1.10月の株式市場
10月の株式市場は28-29日の米連銀のFOMC会合で、長期間に渡って続けられてきた量的緩和政策の終了が見込まれていたことから、エボラ出血熱の騒ぎや世界不況の懸念と合わせて、不安定な展開となりました。主要な動きは以下の通りでした。
10月1日:9月のサプライマネジメント協会(ISM)製造業景況感指数は前月の59から56.6に大きく低下、欧州や中国の低下もあり、先行き懸念から、238ドル安(1.40%減少)。
10月3日:政府発表の9月の雇用統計は非農業部門の雇用者数は前月比243,000人で市場予想の210,000人を大きく上回ったこと(失業率も5.9%へ低下)や下落相場が続いていたことで、積極的な買いが入り、209ドル高(1.24%増加)。
10月7日:ドイツの8月鉱工業生産指数が市場予想を下回ったことやIMFの世界経済見通しで2014年と15年の世界経済の成長率予測を引下げたことから、273ドル安(1.65%減少)。
10月8日:9月開催分の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨の公表を受けてドル高による物価押し下げ懸念と世界経済の停滞による低金利政策の必要性が強く意識され、前日の大幅下落の反動もあり、275ドル高(1.64%増加)。
10月9日:欧州の景気悪化や中国の成長鈍化など世界景気の減速懸念が米国景気の悪化にも繋がるとの警戒感から、335ドル安(1.97%減少)。下げ幅は2013年6月20日以来、約1年3カ月振りの大きさで今年最大。
10月13日:世界的な景気の減速懸念と多くの機関投資家が運用の参考指標とするS&P500の株価指数が節目である1905ドルを割り込んだことから、223ドル安(1.35%減少)。
10月15日:世界経済の減速懸念に加え、米国でも9月の小売売上高が前月比0.3%減や卸売物価指数の0.1%低下による米国経済の不透明感、さらに米国でのエボラウイルス患者に接した2人目の看護婦から陽性反応が出たことなどから、173ドル安(1.06%減少)。
10月17日:欧州株式相場が大幅上昇し、米市場でも9月の米住宅着工件数が市場予想以上に増加や10月の米消費者態度指数(速報値)も改善、263ドル高(1.63%増加)。過去6営業日の下げ幅は合計で876ドルであったが、この日の反発で約3割を取り戻し。
10月21日:アップルの四半期決算で市場予想を上回る内容であったことやECBが追加の金融緩和策を検討しているとの報道から、215ドル高(1.31%増加)。
10月23日:キャタピラーや3Mの四半期業績が好調であったこと、ユーロ圏と中国の購買担当者景気指数(PMI)が前月より上昇したことなどから、217ドル高(1.32%増加)。
10月28日:主要企業の四半期業績が好調であったことから、188ドル高(1.12%増加)。
10月29日:FOMC会合で量的緩和政策の終了を決定、ゼロ金利政策については「相当の期間」との文言を残したものの、雇用情勢の改善によっては早期金利引き上げにも言及しており、売りが優勢で、31ドル安(0.18%減少)。
10月30日:7-9月期のGDP速報値が3.55%となったこと、ダウ銘柄のビザが四半期決算の好調と自社株買いの発表でダウを約140ドル押し上げ、221ドル高(1.3%増加)。
10月31日:日銀が31日の金融政策会合で市場予想に反して、追加の金融緩和に踏み切ったことから世界的な株高となり、米株式でも買いが優勢となり、195ドル高(1.13%増加)。
2.米国の雇用状況
米労働省が10月1日に発表した9月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比248,000人の増加で、市場予想の210,000人を大きく上回りました。また、7月と8月の改定値は243,000人と180,000人へ上方修正されました。 一方、9月の失業率については5.9%で、前月から0.2%の改善、労働参加率も62.7%で前月の62.8%より減少しました。なお、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は11.8%で僅かに減少しました。部門別ではサービス業が207,000人の増加で、特に小売業が35,000人と雇用改善に大きく貢献しました。但し、製造業は4,000人の増加でした。
3.FOMCによる量的緩和策終了
米連銀が量的緩和策を終了させることが見込まれていたFOMC会合は10月28-29日に開かれました。会合後の声明文によると、米経済活動は穏やかなペースで拡大、労働市場もやや改善が進み、雇用数は増え続き、失業率も下落してきており、全体的に労働市場関連の指標は、労働資源の未活用が次第に改善してきている。家計支出は穏やかに伸びてきており、民間設備投資も改善しているが、住宅市場の回復は依然として遅い。物価上昇はFOMCの長期目標を下回る水準が続いている。インフレ値はやや下がっているが、アンケート調査による測定では長期のインフレ期待は安定しているとしました。更に、今後も適切な金融政策によって経済は穏やかなペースで拡大し、労働市場関連の指標や物価上昇率はFOMCの二大使命と整合的な状態に向かって動いていく見通しであることを伝えました。
その上で、労働市場の見通しが証券購入政策の開始以来これまで十分に改善してきたこと、さらに今後も物価安定を確保しつつ、最大雇用を達成する目標に向けて十分は底堅さがあるとして、証券購入政策を10月で終了させる決定をしたとしました。但し、米機関債と住宅ローン担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資したり、保有国債の償還金を入札で再投資する現在の政策を維持し、FRBが今後も大きな額の長期証券を保有していくことを明らかにしました。
なお、現在0.0-0.25%に誘導しているフェデラルファンドの金利については、物価上昇率がFOMCの長期目標である2%を下回る水準に留まるのであれば、証券購入政策を10月に終了させた後も、「相当の期間」は現行の水準を維持することが適切であるとしました。同時に雇用と物価における誘導目標に向かって現在よりも速く前進していることを示せば、金利引き上げが現時点の予想より早まる可能性があることにも言及しました。
今回のFOMCの量的緩和政策の終了決定については元々予想されたものであり、決定自体に驚きはないものの、労働市場の現状についてイエレン議長などが前回のFOMC会合などで懸念を示してきた労働資源の未活用が次第に改善してきていると伝えたことは少し驚きを与えました。一部のアナリストの見方では、これ以上量的緩和政策を続けても、構造的要因の失業状態を改善させることは難しく、逆に熟練者の不足による賃金上昇圧力が高まることへの警戒感を持ち始めたのではないかとしています。
更に、イエレン議長は10月17日の講演で、所得や富の格差の拡大に憂慮していることが伝えられています。連銀が過去6年間に渡って続けてきた量的緩和政策は実体経済の改善以上に資産インフレを増大させる点で、富裕層と中間所得層以下の格差を増大させており、連銀内部でも量的緩和政策のマイナス面も認識されたように思われます(昨年秋に次期連銀議長の筆頭候補とされたサマーズ元財務長官は早くからそのことに言及していました)。
いずれにしましても、米連銀が量的緩和政策を今回終了させたことにより、金融正常化に向けて一歩進むことは大変望ましい方向であると思われます(本来、実体経済の緩やかな回復と資産インフレの乖離が一段と進むことを避けるためにはバーナンキ前連銀議長が昨年5月末に述べたように、その時期から量的緩和政策の縮小を始め、昨年末に終了させておくことが正しい措置であったように思われます)(注)
(注)現在、連邦議会では連銀が量的緩和政策とゼロ金利政策を長期間に渡って続けてきたことに対し、市場原則を歪めているとして共和党議員を中心に強い批判が出ており、その一環として連邦議会に連銀の監査を行なわせるという法案が既に下院で承認されています。もし、今年11月4日の中間選挙で上院でも共和党が多数を占めるようなことになれば、連銀の金融政策決定がオープンになり、議会による連銀の監査機能が高まることが期待されます。
4.ISISの勢力拡大とエボラ出血熱
米国のオバマ大統領が9月10日にイスラム国の壊滅を宣言して以来、米軍はイラクに300回、シリアには227回の空爆を行なっていますが、空爆の評価については意見が分かれています。元々、シリアについては反アサドグループの力が弱く、イスラム国に対する空爆を行なっても、彼等に対抗する地上軍が存在せず、彼等の侵攻を止めるだけに留まっている状況です。一方、イラクでは3つのグループからなる連立政権が誕生しましたが、各グループの思惑が異なり、イスラム国の支配地域を奪回するような強力な一イラク軍が確率するに至っていません。最近ではイラク政府より米国政府に対し、空爆の増加や最新の兵器の供与を求める要請が高まっていますが、米国は空爆が市民の被害を拡大することや雨天が多くなり空爆が難しくなっており、逆にイラクの地上軍の本格的参加を求めています。一方、空爆後も勢力を維持するイスラム国には外国人だけでなく、地方のスンニ派部族グループも参加しており、現状のままでは、オバマ大統領が宣言したイスラム国の壊滅は容易ではない状況です。最近では、イスラム国が隣国のレバノンにも進出、シーア派のイランの支援を受けているヒスボラと、更にレバノン政府軍とのの武力衝突が増加しているとの情報もあり、混乱が大きくなっています。
加えて、10月の米国株式市場で大きな波乱要因となったものとしては米国内でエボラ出血熱の患者がでたことでした。10月15日にはテキサス州ダラスの病院で、米国で2人目のエボラ出血熱の陽性反応が出たことから、他のマイナス要因と合わせ、一時460ドルを超える下落を経験することになりました。その後は、オバマ大統領による積極的な取り組み姿勢が示されたこともあり、米国国内で大きな問題は生じていませんが、西アフリカの3カ国では既に13,000人を越える患者が出ており(約5,000人が死亡)、その地域の増加をいかにして止めるかが最大の課題となっています。
5.欧州経済のデフレ化
EU経済の牽引役であったドイツ経済にも、ロシア経済制裁の影響から景気後退の様相が現れるにつれ、ECB(欧州中央銀行)による一層の金融緩和策、特にメンバー国の国債購入という量的緩和策の要求が高まっています。これに対し、ドイツは過剰な公的債務問題を抱える国々の財政削減や労働市場の構造改革を優先させるべきとの従来の立場を変えるに至っていません。10月25日付の英国エコノミスト誌は欧州のデフレ化が危機的になっているとして、財政余力のあるドイツの国内でのインフラ整備への財政出動、さらにフランスとイタリアが財政赤字削減のペースを緩めるのを認めると同時に、フランスとイタリアは労働市場などの構造改革のスピードを上げるべきとの提案を行なっています。更にそれに加えて、ECBによる新発国債の購入も掲げています。しかし、米国や日本における中央銀行の量的緩和政策の経験で示されているように、量的緩和政策は株などの資産インフレには効果を上げても、資金需要が少ない実体経済の改善には限界があるだけに、他の政策と併せて慎重に対応することが必要と思われます。特に、日米欧の先進国経済のデフレ化はそれらの国々の多くの企業が発展途上国を中心に従来進めてきた過度なグローバル化に基づく世界的なモノとサービスの供給過剰によるものであり、それを是正するような大きな政策転換がない限り、先進国内でどのような金融緩和政策を取り続けても根本的な問題を解決することは困難であるように思われます。
6.原油価格の下落が示す世界景気の後退
上記のドイツの景気後退に加えて、最近目立ってきている中国経済の停滞は原油価格の下落となって現れてきています。一時はWTIベースで1バーレル100ドルを越えていた原油価格は10月17日には1バーレル80ドルを割り込みました。原油価格の下落の背景には産油国、特に非OPECメンバーが生産量の減産に応じず、マーケットシェアーを維持したい最大手の産油国であるサウジが対抗上、従来通りの生産量を続けていること、さらにシュールオイルの増産が続いている米国が国内自給率を高めているなどの事情もあるようです。ちなみに、ゴールドマンサックスは26日に2015年第一四半期の原油価格の予想を1バーレル当たり15ドル下げ、75ドルとしたことが伝えられました。原油価格の下落はデフレ化が進む先進国の経済に一段の景気後退をもたらしかねず、米国でも今後の低成長を予定した長期の国債購入が一段と進む結果になっています。
(2014年11月1日: 村方 清)