1. 8月の株式市場
8月の株式市場は中国経済の減速に伴う株価急落と原油などの資源の価格安が、米連銀などの各国の中銀の金融緩和策によって生じた高値相場にある世界の株式市場に悪影響を与え、不安定な展開になりました。主要な動きは以下の通りでした。
8月3日:原油先物相場が一時1バレル45ドル台前半まで下落したことや中国の工場生産が予想以上に悪化したことなどから、売りが優勢で、92ドル安(0.52%減少)。
8月4日:利上げ懸念とアップルの下落が続き、48ドル安(0.27%減少)。
8月6日:原油先物相場が下落、世界景気の減速懸念から、121ドル安(0.69%減少)。
8月7日:米政府発表の7月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比215,000人増で市場予想の220,000人を若干下回ったものの(失業率は前月と同じで5.3%)、原油先物相場の下落が続いたことで、46ドル安(0.27%減少)。
8月10日:中国上海株式市場の上昇に加え、バッフェト氏の投資会社の大型買収や原油先物相場の上昇で、242ドル高(1.39%増加)。
8月11日:中国人民銀行が人民元を2%近く切り下げたことにより、中国景気の減速が意識され、かつ中国で事業を展開する米企業の悪影響への懸念から、212ドル安(1.21%減少)。
8月13日:中国人民銀行が3日連続の人民元の切り下げを行なったが、それ以上の元安に否定的であったため、アジアや欧州の株式指数が増加し、6ドル高(0.03%増加)。
8月14日:7月の卸売物価指数が前月比で上昇、鉱工業生産指数も予想以上であったことから、米景気の回復が順調であるとの見方から、69.15ドル高(0.4%増加)。
8月17日:ニューヨーク連銀の景気指数が市場予想に反して悪化、一時135ドルの低下となったが、その後発表された住宅市場指数が市場予想通りで、68ドル高(0.39%増加)。
8月19日:FOMCの7月議事録要旨で9月の利上げを示す文言は確認されなかったものの、原油先物相場が40ドル台前半と6年5ヶ月振りの安値をつけ、163ドル安(0.93%減少)。
8月20日:世界経済の減速の中で、中国ビジネスの比率が高いアップルやインテルなどが売られ、更に証券会社が投資判断を下げたディズニーも大きく下落、投資家心理が悪化、
インターネット関連株やバイオ関連株が大きく売られ、359ドル安(2.06%減少)。
8月21日:中国のPMI指標の悪化を受けて中国株式市場が連日大幅下落、原油先物相場の一時節目の40ドルを割り込み、世界経済の減速懸念が強まり、531ドル安(3.12%減少)。
下落幅は2011年8月8日以来で、週間では5.8%の下落(ナスダックは6.8%の下落)。
8月24日:週明けの世界市場で中国経済と株式市場に対する懸念が強まり、アジアと欧州の市場が急落、開始直後に下げ幅は1000ドルを越えたが、588ドル安(3.57%減少)。
8月25日:中国人民銀行の追加金融緩和や原油先物相場の反発で一時は440ドル上昇、取引終了時に中国経済の不透明感や米企業への業績懸念が意識され、205ドル安(1.29%減少)。
8月26日:中国人民銀行による1400億元の流動性供給や米国の7月耐久財受注額の前月比2%増など経済指標の改善から、目先の戻り期待の買いが旺盛で、619ドル高(3.95%増加)。
8月27日:世界的な株高と米政府発表の第2四半期GDP改定値が前期比率年3.7%で速報段階の2.3%から大幅に上方修正されたことで、369ドル高(2.27%増加)。
8月31日:中国の上海市場の3日振りの下落とフィッシャーFRB副議長の講演で9月の金利引き上げは今後の経済データ次第としだため、警戒感が強まり、115ドル安(0.69%減少)。
8月全体の下落額は1162ドルで、2008年10月以来の大きさ。
2.米国の雇用状況
米労働省が8月7日に発表した7月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比215,000人の増加で、市場予想の220,000人増をやや下回りました。なお、5月の雇用者数の確定値は260,000人で6,000人の増加、6月の改定値は231,000人で8,000人が増加しました。この結果、7月までの3ヶ月間の雇用者数は月平均235,000人となり、第1四半期の195,000人を大きく増加しました。5月の失業率は前月と同じく5.3%で、過去7年間で最も低い水準を維持しています。 なお、労働参加率が62.6%で、前月と同水準でした。また、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は前月の10.5%から10.4%に低下しました。
時間当たりの賃金上昇率は0.2%に留まりました。部門別では小売関係が36,000人、ヘルスケア関係が28,000人、金融関係が18,000人、製造業関係が15,000人の増加となりました。今回の雇用改善を踏まえ、市場関係者の間では連銀が早ければ9月に金利引き上げに踏み切るのではないかとの見方が出てきています。 7日の株式市場は連銀の金利引き上げへの警戒感から、ダウは28ドル安となりました。
3.ギリシャのチプラス首相の辞表と総選挙
ギリシャはEUからの金融支援が8月20日に正式に決定し、32億ユーロの国債償還を無事に乗り切りましたが、その直後にチプラス首相は大統領に辞表を提出しました。チプラス首相としては与党の急進左派連合の内部で、緊縮策への反対を公言する議員が抱えており、過去3回の議会投票でも、毎回30人以上が反対を表明、14日の採決でも約40名の議員が造反しました。このため、チプラス首相としては改革推進に向けて、党内の分裂状態を解消すべく、総選挙を実施することを目指したものです。現時点では、急進左派連合への支持率は33.6%と高く、国民に負担を大きな増税策などが実施される前に、与党議員を入れ替え、政権基盤を立て直すことが必要と判断したものと見られます。
しかし、ギリシャ国民の間ではチプラス首相が進める緊縮策への反対意見も多くあり、もし総選挙で、急進左派連合が敗北することになれば、ギリシャ危機が再燃する可能性があります。
4.減速する中国経済とその影響
8月11日以降、中国人民銀行は人民元の切り下げを3回行ないました。人民銀行は人民元会改革の一環としていますが、実際は減速する中国経済の景気刺激策と見られます。中国経済の減速は一段と強まっており、8月8日に発表された7月の輸出は前年同月比マイナス8.3%まで落ち込んでいます。また、9日に発表された7月の生産者物価指数は前年比マイナス5.4%となり、3年5ヶ月連続して前年同期比を下回ったことになります。また、8月21日に発表された中国の8月の製造業購買担当者景気指数(PMI)の速報値は47.1となり、2009年3月以来6年5ヶ月ぶりの低水準となりました。これらのデータは中国が国内外の需要の弱さに加え、国内の過剰な生産設備問題が深刻になっていることを示しています。中国政府がこうした状況の中で、人民元を切り下げ、輸出関連セクターを実質的に支援することを決めたものと見られています。
なお、18日の中国上海市場の6%以上の下落に関連して、中国では最富裕層の中国市場離れが顕著になっているといわれ、7月に株式の口座残高が1000万元(約2億円)を越えるトレーダーの数は28%減少したと中国の決済機関が伝えています。中国経済の減速、企業業績の低迷に加え、今回の人民元切り下げで、こうした最富裕層の資本流出の圧力が一段と高まり、これが6%以上の下落となった一因とも言われています。興味深いのは通貨価値の下落は輸出企業の業績改善が期待され、日本では株式市場にプラスと見られてきたのに対して、中国では元の下落は世界的な視野で資産運用を行なっている富裕層を中心に資本の海外流出になってしまうことです。
中国人民銀行の人民元切り下げは中国経済の依存度の高いインドネシアやタイなどの経済不振や通貨下落となって表れ、アジア市場の混乱を拡大させます。加えて、中国経済の減速や人民元の切り下げは中国が大きな市場となっているアップルなどの大手米国企業の業績悪化をもたらしています。
いずれにしても、経済成長の伸びが鈍ってくる中で、中国政府としては輸出主導型経済から国内消費主導型経済への転換、あるいは国営企業を中心とする政府依存型経済から市場依存型経済への転換を進めようとしたものの、中国が抱える構造問題から一層の混乱が生じてしまっているというのが現状だと思います。国内消費主導型経の移行には国民や企業が抱える不動産投資の失敗に伴う多額の債務問題が、市場依存型経済の移行には共産党政権が権力維持のために保持してきた規制の緩和問題が横たわることになります。この点、今後も暫くは中国経済の減速化やそれに伴な政策の混乱は避けられないものと見られます。
5.下落が続く原油価格
8月21日の原油価格は約6年半ぶりに一時1バレル40ドルを割り込み、下落傾向に歯止めがかからなくなっています。昨年までは米国のシェールオイル生産の採算ベースは原油価格が1バレル50-60ドルとされ、価格がそれ以下になれば生産量は落ち込むとされました。しかし、開発企業が効率性の高い油田に集中させると同時に、掘削技術の向上に努めた結果、生産コストは2-3割程度下落したとされ、現在全米の石油掘削装置の稼働数は増加し続けており、原油生産量は高止まりしています。
一方、従来原油価格の調整役を担ってきた中東諸国は今年6月のOPEC総会でも減産を見送りました。特に、米国のシェールオイルの増産に対抗するため、サウジアラビヤとイラクは増産を続けており、OPECの7月の原油生産高は日産3,151万バレルに達しました。中国経済の減速などで原油需要の減少が見込まれる中で、米国のシェールオイル開発企業やサウジアラビヤなどの産油国の増産が見込まれる現在の状況が続けば、原油価格が1バレル35ドル程度まで下落することも予想されます。原油価格の下落は石油関連企業や彼等に融資している金融機関の株価の一層の低下をもたらす恐れがあります。
6.7月のFOMC会合議事録要旨と米国株の大幅調整
8月19日に、連銀は7月28日―29日に開催されたFOMCの議事録を公表しました。議事録では、大半の参加者が利上げに向けた環境は整いつつあるとした一方、労働市場に一段の改善余地がある他、インフレ率が目標に向けて上昇するとの確信を持つ必要があるとの認識を示しました。その上で、利上げに積極的な参加者は既に利上げの条件を満たしているか、直ぐに満たす公算が大きいことを強調、利上げの遅れが急激な物価上昇を招きかねないことを懸念する見方も出たとされています。その一方、利上げに慎重な参加者は個人消費や設備投資などの勢いに不安が残ることを指摘、更に中国の景気減速や一段のドル高が米国経済に悪影響を及ぼし、物価上昇率の目標達成を妨げる恐れがあり、性急な利上げに警戒感を示したとされています。いずれにしても、FOMC内部では利上げ積極論者と慎重論者が交錯しており、今後のデータの推移によって利上げ時期が決められることになります。
米国の株式相場は19日以降、中国経済の減速を反映した大幅な下落を受けて、4日間で1800ドルの下落を経験しました(中国政府や中国人民銀行の相次ぐ株価維持策や金融緩和策で中国株が反騰した26日と27日でダウは約980ドルの戻し)。中国経済の減速は中国を大きな市場とする米企業や資源価格の低迷となって表れ、米国株式市場にも大きな悪影響となって現れています。しかしながら、米国市場の株価の下落は長期に渡る連銀の超金融緩和策がもたらした高値相場の不安定性により生じている面も否定できないように見られます。
なお、米商務省が27日に発表した4-6月期のGDP改定値は前期比3.7%で速報値の2.3%を大きく上回りました。最大の要因は在庫の積み増しが前期より111億ドル増加の1211億ドルになったことで、企業活動の強さを示しています。また、経済全体の3部の2を占める個人消費も3.1%となり、好調さが続いています。また、住宅建設も前期の6.6%から7.8%に増加しています。この点、中国や欧州の不振と比べ、米国の国内経済は順調な回復を示していると言えます。
米国はここ数年のGDP成長率が2-3%という中で、長期に渡る金融緩和策を続けてきたことにより株価上昇率は年率15%以上の上昇を続け、実体経済と資産インフの乖離が一段と進む結果になっています。株価の一層の上昇を期待するウオール街のグリードな投資家達からすれば、今後も金融正常化は遅れれば遅れるほどよいということになります。しかし、それはマクロ経済面で所得格差の拡大をもたらすだけでなく、株価の高騰は資本利潤率を高めても労働分配率の低下を招き、やがて個人消費の低迷にも繋がってくるだけに、早い段階に金融正常化のプロセスに入ることが望ましいことになると思われます。
(2015年9月1日: 村方 清)