Tuesday, December 1, 2015

金融正常化に向かう米国の株式市場















1.11月の株式市場
11月の株式市場は、前半は米国経済指標や原油先物相場の動きによって変動しましたが、18日に10月末のFOMC会合議事要旨が発表され、12月のFOMCで利上げが決定される可能性が高まるにつれ、利上げを踏まえた動きとなりました。主要な動きは以下の通りでした。

112日:ISM発表の10月米製造業景況感指数は前月比0.1%減の50.1で、加えて雇用指数も47.6と前月比2.9ポイント低下したことから、FRBによる金融緩和策が長引くとの期待が強くなり、ダウは165ドル高(0.94%増加)。
11月3日:原油先物の上昇を受け、石油やエネルギー株が上昇、89ドル高(0.50%増加)。
11月4日:ADPの10月非農業部門雇用者数が前月比18万2千人増加し市場予想を上回り、イエレン連銀議長の議会証言で12月の利上げの可能性に言及で、51ドル安(0.28%減少)。
11月6日:米政府発表の10月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比271,000人増で市場予想の180,000人を大きく上回り(失業率も5.0%に0.1%低下)、ドル高への懸念もあるものの、米景気の回復が強く意識され、47ドル高(0.26%増加)。
11月9日:原油先物相場の下落に加え、利上げ観測を背景に米金利が上昇、金利上昇やドル高の懸念から、幅広い銘柄で売りが優勢となり、180ドル安(1.0%減少)。
11月11日:原油先物相場の下落と百貨店のメーシーズの大幅安で、56ドル安(0.32%減少)。
11月12日:原油先物相場の41ドル台までの急激な下落、欧州主要国の株式相場の大幅下落、そして連銀関係者の年内利上げの可能性の言及などで、254ドル安(1.44%減少)。
11月13日:原油先物相場や欧州株の下落が続いていることに加え、米国の小売売上高が前月比0.1%増に留まったことで、世界経済の不透明感が高まり、203ドル安(1.10%減少)。週間ベースで665ドルの下落。
11月16日:13日夜に起きたパリの同時テロにもかかわらず、欧州市場が底堅く推移、原油先物相場の上昇もあり、先週大幅下落した株の買戻しが盛んで、238ドル高(1.38%増加)。
11月18日:10月27-28日のFOMC議事録要旨公表を受けて、参加者の多くが12月の利上げに向けて条件が整うと予想、かつ金融正常化のペースは緩やかにするとの見方で一致していることが判明したことで、248ドル高(1.42%増加)。
11月20日:株主還元策を発表したナイキなどが大幅に上昇、91ドル高(0.51%増加)。
11月23日:アイルランドの大手製薬会社の買収を発表したファイザーが株価を2.6%下げたことや前日の大幅上昇から利益の確定売りが優勢で、31ドル安(0.17%減少)。
11月24日:ロシア軍機がトルコにより撃墜され、地政学リスクが高まったものの、原油先物相場が上昇、石油関連株に買いが入ったことで、20ドル高(0.11%増加)。
11月30日:27日からの年末商戦はインターネット通販の影響を受けた店舗販売が不振で、
ウォールマートやメーシーズが売られ、79ドル安(0.44%減少)。月間では僅か0.3%増加。

2.米国の雇用状況
米労働省が11月6日に発表した10月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比271,000人の増加で、市場予想の180,000人増を大きく下回りました。しかし、8月の雇用者数の確定値は153,000人で17,000人の増加、9月の改定値は137,000人で5,000人の減少となりました。この結果、10月までの3ヶ月間の雇用者数は月平均で187,000人でしたが、今年1月から10月までは200,000人を越えることになりした。なお、8月の失業率は前月より0.1%低下し、5.0%に改善しました。 また、労働参加率は62.4%で、前月と同水準でした。 時間当たりの賃金上昇率は0.4%増となりました。部門別で増加したのはヘルスケアの34,000人、ホワイトカラー専門職の78,000人、ヘルスケアの45,000人、小売業の44,000人でした。なお、建設業についても42,000人の増加となりました。米景気の回復が強く意識され、この日のダウ価格は47ドル上昇しました。

3.ISをめぐる地政学リスクの拡大
11月13日夜にパリ中心部でISのテロリストグループによる銃撃で多くの一般市民が亡くなるという事件が起こりました。パリでは今年1月にイスラム教創設者ムハンマドの風刺画を掲載した新聞社が襲われており、今回はフランスの警備体制の不完全さも指摘されています。しかし、それ以上に重要なことはISからの脅威に対して、より効果的な対応策を講じる必要性が強まっています。

米国内の議論を聞いて入ると、共和党の大統領候補の中で有力候補と見られるルビオ上院議員やクルス上院議員などから、シリアとイラク北部を支配するISに対して米国主体の強硬路線が提案されていますが、ブッシュ前大統領のイラク侵攻と同じ間違いをするのではないかと大きな懸念を抱かせます。

米国のブッシュ政権は2003年3月にネオコンによって主導された戦略(及びイラクでの石油利権確保)に基づき、アルカイダの存在がなかったフセイン政権に対し、大量破壊兵器の保有という偽りの口実で米軍主体の連合軍によってイラク侵攻を開始、崩壊させることに成功しました、しかし、その結果はイラク国内でフセイン政権を支えたスンニ派と多数派であるシーア派の激しい対立を引き起こし、やがて、フセイン政権の残存している軍部とバース党の幹部組織がシリアの反アサドであるスンニ派の過激グループと結びつき、米欧との武力対決を鮮明にしたのがISでした。世界のイスラム教の約80%はスンニ派とされていますが、今のイラクとシリア地域にはフセイン政権の崩壊後、スンニ派系を代表する政治組織が全く無くなっていることから、スンニ派系の住民はIS壊滅を狙う欧米に対して積極的には協力しない姿勢をとり続けています(イラク政府によるISに対抗する地上軍も、シーア派が中心で、スンニ派の十分な参加を得られていません)。

また、シーア派の代表としてイランやイラクがある一方、サウジ、エジプト、トルコでは国民の大多数がスンニ派であるために、スンニ派の過激グループによって作られたISの壊滅を目指す米欧連合に対して積極的に参加する姿勢を示していません(世界貿易センターの倒壊事件を起したアルカイダ・グループはサウジとエジプト出身でした)。米国の一部軍事専門家はIS壊滅のために米軍主体の地上軍を派遣することはイスラム教徒、特にスンニ派の反発を呼ぶだけであり、こうしたスンニ派の大国によって組織された地上軍の派遣が不可欠と主張しています。しかし、トルコやサウジアラビアの民間組織の中にはISとの結びついているものもあり、容易ではありません(トルコがISから石油を安く購入しているとか、サウジアラビアの一部の民間組織がISへの資金援助をしているとの話も伝えられています)。

24日に起きたトルコ軍によるロシアの爆撃機撃墜事件は、ロシア機によるトルコ領内の侵犯があったことが理由のようですが、それ以外にロシアがアサド政権支援するためにトルコ国境に近いスンニ派の反政府グループの支配地域を空爆していたという事情もあるようです。シリアの混乱は現在、イランとロシアが支援するシーア派のアサド政権、米欧が支援する反政府グループ(スンニ派穏健グループ)、そしてスンニ派過激グループの3つの争いによって起こされていますが、強い統治組織を持っているのはアサド政権だけとなっています。こうした状況で、もしネオコンの主張に沿って米欧がアサド政権の退陣に固執すれば、フセイン政権崩壊後のイラクと同じようにシリアは一層泥沼化する恐れがあります。現在のシリアにおいて重要なことはアサド政権と反政府グループが各々の支援グループの国々(アサド支援のイランとロシア、反政府グループ支援の欧米)、更にスンニ派の大国であるトルコとサウジアラビアの協力を得て、スンニ派過激グループのISに対抗する統一組織を作ることであり、それが達成できないかぎり、シリア解決の道はないように思います(既にシリアの紛争解決に向けて、10月23日にウィーンで米国、ロシア、サウジアラビア、トルコの4カ国外相会議に続き、30日にはイランやエジプトなどを加えた13カ国外相会議が開催され、更に11月14日には3回目の会議が開かれ、関係者によるシリアの和平プロセスの議論が進められています)。

最後に、欧州経済の停滞の中で欧州にいるアラブ系の住民、特に若い人達の差別感による不満が高まっている状況では、彼らの不満を和らげることが新たなテロリストを生まないための条件だと思います。現在、欧州に住んでいるアラブ系住民の不満が高い状況下で、新たにシリアからの大量の難民を受けいれることは更なる経済社会問題を発生することになりかねず、新たな難民受け入れは極めて制限的に行われる必要があると思います。その意味で、欧州への大量難民の受け入れではなく、中東における難民センターへの大規模支援の方に優先度合いをシフトさせることが重要になっているように思います。

4.金融正常化に向かう株式市場(イエレン議長の議会証言と10月のFOMC議事録要旨)
11月4日にイエレン連銀議長は米下院の金融サービス委員会の公聴会で証言しました。同委員会の目的は金融危機以後の規制強化策のあり方でしたが、金利引き上げについての委員の質問に対して、イエレン議長は雇用増のペースは幾らか減退したものの、更に雇用を生み出す成長ベースを維持できると見ていること、物価上昇率についても資源安やドル高が一服すれば目標の2%に向かうと見ていることを伝えました。その上で、経済データ次第であるが、12月のFOMC会合で利上げする可能性があることを示唆しました。これを受けて、4日のダウ平均価格は、市場の警戒感が少し広がり、51ドル安となりました。

11月18日に、連銀は10月27-28日に開催されたFOMCの議事録を公表しました。議事録では、大半の参加者が利上げを踏み切るための条件は次回会合までに整うと見ていることがわかりました。この理由について、夏場から秋初めにおきた海外の経済や金融の動向がもたらす下振れリスクは後退し、米国内の経済や労働市場の見通しが改善していると判断したことがあるとしました。また、次回会合への文言変更は利上げ時期に関する市場予想は来年まで後ずれしていることを挙げ、10月会合の後の声明文で、市場は予想する利上げ時期が12月に戻ったことに言及、市場とFRBの利上げペースの見通しのギャップを埋める意図があったことをほのめかしました。更に、利上げのペースについて、緩やかな金融緩和策の解除でメンバーがほぼ合意していたことも明らかになりました。この日はFOMCの議事録で12月の利上げの可能性が高まったにもかかわらず、市場は不透明要因が薄くなったことを好感し、ダウは248ドルの大幅上昇となりました。

現在、12月15-16日のFOMC会合で、ゼロ金利政策を変え、金利の引き上げを決定する可能性は相当高いと見られますが、それは米国が金融正常化に戻る上での重要なステップと見られます。米連銀は2008年9月にサブプライムローンの証券化ビジネスの破綻によって大手の投資銀行であるリーマンブラザースが破産した以降、ゼロ金利政策と同時に、3回に渡る量的緩和策を導入してきましたが、GDP成長率の推移といったマクロ経済面からすると、その効果は限定的なものでした。また、連銀の2大使命とする物価の安定や雇用の拡大という点で見ても、未だに2%のインフレ目標率の達成は困難であり、失業率も今年10月時点で5.0%まで改善したものの、その多くはパートを含む非正規雇用の拡大で、大きな成果をあげたとは言い切れるものではありません。

その一方、量的緩和策の経済効果は株価や不動産価格の急激な上昇といった面で顕著で、株価は昨年末まで年率10%以上のペースで上昇、住宅不動産価格もサンフランシスコやニューヨーク等の大都市では一般市民の手が届かない価格高騰を続けています。こうした株や不動産など資産価格の急激な上昇は実体経済との乖離を大きくさせ、米国における所得格差の拡大に拍車をかけ、GDPの約7割を個人消費に依存する米国経済の今後の健全な発展にも悪影響を与えるようになっています。そうした意味で、今回米連銀の行きすぎた金融緩和策を終了させ、金融正常化に戻ることは極めてノーマルなことと言えます。その際、金利引き上げは株価や不動産価格の下落を伴うことになりますが、それは高騰しすぎた資産価格の一時的調整という面もあり、前向きに捉えるべきものだと思います(連銀としても金融正常化の過程は慎重に進めることを表明していますので、市場の急激な調製が起きないように配慮していくものと思います)。

それと同時に重要なことはオバマ政権の選挙公約にあったように米国の財政赤字が急速に改善していることもあり、今後の経済運営について金融政策の依存度を低め、財政政策、特に老朽化がめだつ道路や橋などのインフラ整備などには積極的に財政支出を拡大することが求められていると思います(現在、極端な財政均衡主義を唱えるティーグループのいる共和党が上下両院で多数派を占めており、容易ではないと思いますが)。
        (2015年12月1日:  村方 清)

Sunday, November 1, 2015

再燃する中銀主導の過熱相場

















1.10月の株式市場
10月の株式市場は9月のFOMC会合で金利引き上げが見送られた後、経済データの悪化があると連銀の金融緩和策継続の期待の下に、過熱相場に再び転じています(同様なことは中銀の役割が大きい欧州、日本、中国でも見られます)。主要な動きは以下の通りでした。

102日:米政府発表の9月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比142,000人増で市場予想の200,000人を大きく下回わり、7月分と8月分も下方修正ことなどから(失業率が5.1%で変わらず)、ゼロ金利政策が長引くとの見方が出て、200ドル高(1.23%増加)。
10月5日:ISMが発表した9月の非製造業景況指数が前月から2.1%低い56.9で市場予想を下回り、かつ前週末の雇用統計も雇用者の伸びが市場予想を下回ったこと等経済指標の悪化により、連銀の利上げへ時期が遅れるとの期待感が多く出て、304ドル高(1.85%増加)。
10月7日:商品先物が比較的落ち着いた動きとなったことや早期の金利引き上げ観測が後退したことから、122ドル高(0.73%増加)。
10月8日:原油先物が上昇したことや9月のFOMCの議事録要旨が景気に配慮にした内容だったことから、金融緩和策が続くとの見方が改めて意識され、138ドル高(0.82%増加)。
10月13日:中国政府の発表によれば、輸入は前月比2割減少、輸出もマイナスで貿易停滞による世界景気の先行き懸念から、利益確定の売りが優勢で、50ドル安(0.29%減少)。
10月14日:業績見通しの悪化を発表したウォルマート・ストアーズが急落、小売業界のビジネス環境の厳しさが意識され、/dx/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3EBE0E7E7E2E3E5E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NX投資家心理が悪化し、157ドル安(0.92%減少)。
10月15日:米政府発表のCPIは前月比0.2%下落、ニューヨーク連銀発表の10月製造業景気指数もマイナス11.36、金融緩和的政策が続くとの期待から、217ドル高(1.28%増加)
10月16日:9月の鉱工業生産指数が2ヶ月連続で低下した一方、10月の米消費者態度指数は市場予想より改善などで、緩和的な金融政策が続くとの期待で、74ドル高(0.43%増加)。
10月19日:中国の7-9月期のGDPは前年同期比6.9%増で先行きの不透明感や原油先物相場の下落で売りが優勢であったが、取引終了時に上げに転じ、15ドル高(0.08%増加)。
10月21日:原油先物の下落に加え、売り上げ不正問題が伝えられたカナダの製薬大手のバリアントの株が急落、ヘルスケア株全般に売りが広がり、41ドル安(0.24%減少)。
10月22日:ECBのドラギ総裁が理事会後の記者会見で、現行の金融緩和策を継続することを表明したことやマクドナルドなどの四半期業績が予想を上回り、321ドル高(1.87%増加)。
10月23日:中国人民銀行が追加の金融緩和策を導入したことやマイクロソフトなどのIT株やヘルスケア株が上昇したことで、158ドル高(0.9%増加)。
10月28日:FOMC会合で現行のゼロ金利政策の維持を決めたことや原油先物相場が反発したことを受けて、198ドル高(1.13%増加)。
10月29日:米政府の発表による7-9月期のGDPは年率1.5%増で市場予想通りであったが、高値圏で推移してきた株式の目先の利益確定の売りが優勢で、24ドル安(0.13%減少)。
10月30日:高値圏にある利益確定の売りが取引終了時に強まり、92ドル安(0.52%減少)。月間上昇率10.1%は連銀や他の中銀の金融緩和策の継続・拡大で、2011年10月以来最大。

2.米国の雇用状況
米労働省が10月2日に発表した9月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比142,000人の増加で、市場予想の200,000人増を大きく下回りました。しかし、7月の雇用者数の確定値は223,000人で22,000人の減少、8月の改定値は136,000人で109,000人の減少となりました。この結果、8月までの3ヶ月間の雇用者数は月平均で200,000人を下回ることになりました。なお、8月の失業率は前月と同じく、5.1%に留まり、低い水準を維持しています。 また、労働参加率は62.4%で、前月から0.02%下がりました。 時間当たりの賃金上昇率は0.2%の増加に留まりました。部門別で増加したのはヘルスケアの34,000人、ホワイトカラー専門職の31,000人、小売業の24,000人でしたが、その一方、エネルギー部門で12,000人、輸出製造業で9,000人が減少しました。雇用情勢の改善が進まなかったことから、ゼロ金利政策の長期化の期待が広がり、この日のダウ価格は200ドル上昇しました。

3.ライアン下院議長選任と債務限度引き上げや今年度予算問題の行方
米国では連邦政府の借り入れに上限が設定されていますが、10月15日のルー財務長官の発言によれば、今年11月3日に政府資金が300億ドル減少する見込みで、それまでに現行の債務上限額18兆ドルを引き上げない限り、支払不能になる恐れがありした。

また、11月初めに債務引き上げに成功したとしても、12月11日には今年度の暫定予算の期限が到来することになっていました。本来、9月末までに本予算を可決する必要がありましたが、議会で多数派を占める共和党内の対立や民主党の調整がつかず、一時的に12月11日までの暫定予算が成立していました。もし、12月11日までに本予算が成立しない場合、2013年10月1日から16日まで起きたような政府機関の一部閉鎖が繰り返されることになりはしないかとの懸念が起きていました。

こうした状況の中で、共和党出身のベイナー下院議長は党内の急進派(Freedom Caucusといわれる40数名のメンバー)との対立から、10月末で辞任することを表明、後任の本命とされたマッカーシー院内総務の急進派の支持を得られないことを理由に議長選挙には出馬しないことを明らかにしました。その後、ベイナー議長は下院予算委員長で前回の共和党副大統領候補であったライアン議員を強く推薦、ライアン議員は当初固辞していたものの、議長の運営条件をめぐる急進派との話し合いが合意に達したことから、29日に共和党議員8割以上の支持(232票)を得て下院議長となることが正式に決まりました。

これに先立ち、ベイナー議長はライアン新議長の責任を軽減する意味で、民主党との話し合いで、2017年3月までの債務限度引き上げと、加えて今後2年間で裁量的支出を800億ドル拡大し、増加分は国防費とそれ以外のプログラムで均等に分けるという予算案で合意、28日の下院本会議で266票対167票を持って承認されました(多くの共和党下院議員は反対)。上院においても、現在大統領候補に立候補しているテキサス州選出のクルズ議員やケンタッキー州選出のポール議員はティーパーティグループの影響が強く反対の立場を貫きましたが、30日の本会議では64票対35票で承認され、大統領の署名に回される予定となっています。こうして、ベイナー議長による職を辞任する覚悟の働きにより、懸念されていた債務限度引き上げと今年度予算問題は当面回避される見通しとなりました。

なお、10月28日の夜に共和党大統領立候補者による第3回目の討論会が経済問題をテーマにCNBCの主催で開かれました。CNN による討論会後の調査によれば、得点を上げたのはフロリダ州選出のルビオ上院議員、テキサス州選出のクルズ上院議員、オハイオ州のケーシック州知事などで、現在支持率で1位と2位にある実業家のトランプ氏と神経外科医のカーソン氏は政治経験の少なさから、得点を挙げるには至らなかったようです。また、ブッシュ元フロリダ州知事も他の候補者達からの批判を跳ね返す議論が展開できず、失点したとの評価を受けています。この議論で、注目されたのはクルズ上院議員とポール上院議員で、米国民の所得格差の拡大の要因の一つは連銀による長期に及ぶ過度な金融緩和策で、株価上昇の恩恵はウオール街の投資家がより多く受けていること、連銀の運営には連邦議会による監査が必要と主張していたことでした。

4.中国経済の停滞と世界経済の減速化
中国国家統計局は1019日に79月期のGDPが前年同期比で6.9%増となったことを発表しました。市場予想の6.8%を上回ったものの、7%を下回るのは0913月期以来6年半ぶりでした。また、19月期の工業生産は前年同期比6.2%増で、16月期に比べ0.1%減少しました。卸売物価についても9月は前年同期比5.9%減で、下落幅は20099月以来6年ぶりの大きさとなりました。

さらに注目されるのは、13日に発表された9月の貿易統計によれば、輸入額が前月比20.4%減で、11ヶ月連続でマイナスとなったことです。一部の見方では従来中国は戦略備蓄を理由に原油輸入量を増加させてきたものの、経済の低迷を反映して膨大な原油在庫が積み上がっているとされ、今後は原油輸入量を減少させるのではないかと見られています。

サウジなどの主要な産油国が従来の生産水準を維持する中で、もし中国の原油輸入量が減少することになれば、今後原油価格が更に下げることも予想され、石油・ガス産業の不振から米国の幾つかのシェールオイル企業の破綻を引き起こす恐れがあります。同様なことは鉄鉱石や石炭についても指摘されており、中国経済の停滞が国際的な資源の需給バランスを悪化させ、世界経済のデフレ化に拍車をかけることになります。

4.FOMC会合と再燃する中銀主導の過熱相場
102728日に開催されたFOMC会合で、連銀は現行のゼロ金利政策を維持することを決めました。声明では経済活動が緩やかに拡大しているものの、雇用環境が弱含みであることや物価上昇率が目標を下回る水準で推移していることを主な理由にしました。これにより、フェデラルファンドレートの誘導目標は従来通り、0.00.25%に維持されることになりました。しかしながら、利上げについて、雇用と物価を見極め、次回の会合で12月の金利引き上げが適切かどうかを判断するとしました。市場は今回の連銀の決定に当初は否定的に反応しましたが、その後はゼロ金利が続くことを肯定的に受け止め、終値は198ドル高となりました。

前月に市場の予想に反して、連銀は中国を始めとする発展途上国の経済減速など国際的な不透明感を理由に金利引き上げを見送りました。その後、米国市場は経済データの不振を背景に連銀のゼロ金利政策が長引くとの見方が高まり、1015日には政府発表のCPIが前月比0.2%下落したことから、その日のダウは217ドル高となりました。こうした傾向は10月後半になっても続き、22日にはECBのドラギ総裁が域内の物価上昇率の低下を理由に現行の金融緩和策の維持と更なる金融緩和策の表明によってダウは321ドル上昇、更に23日は中国の人民銀行が5回目の金利引下げを発表したことから165ドルの上昇となりました。

本来、株式市場の動きは実体経済の状況を反映することによって健全性が保たれますが、200811月に米連銀が急落した株式相場の早期回復を狙って、ゼロ金利政策に加えて大規模な量的緩和策を導入して以来、連銀の金融緩和策の度合いによって株式市場の相場が決定されている金融相場の様相を強めています。連銀の役割は本来雇用の拡大と物価の安定にあると規定されていますが、201011月の第2次量的緩和策導入以降の実績を見る限り、雇用の回復はあるものの、その多くは非正規やパートの従業員の増加であり、物価に至っては2011年を除き2%の目標を下回る水準で推移、実体経済の改善が十分にあったとは言えない状況となっています(20134月には日本でも日銀による大規模な量的緩和策が始められ、201412月にはECBも同じような政策を導入、世界の主要国で中銀の金融緩和策が株式市場に大きく影響する度合いを強めています)。

中銀が大規模な金融緩和策を長期に続けても、実体経済の改善効果が少ないのは米欧日の企業によるグローバル化と世界市場における自由貿易の拡大が急速に進んだこと、更にITなどの技術革新によって、供給過剰に基づく世界市場でのデフレ化が定着していることによります。そして実需の少ない中銀による量的緩和策はマネタリーベースの増加を通じて、株価や不動産価格を押し上げることになります。米国で連銀の政策がどちらかと言えばメインストリートより、ウォールストリートの利益に合致していると見られるのもこのためです。民主党の大統領候補であるサンダース上院議員だけでなく、共和党の大統領候補であるクルズ上院議員やポール上院議員も同様な主張をしています。また、一部の共和党議員は以前イエレン議長の議会公聴会で、連銀は株式市場の奴隷(Slave of the Market)になっているのではないかとの疑問を投げかけましたが、連銀の金融政策の役割は過度な金融緩和策で株価高騰を主目的にするのではなく、あくまでも国全体の実体経済の改善や健全な運営に全力を尽くすことが求められているはずです。

こうした中銀の大規模な金融緩和政策による資産インフレは実体経済との乖離を拡大させ、実体経済の裏づけのない株価や不動産価格の高騰は経済の不安定さを高めることになります。一つは企業の株価は四半期毎の企業の1株あたり利益率と売上げ高増加の度合いによって決まりますが、前者は短期的に従業員の削減や非正規雇用の増加によって達成できます。しかし、後者は実体経済の成長がなければ企業の売上げ増加も難しくなることです。また、前者についても、長期的に見れば、株主を満足させる高い資本利潤率の維持のためには恒常的な労働分配率の低下が必要で、それは個人消費が経済活動の中心である欧米日の先進国においては所得格差の拡大を通じてマクロ経済の健全な発展が阻害されてしまうことです。現在の中銀の過度な金融緩和策の問題は実体経済の動きとは無関係に、投資家が更なる株価の上昇を狙って投機的に投資に走りやすい環境を作り出していると言えます(一部の国では、中銀自体がETFなどを通じて株の購入を行なっており、株式市場の歪みが一層膨らむことになります)。

いずれにしましても、株式市場と実体経済との乖離が大きくなればなるほど、株式市場の不安定性は高まり、それは中銀自身の大きな金融政策の変更だけでなく、外的な通貨安競争の激化(近隣窮乏化)や地政学リスクの拡大あるいは国内面での所得格差の拡大による政治的な対立などによって、急激に崩れる可能性が高まることになります。米国の株式市場は過去にもこうした要因によってバブルとバーストを繰り返してきた歴史を持っており、今後連銀が金融正常化を含めて適切な対応措置を取らない限り、同じような道を辿っていくように思われてなりません。
       (2015111日:村方 清)

Thursday, October 1, 2015

中国の停滞と連銀の慎重判断に揺れる米国市場















1.9月の株式市場
9月の株式市場は前半が中国経済の停滞に伴う株価の不安定性に影響され、後半は利上げが予想された米連銀のFOMC会合で国内経済より海外情勢を重視して現状維持の決定をしたために、株式市場に大きな混乱を与えることとなりました。主要な動きは以下の通りでした。

9月1日:中国政府が発表した8月の製造業購買担当者景気指数(PMI)が47.1で2009年3月以来の低水準となったことで、世界景気の先行きに改めて警戒感が強まり、ダウ平均は470ドル安(2.84%減少)。
9月2日:上海市場の下げ渋りや欧州市場の株高に加え、前日の大幅下落の反動から、買いが優勢で、293ドル高(1.82%増加)。
94日:米政府発表の8月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比173,000人増で市場予想の220,000人を大きく下回ったものの、6月分と7月分が上方修正されたことや失業率が5.1%へ低下したから、9月の金利引き上げの警戒感が出て、272ドル安(1.66%減少)。
9月8日:中国・上海株式市場が反発し、中国株安への警戒感薄れたこと、欧州市場も上昇したこと、米国株でも買いが優勢となり、390ドル高(2.42%増加)。
9月9日:7月の求人・労働異動調査で労働市場の改善が示され、FRBの9月金利引き上げ条件が整っているとの市場反応やアップル新製品が予想通りで、239ドル安(1.45%減少)。
9月10日:前日大きく下落した反動から目先の戻りを期待した買いが優勢で、77ドル高(0.47%増加)。
9月11日:9月の米消費者態度指数速報値が85.7と昨年9月以来最も低くなったことで、FRBの9月金利引き上げが先送りになるのでないかと見方から、103ドル高(0.63%増加)。
9月14日:中国の固定資産投資の伸び率が15年振りの低水準となったことや17日のFOMC会合を控え、持ち高調整目的の売りが優勢で、62ドル安(0.38%減少)。
9月15日:8月の米小売売上高が市場予想の前月比0.2%増加になったことや原油先物相場が上昇したことから、229ドル高(1.4%増加)。
9月16日:アジアや欧州の株高に加え、原油先物市場も上昇し、140ドル高(0.84%増加)。
9月17日:FOMC会合で事実上のゼロ金利を据え置いたが、早期の利上げ観測も強く、不透明感が増したこともあり、売りが優勢で、65ドル安(0.39%減少)。
9月18日:昨日のFOMC会合で、中国や新興国などの世界経済への先行きに関する警戒感が示されたことから、投資家心理が急速に悪化、290ドル安(1.74%減少)。
9月21日:アジアや欧州の株高に加え、原油先物相場も上昇し、126ドル高(0.77%増加)。
9月22日:アジア開発銀行の中国GDP成長率の6.8%への下方修正に加え、クリントン候補の医薬品メーカーの特殊医薬品価格吊り上げ批判、ファルクスワーゲンの排気ガス不正問題などでバイオ株や自動車関連株の売りが優勢で、180ドル安(1.09%減少)。
9月24日:フォルクスワーゲンの排気ガス不正問題で欧州主要国の株価が下落、米国でも自動車関連株の下落やキャタピラーの業績見通し悪化を受けて、79ドル安(0.48%減少)。
9月25日:24日夕のイエレンFRB議長の講演内容が市場予想より利上げに前向きであったことや4-6月期のGDP確定値が3.9%と0.2%上方修正され、113ドル安(0.7%増加)。
9月28日:フォルクスワーゲンの排気ガス不正問題による欧州の景気悪化懸念に加え、中国企業の業績悪化による原油等の商品相場の下落も響いて、313ドル安(1.92%減少)。
9月30日:ADPの9月雇用レポートで非農業部門の雇用者数が20万人以上増加、アジアや欧州株の大幅上昇で、236ドル高(1.47%増加)。但し、四半期ベースのダウ価格の下落は7.6%で過去4年間で最悪。

2.米国の雇用状況
米労働省が9月4日に発表した8月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比173,000人の増加で、市場予想の220,000人増を大きく下回りました。しかし、6月の雇用者数の確定値は245,000人で14,000人の増加、7月の改定値は245,000人で30,000人が増加しました。この結果、8月までの3ヶ月間の雇用者数は月平均221,000人となり、目安となる200,000人を大きく上回りました。また、8月の失業率は5.1%となり前月から0.2%低下、過去7年間で最も低い水準を維持しています。 なお、労働参加率は62.6%で、前月と同水準でした。また、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は前月の10.4%から10.3%に低下しました。 時間当たりの賃金上昇率は0.3%の増加に留まりました。部門別では多くの分野で増加が見られたものの、製造業で17,000人、鉱山業で10,000人の減少となりました。今回の雇用改善を踏まえ、市場関係者の間では連銀が早ければ9月に金利引き上げに踏み切るのではないかとの見方が出て、ダウは272ドル安となりました。

3.EUのシリア難民受け入れ問題
長引く内戦で約400万人が難民となっているシリアで、約40万人以上が欧州へ移住する動きが大きな問題になっています。EUメンバーの中では、難民の受け入れに寛容なドイツやスウェーデンがある一方、経済的に余裕のないハンガリーなどの旧東欧諸国やバルト諸国は消極的な姿勢を示しています。こうした中で、9月11日付のLA Times紙はドイツが難民受け入れに積極的な背景には厳しい人口減に直面する経済的理由があるとの分析を行なっています。

記事によれば、ドイツの出生率は現在1000人に対し8.2人とされ、世界で最も低い出生率となっています。もし、この状態が続けば2060年までにドイツの人口は現在の8100万人から6800万人となり、英国やフランスを下回る恐れがあるとされます。特に、就業可能人口の比率は今後15年間で現在の61%から54%に低下、年金や健康保険などの社会保障の維持が困難になっていくものと見られます。このため、メルケル政権は現在の人口の約1%にあたる80万人の難民を受け入れてもよいとの意向を持っていると伝えられています。
その一方、ドイツの中でも、経済発展が遅れている旧東ドイツのドレスデンなどではイスレム教徒が大半のシリア難民に対する反発も強く、しばしば衝突を起こしています。

以前、ドイツはトルコや旧ユーゴスラビアから多くの労働者をゲストワーカーとして受け入れ、その時にも衝突はありましたが、彼等は一時的な出稼ぎ労働者であり、移民ではないため、深刻な事態に発展することはありませんでした。ドイツ政府にとって難民の移住に対する政策の転換となったのは、EUが創設され、域内の移住が比較的自由になったことが大きいとされています。

シリアから多くの難民を受け入れることがドイツの将来の経済にも役立つというドイツ政府の意向は理解できるにしても、旧東欧諸国が主張するように文化や宗教が異なる人達を大量に受け入れることには新たな社会的問題を発生させる危険性があるようにも思われます。特に、難民の移住が容易になったことにより、テロリストのグループもドイツに入り込みやすくなれば、治安や安全が脅かされるような事態になりはしないかとの不安もあります。それと同時に、ドイツの将来の就業人口不足を補うと言うことであれば、EUメンバー国内に若者を中心に高い失業率を抱えるギリシャ、スペイン、イタリアなどがあり、それらの国の人達を優先させるべきではないかと思われます。

なお、9月22日にEUは臨時の内相・法相理事会を開き、12万人の難民をメンバー国が分担して自主的受け入れることを多数決で決定しました。12万人のうち今年は6万6千人で、ドイツが最大の1万7036人を受け入れることになっています。しかしながら、ハンガリーやチェコなどの中東欧諸国は依然受け入れに反発しており、強制力のない決定の実効性に疑問が出されています。

いずれにしても、シリア難民問題を考える場合、大量のシリア難民を出しているシリアの政治・軍事的な混乱をできる限り早期に終わらせることが重要で、そのためにはISを除くアサド政権と反政府グループの代表、及び彼等を支援するロシアと欧米諸国との和平のための話し合いを持つことが必要だと思います。それに加え、シリアの難民問題は本質的にはイスラム教のシーア派とスンニ派という2大グループの争いであることからすれば、それぞれのグループを代表するイランとサウジアラビアが直接に話し合いを持ち、アラブの難民を拡大させないための方法を議論することも重要であるように思います。

4.フォルクスワーゲン社の排気ガス不正問題
 米国環境保護局(EPA)は9月19日にフォルクスワーゲン社の一部ディーゼル車が排気ガス規制を逃れるために違法なソフトウェアーを搭載したディーゼル車が米国で482,000台あることを公表しました。これを受けて、フォルクスワーゲン社は調査の結果、世界で同様の違法ソフトウェアーを搭載のディーゼル車が11は百万台に達していることを明らかにしました。ディーゼル車はデーゼルシャがガソリンより安い欧州で普及しており、この問題がディーゼル車を製造販売している他社の製品にまで及ぶものか調査が始められることになりました。

フォルクスワーゲン社が排気ガス不正問題を起こした背景について、9月26日付の英国エコノミスト誌は3つの理由を挙げています。第1にトヨタを抜いて世界第1位の自動車メーカーになるためには米国市場でディーゼル車の売り上げを上す必要があったこと、第2にVWが開発した窒素酸化物排出削減技術ではドライバーが望む燃費効率と車の出力を弱めることになり、それを回避する装置が必要であったこと、第3に欧州市場ではディーゼル車の排気ガス規制が米国ほど厳しくなく、大きな問題として受け止めなかったことなどを理由としています。

しかし、この問題はフォルクスワーゲン社の経営に極めて大きな負担になることが予想されます。まず、EPAによる罰金額として1台当たり37,000ドルの482,000台分で180億ドル(GMのイグニッションスイッチの欠陥問題では9億ドル、トヨタのアクセル問題では12億ドルに比べ、極めて高額)、さらに482,000台の欠陥車をリコールし修理する費用(現時点で修理方法は未定)、さらにディーゼル車の新製品が販売できないなどの問題を抱えることになります。こうしたことを受けて、9月21日のフォルクスワーゲン社の株価は18.5%下落、更にフォルクスワーゲン社に部品を供給しているメーカーの株価も大きく下落しました。

現時点で、フォルクスワーゲン社の排気ガス不正問題が今後どのように発展していくのかはわかりませんが、EUの最大経済国であるドイツを代表する企業が信頼を失った影響は大きく、一時的に世界の株式市場の不安定化要因になるように思われます。

4.FOMC会合の決定とその評価
9月16日と17日にFOMCが開催されました。会合後の声明文では、米国経済は緩やかなペースで拡大しており、家計支出と民間設備投資は緩やかに増加を続け、住宅市場も更に改善している。雇用市場も改善を続けており、雇用数の増加に加え、失業率も下がってきており、労働資源の未活用の状況も年初以降改善を示している。しかしながら、インフレ率についてはエネルギー価格の低下とエネルギー以外の輸入価格の低下の影響もあり、FOMCの長期目標である2%を下回る水準で推移している。特に、最近の世界経済と国際金融市場での進展は経済活動を制約し、短期的にはインフレ率の下押し圧力をさらに高める恐れがある。但し、こうした一時的な影響が薄れていくとともに、インフレ率は次第に2%に向かって上昇していくと予測している。

その上で、雇用の最大化と物価の安定に向けた流れを支援するためにフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標を現在の0-0.25%に維持することが適切であることを再確認、更にこの金利水準を維持する期間の決定に際しては、雇用の最大化と物価上昇率2%という目標に向けた前進振りと今後の予測の両方を評価、さらに金融市場の状態や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断するとしました。

今回のFOMCの決定に先立ち、市場では米国の雇用と経済成長が堅調なところから9年3ヶ月振りに金利を引き上げるとの見方が多く出ていましたが、FOMCは海外での事態の進展を監視しているとして、中国を始めとする国際金融や経済情勢への不安定性を理由に現行のゼロ金利政策の維持を決定しました。今回の金利据え置きの決定について、ウォール街の投資家などからは前向きの評価を得られましたが、その一方、金利引き上げの決定に連銀がコントロールできない海外情勢を加えたことにより、米国株式市場の不安定性が増加する警戒感や米国の金融正常化が遅れることの弊害への懸念も示されました。

その日の株式市場はゼロ金利政策維持の決定発表直後にはダウ平均が200ドル近い上昇となりましたが、取引終了時が近づくにつれ、後者の警戒感が強くなり、終値は65ドルの下落となりました。翌日もこうした警戒感が続いたことに加え、原油先物相場の下落も重なり、ダウは290ドル以上の下落となりました。その意味で、今回の連銀の決定はイエレン議長の下でのFOMCの慎重な判断が裏目に出て、米国以外の世界経済の不透明感についての懸念が投資家の警戒感を煽ってしまったようにも見られます。一部のアナリストは今回のように連銀が海外情勢などを現行金利の維持の大きな理由にしてしまえば、米国経済が順調になっても長期間に渡ってFOMCは金融正常化に踏み切れなくなるのではないかとのコメントを出していました。

なお、FOMC会合での現状維持の決定が市場に否定的に受け止められこともあり、9月24日夕方に行なわれたイエレンFRB議長の講演では、2015年中のいずれかの時期に金利引き上げが適切であること、ゼロ金利政策を長く続けすぎると、利上げの際に比較的急激な引き締めを迫られ、それが金融市場を混乱させるリスクを拡大させることを述べました。その日は前日のイエレン議長の金利引き上げの前向き発言と4-6月期のGDPの確定値が3.9%と改訂値から0.2%上方修正されこともあり、ダウは113ドルの上昇となりました。いずれにしても、量的緩和策やゼロ金利政策にしても、それは長期に続ければ続けるほど弊害も多くなる異常な金融政策であり、金融正常化に向かって進むことが国全体の経済健全性の上からも望ましいことになります。

5.中国経済の停滞
今月のFOMCでも問題された中国経済ですが、中国の株式市場は、政府や中央銀行が株下落を抑えるために種々の方策を講じているにもかかわらず、下落傾向に歯止めがかかりません。現在の中国経済には2つの大きな問題を抱えているように思われます。 その一つは輸出促進型経済から消費主導型経済への転換が円滑に進んでいないことであり、もう一つは中国経済に占める国営企業のウエートが依然高く、経済全体の生産効率性を欠いていることです。9月12日付の英国エコノミスト誌もこうした点に注目し、中国経済の再生には①政府や国営企業による投資主導経済から民間企業による消費主導型経済への転換、②2025年まで年率5.5%から6.5%への持続的成長を可能にさせる民間企業による生産性の向上、③債務が大きい国営企業に代わり債務比率が低い民間企業の経済活動の促進の3つを挙げています。

これらはいずれも中国共産党が従来取ってきた政策の大きな転換し、政府の規制や権限を大きく緩め、民間企業による活動を拡大させることを伴うものです。過去にも一時期、共産党政府もこうした政策の転換の必要性を認めていましたが、習近平政権によって政府の権限強化策が取られるにつれ、中国人民銀行による元の切り下げによる輸出促進や国営企業を通じた財政支出拡大など従来型の政策に戻ってしまっているように思われます。9月22日に米国を訪問中の習首席に対して、シアトルで会談した米国の経済界の代表達も、同じように規制緩和や市場開放の要望をしたことが伝えられています。

また、ジョージ・ワシントン大学の中国専門家であるShambaughs教授は今年の3月6日のウオール・ストリート・ジャーナル紙に、“The Coming Chinese Crackup(近づいている中国の崩壊)“という記事を寄稿しました。その記事の中で、教授は従来型の国家管理型経済の行き詰まりの中で、市場経済型経済に転換できず、政府による一層の管理体制を強める習近平政権に対して経済面だけでなく、政治的に限界に来ることを見越して、同政権と距離をおくことを勧めているのが注目されています。
           (2015年10月1日: 村方 清)

Tuesday, September 1, 2015

中国減速と資源安による高値相場の調整















1. 8月の株式市場
8月の株式市場は中国経済の減速に伴う株価急落と原油などの資源の価格安が、米連銀などの各国の中銀の金融緩和策によって生じた高値相場にある世界の株式市場に悪影響を与え、不安定な展開になりました。主要な動きは以下の通りでした。

8月3日:原油先物相場が一時1バレル45ドル台前半まで下落したことや中国の工場生産が予想以上に悪化したことなどから、売りが優勢で、92ドル安(0.52%減少)。
8月4日:利上げ懸念とアップルの下落が続き、48ドル安(0.27%減少)。
8月6日:原油先物相場が下落、世界景気の減速懸念から、121ドル安(0.69%減少)。
8月7日:米政府発表の7月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比215,000人増で市場予想の220,000人を若干下回ったものの(失業率は前月と同じで5.3%)、原油先物相場の下落が続いたことで、46ドル安(0.27%減少)。
8月10日:中国上海株式市場の上昇に加え、バッフェト氏の投資会社の大型買収や原油先物相場の上昇で、242ドル高(1.39%増加)。
8月11日:中国人民銀行が人民元を2%近く切り下げたことにより、中国景気の減速が意識され、かつ中国で事業を展開する米企業の悪影響への懸念から、212ドル安(1.21%減少)。
8月13日:中国人民銀行が3日連続の人民元の切り下げを行なったが、それ以上の元安に否定的であったため、アジアや欧州の株式指数が増加し、6ドル高(0.03%増加)。
8月14日:7月の卸売物価指数が前月比で上昇、鉱工業生産指数も予想以上であったことから、米景気の回復が順調であるとの見方から、69.15ドル高(0.4%増加)。
8月17日:ニューヨーク連銀の景気指数が市場予想に反して悪化、一時135ドルの低下となったが、その後発表された住宅市場指数が市場予想通りで、68ドル高(0.39%増加)。
819日:FOMC7月議事録要旨で9月の利上げを示す文言は確認されなかったものの、原油先物相場が40ドル台前半と6年5ヶ月振りの安値をつけ、163ドル安(0.93%減少)。
820日:世界経済の減速の中で、中国ビジネスの比率が高いアップルやインテルなどが売られ、更に証券会社が投資判断を下げたディズニーも大きく下落、投資家心理が悪化、
インターネット関連株やバイオ関連株が大きく売られ、359ドル安(2.06%減少)。
821日:中国のPMI指標の悪化を受けて中国株式市場が連日大幅下落、原油先物相場の一時節目の40ドルを割り込み、世界経済の減速懸念が強まり、531ドル安(3.12%減少)。
下落幅は201188日以来で、週間では5.8%の下落(ナスダックは6.8%の下落)。
824日:週明けの世界市場で中国経済と株式市場に対する懸念が強まり、アジアと欧州の市場が急落、開始直後に下げ幅は1000ドルを越えたが、588ドル安(3.57%減少)。
825日:中国人民銀行の追加金融緩和や原油先物相場の反発で一時は440ドル上昇、取引終了時に中国経済の不透明感や米企業への業績懸念が意識され、205ドル安(1.29%減少)。
8月26日:中国人民銀行による1400億元の流動性供給や米国の7月耐久財受注額の前月比2%増など経済指標の改善から、目先の戻り期待の買いが旺盛で、619ドル高(3.95%増加)。
8月27日:世界的な株高と米政府発表の第2四半期GDP改定値が前期比率年3.7%で速報段階の2.3%から大幅に上方修正されたことで、369ドル高(2.27%増加)。
8月31日:中国の上海市場の3日振りの下落とフィッシャーFRB副議長の講演で9月の金利引き上げは今後の経済データ次第としだため、警戒感が強まり、115ドル安(0.69%減少)。
8月全体の下落額は1162ドルで、2008年10月以来の大きさ。

2.米国の雇用状況
米労働省が8月7日に発表した7月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比215,000人の増加で、市場予想の220,000人増をやや下回りました。なお、5月の雇用者数の確定値は260,000人で6,000人の増加、6月の改定値は231,000人で8,000人が増加しました。この結果、7月までの3ヶ月間の雇用者数は月平均235,000人となり、第1四半期の195,000人を大きく増加しました。5月の失業率は前月と同じく5.3%で、過去7年間で最も低い水準を維持しています。 なお、労働参加率が62.6%で、前月と同水準でした。また、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は前月の10.5%から10.4%に低下しました。 時間当たりの賃金上昇率は0.2%に留まりました。部門別では小売関係が36,000人、ヘルスケア関係が28,000人、金融関係が18,000人、製造業関係が15,000人の増加となりました。今回の雇用改善を踏まえ、市場関係者の間では連銀が早ければ9月に金利引き上げに踏み切るのではないかとの見方が出てきています。 7日の株式市場は連銀の金利引き上げへの警戒感から、ダウは28ドル安となりました。

3.ギリシャのチプラス首相の辞表と総選挙
ギリシャはEUからの金融支援が8月20日に正式に決定し、32億ユーロの国債償還を無事に乗り切りましたが、その直後にチプラス首相は大統領に辞表を提出しました。チプラス首相としては与党の急進左派連合の内部で、緊縮策への反対を公言する議員が抱えており、過去3回の議会投票でも、毎回30人以上が反対を表明、14日の採決でも約40名の議員が造反しました。このため、チプラス首相としては改革推進に向けて、党内の分裂状態を解消すべく、総選挙を実施することを目指したものです。現時点では、急進左派連合への支持率は33.6%と高く、国民に負担を大きな増税策などが実施される前に、与党議員を入れ替え、政権基盤を立て直すことが必要と判断したものと見られます。

しかし、ギリシャ国民の間ではチプラス首相が進める緊縮策への反対意見も多くあり、もし総選挙で、急進左派連合が敗北することになれば、ギリシャ危機が再燃する可能性があります。

4.減速する中国経済とその影響
8月11日以降、中国人民銀行は人民元の切り下げを3回行ないました。人民銀行は人民元会改革の一環としていますが、実際は減速する中国経済の景気刺激策と見られます。中国経済の減速は一段と強まっており、8月8日に発表された7月の輸出は前年同月比マイナス8.3%まで落ち込んでいます。また、9日に発表された7月の生産者物価指数は前年比マイナス5.4%となり、3年5ヶ月連続して前年同期比を下回ったことになります。また、8月21日に発表された中国の8月の製造業購買担当者景気指数(PMI)の速報値は47.1となり、2009年3月以来6年5ヶ月ぶりの低水準となりました。これらのデータは中国が国内外の需要の弱さに加え、国内の過剰な生産設備問題が深刻になっていることを示しています。中国政府がこうした状況の中で、人民元を切り下げ、輸出関連セクターを実質的に支援することを決めたものと見られています。

なお、18日の中国上海市場の6%以上の下落に関連して、中国では最富裕層の中国市場離れが顕著になっているといわれ、7月に株式の口座残高が1000万元(約2億円)を越えるトレーダーの数は28%減少したと中国の決済機関が伝えています。中国経済の減速、企業業績の低迷に加え、今回の人民元切り下げで、こうした最富裕層の資本流出の圧力が一段と高まり、これが6%以上の下落となった一因とも言われています。興味深いのは通貨価値の下落は輸出企業の業績改善が期待され、日本では株式市場にプラスと見られてきたのに対して、中国では元の下落は世界的な視野で資産運用を行なっている富裕層を中心に資本の海外流出になってしまうことです。

中国人民銀行の人民元切り下げは中国経済の依存度の高いインドネシアやタイなどの経済不振や通貨下落となって表れ、アジア市場の混乱を拡大させます。加えて、中国経済の減速や人民元の切り下げは中国が大きな市場となっているアップルなどの大手米国企業の業績悪化をもたらしています。

いずれにしても、経済成長の伸びが鈍ってくる中で、中国政府としては輸出主導型経済から国内消費主導型経済への転換、あるいは国営企業を中心とする政府依存型経済から市場依存型経済への転換を進めようとしたものの、中国が抱える構造問題から一層の混乱が生じてしまっているというのが現状だと思います。国内消費主導型経の移行には国民や企業が抱える不動産投資の失敗に伴う多額の債務問題が、市場依存型経済の移行には共産党政権が権力維持のために保持してきた規制の緩和問題が横たわることになります。この点、今後も暫くは中国経済の減速化やそれに伴な政策の混乱は避けられないものと見られます。

5.下落が続く原油価格
8月21日の原油価格は約6年半ぶりに一時1バレル40ドルを割り込み、下落傾向に歯止めがかからなくなっています。昨年までは米国のシェールオイル生産の採算ベースは原油価格が1バレル50-60ドルとされ、価格がそれ以下になれば生産量は落ち込むとされました。しかし、開発企業が効率性の高い油田に集中させると同時に、掘削技術の向上に努めた結果、生産コストは2-3割程度下落したとされ、現在全米の石油掘削装置の稼働数は増加し続けており、原油生産量は高止まりしています。

一方、従来原油価格の調整役を担ってきた中東諸国は今年6月のOPEC総会でも減産を見送りました。特に、米国のシェールオイルの増産に対抗するため、サウジアラビヤとイラクは増産を続けており、OPECの7月の原油生産高は日産3,151万バレルに達しました。中国経済の減速などで原油需要の減少が見込まれる中で、米国のシェールオイル開発企業やサウジアラビヤなどの産油国の増産が見込まれる現在の状況が続けば、原油価格が1バレル35ドル程度まで下落することも予想されます。原油価格の下落は石油関連企業や彼等に融資している金融機関の株価の一層の低下をもたらす恐れがあります。

6.7月のFOMC会合議事録要旨と米国株の大幅調整
8月19日に、連銀は7月28日―29日に開催されたFOMCの議事録を公表しました。議事録では、大半の参加者が利上げに向けた環境は整いつつあるとした一方、労働市場に一段の改善余地がある他、インフレ率が目標に向けて上昇するとの確信を持つ必要があるとの認識を示しました。その上で、利上げに積極的な参加者は既に利上げの条件を満たしているか、直ぐに満たす公算が大きいことを強調、利上げの遅れが急激な物価上昇を招きかねないことを懸念する見方も出たとされています。その一方、利上げに慎重な参加者は個人消費や設備投資などの勢いに不安が残ることを指摘、更に中国の景気減速や一段のドル高が米国経済に悪影響を及ぼし、物価上昇率の目標達成を妨げる恐れがあり、性急な利上げに警戒感を示したとされています。いずれにしても、FOMC内部では利上げ積極論者と慎重論者が交錯しており、今後のデータの推移によって利上げ時期が決められることになります。

米国の株式相場は19日以降、中国経済の減速を反映した大幅な下落を受けて、4日間で1800ドルの下落を経験しました(中国政府や中国人民銀行の相次ぐ株価維持策や金融緩和策で中国株が反騰した26日と27日でダウは約980ドルの戻し)。中国経済の減速は中国を大きな市場とする米企業や資源価格の低迷となって表れ、米国株式市場にも大きな悪影響となって現れています。しかしながら、米国市場の株価の下落は長期に渡る連銀の超金融緩和策がもたらした高値相場の不安定性により生じている面も否定できないように見られます。

なお、米商務省が27日に発表した4-6月期のGDP改定値は前期比3.7%で速報値の2.3%を大きく上回りました。最大の要因は在庫の積み増しが前期より111億ドル増加の1211億ドルになったことで、企業活動の強さを示しています。また、経済全体の3部の2を占める個人消費も3.1%となり、好調さが続いています。また、住宅建設も前期の6.6%から7.8%に増加しています。この点、中国や欧州の不振と比べ、米国の国内経済は順調な回復を示していると言えます。

米国はここ数年のGDP成長率が2-3%という中で、長期に渡る金融緩和策を続けてきたことにより株価上昇率は年率15%以上の上昇を続け、実体経済と資産インフの乖離が一段と進む結果になっています。株価の一層の上昇を期待するウオール街のグリードな投資家達からすれば、今後も金融正常化は遅れれば遅れるほどよいということになります。しかし、それはマクロ経済面で所得格差の拡大をもたらすだけでなく、株価の高騰は資本利潤率を高めても労働分配率の低下を招き、やがて個人消費の低迷にも繋がってくるだけに、早い段階に金融正常化のプロセスに入ることが望ましいことになると思われます。
      (2015年9月1日:  村方 清)


Saturday, August 1, 2015

ギリシャと中国による悪影響と連銀のジレンマ
















1.7月の株式市場
7月の株式市場はギリシャ支援をめぐる混乱と中国経済の停滞と官製相場の限界による株価急落が、米国を含む世界市場に悪影響を与えることになりました。主要な動きは以下の通りでした。

7月1日:EUとギリシャとの交渉再開への期待とADPの6月民間雇用レポートで市場予想の220,000人を上回る237,000人の増加で、ダウ平均価格は138ドル高(0.79%増加)。
7月2日:政府発表の6月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比223,000人増で市場予想の230,000人増をやや下回り(失業率は5.5%から5.3%へ低下)、米連銀の金利引き上げが慎重になるとの見方の反面、ギリシャ問題で売りが優勢で、28ドル安(0.16%減少)。
7月6日:ギリシャが5日の国民投票で、EUの財政緊縮策の受入れを拒否したことで、ギリシャ債務危機の不透明感が増加、リスクを避ける動きが優勢で46ドル安(0.26%減少)。
7月7日:ギリシャ問題と中国株の急落を受けて一時200ドルを超える下落となったが、その後、ギリシャに関する12日の欧州首脳会談開催に期待が高まり、93ドル高(0.53増加)。
7月8日:中国株式市場の急落やギリシャ債務問題の不透明感、さらにNY株式市場の技術的問題による混乱などから、売りが優勢で、261ドル安(1.47%減少)。
7月10日:ギリシャのEU側に提出した財政改革案の承認期待や中国政府による中国株式市場の介入効果を受けて、海外市場が上昇したことから、212ドル高(1.21%増加)。
7月13日:EU19カ国が13日の緊急首脳会議でギリシャへの金融支援の再開について条件付で合意したことから、欧州市場が上昇したことを受け、217ドル高(1.22%増加)。
7月14日:4-6月期決算発表したJPモルガン等の米企業の業績がよかったことや6月の小売売り上げの低調によるFRBの金利引き上げの遅れへの期待で、76ドル高(0.42%増加)。
7月15日:イエレンFRB議長の議会証言で年内の利上げの可能性を示唆したことやギリシャの財政改革審議の動向を見極めたいとの判断から、3ドル安(0.02%減少)。
7月16日:ギリシャ議会が財政改革法案を賛成多数で可決、ECB/dx/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3EAE6E0E2E2E3E4E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NXギリシャの銀行向けの緊急流動性支援の上限を引き上げたことで、投資家心理が改善し、70ドル高(0.39%増加)。
7月21日:四半期決算が減収減益であったIBMやユナイテッドテクノロジーが大幅に下落、
利益確定目的の売りが優勢で、181ドル安(1.0%減少)。
7月22日:最終損益が大幅赤字のマイクロソフトや増収増益だったもののアップルウオッチが不振であったアップルが大幅に下落、68ドル安(0.38%減少)。
7月23日:3Mやキャタピラーなどの四半期業績の低調さや原油先物相場の下落で、先行き不透明感による投資家心理が悪化、119ドル安(0.67%減少)。
7月24日:中国経済の不調で原油などの国債商品先物相場が軟調で、エネルギーや素材などの関連株の4半期業績の悪化と収益見通しの引き下げから、164ドル安(0.38%減少)。
7月27日:27日の中国株式市場で上海総合指数が8.5%下落したことや原油先物相場が47ドル前半まで落ち込んだことなどで、世界経済減速への懸念から、130ドル安(0.73%減少)。
7月28日:数日間で半年間の最安値をつけた反動や原油先物相場の下げ止まりから、自律反発の買いが優勢で、190ドル高(1.09%増加)。
7月29日:中国株式相場が反発したことやFOMC会合後の声明で9月の利上げが明示されなかったことで、121ドル高(0.69%増加)。
7月31日:四半期業績が大幅減益であったエクソンモービルやシェブロンなどの石油大手株が予想以上に落ち込んだことで、56ドル安(0.32%減少)。

2.米国の雇用状況
米労働省が7月2日に発表した6月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比223,000人の増加で、市場予想の2300,000人増をやや下回りました。なお、4月の雇用者数の確定値は187,000人で34,000人の減少、5月の改定値は254,000人で26,000人が減少しました。この結果、6月までの3ヶ月間の雇用者数は月平均221,000人となり、雇用目標の200,000人台を維持しました。5月の失業率は前月の5.5%から0.2%低下して5.3%となりましたが、これは労働参加率が0.3%減少し、62.6%になったことが影響したためと見られます。また、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は前月の10.8%から10.5%に低下しました。 時間当たりの賃金上昇率は2%に留まりました。部門別では民間の小売部門が32,900人、工場関係者が7,000人の増加となったものの、エネルギー関係では減少が続き、鉱山や採掘関係は18,000人の減少となりました。今回の雇用状況の改善の停滞を受けて、市場関係者の間では連銀は金利引き上げに慎重になるのではないかとの見方が出てきています。 2日の株式市場は米国の雇用状況よりもギリシャ問題への懸念から、ダウは28ドル安となりました。

3.ギリシャ支援問題
EUが求める財政緊縮策の賛否を問うギリシャの国民投票が75日に実施され、反対が61.31%、賛成が38.69%で反対票が賛成票を大きく上回りました。これを受けて、チプラス首相はEUIMFなどの債権団との交渉に強気の姿勢で臨む方針を明らかにしました。

しかしながら、チプラス政権が10日にEU側に示した財政改革案では、年金改革や付加価値税についてはほぼEU側の要求を受け入れ、総額120億ユーロの削減を目指す内容になりました。これに加えて、11日と12日に開かれた財務相会合では、チプラス政権の財政改革案について不十分との意見が続出、更に実現性についても信頼できないとの意見が出てまとまりませんでした。その後、13日のユーロ圏首脳会議で、ギリシャの財政改革案に加え、経済指標の改ざんを防ぐために統計機関の独立性の確保、送配電事業の民営化、銀行の不良債権処理の実施などを要求しました。さらに公的部門の民営化を徹底するために最大500億ユーロ規模のギリシャの国家資産を外部の官民基金に譲渡する方針を織り込みました。同時に、こうした改革案を実行に移すために、15日までに議会による法制化を義務付けました。一方、チプラス政権が強く望んだ債務削減については、財政改革を実行した段階で検討する余地はあるが、名目の債務削減は不可能と明示、債務削減に反対するドイツの意向が反映される形になりました。なお、ドイツは支援交渉が失敗した場合、ギリシャが一時的にユーロ圏を離脱する選択肢も提案しましたが、フランスなどの反対で合意文書には盛り込まれませんでした。

チプラス首相は今回の合意によりギリシャがユーロ圏に残れたことや3年間の支援を受けられる見通しが立ったことを強調しているようですが、本来627日に示されたEU側の財政改革案を受け入れていれば、今回ほど厳しい内容にならなかっただけに、チプラス首相の強引なやり方がEU側の強い反感を起した結果といえます。

その後、ギリシャ議会は16日未明、財再改革のための法案第1弾(レストランの付加価値税を13%から23%への引き上げや離島への軽減税率を原則廃止するもの)を審議、賛成は229票、反対は64票、白票6票で可決しました。チプラス首相の急進左派連合で39人が造反したものの、最大野党でEU寄りの新民主主義党などが賛成に回りました。これを受けて、EU側は3年で820億ユーロ超の金融支援に向けた手続きに着手し、早ければ7月末にも欧州メカニズムを通じたギリシャへ支援の協議が始まることになります。また、ギリシャはEUIMFに対し、債務の減免を求めるとしていますが、これについてはEUのドイツが強く対立しており、ギリシャの財政改革の実行状況が鍵になると思われます。特に、ギリシャ議会で716日に承認した法案ではEU側が要求した財政改革の中で、最大野党の新民主主議党でも反対が多い年金の支給開始年齢の引き上げや農家への13%から2633%への増税が含まれておらず、再び大きな障害になる恐れがあります。

今回も、過去2回と同じく、最後になってEU側とギリシャ政府のギリギリの交渉がようやくまとまりましたが、これによりギリシャ問題が根本的に解決したとはいえる状況にはありません。ギリシャ問題の本質はEUがユーロという共通通貨を維持しながら、財政政策については各国の主権を尊重しているため、本来EUが定めた財政規律を十分に守れないことにあります。ドイツ、北欧、東欧諸国が総じて財政規律を守ろうとしているのに対して、南欧諸国は社会主義政党が多いこともあり、財政規律の順守が十分でないこと、さらにイタリアやスペインなど経済規模でEUの第3位や4位にある国が守れない状態にあること(最近は社会党政権のフランスまで)が事態を一層複雑にさせているように思います。いずれにしても、ギリシャ問題はEUの共通通貨使用に関する経済的な矛盾を提起しており、財政規律の順守が非常に困難な国は自国通貨に戻るような根本的な解決策を導入しない限り、今後も問題が繰り返されていくように思われます。

4.中国経済の停滞と官製相場の限界
6月27日の上海総合指数は8.48%の下落となり、2007年2月以来の大きな水準となりました。上海株は6月12日の高値から7月9日の安値まで約35%下落しましたが、その後に中国政府が大手証券会社や政府機関の中国証券金融などを通じて株価を維持するための政策や売買停止社数の増加などの措置を次々と打ち出したことで、7月24日には最安値から24%も上昇する水準まで反発していました。これに伴い、上海と深センの両市場でピーク時には1473社に達していた売買停止社数は532社まで減少させたようですが、逆にそれが27日に個人投資家の多くが取引の再開に合わせて一挙に売りに動いたと見られています。

上海総合指数が目立った上昇をしたのは、2014年10月以降に中国人民銀行が利下げを発表してからですが、その背景には中国政府が巨額の不良債権問題から低迷していた不動産投資からマネーを株投資へ移すことを狙う政策がありました。特に政府が奨励した株の信用取引は今年半年間で2倍超に急増、6月18には過去最高となる2兆2666億元(約44兆円)に達していたと言われ、これが株価の高騰の要因でした。しかしながら、中国の実体経済はGDPについては7.0%の政府目標は達したものの、7月のPMIは15ヶ月ぶりの低水準、6月の工業部門企業利益は前年同月比0.3%とマイナスに転じていました。景気減速懸念が強まる実体経済の悪化状況の中で、株価が政府の人為的対策によって支えられているという歪みが一気に噴出したというのが今回の暴落の原因なのだと思われます。

中国株式市場を代表する上海総合指数の大幅下落は世界の株式市場にも悪影響を与えることは避けられませんが、それ以上に深刻なのは中国経済の停滞に伴う主要先進国からの輸入の減少や資源価格の下落で、これが今後の世界経済の低迷と株価の下落に拍車をかける恐れがあります。

. FRB議長の議会証言やFOMC会合とその評価
イエレンFRB議長は7月15日に下院の金融サービス委員会で議会証言を行ないました。その要旨は以下の通りでした。
-労働市場は十分に改善してきているが、まだ完全雇用の状態には至っていない。
-今年前半の消費や生産の低下は、異常気候や西海岸港湾ストなど一時的な要因であり、4-6月期のGDPは改善が見込まれる。
-今年後半、雇用と経済成長はさらに改善していくと予想する。現在外国の情勢で米経済に悪影響を与える恐れがあるが、その一方、予想よりも早く回復する可能性もある。
-物価はFRBの目標の2%を下回る水準が続いている。物価の下落は原油価格の急速な下落など一時的な要因もあり、今後雇用が改善すれば、2%の物価目標に向かって上昇しよう。
-現在の情勢では緩和的な金融政策が引き続き適切である。今後雇用が改善し、物価上昇率が2%に向かっていると十分確信できた時には、政策金利の引き上げが適当となる。
-金利は穏やかに引き上げていくのが適切となる経済情勢になると予測している。

これに対し、共和党の一部議員から、長期に渡る金融緩和策が雇用の改善に本当に適切であるのか、規制緩和を含む財政政策の方がより有効なのではないか。ここまで超緩和敵金融政策を取ってしまうと、次の政策が出せなくなる恐れもあり、金利引き上げを伴う金融正常化政策に転換すべきではないかとの質問が出されました。イエレン議長よりは財政際策も重要であること、十分な経済回復と雇用改善が確信されれば、金利引き上げを実施したいと答えていました。

7月の28日と29日に開催されたFOMC会合でも、イエレン議長のような見方が多くの委員によって共有されました。声明文では米国経済の穏やかな拡大が続いていること(米国政府が30日に発表した4-6月期のGDPは前期比2.3%の増加)、ゼロ金利政策の見直しについては、労働市場のさらなる改善と物価上昇の合理的な確信が得られれば、利上げに踏み切るとしました。

金利引き上げの可能性に関するイエレン議長の慎重な発言やFOMC会合の声明文はとりあえず投資家に安心感を与えていますが、実際の米国市場と実体経済の関係はより複雑になっているように思われます。

連銀が2009年11月以降ゼロ金利政策に加え、3度の量的緩和策を実施したことにより、米国の株式市場は急激に回復、2013年3月にはリーマン破綻前の水準と取り戻しました。しかしながら、雇用や物価といった実体経済の回復が十分でないとの理由で、その後も金融緩和策が継続された結果、その効果は株価や不動産価格により強く反映されることになり、いわゆる資産インフレ状況を作り出してきました。連銀の金融緩和策が実体経済の回復に限定的であるのは、モノやサービスの分野で急激に進んだグローバル化やIT技術の発達により、金融面の措置だけでは改善効果が限られていることも原因となっています。また、連銀の量的緩和策によって購入された巨額の長期国債は連銀のバランスシートの大きな圧迫要因となり、今後の金融政策の展開余地が限られるというマイナス面も生じています。
こうしたことから、連銀としては金融正常化に向けて2013年12月から量的緩和策の削減措置を取り始め、昨年末に終了、今は金利引き上げのタイミングを慎重に検討しています。

しかしながら、米国以外の経済状況を見ると、欧州はギリシャ問題だけでなく南欧諸国の経済不振からデフレ状況が続いていること、中国も輸出の伸びの減少に加え、国内消費の低迷から経済の停滞が目立ってくるなど、世界の市場環境が悪化しています。それは海外市場依存度の高い米国企業の売り上げ不振に加え、米国とそれ以外の国々の金融政策の違いからくるドル高圧力となり、米国企業の業績収益の悪化の原因となっています。連銀としては国内要因からすれば金利引き上げによる金融正常化を進めていくことが望ましいことになりますが、それがドル高となって必要以上に米国企業の業績悪化をもたらすことは避けたい意向もあるものと見られます。

いずれにしても、連銀による金融緩和政策、特に量的緩和策は株価の急回復や不動産不良債権の拡大阻止に効果がありましたが、その政策を長期に続けた結果、株価や不動産価格の高騰をもたらし、実体経済との乖離を大きくさせたというマイナス面も大きくなっています。今後、内外市場の動きを見ながら、連銀が株式市場への悪影響を最小限度に留めながら、金融正常化をどのように進めていくのかが注目されます。
          (2015年8月1日: 村方 清)