Saturday, August 1, 2015

ギリシャと中国による悪影響と連銀のジレンマ
















1.7月の株式市場
7月の株式市場はギリシャ支援をめぐる混乱と中国経済の停滞と官製相場の限界による株価急落が、米国を含む世界市場に悪影響を与えることになりました。主要な動きは以下の通りでした。

7月1日:EUとギリシャとの交渉再開への期待とADPの6月民間雇用レポートで市場予想の220,000人を上回る237,000人の増加で、ダウ平均価格は138ドル高(0.79%増加)。
7月2日:政府発表の6月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比223,000人増で市場予想の230,000人増をやや下回り(失業率は5.5%から5.3%へ低下)、米連銀の金利引き上げが慎重になるとの見方の反面、ギリシャ問題で売りが優勢で、28ドル安(0.16%減少)。
7月6日:ギリシャが5日の国民投票で、EUの財政緊縮策の受入れを拒否したことで、ギリシャ債務危機の不透明感が増加、リスクを避ける動きが優勢で46ドル安(0.26%減少)。
7月7日:ギリシャ問題と中国株の急落を受けて一時200ドルを超える下落となったが、その後、ギリシャに関する12日の欧州首脳会談開催に期待が高まり、93ドル高(0.53増加)。
7月8日:中国株式市場の急落やギリシャ債務問題の不透明感、さらにNY株式市場の技術的問題による混乱などから、売りが優勢で、261ドル安(1.47%減少)。
7月10日:ギリシャのEU側に提出した財政改革案の承認期待や中国政府による中国株式市場の介入効果を受けて、海外市場が上昇したことから、212ドル高(1.21%増加)。
7月13日:EU19カ国が13日の緊急首脳会議でギリシャへの金融支援の再開について条件付で合意したことから、欧州市場が上昇したことを受け、217ドル高(1.22%増加)。
7月14日:4-6月期決算発表したJPモルガン等の米企業の業績がよかったことや6月の小売売り上げの低調によるFRBの金利引き上げの遅れへの期待で、76ドル高(0.42%増加)。
7月15日:イエレンFRB議長の議会証言で年内の利上げの可能性を示唆したことやギリシャの財政改革審議の動向を見極めたいとの判断から、3ドル安(0.02%減少)。
7月16日:ギリシャ議会が財政改革法案を賛成多数で可決、ECB/dx/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3EAE6E0E2E2E3E4E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NXギリシャの銀行向けの緊急流動性支援の上限を引き上げたことで、投資家心理が改善し、70ドル高(0.39%増加)。
7月21日:四半期決算が減収減益であったIBMやユナイテッドテクノロジーが大幅に下落、
利益確定目的の売りが優勢で、181ドル安(1.0%減少)。
7月22日:最終損益が大幅赤字のマイクロソフトや増収増益だったもののアップルウオッチが不振であったアップルが大幅に下落、68ドル安(0.38%減少)。
7月23日:3Mやキャタピラーなどの四半期業績の低調さや原油先物相場の下落で、先行き不透明感による投資家心理が悪化、119ドル安(0.67%減少)。
7月24日:中国経済の不調で原油などの国債商品先物相場が軟調で、エネルギーや素材などの関連株の4半期業績の悪化と収益見通しの引き下げから、164ドル安(0.38%減少)。
7月27日:27日の中国株式市場で上海総合指数が8.5%下落したことや原油先物相場が47ドル前半まで落ち込んだことなどで、世界経済減速への懸念から、130ドル安(0.73%減少)。
7月28日:数日間で半年間の最安値をつけた反動や原油先物相場の下げ止まりから、自律反発の買いが優勢で、190ドル高(1.09%増加)。
7月29日:中国株式相場が反発したことやFOMC会合後の声明で9月の利上げが明示されなかったことで、121ドル高(0.69%増加)。
7月31日:四半期業績が大幅減益であったエクソンモービルやシェブロンなどの石油大手株が予想以上に落ち込んだことで、56ドル安(0.32%減少)。

2.米国の雇用状況
米労働省が7月2日に発表した6月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比223,000人の増加で、市場予想の2300,000人増をやや下回りました。なお、4月の雇用者数の確定値は187,000人で34,000人の減少、5月の改定値は254,000人で26,000人が減少しました。この結果、6月までの3ヶ月間の雇用者数は月平均221,000人となり、雇用目標の200,000人台を維持しました。5月の失業率は前月の5.5%から0.2%低下して5.3%となりましたが、これは労働参加率が0.3%減少し、62.6%になったことが影響したためと見られます。また、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は前月の10.8%から10.5%に低下しました。 時間当たりの賃金上昇率は2%に留まりました。部門別では民間の小売部門が32,900人、工場関係者が7,000人の増加となったものの、エネルギー関係では減少が続き、鉱山や採掘関係は18,000人の減少となりました。今回の雇用状況の改善の停滞を受けて、市場関係者の間では連銀は金利引き上げに慎重になるのではないかとの見方が出てきています。 2日の株式市場は米国の雇用状況よりもギリシャ問題への懸念から、ダウは28ドル安となりました。

3.ギリシャ支援問題
EUが求める財政緊縮策の賛否を問うギリシャの国民投票が75日に実施され、反対が61.31%、賛成が38.69%で反対票が賛成票を大きく上回りました。これを受けて、チプラス首相はEUIMFなどの債権団との交渉に強気の姿勢で臨む方針を明らかにしました。

しかしながら、チプラス政権が10日にEU側に示した財政改革案では、年金改革や付加価値税についてはほぼEU側の要求を受け入れ、総額120億ユーロの削減を目指す内容になりました。これに加えて、11日と12日に開かれた財務相会合では、チプラス政権の財政改革案について不十分との意見が続出、更に実現性についても信頼できないとの意見が出てまとまりませんでした。その後、13日のユーロ圏首脳会議で、ギリシャの財政改革案に加え、経済指標の改ざんを防ぐために統計機関の独立性の確保、送配電事業の民営化、銀行の不良債権処理の実施などを要求しました。さらに公的部門の民営化を徹底するために最大500億ユーロ規模のギリシャの国家資産を外部の官民基金に譲渡する方針を織り込みました。同時に、こうした改革案を実行に移すために、15日までに議会による法制化を義務付けました。一方、チプラス政権が強く望んだ債務削減については、財政改革を実行した段階で検討する余地はあるが、名目の債務削減は不可能と明示、債務削減に反対するドイツの意向が反映される形になりました。なお、ドイツは支援交渉が失敗した場合、ギリシャが一時的にユーロ圏を離脱する選択肢も提案しましたが、フランスなどの反対で合意文書には盛り込まれませんでした。

チプラス首相は今回の合意によりギリシャがユーロ圏に残れたことや3年間の支援を受けられる見通しが立ったことを強調しているようですが、本来627日に示されたEU側の財政改革案を受け入れていれば、今回ほど厳しい内容にならなかっただけに、チプラス首相の強引なやり方がEU側の強い反感を起した結果といえます。

その後、ギリシャ議会は16日未明、財再改革のための法案第1弾(レストランの付加価値税を13%から23%への引き上げや離島への軽減税率を原則廃止するもの)を審議、賛成は229票、反対は64票、白票6票で可決しました。チプラス首相の急進左派連合で39人が造反したものの、最大野党でEU寄りの新民主主義党などが賛成に回りました。これを受けて、EU側は3年で820億ユーロ超の金融支援に向けた手続きに着手し、早ければ7月末にも欧州メカニズムを通じたギリシャへ支援の協議が始まることになります。また、ギリシャはEUIMFに対し、債務の減免を求めるとしていますが、これについてはEUのドイツが強く対立しており、ギリシャの財政改革の実行状況が鍵になると思われます。特に、ギリシャ議会で716日に承認した法案ではEU側が要求した財政改革の中で、最大野党の新民主主議党でも反対が多い年金の支給開始年齢の引き上げや農家への13%から2633%への増税が含まれておらず、再び大きな障害になる恐れがあります。

今回も、過去2回と同じく、最後になってEU側とギリシャ政府のギリギリの交渉がようやくまとまりましたが、これによりギリシャ問題が根本的に解決したとはいえる状況にはありません。ギリシャ問題の本質はEUがユーロという共通通貨を維持しながら、財政政策については各国の主権を尊重しているため、本来EUが定めた財政規律を十分に守れないことにあります。ドイツ、北欧、東欧諸国が総じて財政規律を守ろうとしているのに対して、南欧諸国は社会主義政党が多いこともあり、財政規律の順守が十分でないこと、さらにイタリアやスペインなど経済規模でEUの第3位や4位にある国が守れない状態にあること(最近は社会党政権のフランスまで)が事態を一層複雑にさせているように思います。いずれにしても、ギリシャ問題はEUの共通通貨使用に関する経済的な矛盾を提起しており、財政規律の順守が非常に困難な国は自国通貨に戻るような根本的な解決策を導入しない限り、今後も問題が繰り返されていくように思われます。

4.中国経済の停滞と官製相場の限界
6月27日の上海総合指数は8.48%の下落となり、2007年2月以来の大きな水準となりました。上海株は6月12日の高値から7月9日の安値まで約35%下落しましたが、その後に中国政府が大手証券会社や政府機関の中国証券金融などを通じて株価を維持するための政策や売買停止社数の増加などの措置を次々と打ち出したことで、7月24日には最安値から24%も上昇する水準まで反発していました。これに伴い、上海と深センの両市場でピーク時には1473社に達していた売買停止社数は532社まで減少させたようですが、逆にそれが27日に個人投資家の多くが取引の再開に合わせて一挙に売りに動いたと見られています。

上海総合指数が目立った上昇をしたのは、2014年10月以降に中国人民銀行が利下げを発表してからですが、その背景には中国政府が巨額の不良債権問題から低迷していた不動産投資からマネーを株投資へ移すことを狙う政策がありました。特に政府が奨励した株の信用取引は今年半年間で2倍超に急増、6月18には過去最高となる2兆2666億元(約44兆円)に達していたと言われ、これが株価の高騰の要因でした。しかしながら、中国の実体経済はGDPについては7.0%の政府目標は達したものの、7月のPMIは15ヶ月ぶりの低水準、6月の工業部門企業利益は前年同月比0.3%とマイナスに転じていました。景気減速懸念が強まる実体経済の悪化状況の中で、株価が政府の人為的対策によって支えられているという歪みが一気に噴出したというのが今回の暴落の原因なのだと思われます。

中国株式市場を代表する上海総合指数の大幅下落は世界の株式市場にも悪影響を与えることは避けられませんが、それ以上に深刻なのは中国経済の停滞に伴う主要先進国からの輸入の減少や資源価格の下落で、これが今後の世界経済の低迷と株価の下落に拍車をかける恐れがあります。

. FRB議長の議会証言やFOMC会合とその評価
イエレンFRB議長は7月15日に下院の金融サービス委員会で議会証言を行ないました。その要旨は以下の通りでした。
-労働市場は十分に改善してきているが、まだ完全雇用の状態には至っていない。
-今年前半の消費や生産の低下は、異常気候や西海岸港湾ストなど一時的な要因であり、4-6月期のGDPは改善が見込まれる。
-今年後半、雇用と経済成長はさらに改善していくと予想する。現在外国の情勢で米経済に悪影響を与える恐れがあるが、その一方、予想よりも早く回復する可能性もある。
-物価はFRBの目標の2%を下回る水準が続いている。物価の下落は原油価格の急速な下落など一時的な要因もあり、今後雇用が改善すれば、2%の物価目標に向かって上昇しよう。
-現在の情勢では緩和的な金融政策が引き続き適切である。今後雇用が改善し、物価上昇率が2%に向かっていると十分確信できた時には、政策金利の引き上げが適当となる。
-金利は穏やかに引き上げていくのが適切となる経済情勢になると予測している。

これに対し、共和党の一部議員から、長期に渡る金融緩和策が雇用の改善に本当に適切であるのか、規制緩和を含む財政政策の方がより有効なのではないか。ここまで超緩和敵金融政策を取ってしまうと、次の政策が出せなくなる恐れもあり、金利引き上げを伴う金融正常化政策に転換すべきではないかとの質問が出されました。イエレン議長よりは財政際策も重要であること、十分な経済回復と雇用改善が確信されれば、金利引き上げを実施したいと答えていました。

7月の28日と29日に開催されたFOMC会合でも、イエレン議長のような見方が多くの委員によって共有されました。声明文では米国経済の穏やかな拡大が続いていること(米国政府が30日に発表した4-6月期のGDPは前期比2.3%の増加)、ゼロ金利政策の見直しについては、労働市場のさらなる改善と物価上昇の合理的な確信が得られれば、利上げに踏み切るとしました。

金利引き上げの可能性に関するイエレン議長の慎重な発言やFOMC会合の声明文はとりあえず投資家に安心感を与えていますが、実際の米国市場と実体経済の関係はより複雑になっているように思われます。

連銀が2009年11月以降ゼロ金利政策に加え、3度の量的緩和策を実施したことにより、米国の株式市場は急激に回復、2013年3月にはリーマン破綻前の水準と取り戻しました。しかしながら、雇用や物価といった実体経済の回復が十分でないとの理由で、その後も金融緩和策が継続された結果、その効果は株価や不動産価格により強く反映されることになり、いわゆる資産インフレ状況を作り出してきました。連銀の金融緩和策が実体経済の回復に限定的であるのは、モノやサービスの分野で急激に進んだグローバル化やIT技術の発達により、金融面の措置だけでは改善効果が限られていることも原因となっています。また、連銀の量的緩和策によって購入された巨額の長期国債は連銀のバランスシートの大きな圧迫要因となり、今後の金融政策の展開余地が限られるというマイナス面も生じています。
こうしたことから、連銀としては金融正常化に向けて2013年12月から量的緩和策の削減措置を取り始め、昨年末に終了、今は金利引き上げのタイミングを慎重に検討しています。

しかしながら、米国以外の経済状況を見ると、欧州はギリシャ問題だけでなく南欧諸国の経済不振からデフレ状況が続いていること、中国も輸出の伸びの減少に加え、国内消費の低迷から経済の停滞が目立ってくるなど、世界の市場環境が悪化しています。それは海外市場依存度の高い米国企業の売り上げ不振に加え、米国とそれ以外の国々の金融政策の違いからくるドル高圧力となり、米国企業の業績収益の悪化の原因となっています。連銀としては国内要因からすれば金利引き上げによる金融正常化を進めていくことが望ましいことになりますが、それがドル高となって必要以上に米国企業の業績悪化をもたらすことは避けたい意向もあるものと見られます。

いずれにしても、連銀による金融緩和政策、特に量的緩和策は株価の急回復や不動産不良債権の拡大阻止に効果がありましたが、その政策を長期に続けた結果、株価や不動産価格の高騰をもたらし、実体経済との乖離を大きくさせたというマイナス面も大きくなっています。今後、内外市場の動きを見ながら、連銀が株式市場への悪影響を最小限度に留めながら、金融正常化をどのように進めていくのかが注目されます。
          (2015年8月1日: 村方 清)