Monday, September 1, 2014

金融危機前の状況を越える米国の資産インフレ(バブル)

















1.8月の株式市場

8月の株式市場は月半ばからウクライナ情勢の緊張緩和などから株価の上昇が再び始まり、最高値の記録更新を続けました。しかし、月末にロシア軍によるウクライナへの介入が伝えられると、再び不安定化の兆しを見せています。主要な動きは以下の通りでした。

1日:政府発表の7月雇用統計非農業部門の雇用者数は前月比209,000人で、市場予想届かず(失業率も6.2%へ上昇)、ウクライナ等の地政学リスクもあり、70ドル安(0.42%減少)
4日:地政学リスク新たな動きはなく、前週の大幅下落の反動から、76ドル高(0.46%増加)。
5日:7月の米サプライマネジメント協会(ISM)非製造業景況感指数など米国の景気回復を示す経済指標あったが、ウクライナや中東情勢への警戒感がくすぶり、140ドル安(0.84%減少)
7日:ウクライナをめぐる欧米とロシアの経済制裁の応酬が激しくなっており、欧米景気の悪影響の懸念や欧州株式相場の低下などで、投資家心理が一段と悪化、75ドル安(0.46%減少)。
8日:ロシア軍がウクライナ国境付近での演習を終わらせたの報道からウクライナを巡る欧米とロシアの対立懸念がやや後退、前日の下落からの買戻しが活発で、186ドル高(1.13%増加)。
13日:7月の米小売売上高が市場予想0.2%を下回り、連銀の緩和的な金融政策が長期化するとの期待から、91ドル高(0.55%増加) 
14日:米新規失業保険申請件数が前週比21000件増加の311,000件で、市場予想の295,000件を上回り、連銀がゼロ金利政策を長期間続けるとの見方で、62ドル高(0.37%増加)。 
18日:8月の住宅市場指数が市場予想を上回ったことから、176ドル高(1.06%増加)。
19日:7月の米住宅着工件数が年率換算で前月比15.7%増となり市場予想を大きく上回住宅市場への期待感が高まり、80ドル高(0.48%増加)。
20日:7月のFOMC議事録要旨が発表され、労働市場は急回復しているものの、早期金利引き上げには今後の経済活動や労働市場の動向次第としており、60ドル高(0.35%増加)。
22日:ウクライナ情勢の悪化とジャクソンホール・シンポジウムでイエレン議長が金利引き上げについての明言を避けたことから、38ドル安(0.22%減少)。
25日:新規の戸建住宅販売が前月比2.4%減少したにもかかわらず、76ドル高(0.44%増加)。
28日: ウクライナ情勢を巡る緊張が高まり、42ドル安(0.25%減少)。
29日:7月個人消費は前月比0.1%減であったが、景気回復の期待から19ドル高(0.11%増加)。

2.米国の雇用状況とFOMCの7月議事録要旨

米労働省8月1日に発表した7雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比209,000人の増加で、市場予想の233,000人を下回りましたしかし、5月の実績値は229,000人、6月の改定値は298,000へいずれも上方修正されました。の結果2月から7月までの6ヶ月間は連続して雇用増加数200,000人を越えたことになりました一方、7月の失業率については6.2%で、前月から0.1%の悪化、労働参加率も62.9でそれ以前の3ヶ月間の62.8%より増加しました。なお、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムについている労働者を含めた広義の失業率は12.2で、少し上昇しました。

部門別では、卸売りや小売業などのサービス業が140,000人の増加、製造業と建設業が其々28,000人と22,000人の増加となりました

3.FOMCの7月議事録要旨とジャクソンホール・シンポジウムのイエレン演説

FRBは8月20日に7月29日と30日に開かれたFOMCの議事録の要旨を発表しました。その中で、ここ数ヶ月の雇用改善が顕著になっていること、もし雇用とインフレ率の改善が加速した場合、緩和策を現在の想定より早く取り除くことが適切との見方を多くの委員が取っていることを明らかにしました。

上記7月の議事録に関連して、8月21日と22日に開かれたジャクソンホール・シンポジウムで、タカ派のプロッサー・フィラデルフィア連銀総裁がイエレン議長の従来の考え方を否定するように、これ以上雇用状況が改善する余地は少ないこと、むしろ、市場に金利引き上げの準備をさせておくべきことを主張しました。これに対し、イエレン議長は雇用状況には依然緩みがあること、失業問題には景気循環によるものと経済の構造変化によるものとがあるが、その区別は難しいこと、どの時期に金利引き上げを行なうかは今後の経済データ次第としました。イエレン議長の見方は米国の失業問題の大半は現在進めている金融緩和策によって解決されるとの立場を取っているようですが、米国企業のグローバル化やIT化による米国内での構造的な失業問題の認識について、バーナンキ前連銀議長などに比べ、依然弱いような印象を受けます。加えて、コロンビア大学ビジネススクールのグレン・ハバード教授(金融論が専門)を始め多くのエコノミストは構造的な失業問題は金融政策で対応できるものではなく、連邦政府や議会で検討すべき政策にかかわる領域であるとしています。そして、イエレン連銀議長が雇用問題に固執し、金融緩和策の変更に慎重であることが、ウオール街を中心にグリードな投資家に更なる株価上昇の期待を持たせているように思われます。

3.金融危機前の状況を越える米国の資産インフレ(バブル)

米国の株式市場については、ダウ価格が昨年の2013年3月5日に金融危機前の最高値であった2007年10月9日の14,200ドルを越え、史上最高値を更新し続け、現在は17,000ドルを越える水準に達しています(ダウ価格が昨年3月5日に金融危機前の最高値を越えたことなどから、昨年5月末にバーナンキ前連銀議長が示唆したように、FOMCで第3次量的緩和策の縮小を6月頃から実施するような計画がありましたが、市場では一層の株価上昇を期待する投資家の否定的な反応が強く、FOMCはその計画を実施しませんでした)。

株価と同時に、住宅不動産価格も高騰を続けています。今年6月の南カリフォルニアの住宅平均価格(中央値)は415,000ドルとなり、金融危機前の最高値である2008年1月の価格と同じになりました(LAカウンティだけをみれば、7月の住宅平均価格は457,500で、1年前に比べ7.6%の増加となっています)。こうした価格の上昇はカリフォルニアで戸建住宅を購入できる住民の比率を2013年第2四半期の36%から2014年第2四半期の30%へ低下させています(もし、LAカウンティの住宅平均価格である約457,000ドルの家を30年の4.32%固定金利ローンで購入しようとすれば、頭金20%で、年収として93,590ドルが必要とされます)。私が住む地域では金融危機以前でも外国人(特に中国人)の現金購入者が多いこともあり、戸建で800,000ドル前後の売買取引が大半だったのですが、最近では1,000,000ドルを越える売買取引が少なくありません。住宅価格が高騰することの問題点は、平均的な米国人が通勤距離内で年収の3-5倍程度で買える物件が急激に少なくなり、遠隔地に住むか、一生賃貸物件で住むことを考えざるを得ない人達が増加していることにあります。この現象はロサンゼルスだけに限らず、中国人による投資が急増しているサンフランシスコやバンクバーでも更に深刻な問題になっているようです(中国人の外国向け不動産投資ブームは中国内のシャドーバンキングが背景にあるとの見方もあります)。

いずれにしても、テイラー・スタンフォード大教授が指摘するように、前回の金融危機(住宅価格高騰によって作り出された過度のサブプライムローンの証券化)の原因がグリーンスパン元議長の金利引き上げの遅さであったことからすれば、当時グリーンスパン議長に同調したイエレン元サンフランシスコ連銀総裁が今回は連銀議長として、雇用問題に固執するあまり、金融緩和策の長期化によって株と不動産の資産インフレが大きくなり(バブル化)、グリーンスパン元議長と同じような間違いを起こすことになりはしないかとの懸念を抱かせます。

4.所得格差拡大を起こさせている連銀の超金融緩和策

8月12日付のLA Timesのビジネス版に、全米市長会議によって11日に発表された報告書で、2005年から2012年において、トップ20%の高所得者層が全体の所得増加の60%を得る一方、ボトム40%の低所得層は所得増加の6.6%しか得ておらず、所得格差が一段と拡大していることが報告しました。また、今年春にOECDから出された報告書で、米国において0.1%の最富裕層クラスが米国全体の所得に占める比率が1980年は2%であったものが、2012年には8%まで拡大したことを伝えています。こうした高所得層以上の所得と低所得層の所得が急激に拡大している背景には、連銀が過去数年間に渡って取り続けてきた超金融緩和策と無関係ではないように見られます。

昨年12月のブログで紹介したように、サンフランシスコ連銀のHobijn氏やニューヨーク連銀のSahin氏等の共同研究で、1948年から1987年の期間と2010年から2012年の期間を比較した場合、労働分配率は57.1%から53.3%へ4%近く減少していること、その原因はグローバリゼーションによる外国との競争によって米国での就業機会が減少していることを指摘しています。また、シカゴ大学のKarabarbounis教授とNeiman教授は技術革新による投資財コストの減少が労働分配率の低下をもたらしていることを示しました。

その一方、米国企業の利益は2010年の約11%から2013年の約14%に増加しています。特に目立つのは配当や内部留保であり、両者で11.5%近くを占めるものと見られます。連銀の超金融緩和策による株価上昇にもかかわらず、株主や投資家を満足させるために従来と同じかそれ以上の株価利益率や配当率を確保しようとすれば、労働分配率は低下せざるを得なくなります。米国のGDPの約7割が個人消費に依存している時に、賃金所得の増加を伴わない労働分配率の低下は米国経済の健全な発展にとって大きなマイナス要因でしかないように思われます。

フランスの有名な経済学者で、欧州復興開発銀行の初代総裁を務めたアタリ氏は2008年11月に出版された「金融危機後の世界」と言う本の中で、米国の過度なサブプライムローンによって引き起こされた前回の金融危機の最大の原因は米国における所得格差の拡大であると分析しています。米国での金融危機後の対応を見ると、連銀による2008年11月の第1次量的緩和策は住宅担保証券の急激な値下がりを防ぐことである程度の意味があったものの、2010年11月の第2次量的緩和策や2012年9月の第3次量的緩和策では長期国債の大量購入を行なっており、それは財政ファイナンスの形で市場に大量の資金を供給、実体経済において資金需要が少ない状況では、株価(および不動産価格)の高騰を招く資産インフレ効果でしかなかったように思います。そして、実体経済の改善が進まない中では、株価の高騰は更なる資本利潤率上昇と労働分配率低下を招かざるを得ないと見られます。いずれにしても、連銀の超金融緩和策は株価や不動産価格の高騰を通じて富裕層と中間層以下の所得格差を増大させるものであり、早期な金融正常化に向かう政策転換が求められているように思われます。

そして、現在、求められているのは先進国経済のデフレ化をもたらしている最大の要因ともいうべき、政治体制や経済原則が異なった国や地域まで著しく拡大した企業の行過ぎたグローバル化の是正であり(米国企業だけでなく、日本や欧州企業も含めて)、加えて従業員を減らすだけの過度な技術革新の見直しであると思います。前者の場合、政治体制や経済原則が異なる国での投資活動は当初段階では投資国の企業や国にとって成長要因となるものの、やがて被投資国での強力なライバル企業を出現させ、投資国のデフレ化、そして経済・政治的脅威にまで発展するように思われます(現在のロシアや中国との問題の一部もその一端ではないかと思います)。また、後者の場合には従業員は賃金所得を通じて、国全体の経済の約6-7割を占める個人消費需要の中心を担っており、企業が技術革新による生産効率化だけを追求すれば、消費需要の停滞となってマクロ経済のマイナス面も大きくなって現れてくることだと思います。こうした国全体の新たな政策は財政政策を含めて連邦政府や議会が対応策を検討、実施すべきことであり、それらはいずれも中央銀行の金融政策で改善が望めるようなものではないはずです。

5.欧州経済とロシアのウクライナへの介入

EU統計局が14日に発表した4-6月のEU諸国の実質GDP速報値前期比横ばいのゼロ成長となりました。 ウクライナやイラク情勢など不透明感が増す各地の地政学的リスクが景気の下押し要因となったものと見られます。

特に、ウクライナ情勢ではEUはエネルギーなどで結びつきが強いロシアに対する経済制裁に踏み切っており、今後の動きでは更なる打撃も予想されます。国別では欧州経済のけん引約であったドイツが輸出や投資の低迷を受けて0.2%減と前期の0.7%増から一転してマイナス成長に転落、フランスは横ばい、イタリアは前期に続くマイナスで、再びリセッションに陥りました。

これに加えて、28日にはウクライナ東部地域で劣勢の親ロシア派を救援すべく、ロシア側が約1000人の兵士を送ったことが報告されています。ロシアのプーチン大統領の目的はクリミアだけでなく、ウクライナ東部地域でも、ウクライナのNATO加盟阻止のためにロシアの影響力を絶対に残しておきたいということなのでしょうが、時代遅れのロシアの大国主義に拘るプーチン大統領に国際社会が振り回され、一層の経済の混乱・低迷を起こされているという感じがします。

        (2014年9月1日:  村方 清)