1.11月の株式市場
11月の株式市場は、前半は米国経済指標や原油先物相場の動きによって変動しましたが、18日に10月末のFOMC会合議事要旨が発表され、12月のFOMCで利上げが決定される可能性が高まるにつれ、利上げを踏まえた動きとなりました。主要な動きは以下の通りでした。
11月2日:ISM発表の10月米製造業景況感指数は前月比0.1%減の50.1で、加えて雇用指数も47.6と前月比2.9ポイント低下したことから、FRBによる金融緩和策が長引くとの期待が強くなり、ダウは165ドル高(0.94%増加)。
11月3日:原油先物の上昇を受け、石油やエネルギー株が上昇、89ドル高(0.50%増加)。
11月4日:ADPの10月非農業部門雇用者数が前月比18万2千人増加し市場予想を上回り、イエレン連銀議長の議会証言で12月の利上げの可能性に言及で、51ドル安(0.28%減少)。
11月6日:米政府発表の10月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比271,000人増で市場予想の180,000人を大きく上回り(失業率も5.0%に0.1%低下)、ドル高への懸念もあるものの、米景気の回復が強く意識され、47ドル高(0.26%増加)。
11月9日:原油先物相場の下落に加え、利上げ観測を背景に米金利が上昇、金利上昇やドル高の懸念から、幅広い銘柄で売りが優勢となり、180ドル安(1.0%減少)。
11月11日:原油先物相場の下落と百貨店のメーシーズの大幅安で、56ドル安(0.32%減少)。
11月12日:原油先物相場の41ドル台までの急激な下落、欧州主要国の株式相場の大幅下落、そして連銀関係者の年内利上げの可能性の言及などで、254ドル安(1.44%減少)。
11月13日:原油先物相場や欧州株の下落が続いていることに加え、米国の小売売上高が前月比0.1%増に留まったことで、世界経済の不透明感が高まり、203ドル安(1.10%減少)。週間ベースで665ドルの下落。
11月16日:13日夜に起きたパリの同時テロにもかかわらず、欧州市場が底堅く推移、原油先物相場の上昇もあり、先週大幅下落した株の買戻しが盛んで、238ドル高(1.38%増加)。
11月18日:10月27-28日のFOMC議事録要旨公表を受けて、参加者の多くが12月の利上げに向けて条件が整うと予想、かつ金融正常化のペースは緩やかにするとの見方で一致していることが判明したことで、248ドル高(1.42%増加)。
11月20日:株主還元策を発表したナイキなどが大幅に上昇、91ドル高(0.51%増加)。
11月23日:アイルランドの大手製薬会社の買収を発表したファイザーが株価を2.6%下げたことや前日の大幅上昇から利益の確定売りが優勢で、31ドル安(0.17%減少)。
11月24日:ロシア軍機がトルコにより撃墜され、地政学リスクが高まったものの、原油先物相場が上昇、石油関連株に買いが入ったことで、20ドル高(0.11%増加)。
11月30日:27日からの年末商戦はインターネット通販の影響を受けた店舗販売が不振で、
ウォールマートやメーシーズが売られ、79ドル安(0.44%減少)。月間では僅か0.3%増加。
2.米国の雇用状況
米労働省が11月6日に発表した10月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比271,000人の増加で、市場予想の180,000人増を大きく下回りました。しかし、8月の雇用者数の確定値は153,000人で17,000人の増加、9月の改定値は137,000人で5,000人の減少となりました。この結果、10月までの3ヶ月間の雇用者数は月平均で187,000人でしたが、今年1月から10月までは200,000人を越えることになりした。なお、8月の失業率は前月より0.1%低下し、5.0%に改善しました。 また、労働参加率は62.4%で、前月と同水準でした。
時間当たりの賃金上昇率は0.4%増となりました。部門別で増加したのはヘルスケアの34,000人、ホワイトカラー専門職の78,000人、ヘルスケアの45,000人、小売業の44,000人でした。なお、建設業についても42,000人の増加となりました。米景気の回復が強く意識され、この日のダウ価格は47ドル上昇しました。
3.ISをめぐる地政学リスクの拡大
11月13日夜にパリ中心部でISのテロリストグループによる銃撃で多くの一般市民が亡くなるという事件が起こりました。パリでは今年1月にイスラム教創設者ムハンマドの風刺画を掲載した新聞社が襲われており、今回はフランスの警備体制の不完全さも指摘されています。しかし、それ以上に重要なことはISからの脅威に対して、より効果的な対応策を講じる必要性が強まっています。
米国内の議論を聞いて入ると、共和党の大統領候補の中で有力候補と見られるルビオ上院議員やクルス上院議員などから、シリアとイラク北部を支配するISに対して米国主体の強硬路線が提案されていますが、ブッシュ前大統領のイラク侵攻と同じ間違いをするのではないかと大きな懸念を抱かせます。
米国のブッシュ政権は2003年3月にネオコンによって主導された戦略(及びイラクでの石油利権確保)に基づき、アルカイダの存在がなかったフセイン政権に対し、大量破壊兵器の保有という偽りの口実で米軍主体の連合軍によってイラク侵攻を開始、崩壊させることに成功しました、しかし、その結果はイラク国内でフセイン政権を支えたスンニ派と多数派であるシーア派の激しい対立を引き起こし、やがて、フセイン政権の残存している軍部とバース党の幹部組織がシリアの反アサドであるスンニ派の過激グループと結びつき、米欧との武力対決を鮮明にしたのがISでした。世界のイスラム教の約80%はスンニ派とされていますが、今のイラクとシリア地域にはフセイン政権の崩壊後、スンニ派系を代表する政治組織が全く無くなっていることから、スンニ派系の住民はIS壊滅を狙う欧米に対して積極的には協力しない姿勢をとり続けています(イラク政府によるISに対抗する地上軍も、シーア派が中心で、スンニ派の十分な参加を得られていません)。
また、シーア派の代表としてイランやイラクがある一方、サウジ、エジプト、トルコでは国民の大多数がスンニ派であるために、スンニ派の過激グループによって作られたISの壊滅を目指す米欧連合に対して積極的に参加する姿勢を示していません(世界貿易センターの倒壊事件を起したアルカイダ・グループはサウジとエジプト出身でした)。米国の一部軍事専門家はIS壊滅のために米軍主体の地上軍を派遣することはイスラム教徒、特にスンニ派の反発を呼ぶだけであり、こうしたスンニ派の大国によって組織された地上軍の派遣が不可欠と主張しています。しかし、トルコやサウジアラビアの民間組織の中にはISとの結びついているものもあり、容易ではありません(トルコがISから石油を安く購入しているとか、サウジアラビアの一部の民間組織がISへの資金援助をしているとの話も伝えられています)。
24日に起きたトルコ軍によるロシアの爆撃機撃墜事件は、ロシア機によるトルコ領内の侵犯があったことが理由のようですが、それ以外にロシアがアサド政権支援するためにトルコ国境に近いスンニ派の反政府グループの支配地域を空爆していたという事情もあるようです。シリアの混乱は現在、イランとロシアが支援するシーア派のアサド政権、米欧が支援する反政府グループ(スンニ派穏健グループ)、そしてスンニ派過激グループの3つの争いによって起こされていますが、強い統治組織を持っているのはアサド政権だけとなっています。こうした状況で、もしネオコンの主張に沿って米欧がアサド政権の退陣に固執すれば、フセイン政権崩壊後のイラクと同じようにシリアは一層泥沼化する恐れがあります。現在のシリアにおいて重要なことはアサド政権と反政府グループが各々の支援グループの国々(アサド支援のイランとロシア、反政府グループ支援の欧米)、更にスンニ派の大国であるトルコとサウジアラビアの協力を得て、スンニ派過激グループのISに対抗する統一組織を作ることであり、それが達成できないかぎり、シリア解決の道はないように思います(既にシリアの紛争解決に向けて、10月23日にウィーンで米国、ロシア、サウジアラビア、トルコの4カ国外相会議に続き、30日にはイランやエジプトなどを加えた13カ国外相会議が開催され、更に11月14日には3回目の会議が開かれ、関係者によるシリアの和平プロセスの議論が進められています)。
最後に、欧州経済の停滞の中で欧州にいるアラブ系の住民、特に若い人達の差別感による不満が高まっている状況では、彼らの不満を和らげることが新たなテロリストを生まないための条件だと思います。現在、欧州に住んでいるアラブ系住民の不満が高い状況下で、新たにシリアからの大量の難民を受けいれることは更なる経済社会問題を発生することになりかねず、新たな難民受け入れは極めて制限的に行われる必要があると思います。その意味で、欧州への大量難民の受け入れではなく、中東における難民センターへの大規模支援の方に優先度合いをシフトさせることが重要になっているように思います。
4.金融正常化に向かう株式市場(イエレン議長の議会証言と10月のFOMC議事録要旨)
11月4日にイエレン連銀議長は米下院の金融サービス委員会の公聴会で証言しました。同委員会の目的は金融危機以後の規制強化策のあり方でしたが、金利引き上げについての委員の質問に対して、イエレン議長は雇用増のペースは幾らか減退したものの、更に雇用を生み出す成長ベースを維持できると見ていること、物価上昇率についても資源安やドル高が一服すれば目標の2%に向かうと見ていることを伝えました。その上で、経済データ次第であるが、12月のFOMC会合で利上げする可能性があることを示唆しました。これを受けて、4日のダウ平均価格は、市場の警戒感が少し広がり、51ドル安となりました。
11月18日に、連銀は10月27-28日に開催されたFOMCの議事録を公表しました。議事録では、大半の参加者が利上げを踏み切るための条件は次回会合までに整うと見ていることがわかりました。この理由について、夏場から秋初めにおきた海外の経済や金融の動向がもたらす下振れリスクは後退し、米国内の経済や労働市場の見通しが改善していると判断したことがあるとしました。また、次回会合への文言変更は利上げ時期に関する市場予想は来年まで後ずれしていることを挙げ、10月会合の後の声明文で、市場は予想する利上げ時期が12月に戻ったことに言及、市場とFRBの利上げペースの見通しのギャップを埋める意図があったことをほのめかしました。更に、利上げのペースについて、緩やかな金融緩和策の解除でメンバーがほぼ合意していたことも明らかになりました。この日はFOMCの議事録で12月の利上げの可能性が高まったにもかかわらず、市場は不透明要因が薄くなったことを好感し、ダウは248ドルの大幅上昇となりました。
現在、12月15-16日のFOMC会合で、ゼロ金利政策を変え、金利の引き上げを決定する可能性は相当高いと見られますが、それは米国が金融正常化に戻る上での重要なステップと見られます。米連銀は2008年9月にサブプライムローンの証券化ビジネスの破綻によって大手の投資銀行であるリーマンブラザースが破産した以降、ゼロ金利政策と同時に、3回に渡る量的緩和策を導入してきましたが、GDP成長率の推移といったマクロ経済面からすると、その効果は限定的なものでした。また、連銀の2大使命とする物価の安定や雇用の拡大という点で見ても、未だに2%のインフレ目標率の達成は困難であり、失業率も今年10月時点で5.0%まで改善したものの、その多くはパートを含む非正規雇用の拡大で、大きな成果をあげたとは言い切れるものではありません。
その一方、量的緩和策の経済効果は株価や不動産価格の急激な上昇といった面で顕著で、株価は昨年末まで年率10%以上のペースで上昇、住宅不動産価格もサンフランシスコやニューヨーク等の大都市では一般市民の手が届かない価格高騰を続けています。こうした株や不動産など資産価格の急激な上昇は実体経済との乖離を大きくさせ、米国における所得格差の拡大に拍車をかけ、GDPの約7割を個人消費に依存する米国経済の今後の健全な発展にも悪影響を与えるようになっています。そうした意味で、今回米連銀の行きすぎた金融緩和策を終了させ、金融正常化に戻ることは極めてノーマルなことと言えます。その際、金利引き上げは株価や不動産価格の下落を伴うことになりますが、それは高騰しすぎた資産価格の一時的調整という面もあり、前向きに捉えるべきものだと思います(連銀としても金融正常化の過程は慎重に進めることを表明していますので、市場の急激な調製が起きないように配慮していくものと思います)。
それと同時に重要なことはオバマ政権の選挙公約にあったように米国の財政赤字が急速に改善していることもあり、今後の経済運営について金融政策の依存度を低め、財政政策、特に老朽化がめだつ道路や橋などのインフラ整備などには積極的に財政支出を拡大することが求められていると思います(現在、極端な財政均衡主義を唱えるティーグループのいる共和党が上下両院で多数派を占めており、容易ではないと思いますが)。
(2015年12月1日: 村方 清)