1.7月の株式市場
7月の株式市場は米主要企業の四半期決算発表もあり、前半は比較的順調に推移しました。しかし、後半は17日のウクライナでのマレーシア機撃墜に伴う米欧のロシアへの経済制裁強化、ポルトガルの信用不安問題、アルゼンチンの債務不履行問題などに加え、米国でも雇用コストの上昇による早期の金利引き上げ懸念が生じ、高値水準にある米国株式相場は31日に317ドルの大幅下落となりました。主要な動きは以下の通りでした。
4日:朝方発表の6の米雇用統計は非農業部門雇用者数が288,000人で市場予想を大幅に上回り、失業率も6.1%に低下、米雇用の回復基調を背景に投資家心理が強気に傾き、92ドル高(0.54%増加)。ダウは節目の17,000ドル越え。
8日: 欧州株の下落や主要な株価指数が歴史的な高値圏にあるため、米主要企業の決算内容を見極めたいとの姿勢から、当面の利益を確定する売りが優勢で、118ドル安(0.69%減少)。
9日:FRBが 前回のFOMC(6月17~18日)の議事要旨を公表、当面は米国の低金利政策が続けると受け止められ、将来の利上げに対する警戒感が後退し、79ドル高(0.47%増加)。
10日:ポルトガルの大手銀バンコ・エスピリト・サントに対する警戒感などから欧州株式相場が大幅下落。米市場も投資家が運用リスクを回避する姿勢を強め、71ドル安(0.42%減少)。
14日:シティバンクなど金融機関の4半期業績が好調で、112ドル高(0.66%増加)。
15日:JPモルガンやゴールドマンの決算が評価されたものの、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長の半期に1度の議会証言に合わせて公表されるFRBの「金融政策リポート」が、小規模の交流サイト(SNS)やバイオ関連企業の企業価値が増幅していると指摘されたこともあり、5ドル高(0.03%増加)。
16日:インテルなどの四半期決算が好調だったことや21世紀フォックスが同業のタイムワーナーへ買収を提案していたことなどから、巨額な企業買収の案件が途切れていないことが投資家心理を強気にさせ、77ドル高(0.45%増加)。
17日:マレーシア航空機がウクライナ政府軍と親ロシア派武装勢力との戦闘が続くウクライナ東部に墜落、さらにイスラエルがパレスチナ自治区ガザへ地上部隊を投入したと伝わり、運用リスクを回避する動きが加速し、161ドル安(0.94%減少)。
18日:7月の消費者態度指数は前月比1.2減の81.3で市場予想の84.0に達しなかったものの、前日の地政学リスクへの不安が和らいだこともあり、買いや買い戻しが優勢となり、前日の7割戻しの123ドル高(0.73%増加)。
24日:アマゾンの四半期決算の不振やクレジットカードのビザの先行きの懸念に加え、ウクライナや中東などの地政学リスクへの警戒心が高まったことで、123ドル安(0.72%減少)。
29日:通信のAT&Tやベライゾンなどが上昇し、一時買いが強まったが、取引終了にかけて、オバマ大統領によるEUとの新たなロシア制裁措置が発表され、70ドル安(0.42%減少)。
30日:4~6月のGDP速報値は市場予想を上回る前期比4%増で、FRBによる利上げ時期が前倒しになる可能性が意識され、32ドル安(0.19%減少)。
31日:ロシアへの経済制裁に伴う欧州景気の先行き不透明感やアルゼンチンの一部債務不履行認定、さらに米国における雇用コスト指数の急激な上昇による金利引き上げ懸念などから、投資家心理が大幅に悪化、317ドル安(1.88%減少)。5月22日以来の安値。
2.米国の雇用状況とイエレン議長の議会証言
米労働省が7月3日に発表した6月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比288,000人の増加で、市場予想の210,000人を大きく上回りました。なお、4月の実績値は304,000人で変わらず、4月の改定値は224,000人に修正されました。これにより、4月から6月までの3ヶ月の平均雇用増加数は270,000人を越えたことになりました。一方、6月の失業率は6.1%で前月から0.2%の改善となり、金融危機が始める前の2008年9月の水準に戻りました(労働参加率も62.8%と横ばいでした)。なお、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は12.2%で、4月の12.3%から若干低下しました。)
イエレン議長は6月の労働市場の改善を踏まえて、7月15日に上院の銀行委員会で半期に一度の経済見通しと政策に関する証言を行いました。最初に2月の金融政策報告書以来、経済の回復や金融システムの改善の面で、一段の進展が見られたものの、依然多くの国民が失業から脱しておらず、インフレも長期目標を下回っている。このため、FRBはマクロの経済目標を達成し、一段と耐久性のある金融システムを実現するために、あらゆる資源と手段を活用することに注力していると伝えました。それ以外の主要な内容は以下の通りでした。
(1). 労働市場
景気の改善は続いて入るものの、まだ完全ではなく、依然多くの米国民が失業状態にあり、雇用や賃金に関する指標が金融危機の影響から完全に脱したことが確認されるまで、緩和政策を維持する方針を示しました(一部の民主党議員より、長期の失業問題は連銀の金融政策だけでは不十分であり、財政政策が取られるべきではないかとの指摘が出されました)。
(2). インフレ
雇用状態の改善に伴って、今後数年でインフレが連銀の目標とする2%に向けて上昇すると予想している。最近に見られるインフレ加速の兆候を持って、来年半ばにも予想される利上げを前倒しするには十分でない。
(3). 経済成長
第1四半期のGDPは今年全体の成長率見通しの下方修正につながった。しかし、緩和的な金融政策に加え、財政政策の足かせ怪訝、住宅価格や株価上昇の遅延効果、他国の成長などを通じて、米湖経済は今後数年、緩やかなペースで拡大していくと見ている。
(4). 資産インフレ
資産価格は概ね歴史的な水準に沿っており、バブルといわれる状況ではない。しかしながら、議会に提出された金融報告書では、バイオテクノロジーやソーシャルメディアの株価について、バリュエーションが割高との異例の指摘を行っており、メンタム株と呼ばれるネットやバイオ関連の株がその日は売られる状況となりました。
3.FOMC会合と市場の不安定化
7月29日と30日にFONCの会合が開かれました。会合に先立ち、米国商務省は4-6月のGDP(速報値)を発表、年率換算で前期比4.0%増となったことを明らかにしました。市場では3%程度の予測が多かったのですが、前期に手控えていた需要が集中した結果であり、年の後半は3%程度に戻るとの見方が一般的です。部門別ではGDPの7割を占める個人消費が前期比2.5%増で、企業の設備投資も前期比5.5% 増となりました。
こうした経済の改善を受けて、9月30日のFOMCは量的緩和策の追加資産購入額について8月より月額100億ドル減額し、従来の350億ドルから250億ドルに減額することを決定しました(米国債を月額200億ドルから150億ドルへ、住宅ローン担保証券を月額250億ドルから200億ドルへ縮小)。なお、労働市場については著しい未活用の労働力が残るとし、金融緩和策の姿勢を強調すると同時に。金利については従来のゼロ金利政策の維持を決めました。但し、フィデルフィア連銀のブロッカー総裁がゼロ金利政策の維持に反対、量的緩和策終了後も相当の期間、ゼロ金利政策を維持するとの声明文に異議を唱えました。
その日の株価は経済の改善が連銀の金利引き上げが早まるのではないかとの警戒心も出て、ダウ価格は32ドルの下落となりました。翌日の31日には第2四半期の雇用コスト指数が2008年第1四半期以降最大の前期比0.7%の上昇となり、労働市場の改善による金利の早期引き上げ懸念が増加したこと(注1)に加えて、ウクライナをめぐる米欧のロシア経済制裁強化の欧州景気の先行き懸念、ポルトガルの信用危機、アルゼンチンの債務不履行問題などが起こり、ダウは317ドルの下落(1.88%の減少)となりました(下落幅としては2月3日以降最大)。
(注1)第2四半期の雇用コスト指数の高い上昇を見る限り、先月のブログで紹介したように、イエレン議長よりプリンストン大のアラン・クルーガー教授の見方が正しいように思われます。
4.マレーシア機撃墜をもたらしたプーチンの強硬策と対応を間違えたEU
今年2月のウクライナの政権崩壊以降、ロシアの大統領はクリミアを武圧によってクリミアのロシア化を実現させると同時に、5月のウクライナ新政権に対しては東部地区の親ロシア派を支援(指導者の大半はロシア出身と見られています)、ウクライナの不安化を図ってきました。そして、最近では親ロシア派の軍事能力を高めるために、地対空ミサイルを提供、高度に飛行するウクライナの軍用機を撃墜させるなどの状況まできており、それが今回の民間機であるマレーシア機の誤射撃墜となったように思われます。
本来、ロシアとの間でエネルギー輸入や防衛機器輸出などで経済的な結びつきが強いドイツやフランスであっても、プーチン政権の狙いがウクライナの混乱や不安定化を作り出すことであれば、米国のオバマ大統領が提案する強硬な経済制裁に協力すべきであったものが、自国の経済権益の維持に執着したことが、今回の悲劇を招いたとも思われます。その意味で、EUが29日に米国の要請に応じて、ロシアに対する1.金融取引の制限、②.新規の武器取引の禁止、3.石油分野の技術供与の制限、4.武器への転用可能技術の供与制限等で合意したことは当然の帰結であったといえます。
5.ポルトガルの金融危機
7月10日にポルトガルで信用不安が強まり、同国の債券や株式が売られたのみならず、欧州市場から米市場にまで飛び火、 ダウ平均も一時180ドルも下落するなど世界同時株安の様相を見せました。今回の契機はポルトガルの銀行最大手であるバンコ・エスピリト・サント(BES)で、この親会社にあたるエスピリト・サント・フィナンシャル・グループが短期債務の返済を延期、これによって同国内に信用不安が一気に高まりました。
最近までポルトガルに対する期待は高まっており、5月中旬にEUやIMFによる金融支援が終了し、6月に実施した10年物の国債入札では目標を上回る金額を調達していました。経済動向についても内需の緩やかな回復と輸出の再加速で景気は好転に向かっていると見られていました。
今回のケースが個別行の問題で終わるのか、欧州や世界の金融市場に大きく伝染するかは現時点では不透明ですが、ロシアに対する経済制裁により欧州の景気後退が一段と進むと、ポルトガルの信用不安問題が更に深刻化する恐れがあります。
(2014年8月1日: 村方 清)