ率の基準よりも、広範な経済指標を政策決定の際に参考としたいとの考え方に基づいているとしました。但し、この撤廃については、ミネアポリス連銀総裁が数値基準を撤廃すればインフレ目標達成の取り組みにおいて、連銀の信頼性が損なわれかねないとの懸念を示しました。
なお、現在の0-0.25%という異例に近いフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を維持する期間の決定に際しては、雇用の最大化と2%の物価上昇率という目標に向けた前進と今後の予測、さらに金融市場の状態を含めた幅広い情報を考慮して判断したいとして、物価上昇率がFOMCの長期目標である2%を下回る水準で進むとの予測が続くのであれば、現在のFF金利の誘導目標を相当期間維持する可能性があるのとの従来の立場を確認しました(但し、金利見通しについて、大半の委員が2015年の利上げを見込み、2015年末の水準が昨年12月の0.75%から今回は1%と見ていることが示されました)。
FOMC後のイエレン議長の記者会見での主要な質疑応答は以下の通りでした。
① 労働市場
長期失業者が失業者全体に占める割合は非常に高く、高止まりしている。労働参加率の低下については構造的な要因だけでなく、景気循環的な要素も働いていると思われる。しかし、労働参加率のどの部分が構造的で、どの部分が循環的かを区別していくのは難しく、今後も見守っていく必要がある。
②
フォーワード・ガイダンスの数値基準
6.5%という失業率を撤廃したのは効果がなかったからでなく、効果があったと判断している。但し、失業率が6.5%に近づくにつれ、突破される公算が大きくなり、それ以外の多くの情報を提供する必要性が大きくなったことによるものである。
③ QE終了後の利上げ時期
“かなりの期間”という声明文の表現は、恐らく6ヶ月程度を意味している。但し、声明文では労働市場の状況や目標インフレ率2%の達成状況などを十分に判断しながら、決定していくことになる。
今回のFOMCの会合、特にイエレン議長の記者会見での質疑応答に伴う市場の反応は極めて敏感で、QE終了後の利上げ時期について、6ヶ月程度と見ていると回答したことから、一時はダウ価格が200ドルを越える下落となり、最後は114ドルの下落となりました。
これに先立ち、3月13日に連銀副議長候補のフィシャー前イスラエル中央銀行総裁(世銀やIMFの要職も経験)が上院銀行員会に公聴会に出席しました。その中で、連銀の役割として、雇用の最大化と物価の安定化という2つの目標に加え、金融の安定化があることを強調しました。また、委員会の副委員長より、金融緩和策が行き過ぎた場合、金融市場の混乱を招くのではないかとの質問に対し、連銀は既に昨年12月より出口に向かっているはずとしました。また、3月21日には連銀のメンバーであるステイン氏(前職はハーバード大の金融論の教授)も長期に渡る金融緩和策による金融不安定性の懸念から、金融安定化のための政策展開をすべきと述べたことが伝えられています。
4. ウクライナ問題
3月16日にクリミア自治共和国の住民投票で、約97%がロシアへの編入を認めた結果を受けて、ロシアのプーチン大統領は18日にクレムリンに上下両院の議員を招集し、クリミア自治共和国と特別市セバストポリをロシアに編入することを宣言しました。ウクライナ暫定政府はクリミアのロシアへの編入はウクライナ憲法に違反と抗議、欧米諸国もロシア軍とみられる部隊が実効支配する中で行われた投票は認めらないとして、ロシアに対する制裁措置を発表しました。しかし、その後、ロシアはロシア軍を派遣、クリミア共和国を実効支配し、クリミアのロシアへの編入を着実に進めています(クリミアに駐留していたウクライナ軍も撤退となりました)。
こうした事態に、3月24日からオランダのハーグで始まった核サミットに合わせて開かれたG7の首脳会議でロシアによるクリミアの編入が認められないこと、ロシアがウクライナの東部や南部に支配権を強めようとすれば金融やエネルギー面での強い経済制裁を実行する用意があること、更に、ロシアのG8からの一時的な追放措置を発表しました(国連もロシアの拒否権がある安全保障理事会ではなく、総会でロシアのクリミア編入は認められないとの採択を行ないました)。
今回のG7による決定を見る限り、最初の段階では強硬なものでなく、ロシアの対応によって制裁措置の度合いを高める内容になっています。この背景には、ロシアとの経済的結びつきが強い欧州とそうではない米国とでは立場が異なっており、妥協の産物として、今回の措置が決められたという事情があります。特に、欧州の場合、ドイツとイタリアはロシアからの天然ガス輸入の比率が高いこと、フランスはロシアへの武器輸出が大きいこと、イギリスはクレムリンに関係の深いロシアの大物実業家の資産を預かっていることなどから、米国ほど強硬な措置を取れない事情があります。
しかしながら、欧米諸国の経済制裁措置によって、ロシアがクリミアを断念するという保証はありません。ロシアにとってクリミアの軍事的な重要性、ロシア系住民が6割以上いるという歴史的な繋がり、ロシア国内でもクリミア編入が国民から圧倒的に支持されている状況を考えると、プーチン大統領が欧米の要求によってクリミアを譲ることは政治的にはあり得ないように思われます。加えて、ロシアはウクライナ東部国境に数万の軍隊を派遣させ、武力による威圧を続けています(30日に開かれた米ロの外相会談で、米国のケリー長官はロシアのラブロフ外相に軍隊の撤退を要求しましたが、ラブロフ外相は通常の演習であるとして拒否しました)。プーチン大統領の戦略としては、ウクライナ暫定政権及び欧米諸国にウクライナの地方州政府により大きな自治権限を認めるように要求すると同時に、それが受け入れらない場合にロシア系住民保護の名目で東部を含む他の地域に軍隊を派遣し、支配権を強める意図があるものと思われます。
その反面、ウクライナ問題を経済的に見た場合、クリミアの例でわかるように、現在天然ガスの約25%、水道の約70%、電力の約90%をウクライナ本土に依存していること、主要な産業である観光業も約70%がウクライナ本土から来ている状況を考えた場合、ロシアにとってクリミアの編入は大きな経済負担を伴ってくることです。ロシア政府は既に1年目だけで、約40億ドルの資金支援が必要になると見ています(特に、ロシア全体の経済規模は現在イタリア経済と同じ程度でしかなく、クリミアへの経済支援だけでもロシアにとって大きな資金負担になると見られます)。更に、欧米による経済制裁がロシア経済全体にとってマイナスの影響を一層拡大させていくことも予想されます(既にロシアからの資本流出により株式市場の低迷や通貨の下落をもたらしており、このままではロシアの今年の経済成長率がマイナスになるとの予測も出ています)。
こうした状況の中で、今後ロシアがウクライナに対して具体的にどのような対応をしていくのかは依然不透明な部分がありますが、短期的にはプーチンが政治や軍事的な理由を優先させ、強硬政策を続けていく可能性があるように思います。しかし、中・長期的に見た場合、ロシアの経済能力からして、対決政策を続けることはロシア経済に一段と深刻な影響を与えることから、最終的には今年2月27日に発足したウクライナの暫定政権を正当な政府と認め(5月25日に大統領選挙を実施予定)、彼等と協力しながら、独立性の高いクリミア自治国に対する支援を行なっていくことになっていくのではないかと思います。クリミアのインフラ部門のウクライナ本土への依存度が高いこと、さらにロシアから欧州へ輸出される天然ガスの多くがウクライナを経由しており、今でも6割近くがウクライナ経由となっていることを考えると、これが現実的な選択にならざるを得ないのではないかと見られます。但し、プーチンは2008年8月のグルジアとの紛争に見られるように、これまで旧ロシア領であった地域がロシアを仮想敵国とするようなNATOのような同盟国メンバーになることには強い反感を抱いており、ウクライナ新政府がNATOのメンバーにならないことの確約を求めるのではないかと思います。
(2014年4月1日: 村方 清)