Monday, June 1, 2015

金融正常化で調整が見込まれる米国の高値相場














1.5月の株式市場
5月の株式市場は米国経済の回復が当初見込んだほど順調なものではなく、好不調の経済データや米主要企業の四半期業績が交錯する中で、金融正常化を前に高値相場にある株式市場の不安定さが目立つ展開となりました。主要な動きは以下の通りでした。

5月1日:前日に急落したバイオ製薬株やハイテク株に戻しの買いが入ったことで、投資家心理が改善、184ドル高(1.03%増加)。
5月4日:ユーロ圏のPMIが上方修正され、欧州株が上昇したことから、米国株も買いが優勢で、46ドル高(0.26%増加)。
5月5日:米商務省発表の3月貿易収支は約514億ドルの赤字で、前月比43.1%の大きさに拡大、2008年10月以来の大きさとなったことから、1-3月期のGDP改定値もマイナスになることが予想され、米国経済の減速が意識されて、142ドル安(0.79%減少)。
5月6日:米連銀議長の株価の割高発言とADPの4月雇用レポートが4月雇用者数の増加が市場予想の200,000人に対して169,000人に留まったことで、86ドル安(0.45%減少)。
5月7日:欧米の国債利回りの上昇が一服したことや前日まで2日間連続で下落したことの反動から、82ドル高(0.46%増加)。
5月8日:政府発表の4月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比223,000人増で市場予想の224,000人増とほぼ一致(失業率は5.5%から5.4%へ低下)、緩和的な金融政策が続くとの見方が広がり、267ドル高(1.49%増加)。
5月11日:米国の10年債利回りが一時4ヵ月半振りの高い水準となったことによる警戒感と先週末に大幅高になったことで利益確定の売りが優勢で、86ドル安(0.47%減少)。
5月14日:政府発表の週間新規失業申請件数が264,000件で予想の275,000件を下回ったことやドイツの10年物国債利回り低下から米国長期金利も低下、192ドル高(1.06%増加)。
5月15日:5月の消費者態度指数が前月の95.9から88.6へ大幅に低下、4月の工業生産も市場予想を下回る0.3%減少など悪化したが、長期金利が低下し、20ドル高(0.11%増加)。
5月22日:4月の消費者物価指数(CPI)の中で、コア指数が前月比0.3%増となったことで、FRBの利上げを行いやすくなったとの警戒感が出て、54ドル安(0.29%減少)。
5月26日:4月の耐久消費財受注額が前月より増加、FRBによる年内の金利引き上げやドル高が意識され、190ドル安(1.04%減少)。
5月27日:前日までの大きな下落の反動とギリシャ債務問題の合意が近いとのニュースから、欧州主要国の株価が上昇したことで、121ドル高(0.57%増加)。
5月29日:第1四半期のGDP改定値が0.2%増から0.7%減に下方修正や5月のシカゴPMIが4月の52.3から46,2に大幅に低下、米国経済回復の弱さが認識されたことやギリシャ問題の不透明感も広がり、115ドル安(0.64%減少)。

2.米国の雇用状況
米労働省が5月8日に発表した4月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比223,000人の増加で、市場予想の224,000人増とほぼ一致しました。なお、2月の雇用者数の確定値は264,000人で2,000人が減少、3月の改定値は85,000人で41,000人が減少しました。この結果、4月までの3ヶ月間の雇用者数は3月分の鈍化を反映して、190,000人強に留まる見込みです。4月の失業率は前月の5.5%から0.1%減少して5.4%となり、2008年半ば以降、最も低い水準になりました。また、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は前月の10.9%%から10.8%へ低下しました。なお、労働参加率は62.8%へ0.1%増加しました。部門別ではエネルギー関連が11,000人、鉱山関係が15,000人の減少であったものの、民間のサービスセクターが62,000人、建設業関係が45,000人、政府関係が10,000人の増加となりました。なお、3月の雇用統計を受けた週明け8日の株式市場は雇用関係の改善を前向きにとらえて、ダウは267ドル高となりました。

3.FOMC4月議事録要旨と連銀議長の講演
FRB520日に、42829日に開催されたFOMCの議事録要旨を公表しました。それによると、多くの参加者は米経済が第1四半期の減速の後に緩やかに拡大し、労働市場も改善すると見ているものの、6月までの経済指標が利上げの条件が整ったとするだけの確信をもたらす可能性は低いとしました。また、議事録要旨では、不安定な国債市場への懸念も挙がり、特に利上げ開始時に長期金利が急上昇する可能性が不安視されました。その一方、ドル高や原油価格下落が反転しつつあることにも関心を示し、ドル下落やエネルギー価格の上昇が物価を押し上げ、利上げを促す要因となることも示しました。今回の議事録要旨を踏まえ、市場関係者の間でも、今後利上げがあるとしても、それは9月以降になるとの見方が支配的になっています。なお、この日の株式市場への反応は限定的で、前日まで最高値を更新してきたこともあり、ダウ平均は27ドルの下落となりました。

また、22日に、イエレン連銀議長がロードアイランド州で行なった講演で、消費や投資の減速で一時的な景気の減速が避けられない一方、こうした一時的要因が薄れるに従い、景気データも強くなり、年内のある時期に利上げの最初の段階に進むのが適切との見方を明らかにしました。特に、中期的な見通しについては、米生産と雇用の伸びが強まり、インフレ率も予想以上に高くなるとの強気の姿勢を示しました。この日のダウはイエレン議長の講演に先立ち、CPIのコア指数が2011年以来初めて0.3%の増加を示したことから、市場に連銀利上げの警戒心が出たこともあり、57ドル安となりました。

現在のFRBのジレンマは、労働市場の改善は進んでいるものの、マクロ経済の改善は当初予想通りには進んでいないこと、物価上昇率も目標の2%水準に向かっているとは言えないなど、不透明さが目立つことです。その一方、2008 年11月以降長期に続く金融緩和策は初期段階では実体経済にも好影響を与えたものの、ダウ価格が最高値を更新した20133月以降は株価や不動産価格の過度な上昇をもたらし、実体経済との乖離が進んでしまったことです。本来、行過ぎた資産インフレには金利引き上げによる金融正常化が望ましいのですが、実体経済の弱さがタイミングを含めて金融関係者の判断を一層難しくさせていると言えます。42829日に開催された連銀のFOMCの議事録で、当初考えられていた6月利上げの可能性が少なくなったようなトーンになっているのはこうした米国経済の先行き不透明感が大きくなっていることの現れと見られます。しかしながら、ゼロ金利政策を更に続ければ資産インフレが一段と加速する恐れもあり、連銀としてはイエレン議長も述べているように、年内のある時期に金利を引き上げるのではないかと思います。526日にニューヨーク市場でダウが190ドルも下落したのは金利引き上げの警戒感と金利引き上げに伴うドル高による米国企業の業績悪化が市場で強く意識されたためとされています。

4.停滞する米国経済と高すぎる株価との乖離
米国政府は529日に第1四半期のGDPの改定値を発表しましたが、429日の速報値の0.2%を大きく下回るマイナス0.7%に留まりました。昨年と同じく、一部地域では大雪による建設や輸送業界の低迷が影響しましたが、同時にドル高による貿易赤字の急増や原油価格の低下による石油関連業界の不振が主要な原因と見られます。また、GDPの約70%を占める個人消費はガソリン価格の低下を反映して、大きな伸びが期待されましたが、実際は1.2%の伸びに留まったことも停滞の原因となりました。第2四半期については多くのエコノミストは2%程度の成長を予想していますが、ドル高や原油価格の低下が続いた場合、アトランタ連銀のように0.8%程度との見方も出ています。いずれにしても、米国経済は当初米国連銀が予想したような改善には向かっていないように思われます。

中央銀行による量的緩和策やゼロ金利政策の問題点は前々から述べているように、グローバル化の影響を著しく受けている実体経済の状況の中で、そうした政策を続けても実体経済への効果は限定的であること、その一方、金融緩和策は株価や不動産価格の上昇をもたらすものの、それは実体経済の改善を伴っていないため、実体経済と資産インフレの乖離が進むという問題が発生することになります。米国は連銀による過度な金融緩和策が20089月のリーマンブラザース崩壊に見られる金融危機を招いた大きな原因でしたが、現在再び連銀による長期間の大規模な量的緩和策やゼロ金利政策が実体経済と資産インフレの乖離という大きなリスク問題を抱えることになりました(一部の貪欲な米国投資家は経済の停滞を口実に、更なる株価上昇のために一層の金融緩和を望んでいますが)。それに加えて、先進各国による金融緩和策はタイミングの違いから通貨安競争を起しやすく、最近では金融正常化に向かうはずの米国はドル高による企業の業績悪化問題に直面するようになっています。

いずれにしても、異常な金融緩和策はいつまでも続けられるものではなく、金融正常化政策に転換すれば、米国が既に経験しているように資産インフレや通貨安に大きな調整要因を与えることになりますが、こうした正常化に伴う調整問題の認識が現在大規模な量的緩和策を実行中の日本や欧州市場で、非常に弱いことが(量的緩和策に強い懸念を示すドイツなどを除き)、今後の大きな課題になってくるものと思われます。

5.ギリシャ債務支援問題
ギリシャ政府は511日に返済期限が迫っていた75000万ユーロについて、65000万ユーロをギリシャ政府がIMFの口座に預けている緊急準備金から取り崩し、残りの1億ユーロはギリシャ政府の現金準備金から引き出すことで、解決しました。しかしながら、ギリシャ政府の資金繰りは420日発表した地方公共団体や政府機関に対する余剰金のギリシャ中央銀行への移管で6月末までの資金は一時的に確保されていますが、6月末から7月中には資金が枯渇するものと見られ、2月末から6月末まで延期された72億ユーロの金融支援についてEU側から合意を得られるかどうかにかかってきています。

EU側は支援の前提として、財政の根本的改善のためには公務員削減や年金改革が不可欠としているのに対し、こうした分野についてはEU側に全面的な見直しを求めることを選挙公約にしてきたチプラス政権との間の隔たりが依然大きいことです。618日に予定されるユーロ圏財務相会議までに両者の合意が成立するかどうかが鍵となっていますが、現状では予断を許さない状況です。
           (201561日:  村方 清)