1.1月の株式市場
1月の米国株式市場は前半が原油先物相場の下落により、後半はドル高による米大手企業の業績悪化やECB(欧州中央銀行)の量的緩和策導入による通貨安競争への懸念から、株価が大きく変動、低下傾向が強まりました。主要な動きは以下の通りでした。
1月5日:原油先物市場でWTIが5年8ヶ月振りに一時1バレル50ドルを割り込んだことやドイツ政府がギリシャのユーロ離脱に対応する用意があると伝わったことなどから、リスク資産を避ける動きが強まり、331ドル安(1.86%減少)。3カ月振りの大幅下落。
1月6日:原油先物市場でWTIの下落が続いていること(4.2%下落)やISMの12月の非製造業景況感指数が前月の59.3から56.2に低下したことで、130ドル安(0.74%減少)。
1月7日:原油先物市場でWTIが上昇に転じたことから、世界経済の減速への警戒感が少し和らぎ、欧州市場が上昇、米国も目先の戻し買いが優勢で、213ドル高(1.23%増加)。
1月8日:原油先物相場が下げ止まった傾向を示したことやECBによる追加金融緩和の期待から、欧州市場が大幅高となり、323ドル高(1.84%増加)。
1月9日:政府発表の12月の雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比254,000人増で市場予想の240,000人を上回ったが(失業率も5.8%から5.6%へ低下)、2014年の賃金上昇率は1.7%に留まるなど強弱が混じり、原油先物相場が再び下落、171ドル安(0.95%減少)。
1月14日:12月の小売売上高が前月比0.9%減と市場予想の0.2%減を大きく下回ったことやロンドン金属取引所で銅が急落、更に金利低下による業績悪化の銀行株の売りが影響し、下げ幅は一時350ドルに達し、最終的に187ドル安(1.06%減少)。
1月15日:原油先物相場の下落に加え、バンカメやシティバンクの四半期業績が不調や米国の週間失業申請件数も増加するなど悪材料が重なり、106ドル安(0.61%減少)。
1月16日:原油先物相場での上昇があったことや前日までの売りに対する持ち高調整目的の買い戻しが大きく、191ドル高(1.1%増加)。
1月22日:ECBが3月から量的緩和策として、国債購入を含む毎月600億ユーロの資産購入を決め、欧州株式相場が上昇。米市場でも株価が上昇、260ドル高(1.48%増加)。
1月23日:前日までの4日間でダウ平均が500ドル近く上昇してきた反動から、利益確定のための売りが優勢で、141ドル安(0.79%減少)。
1月27日:キャタピラーやマイクロソフトなどの主要企業の四半期業績不振に加え、12月の耐久財受注額が市場予想(0.5%増)を大幅に下回る3.4%で、291ドル安(1.65%減少)。
1月28日:FOMCの声明で、年内に利上げ再開との見方が意識され、ドル高や原油安が企業業績の重荷になるとの警戒感が強まり、196ドル安(1.13%減少)。
1月29日:ボーイングの四半期業績の好調さ、週間新規失業申請件数の減少、さらに原油先物相場の上昇などから、前日まで2日間の大幅下落の反動で、225ドル高(1.31%増加)。
1月30日:14年10-12月期のGDP速報値が前期比年率2.6%増で、市場予想の3.2%増を下回り、世界景気で唯一堅調と見られた米経済の成長鈍化で、米国株式の売りが拡大し、252ドル安(1.45%減少)。1月の下落幅は658ドル(3.6%減少)で、2014年1月以来。
2.米国の雇用状況
米労働省が1月9日に発表した12月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比254,000人の増加で、市場予想の240,000人を少し上回りました。また、10月と11月の改定値も261,000人と353,000人へ上方修正されました。また、12月の失業率についても前月の5.8%から5.6%へ低下、更にフルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は11.2%で2008年9月以来の最低の水準に減少しました。しかし、その一方、労働参加率は過去3年間で最低の62.7%という9月の水準に戻ってしまいました。加えて、2014年の賃金上昇率は2012年10月以来の最低の水準である1.7%増加に留まりました。部門別では一番増加したのは建設業の48,000人で、製造業も17,000人の増加となりました。その他では、政府部門が12,000人の増加となりました。
3.オバマ大統領の一般教書演説
オバマ大統領は20日夜に、第2期政権の3度目となる一般教書演説を行ないました。今回の演説では中間選挙の結果、上下両院で野党の共和党が多数派となったこともあり、議会に対して、対立という古いパターンから決別、国の未来に関する議論に集中して中間層を支援することへの支援への協力を求めました。
経済政策の中心は経済格差の広がりから、富裕層を対象としてキャピタルゲイン課税の税率を現行の23.8%から28%まで引き上げる他、富裕層が使うことが多い海外口座を使った税金の抜け道の封じ込め等を提案、更に直接的な中間層支援策として子どもを抱える世帯について税額控除額を最大3000ドルとして、現在の3倍にすることを提案しました。加えて、貿易の分野で、環太平洋経済連携協定(TPP)について貿易促進権限を認めるように議会に要請しました。
また、軍事・外交面ではイスラム国の掃討作戦に関連して、昨年夏に踏み切った空爆が一定の成果をあげていることを踏まえ、欧州だけでなく、アラブ諸国も含めた幅広い連携により、最終的に壊滅させるとの強い意向を示しました。また、国交正常化交渉が始まるキューバに関連して、新しい挑戦の時だとして反発が強い野党・共和党に協力を求めました。
大統領の教書演説後、共和党のアーンスト上院議員が、TPPや税制改正などでは協力できる可能性はあるものの、オバマケアのような間違った政策には強く反対していくとの意向を示しました。なお、CNNの調査では一般教書演説を見ていた米国民の反応として、非常によかったとするものが51%で、昨年の44%を大きく上回りました。
4.ECBの量的緩和―実体経済改善より通貨安競争と財政規律弛緩への懸念
ECBは1月22日の理事会で、今年3月から国債を含めたユーロ建て資産の買取りを月額600億ユーロの規模に拡大し、来年9月まで続けること(但し、延長もあるというオープン・エンド方式)を決定しました。ユーロ圏の2014年12月の消費者物価はイタリアなどの南欧の景気低迷に加え、最近における原油の値下がりで前年同月に比べ0.2%下落、デフレ懸念が強まっていました。今回、大規模な量的緩和策の導入を決定した背景には、政策金利はほぼゼロで、長期資金供給策も大きな効果を上げておらず、景気と物価のテコ入れのために最後の切り札に頼らざるを得なかったということがあげられます(なお、これに先立ち、1月15日にスイス国立銀行はスイスフランの上限を抑えるために導入していた無制限介入を終了し、1ユーロを1.20スイスフランの上限を撤廃したことを発表しましたが、これは1月22日のECBによる量的緩和策の導入が見込んでいたからとの見方が出ています)。
しかしながら、ユーロにおける量的緩和策の具体的な実行については幾つかの問題が指摘されています。第1に購入額はECBへの出資比率に応じて国債等の購入額が決まることになっており、4分の1に出資比率を持つドイツが占めた場合、一番必要としている南欧の国々には回りにくい状況となります。また、購入は各国の中央銀行がそれぞれの国の国債等を80%購入、残り20%をECBが購入することになっており(但し、12%分はEU機関債に充当されるため、ECBの購入額は実質的には8%)、各国の中央銀行のウエートが極めて大きいのが特徴です。これは財政赤字が多額な国の国債をその国の中央銀行が購入すれば、その国の信用力の一層の低下を招くことになることを意味します。さらに、巨額の財政赤字を抱え、IMFやECBからの支援を受けているギリシャ等の国債を購入した場合、従来課していたギリシャなどの財政規律が緩んでしまうことはないのかという懸念も生じます。
さらに、量的緩和策自体の問題として、量的緩和策はGDPに対する規模が大きくなればなるほど、その国の通貨価値の下落となり、輸出競争力を高めます。米連銀が2008年11月以降導入した量的緩和策はドル安誘導をもたらし、米国輸出企業の業績改善に貢献しましたが、その後、日本やユーロ圏でも同じような量的緩和策が導入され、米国は量的緩和策が終了させたので、現在はドル高となっています。ウオール街の投資家の間で、ドル高はそうした国々ら米国の株式市場への新たな資金が供給され、株高に貢献するとの見方がありましたが、27日以降の米国株式市場の大幅な下落は、海外市場でも大きくビスネスを展開するキャタピラー、ファイザー P&Gなど米主要企業のドル高による業績不振が主要な原因でした。この点、米日欧で実施してきた量的緩和策は中央銀行による為替安競争を強めており、市場原則で決まるべき為替相場が中央銀行の介在によって歪められるという結果をもたらしています。
5.FOMC会合-米国株式市場はドル高による米企業業績不振を懸念
1月27日と28日に米連銀のFOMCが開催されました。会合後の声明文では、「経済活動についてしっかりとしたペースで拡大している」と指摘、前回声明の「緩やかなペースで拡大」から上方修正しました(注1)。また、労働市場の状況についても、「力強い雇用の増加と失業率の低下を伴って、さらに改善した」としました。
(注1)30日に発表された2014年10-12月のGDP速報値は年率換算で前期比2.6%増に留まり、市場予想の3.2%に届きませんでした。個人消費は4.3%増と好調であったものの、ドル高を反映した輸出の鈍化や政府支出の落ち込みが影響する結果になりました。
物価については、インフレはFRBが目標とする2%を一段と下回る水準に低下したとの認識を表明、前回の12月声明から後退させました。一方で、今回の声明では「インフレは中期的に徐々に2%に向かって上昇すると予測する」との文言も盛り込まれました。FRBはインフレ率が低水準でも、経済成長と雇用増を背景に物価は最終的に上昇に向かうと主張、たとえインフレ率が低いままでも、利上げを開始する可能性があること、利上げのペースは長い時間をかけた緩やかなプロセスになるたた、投資や消費を阻害しないとの見方を示しました(注2)。FRBは前回12月のFOMC会合で、事実上のゼロ金利を「相当な期間」維持するとしていた文言を修正し、利上げ決定には「忍耐強い」アプローチが必要との表現を採用、忍耐強いは少なくとも2回のFOMC会合を意味すると明言していました。
(注2)米連銀のこうした見方に対して、現在米連銀と他の主要中銀の金融政策の乖離がド数年振りのドル高水準をもたらしており、27日以降の米国株式市場の大幅な下落は海外市場でビジネスを展開する米国大手企業の業績悪化が大きな要因と見られています。これを受けて、米国内でも為替安競争による米企業の業績不振への懸念から、既に連銀の早期金利引き上げに慎重な意見が出始めています。但し、歴史的に見れば、スタンフォード大のテーラー教授が指摘するように、グリーンスパン元連銀議長の長すぎた超低金利政策が住宅不動産モーゲージ証券のバブル化と崩壊を招き、それを克服するためにバーナンキ前連銀議長やイエレン現連銀議長の下で、本来必要がなかった新たな資産バブル策ともいうべき量的緩和策が導入され、その結果、長期間に渡って金融緩和政策に依存し過ぎる米国経済の矛盾が深まってしまったということだと思います。
5.反緊縮派が圧勝したギリシャの総選挙
1月25日に行なわれたギリシャの総選挙の結果、緊縮財政に反対する急進左派連合(SYRIZA)が149議席を獲得し、第1党となることが決まりました。一方、これまで財政再建を進めてきた旧連立与党の新民主主義党(ND)は76議席で敗北、NDと連立を組んでいた全ギリシャ社会主義運動(PASOK)も13議席に留まりました。このため、SYRIZAのチプラス党首は26日に13議席を獲得した中道右派政党の独立ギリシャ人と連立交渉し、協力を取り付けました。
次期首相になることが決定したチプラス党首はギリシャがユーロ圏に残留した上で、EUなどから求められた財政緊縮策の大幅な見直しを求めていますが、EU側はギリシャがユーロ圏に残留すべきであるが、財政再建路線の根本的な見直しには否定的で、両者の間に大きな差があります。いずれにしても、現在の救済プログラムは2月末に失効し、ギリシャの資金繰りも最長で7ヶ月しか持たないとされていますので、両者の間の今後の財源確保交渉の行方が注目されています。
なお、ギリシャの財政緊縮策をめぐる問題は単にギリシャだけの問題ではなく、同じような問題を抱えるポルトガル、スペイン、イタリアなど南欧諸国の問題でもあります。この点、ギリシャとEU側との交渉が決まらなければ、それは単一通貨ユーロの維持をめぐってドイツなどの北欧諸国とイタリアやスペインなど南欧諸国の対立が深まる恐れがあります。
(2015年2月1日: 村方 清)