1.5月の実績
5月の株式市場は企業の四半期業績発表に影響された4月相場と比べ、米国経済についての好不調のデータが交錯、その影響で相場が大きく変動することになりました。さらに、債券市場では10年物国債利回りが低下、一方株式市場ではダウもS&P500も過去の最高値を更新するなど従来とは異なる展開になりました。主要な動きは以下の通りでした。
5月2日:政府発表によれば、4月の非農業部門の雇用者数は前月比288,000 人の増加で、市場予想(200,000人)を上回ったものの(失業率も6.3%へ減少)、ウクライナで暫定政権が親ロシア派の拠点に対する奪回作戦を開始したとの報道から、46ドル安(0.28%減少)。
5月6日:ウクライナ情勢の悪化に加え、AIGなどの四半期業績が低調で、投資家心理が悪化、更にニューヨークタイムズ紙にバブル相場懸念の記事が出て、金融株を含め幅広い銘柄に売りが広がり、130ドル安(0.78%減少)。
5月7日:イエレン連銀議長の議会証言で、米国景気の先行き見通しや低金利政策の継続などが示されたことから、118ドル高(0.72%増加)。
5月12日:海外の株価上昇の影響を受け、112ドル高(0.68%増加)。
5月14日:米10年物国債が水準を下げたために金融株の売り広がったことに加え、前日までの連日最高値更新から目先の利益確定売りが高まり、101ドル安(0.61%減少)。
5月15日:4月の米鉱工業指数が前月比0.6%減で市場予想より悪化、NAHBの住宅市場指数も市場予想に反し前月の46から45へ減少、米国市場の不安定感が増し、利益確保の売りが優勢で、168ドル安(1.01%減少)。
5月16日:4月の米住宅着工件数が市場予想を大きく上回る前月比13.2%増であったこと(但し、大半は5戸以上のアパートの43%増で、戸建ては0.8%の増)、45ドル高(0.27%増加)。
5月20日:JPペニーなど小売り関連株の四半期決算の低調さやフィラデルフィア連銀のプロッサー総裁が経済動向による金利引き上げの早期可能性示唆などで、138ドル安(0.83%減少)。
5月21日:ティファニーの四半期業績が大幅な増益であったことや前日の大幅下落の反動で、159ドル高(0.99%減少)。
5月27日:4月の米耐久消費財受注額が市場予想に反して1.8%の増加となったことや3月のケース・シラー住宅価格指数も1.2%の増加となったことで、69ドル高(0.42%増加)。
5月28日:29日の第1四半期GDPの改定値発表前であることや最高値に近い相場であることから、目先の利益確定の売りが優勢で、42ドル安(0.25%減少)。
5月29日:GDP改定値は予想より悪くマイナス1.0%で、10年物国債利回りの更なる低下が見られたが、週間失業保険申請件数が27,000件減少の300,000件で、66ドル高(0.39%増加)。
2.米国の雇用状況
5月2日に米労働省が発表した4月雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比288,000人の増加で、市場予想の200,000人を大きく上回りました。また、2月と3月の雇用者数の改定値も各々222,000人と203,000人に増加しました。これにより、2月から3か月間の月平均雇用増加数は238,000人となり、連銀が目指す200,000人以上を維持したことになりました。
一方、4月の失業率については6.3%で、前月の6.7%から大きく低下しました。但し、同時に労働参加率は62.8%に低下、過去6か月で最低の2013年12月の水準に戻ってしまいました。
部門別では、建設業が32,000人と大きく増加し、製造業も12,000人の増加となりました。
こうした雇用面の改善があったにもかかわらず、ウクライナでの暫定政府による親ロシア派の対立が激化したため、その日のダウ平均価格は46ドル安となりました。
3.イエレン議長の議会証言
連銀のイエレン議長は5月7日に米上下両院経済合同委員会で米国経済と金融政策に関する証言を行いました。最初に、今年第1四半期の経済成長率が前期比0.1%増に留まった点について、異例の厳冬といった一時的な要因が大きいとして、今年の経済は昨年を少し上回るペースで拡大するとの見通しを示しました。労働市場はかなり改善したものの、依然満足できる状況ではなく、長期失業者やパートで働いている人達の数も歴史的に高い水準にあることを指摘しました。こうした点を踏まえ、極めて緩和的な金融政策を継続する必要性を伝えました。委員会での議員達との主要な質疑応答は以下のようなものでした。
①
量的緩和策の解除
今後も労働市場の改善が見られ、インフレ率がFRBの長期目標である2%に向かっていくと認識される限り、引き続き資産買い入れの規模を縮小させていく。但し、見通しが変化すれば、計画を見直す用意がある。
②
金利
資産買い入れプログラムの終了後、短期金利の誘導目標の引き上げ開始まではかなり時間がかかると見ている。具体的な時期は明確でないが、FOMCの多くのメンバーは2015年または2016年に正常化が開始されるとの見方を示している。
③
バランスシートの縮小
適切な水準を示すことはできない。但し、時間と共に、現在の水準からかなり縮小していくと予想している。
④ 失業
現在、長期失業の比率は全体の約35%と非常に高いが、長期的に成長が加速すれば、長期失業者が減少することを信じて疑わない。
労働参加率の低下は長期的であり、人口統計的に人口の高齢化も反映している。しかし、労働参加率の低下の背景には労働市場の弱さがあることも明白であり、景気循環による労働市場の改善がこの問題を解消していくことになると見ている。
利上げ検討の目安とする6.5%の失業率は失業率が8%近辺にあった時に導入されたもので、失業率が6.5%に改善した時にフェデラルファンド金利の誘導目標を引き上げると表明したことはない。フォワード・ガイダンスの変更は失業率が低下し、6.5%に近づいたことが唯一の理由である。
⑤
資産バブル
株式市場全体で見た時に、株価のバリュエーションは歴史的に正常な範囲にある。長期金利の水準は低く、これが株式市場のバリュエーションに影響を与えている要素の一つである。
これについては、共和党を中心とする数人の議員から、長期に及ぶ連銀の金融緩和策が株バブルを起こしているのではないかとの強い懸念が示されました。
⑥
所得格差
一部で、所得分配と不平等の拡大が消費を押し下げ、消費の伸びを抑制しているとの見解があるが、これに関する明白な証拠を見つけることは難しい。
これに関連して、イエレン議長は5月8日に上院で証言、現在オバマ政権が議会に諮り、進めようとしている最低賃金を10ドルへ引き上げる法案について、引き上げは90万人の雇用を失う恐れがあるとするCBOの見方を支持、政権とは異なる考えを示しました(但し、米国民の約69%はオバマ政権の最低賃金引き上げ提案に賛成)。
4.長期国債利回り低下と株式市場への影響 ‘
5月14日と15日でダウ平均価格は合計で269ドル下落しました。それと同時に目立ったのは債券市場の動きで、米国の10年物国債は14日と15日にも下げ、一時は下落のリミットと見られた2.5%を割り込みました。本来、14日の4月卸売物価指数の前月比0.6%上昇、15日の消費者物価の前月比0.3%上昇は景気の好調さを反映して、債券市場の金利は上昇するはずでしたが、実際は逆の動きになりました。この背景にはその日の経済データで、4月の米鉱工業生産指数が前月比0.6%減となったことや5月の全米住宅建設業協会(NARB)の住宅市場指数も46から45へ減少するなど米国経済の低迷さを示す内容があったものと見られています。
本来、米国の投資家の立場からすれば、10年物国債の利回り約2.5%はS&P500の過半数の株の利回りを下回っており、魅力的な水準ではありませんが、それでも国債買いに走るのは経済の実態に比べ、高くなり過ぎている株式市場への警戒感が出ているのかも知れません。
同じようなことは欧州でも見られ、15日に発表された欧州連合の2014年第1四半期のGDPが前期比で0.2%増に留まったことが、ドイツや英国の長期国債への資金流入となり、それぞれの金利は1.31%および2.52%まで低下しました(スペインやイタリアについても同様で、1年前までは4.5-5%の10年物国債利回りは現在3.0%程度まで低下してきています)。
更に、28日と29日には米国10年物国債利回りが2.5%を割って2.44%と2.41%まで下がる事態が生じました。一部のアナリストは欧州の債券保有者が金利・為替の両面でより魅力的な米国債にシフトしたことの見方を示しました。しかし、28日はイタリアやスペインの国債が各々2.93%と2.81%まで下落したこと、さらに29日に米国の第1四半期GDPの改定値がマイナス1%となったことを見ると、一部は米国内で株式から債券へのシフトがあったのではないかと思います。
5.金融政策転換をめぐる連銀内の議論の方向
過去5年間以上進められてきた異常な金融政策とも言うべき量的緩和策は、米国経済の回復が進む限り、縮小規模を増やし、年内に終了の予定となっています。これに関連して、5月21日に公表された4月末のFOMC会合の議事録では、その会議でそれ以降に金融政策の転換をどのように進めるかの予備的な議論が行われたことが明らかになりました。現在の超緩和的金融政策を正常化させるためには2つの分野での検討が必要になりますが、その一つは連銀のバランスシートで現在4兆2500億ドルまで膨張した資産をどのように売却・縮小していくかであり、二つは現在のゼロ金利状態をいつから引き上げていくかにあります。
今後、年末に向かって連銀内でこの二つについての議論が高まっていくものと見られますが、行き過ぎた金融緩和策が将来の高いインフレを生じかねさせないという見方に立つタカ派のフィッシャー・ダラス地区連銀総裁やプロッサー・フィラデルフィア地区連銀総裁は積極的な資産売却や早期の金利引き上げを求めていくと見られます。一方、雇用改善に重点を置くイエレン議長やその他のハト派のメンバーはいずれも急ぐべきでないとの見方に立つものとみられます。
これに加えて、連銀の役割にはインフレや雇用以外に金融の安定化も重視されるべきという見方の委員もおり(代表的なのは前ハーバード大教授のステイン氏。但し、5月末に退任の予定)、6月から連銀に参加するフィッシャー副議長候補などが、株価や不動産価格の過度な上昇への懸念から、資産売却や金利引き上げの進め方について違った角度から意見を述べていくものと見られます(イエレン議長の約100日間の議会証言や講演会を聞くと、専門の雇用問題に重点を置きすぎ、やや金融面の視点が弱すぎる面があり、この分野で経験豊かなフィッシャー副議長の役割に期待されるところです)。
6.ウクライナ大統領選挙と欧州議会選挙
5月25日に行われたウクライナの大統領選挙で、新欧米派のポロシェンコ元外相が過半数の約54%を取り、決選投票を待つことなく、当選が確定しました。ポロシェンコ氏は東部のロシア系住民の要望を踏まえ、ロシア語使用の権利保護や自治権拡大、さらに年内に国会選挙を実施し、地方分権を盛り込んだ憲法改正の環境を整える用意があることを明らかにしました。加えて、ウクライナ東部の事態収拾を話し合うために、ロシアのプーチン大統領と会談を実現したい意向も示しました。
しかしながら、ロシア系住民が武力によって大半の地域で大統領選挙の実施を不可能にさせていた東部のドネツク州とルガンスク州では、24日に2州を統合した新たな共和国に合意する文書に署名、25日のウクライナ大統領選挙の影響は全くないとして、26日にはウクライナ政権側の軍・治安部隊を一掃するために戒厳令を敷くことを宣言しました。これに対し、ポロシェンコ氏は暫定政権が進めてきたロシア系住民による武装集団の排除の軍事作戦を当面、継続する方針を明らかにしました。
現時点の動きからする限り、ロシア側は当初考えていた25日の大統領選挙は阻止できなかったものの、東部地区にロシア寄りの政権を作る試みは表面的には成功したように思われます。しかし、武力の監視下で一方的に宣言された東部の政権を合法的な政権と認める外国政府は殆どなく、ロシア国に編入したクリミアに加え、東部の両州に大きな経済的支援を行うことは現在のロシアの経済力からして不可能であり、ウクライナの新政権との間で両国にとって現実的条件で合意していくことになると思われます(東部2州の自治権の拡大、ウクライナを通じる欧州への天然ガスの継続的供給、そしてウクライナがNATOには加盟しないことなど)。
一方、22-25日に実施された欧州連合の欧州議会選挙では、中道左派の「欧州人民党グループ」が211議席、中道左派の欧州社会党が193議席となりました。しかしながら、今回の選挙で目立ったのはメンバー国で、欧州連合に反対や懐疑的な政党を合わせると129議席になり、特にフランス、イギリス、ギリシャ、デンマークで、これらの政党が第1党を占めたことです。これらの政党がまとまった行動をすると、米国との自由貿易協定や主要政党で見解が分かれる問題などで欧州議会の通過が難しくなる可能性が出てくるだけに、今後の動きが注目されます。
(2014年6月1日: 村方 清)