1.11月の株式市場
11月の株式市場は中間選挙で共和党が連邦議会の上下両院で多数派となったことを除けば、欧州や中国などの海外市場あるいは原油安の動向が大きな影響を与えることになりました。主要な動きは以下の通りでした。
11月3日:先週末の日銀の追加金融緩和で欧米市場が高騰したことを受けて、週明け3日の欧州市場で主要国の株価指数が下落したことで投資家心理がやや悪化。米国は4日の米中間選挙を前に市場の様子見ムードも強く、24ドル安(0.14%減少)。
11月5日:上下両院で共和党が多数派となりエネルギー、金融関連などの規制緩和が進むとの観測が強まり、101ドル高(0.58%増加)。
11月6日:ECB理事会後の会見でドラギ総裁が追加の金融緩和に前向きな姿勢を示したことから、70ドル高(0.40%増加)。
11月7日:政府発表の10月の雇用統計は非農業部門の雇用者数は前月比214,000人で市場予想の235,000人を下回ったが、失業率は5.9%から5.8%へ低下、19ドル高(0.11%増加)。
11月10日:FRBが緩和的な金融政策を当面続けるとの見方から、資金流入を見込んだ買いが入り、40ドル高(0.23%増加)。
11月13日:米景気や企業業績が回復するとの期待と同時に、原油先物相場が下落するなど、相場の重荷となり、41ドル高(0.23%増加)。
11月14日:連日最高値を更新したため利益確定売りが優勢で、18ドル安(0.1%減少)。
11月18日:ドイツの景気指数が上昇したことや米国の11月住宅市場指数が市場予想であったことから、40ドル高(0.23%増加)。
11月19日:先月のFOMC会合の議事録要旨が公表されたが、金利引き上げに関するヒントは少なく、前日の過去最高値更新から利益確定売りが優勢で、2ドル安(0.01%減少)。
11月20日:中国や欧州の企業の景況感が悪化したが、米国は10月の中古住宅販売件数やフィラデルフィア連銀景気指数が市場予想を上回ったことから、33ドル高(0.19%増加)。
11月21日:中国人民銀行が金利の引き下げを決めたことやECBのドラギ総裁の講演で量的緩和に踏み切るのではないかとの思惑が広がり、91ドル高(0.51%増加)。
11月25日:7-9月期のGDPの改定値は実質で年率3.9%と速報値より0.4%上方修正されたが、消費者信頼度指数が市場予想に反して低下、3ドル安(0.02%減少)。
11月26日:10月の個人消費支出の伸びは市場予想を下回ったものの、耐久財受注額は予想以上に増加、13ドル高(0.07%増加)。
11月28日:27日のOPEC総会での生産量据え置きの決定を受け、原油先物相場の急落で小売株や航空株が上昇したものの、石油株や建機株が下落、49セント高(0.0%)。
2.米国の雇用状況
米労働省が11月7日に発表した10月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比214,000人の増加で、市場予想の235,000人を下回りました。但し、8月と9月の改定値は203,000人と256,000人へ上方修正されました。 一方、10月の失業率については5.8%で、前月から0.1%の改善、労働参加率は62.8%で前月の62.7%より若干増加しました。なお、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は11.5%で僅かに減少しました。部門別ではサービス業が181,000人の増加で、特に教育や医療関連が41,000人と雇用改善に大きく貢献しました。なお、製造業と建設業は15,000人と12,000人の増加でした。
3.10月のFOMC会合要旨
米連銀は11月19日に10月28-29日に行なわれたFOMC会合の議事録要旨を発表しました。先月のFOMC後に発表された声明では労働市場に関する判断が強められ、景気回復への自信が示される一方、金融市場の不安定性や欧州経済の低迷などにはあまり重視しない内容となっていました(このことが量的緩和策の終了の決定になりました)。しかし、実際には市場の不安定性や海外経済について当局者の間で多くの議論が行なわれていたものの、米国経済について悲観的な言葉が不要な警戒心を起こさせることの懸念から、除かれたことが明らかになりました。
一方、2%のインフレ目標については、2%を下回る状況は、2%を上回る状況と同様の代償を伴うとの広い合意があり、この見解は国民にも広く共有されていると当局が認識されているとしました。更に、金融安定の目標を声明に盛り込むことも提案されましたが、早期に結論を出すのは困難として見送られました。
4.中間選挙後の政治変化と株式市場への影響
11月4日に行なわれた米国の中間選挙で、事前の予想通り、与党民主党は下院のみならず、上院でも過半数を野党の共和党に奪われました。これにより、オバマ大統領は残り2年間の任期において共和党支配の議会への対応で困難さが一層増すことになります。その一方、三権分離主義を取っている米国では大統領に拒否権を始め、多くの行政権限を与えており、オバマ大統領が絶対に認められないとする法案については、議会で承認されても実行できない可能性があります(大統領が拒否権を発動した法案は両院が3分の2以上の多数で再可決しない限り、成立しません)。
こうした状況を踏まえて、オバマ大統領は11月5日に共和党指導者への協力を求めました。これに対し、上院共和党トップのマコネル院内総務はTPPや税制改革などの政策については前進させる用意があることを表明しました。その一方、ベイナー下院議長はカナダからテキサス州に原油を運ぶキーストンパイプラインの建設を早期に認めるように要請する一方、企業の負担が多いと共和党が考えるオバマケアについては撤廃を求め、更に不法移民に米国市民権獲得の機会を与える移民制度改革についても強い反対の意向を示しました。
しかし、オバマ大統領は11月20日に国民向けのテレビ演説で、不法移民の中で、アメリカ国籍の子どもを持ち、既に5年以上米国に生活している移民については強制送還を3年間免除する措置を大統領権限で実施することを表明しました。今回のオバマ大統領の決定は2012年の大統領選挙で、オバマ候補を支持してきた中南米系住民が議会の反対で一向に進まない移民制度改革についてオバマ大統領の実行力に失望し、今回の中間選挙で投票を棄権したことが民主党の敗因につながったとの強い危機感があったと見られています。
移民制度改革についての大統領の決定に対して、共和党は大統領権限の乱用であるとして強く反発、今後他の政策面でも大統領に協力するのは困難になるとしています。その反面、大統領権限による移民改正措置の実施は過去、民主党と共和党の大統領がいずれも行なってきたことでもあり、むしろ連邦議会の上院で移民改正法案が承認されながら、様々な理由を上げながら法案の承認を引き伸ばしてきた下院の共和党に大きな責任があるように思われます。そして、オバマ大統領は2016年の大統領選挙を意識しながら、民主党の支持基盤である中南米系住民の民主党大統領候補への協力を再び取り込みたい戦略があったものと見られます。なお、11月22日のLA
Times紙は今回の大統領権限による移民法改正措置により、従来強制送還を恐れ、オバマケアへの登録を躊躇していた中南米系住民の多くが申請する可能性があり、オバマケアの保険加入者が急増する可能性があるとしています。
一方、オバマケアの撤廃を求める共和党下院は21日に行政権の乱用があったとして、
オバマケアを管轄する厚生長官と関連予算の支出に関与した財務長官を連邦裁判所に提訴しました。
加えて、こうした大統領と議会の対立は株式市場にも影響を与える分野においても今後起きてくるものと見られます。最初に予想される問題は2月末から3月初めに限度額に達することが見込まれる連邦政府の債務上限引き上げで、前回の2013年10月には大統領・民主党と共和党の厳しい対立から連邦政府の一部機関が閉鎖に追い込まれました。今回は下院のみならず、上院も共和党が多数派となっていることから、共和党はオバマケアの撤廃を求め、様々な要求をしてくるものと見られ、オバマケアの廃止はあり得ないとする大統領・民主党との間で前回以上に深刻な対立を起こすことが考えられ、株式市場への悪影響が懸念されます。
更に、株式市場の動きに影響を与える法案として、下院で既に承認されている議会による連銀への監査があります。来年初め以降の新たな議会で、共和党支配の上院でも承認されれば、従来独立性の高かった連銀による過度な金融緩和政策やバランスシートの悪化問題が議会でオープンに議論されることになる可能性が高まります。議会による連銀の監査は本来、連銀が伝統的な金融政策の実行機関であれば問題は少なかったものの、2009年11月の量的緩和策の導入以降、既に連銀は長期国債を含む4兆5000億ドル以上の長期債権を保有しており、連銀による不良債権化の問題や財政ファイナンスの問題に加え、市場原則重視の立場から連銀による金融市場の歪みの問題が議論されるものと見られます。特に、
FRBを監視する上院銀行委員会の次期委員長にはイエレン氏の連銀議長承認の際に、イエレン氏の量的緩和策の支持姿勢を強く批判したアラバマ選出のリチャード・シェルビー議員が就任する予定で、共和党の多くの議員が主張する連銀の政策決定への監視、特に金利決定の数式化さらに雇用対策よりインフレ対策重視への転換を求めてくるものと思われます。なお、シェルビー議員は連銀の国内銀行の監督権限にも強く反対しており、連銀からその権利を剥奪すべきことを求めています。いずれにしても、共和党支配の新たな連邦議会では米国の早期の金融正常化に向かって連銀に多くの要求をしてくるものと見られています(グリーンスパン連銀議長以降、次のバーナンキ議長、そして現在のイエレン議長などが進めてきた連銀の金融緩和政策については、テーラー・ルールでも有名なスタンフォード大のテーラー教授など多くの金融専門家からも強い批判が出ています)。
5.量的緩和策をめぐるECB内部の議論
11月6日のECB理事会後の記者会見でドラギ総裁はECBによるバランスシートの拡大を理事会全体で決めたような表現を用いた結果、市場もそれに応じて積極的な反応をしました。しかし、実際には、理事会の声明文を見ると拡大することが期待されるという表現に留まっていました。更に、11月17日にドラギ総裁が欧州議会で証言し、インフレが長期間に渡り、過度に低水準に留まれば、ECBはあらゆる行動を取る用意があるとして、量的緩和策を含めた措置実施の可能性を言及しました。その日も中国中央銀行の金利引下げ決定もあり、ドラギ総裁の発言は株価を押し上げる反応を示しました。
その一方、こうしたドラギ総裁の発言に対し、ECBの決定に強い権限を有するバイトマン独連銀総裁は11月6日のドラギ総裁発言について、バランスシート拡大は期待であって目標ではないとして、緩和期待の高まりに距離を置きました。いずれにしても、ドラギ総裁がECBのバランスシート拡大について前向きの発言をすれば、市場は前向きの反応をしますが、現時点では量的緩和策がメンバー国の財政規律を緩めることになることを警戒するドイツやオランダなど北欧グループが積極的に賛成していない現実があり、市場が過度に反応しているように思われます(なお、量的緩和策の導入に賛意を示しているのはイタリア出身のドラギ欧州中央総裁の他、イタリア中央銀行、フランス中央銀行、ポルトガル中央銀行の総裁など南欧諸国の理事たちに限定されているように見られます)。
更に、米国の投資家の多くは日本だけでなく、EUでも本格的な量的緩和策を導入すべきとの意見を強く主張しますが、その背景には海外での量的緩和策の導入が金利差による海外投資家からの米国市場への新たな資金流入となり、株価を押し上げる効果に期待していることがあげられます(米国の投資家にとっての最大の関心事は実体経済の動向というより、新たな資金流入により株価上昇が続くかどうかであり、そのことが中央銀行の行過ぎた金融政策を通じて株のバブルとバーストが繰り返される米国の株式市場の特性となっています)。いずれにしても、米国や日本で経験しているように、中央銀行による量的緩和策は株価上昇などの資産インフレには効果があっても、グローバル化やIT技術が急速に進んだ実体経済の中では、その効果に疑問があるだけに、株の時価総額と実体経済(GDPの規模)の乖離がどこまで進むのかを注意深く見守る必要があるように思われます。
6.OPEC会合での減産見送り決定とその影響
中東などの産油国で構成する石油輸出機構(OPEC)は11月27日にウィーンで定例総会を開き、価格下支えのための減産に踏み切るかどうかを議論しましたが、意見の隔たりが大きく、加盟12カ国の生産目標を現行の日産3000万バーレルに据え置く決定をしました。
会合ではイランやベネズエラなどの財政状態の厳しい加盟国が減産を要求、一方、財政余力のあるサウジアラビアやクエートなどは生産目標の据え置きを主張したが、減産には全壊一致の合意が必要で、意見の調整がつかず、減産は見送りとなりました。サウジアラビアには減産で価格を押し上げても、米国などでのシュールオイルの増産を招くだけで、供給過剰の解消にはつながらないとの懸念があったことが伝えられています。
これを受けて、27日のニューヨーク・マーカンタイル取引所の原油先物市場は急落し、WTIの1月渡しは一時69ドル台と4年半ぶりの安値をつけました。これにより、原油安が一段と進み、消費国のガソリン価格にもよい影響することが予想されます。その反面、原油安が進んだことは輸出依存度の高いロシア経済に深刻な影響を与えており、ルーブルの著しい低下に加え、12月の債務支払い問題も懸念されています。
(2014年12月1日: 村方 清)