1.9月の株式市場
9月の株式市場は前半が中国経済の停滞に伴う株価の不安定性に影響され、後半は利上げが予想された米連銀のFOMC会合で国内経済より海外情勢を重視して現状維持の決定をしたために、株式市場に大きな混乱を与えることとなりました。主要な動きは以下の通りでした。
9月1日:中国政府が発表した8月の製造業購買担当者景気指数(PMI)が47.1で2009年3月以来の低水準となったことで、世界景気の先行きに改めて警戒感が強まり、ダウ平均は470ドル安(2.84%減少)。
9月2日:上海市場の下げ渋りや欧州市場の株高に加え、前日の大幅下落の反動から、買いが優勢で、293ドル高(1.82%増加)。
9月4日:米政府発表の8月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比173,000人増で市場予想の220,000人を大きく下回ったものの、6月分と7月分が上方修正されたことや失業率が5.1%へ低下したから、9月の金利引き上げの警戒感が出て、272ドル安(1.66%減少)。
9月8日:中国・上海株式市場が反発し、中国株安への警戒感薄れたこと、欧州市場も上昇したこと、米国株でも買いが優勢となり、390ドル高(2.42%増加)。
9月9日:7月の求人・労働異動調査で労働市場の改善が示され、FRBの9月金利引き上げ条件が整っているとの市場反応やアップル新製品が予想通りで、239ドル安(1.45%減少)。
9月10日:前日大きく下落した反動から目先の戻りを期待した買いが優勢で、77ドル高(0.47%増加)。
9月11日:9月の米消費者態度指数速報値が85.7と昨年9月以来最も低くなったことで、FRBの9月金利引き上げが先送りになるのでないかと見方から、103ドル高(0.63%増加)。
9月14日:中国の固定資産投資の伸び率が15年振りの低水準となったことや17日のFOMC会合を控え、持ち高調整目的の売りが優勢で、62ドル安(0.38%減少)。
9月15日:8月の米小売売上高が市場予想の前月比0.2%増加になったことや原油先物相場が上昇したことから、229ドル高(1.4%増加)。
9月16日:アジアや欧州の株高に加え、原油先物市場も上昇し、140ドル高(0.84%増加)。
9月17日:FOMC会合で事実上のゼロ金利を据え置いたが、早期の利上げ観測も強く、不透明感が増したこともあり、売りが優勢で、65ドル安(0.39%減少)。
9月18日:昨日のFOMC会合で、中国や新興国などの世界経済への先行きに関する警戒感が示されたことから、投資家心理が急速に悪化、290ドル安(1.74%減少)。
9月21日:アジアや欧州の株高に加え、原油先物相場も上昇し、126ドル高(0.77%増加)。
9月22日:アジア開発銀行の中国GDP成長率の6.8%への下方修正に加え、クリントン候補の医薬品メーカーの特殊医薬品価格吊り上げ批判、ファルクスワーゲンの排気ガス不正問題などでバイオ株や自動車関連株の売りが優勢で、180ドル安(1.09%減少)。
9月24日:フォルクスワーゲンの排気ガス不正問題で欧州主要国の株価が下落、米国でも自動車関連株の下落やキャタピラーの業績見通し悪化を受けて、79ドル安(0.48%減少)。
9月25日:24日夕のイエレンFRB議長の講演内容が市場予想より利上げに前向きであったことや4-6月期のGDP確定値が3.9%と0.2%上方修正され、113ドル安(0.7%増加)。
9月28日:フォルクスワーゲンの排気ガス不正問題による欧州の景気悪化懸念に加え、中国企業の業績悪化による原油等の商品相場の下落も響いて、313ドル安(1.92%減少)。
9月30日:ADPの9月雇用レポートで非農業部門の雇用者数が20万人以上増加、アジアや欧州株の大幅上昇で、236ドル高(1.47%増加)。但し、四半期ベースのダウ価格の下落は7.6%で過去4年間で最悪。
2.米国の雇用状況
米労働省が9月4日に発表した8月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比173,000人の増加で、市場予想の220,000人増を大きく下回りました。しかし、6月の雇用者数の確定値は245,000人で14,000人の増加、7月の改定値は245,000人で30,000人が増加しました。この結果、8月までの3ヶ月間の雇用者数は月平均221,000人となり、目安となる200,000人を大きく上回りました。また、8月の失業率は5.1%となり前月から0.2%低下、過去7年間で最も低い水準を維持しています。 なお、労働参加率は62.6%で、前月と同水準でした。また、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は前月の10.4%から10.3%に低下しました。
時間当たりの賃金上昇率は0.3%の増加に留まりました。部門別では多くの分野で増加が見られたものの、製造業で17,000人、鉱山業で10,000人の減少となりました。今回の雇用改善を踏まえ、市場関係者の間では連銀が早ければ9月に金利引き上げに踏み切るのではないかとの見方が出て、ダウは272ドル安となりました。
3.EUのシリア難民受け入れ問題
長引く内戦で約400万人が難民となっているシリアで、約40万人以上が欧州へ移住する動きが大きな問題になっています。EUメンバーの中では、難民の受け入れに寛容なドイツやスウェーデンがある一方、経済的に余裕のないハンガリーなどの旧東欧諸国やバルト諸国は消極的な姿勢を示しています。こうした中で、9月11日付のLA
Times紙はドイツが難民受け入れに積極的な背景には厳しい人口減に直面する経済的理由があるとの分析を行なっています。
記事によれば、ドイツの出生率は現在1000人に対し8.2人とされ、世界で最も低い出生率となっています。もし、この状態が続けば2060年までにドイツの人口は現在の8100万人から6800万人となり、英国やフランスを下回る恐れがあるとされます。特に、就業可能人口の比率は今後15年間で現在の61%から54%に低下、年金や健康保険などの社会保障の維持が困難になっていくものと見られます。このため、メルケル政権は現在の人口の約1%にあたる80万人の難民を受け入れてもよいとの意向を持っていると伝えられています。
その一方、ドイツの中でも、経済発展が遅れている旧東ドイツのドレスデンなどではイスレム教徒が大半のシリア難民に対する反発も強く、しばしば衝突を起こしています。
以前、ドイツはトルコや旧ユーゴスラビアから多くの労働者をゲストワーカーとして受け入れ、その時にも衝突はありましたが、彼等は一時的な出稼ぎ労働者であり、移民ではないため、深刻な事態に発展することはありませんでした。ドイツ政府にとって難民の移住に対する政策の転換となったのは、EUが創設され、域内の移住が比較的自由になったことが大きいとされています。
シリアから多くの難民を受け入れることがドイツの将来の経済にも役立つというドイツ政府の意向は理解できるにしても、旧東欧諸国が主張するように文化や宗教が異なる人達を大量に受け入れることには新たな社会的問題を発生させる危険性があるようにも思われます。特に、難民の移住が容易になったことにより、テロリストのグループもドイツに入り込みやすくなれば、治安や安全が脅かされるような事態になりはしないかとの不安もあります。それと同時に、ドイツの将来の就業人口不足を補うと言うことであれば、EUメンバー国内に若者を中心に高い失業率を抱えるギリシャ、スペイン、イタリアなどがあり、それらの国の人達を優先させるべきではないかと思われます。
なお、9月22日にEUは臨時の内相・法相理事会を開き、12万人の難民をメンバー国が分担して自主的受け入れることを多数決で決定しました。12万人のうち今年は6万6千人で、ドイツが最大の1万7036人を受け入れることになっています。しかしながら、ハンガリーやチェコなどの中東欧諸国は依然受け入れに反発しており、強制力のない決定の実効性に疑問が出されています。
いずれにしても、シリア難民問題を考える場合、大量のシリア難民を出しているシリアの政治・軍事的な混乱をできる限り早期に終わらせることが重要で、そのためにはISを除くアサド政権と反政府グループの代表、及び彼等を支援するロシアと欧米諸国との和平のための話し合いを持つことが必要だと思います。それに加え、シリアの難民問題は本質的にはイスラム教のシーア派とスンニ派という2大グループの争いであることからすれば、それぞれのグループを代表するイランとサウジアラビアが直接に話し合いを持ち、アラブの難民を拡大させないための方法を議論することも重要であるように思います。
4.フォルクスワーゲン社の排気ガス不正問題
米国環境保護局(EPA)は9月19日にフォルクスワーゲン社の一部ディーゼル車が排気ガス規制を逃れるために違法なソフトウェアーを搭載したディーゼル車が米国で482,000台あることを公表しました。これを受けて、フォルクスワーゲン社は調査の結果、世界で同様の違法ソフトウェアーを搭載のディーゼル車が11は百万台に達していることを明らかにしました。ディーゼル車はデーゼルシャがガソリンより安い欧州で普及しており、この問題がディーゼル車を製造販売している他社の製品にまで及ぶものか調査が始められることになりました。
フォルクスワーゲン社が排気ガス不正問題を起こした背景について、9月26日付の英国エコノミスト誌は3つの理由を挙げています。第1にトヨタを抜いて世界第1位の自動車メーカーになるためには米国市場でディーゼル車の売り上げを上す必要があったこと、第2にVWが開発した窒素酸化物排出削減技術ではドライバーが望む燃費効率と車の出力を弱めることになり、それを回避する装置が必要であったこと、第3に欧州市場ではディーゼル車の排気ガス規制が米国ほど厳しくなく、大きな問題として受け止めなかったことなどを理由としています。
しかし、この問題はフォルクスワーゲン社の経営に極めて大きな負担になることが予想されます。まず、EPAによる罰金額として1台当たり37,000ドルの482,000台分で180億ドル(GMのイグニッションスイッチの欠陥問題では9億ドル、トヨタのアクセル問題では12億ドルに比べ、極めて高額)、さらに482,000台の欠陥車をリコールし修理する費用(現時点で修理方法は未定)、さらにディーゼル車の新製品が販売できないなどの問題を抱えることになります。こうしたことを受けて、9月21日のフォルクスワーゲン社の株価は18.5%下落、更にフォルクスワーゲン社に部品を供給しているメーカーの株価も大きく下落しました。
現時点で、フォルクスワーゲン社の排気ガス不正問題が今後どのように発展していくのかはわかりませんが、EUの最大経済国であるドイツを代表する企業が信頼を失った影響は大きく、一時的に世界の株式市場の不安定化要因になるように思われます。
4.FOMC会合の決定とその評価
9月16日と17日にFOMCが開催されました。会合後の声明文では、米国経済は緩やかなペースで拡大しており、家計支出と民間設備投資は緩やかに増加を続け、住宅市場も更に改善している。雇用市場も改善を続けており、雇用数の増加に加え、失業率も下がってきており、労働資源の未活用の状況も年初以降改善を示している。しかしながら、インフレ率についてはエネルギー価格の低下とエネルギー以外の輸入価格の低下の影響もあり、FOMCの長期目標である2%を下回る水準で推移している。特に、最近の世界経済と国際金融市場での進展は経済活動を制約し、短期的にはインフレ率の下押し圧力をさらに高める恐れがある。但し、こうした一時的な影響が薄れていくとともに、インフレ率は次第に2%に向かって上昇していくと予測している。
その上で、雇用の最大化と物価の安定に向けた流れを支援するためにフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標を現在の0-0.25%に維持することが適切であることを再確認、更にこの金利水準を維持する期間の決定に際しては、雇用の最大化と物価上昇率2%という目標に向けた前進振りと今後の予測の両方を評価、さらに金融市場の状態や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断するとしました。
今回のFOMCの決定に先立ち、市場では米国の雇用と経済成長が堅調なところから9年3ヶ月振りに金利を引き上げるとの見方が多く出ていましたが、FOMCは海外での事態の進展を監視しているとして、中国を始めとする国際金融や経済情勢への不安定性を理由に現行のゼロ金利政策の維持を決定しました。今回の金利据え置きの決定について、ウォール街の投資家などからは前向きの評価を得られましたが、その一方、金利引き上げの決定に連銀がコントロールできない海外情勢を加えたことにより、米国株式市場の不安定性が増加する警戒感や米国の金融正常化が遅れることの弊害への懸念も示されました。
その日の株式市場はゼロ金利政策維持の決定発表直後にはダウ平均が200ドル近い上昇となりましたが、取引終了時が近づくにつれ、後者の警戒感が強くなり、終値は65ドルの下落となりました。翌日もこうした警戒感が続いたことに加え、原油先物相場の下落も重なり、ダウは290ドル以上の下落となりました。その意味で、今回の連銀の決定はイエレン議長の下でのFOMCの慎重な判断が裏目に出て、米国以外の世界経済の不透明感についての懸念が投資家の警戒感を煽ってしまったようにも見られます。一部のアナリストは今回のように連銀が海外情勢などを現行金利の維持の大きな理由にしてしまえば、米国経済が順調になっても長期間に渡ってFOMCは金融正常化に踏み切れなくなるのではないかとのコメントを出していました。
なお、FOMC会合での現状維持の決定が市場に否定的に受け止められこともあり、9月24日夕方に行なわれたイエレンFRB議長の講演では、2015年中のいずれかの時期に金利引き上げが適切であること、ゼロ金利政策を長く続けすぎると、利上げの際に比較的急激な引き締めを迫られ、それが金融市場を混乱させるリスクを拡大させることを述べました。その日は前日のイエレン議長の金利引き上げの前向き発言と4-6月期のGDPの確定値が3.9%と改訂値から0.2%上方修正されこともあり、ダウは113ドルの上昇となりました。いずれにしても、量的緩和策やゼロ金利政策にしても、それは長期に続ければ続けるほど弊害も多くなる異常な金融政策であり、金融正常化に向かって進むことが国全体の経済健全性の上からも望ましいことになります。
5.中国経済の停滞
今月のFOMCでも問題された中国経済ですが、中国の株式市場は、政府や中央銀行が株下落を抑えるために種々の方策を講じているにもかかわらず、下落傾向に歯止めがかかりません。現在の中国経済には2つの大きな問題を抱えているように思われます。 その一つは輸出促進型経済から消費主導型経済への転換が円滑に進んでいないことであり、もう一つは中国経済に占める国営企業のウエートが依然高く、経済全体の生産効率性を欠いていることです。9月12日付の英国エコノミスト誌もこうした点に注目し、中国経済の再生には①政府や国営企業による投資主導経済から民間企業による消費主導型経済への転換、②2025年まで年率5.5%から6.5%への持続的成長を可能にさせる民間企業による生産性の向上、③債務が大きい国営企業に代わり債務比率が低い民間企業の経済活動の促進の3つを挙げています。
これらはいずれも中国共産党が従来取ってきた政策の大きな転換し、政府の規制や権限を大きく緩め、民間企業による活動を拡大させることを伴うものです。過去にも一時期、共産党政府もこうした政策の転換の必要性を認めていましたが、習近平政権によって政府の権限強化策が取られるにつれ、中国人民銀行による元の切り下げによる輸出促進や国営企業を通じた財政支出拡大など従来型の政策に戻ってしまっているように思われます。9月22日に米国を訪問中の習首席に対して、シアトルで会談した米国の経済界の代表達も、同じように規制緩和や市場開放の要望をしたことが伝えられています。
また、ジョージ・ワシントン大学の中国専門家であるShambaughs教授は今年の3月6日のウオール・ストリート・ジャーナル紙に、“The
Coming Chinese Crackup(近づいている中国の崩壊)“という記事を寄稿しました。その記事の中で、教授は従来型の国家管理型経済の行き詰まりの中で、市場経済型経済に転換できず、政府による一層の管理体制を強める習近平政権に対して経済面だけでなく、政治的に限界に来ることを見越して、同政権と距離をおくことを勧めているのが注目されています。
(2015年10月1日: 村方 清)