Sunday, November 1, 2015

再燃する中銀主導の過熱相場

















1.10月の株式市場
10月の株式市場は9月のFOMC会合で金利引き上げが見送られた後、経済データの悪化があると連銀の金融緩和策継続の期待の下に、過熱相場に再び転じています(同様なことは中銀の役割が大きい欧州、日本、中国でも見られます)。主要な動きは以下の通りでした。

102日:米政府発表の9月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比142,000人増で市場予想の200,000人を大きく下回わり、7月分と8月分も下方修正ことなどから(失業率が5.1%で変わらず)、ゼロ金利政策が長引くとの見方が出て、200ドル高(1.23%増加)。
10月5日:ISMが発表した9月の非製造業景況指数が前月から2.1%低い56.9で市場予想を下回り、かつ前週末の雇用統計も雇用者の伸びが市場予想を下回ったこと等経済指標の悪化により、連銀の利上げへ時期が遅れるとの期待感が多く出て、304ドル高(1.85%増加)。
10月7日:商品先物が比較的落ち着いた動きとなったことや早期の金利引き上げ観測が後退したことから、122ドル高(0.73%増加)。
10月8日:原油先物が上昇したことや9月のFOMCの議事録要旨が景気に配慮にした内容だったことから、金融緩和策が続くとの見方が改めて意識され、138ドル高(0.82%増加)。
10月13日:中国政府の発表によれば、輸入は前月比2割減少、輸出もマイナスで貿易停滞による世界景気の先行き懸念から、利益確定の売りが優勢で、50ドル安(0.29%減少)。
10月14日:業績見通しの悪化を発表したウォルマート・ストアーズが急落、小売業界のビジネス環境の厳しさが意識され、/dx/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3EBE0E7E7E2E3E5E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NX投資家心理が悪化し、157ドル安(0.92%減少)。
10月15日:米政府発表のCPIは前月比0.2%下落、ニューヨーク連銀発表の10月製造業景気指数もマイナス11.36、金融緩和的政策が続くとの期待から、217ドル高(1.28%増加)
10月16日:9月の鉱工業生産指数が2ヶ月連続で低下した一方、10月の米消費者態度指数は市場予想より改善などで、緩和的な金融政策が続くとの期待で、74ドル高(0.43%増加)。
10月19日:中国の7-9月期のGDPは前年同期比6.9%増で先行きの不透明感や原油先物相場の下落で売りが優勢であったが、取引終了時に上げに転じ、15ドル高(0.08%増加)。
10月21日:原油先物の下落に加え、売り上げ不正問題が伝えられたカナダの製薬大手のバリアントの株が急落、ヘルスケア株全般に売りが広がり、41ドル安(0.24%減少)。
10月22日:ECBのドラギ総裁が理事会後の記者会見で、現行の金融緩和策を継続することを表明したことやマクドナルドなどの四半期業績が予想を上回り、321ドル高(1.87%増加)。
10月23日:中国人民銀行が追加の金融緩和策を導入したことやマイクロソフトなどのIT株やヘルスケア株が上昇したことで、158ドル高(0.9%増加)。
10月28日:FOMC会合で現行のゼロ金利政策の維持を決めたことや原油先物相場が反発したことを受けて、198ドル高(1.13%増加)。
10月29日:米政府の発表による7-9月期のGDPは年率1.5%増で市場予想通りであったが、高値圏で推移してきた株式の目先の利益確定の売りが優勢で、24ドル安(0.13%減少)。
10月30日:高値圏にある利益確定の売りが取引終了時に強まり、92ドル安(0.52%減少)。月間上昇率10.1%は連銀や他の中銀の金融緩和策の継続・拡大で、2011年10月以来最大。

2.米国の雇用状況
米労働省が10月2日に発表した9月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比142,000人の増加で、市場予想の200,000人増を大きく下回りました。しかし、7月の雇用者数の確定値は223,000人で22,000人の減少、8月の改定値は136,000人で109,000人の減少となりました。この結果、8月までの3ヶ月間の雇用者数は月平均で200,000人を下回ることになりました。なお、8月の失業率は前月と同じく、5.1%に留まり、低い水準を維持しています。 また、労働参加率は62.4%で、前月から0.02%下がりました。 時間当たりの賃金上昇率は0.2%の増加に留まりました。部門別で増加したのはヘルスケアの34,000人、ホワイトカラー専門職の31,000人、小売業の24,000人でしたが、その一方、エネルギー部門で12,000人、輸出製造業で9,000人が減少しました。雇用情勢の改善が進まなかったことから、ゼロ金利政策の長期化の期待が広がり、この日のダウ価格は200ドル上昇しました。

3.ライアン下院議長選任と債務限度引き上げや今年度予算問題の行方
米国では連邦政府の借り入れに上限が設定されていますが、10月15日のルー財務長官の発言によれば、今年11月3日に政府資金が300億ドル減少する見込みで、それまでに現行の債務上限額18兆ドルを引き上げない限り、支払不能になる恐れがありした。

また、11月初めに債務引き上げに成功したとしても、12月11日には今年度の暫定予算の期限が到来することになっていました。本来、9月末までに本予算を可決する必要がありましたが、議会で多数派を占める共和党内の対立や民主党の調整がつかず、一時的に12月11日までの暫定予算が成立していました。もし、12月11日までに本予算が成立しない場合、2013年10月1日から16日まで起きたような政府機関の一部閉鎖が繰り返されることになりはしないかとの懸念が起きていました。

こうした状況の中で、共和党出身のベイナー下院議長は党内の急進派(Freedom Caucusといわれる40数名のメンバー)との対立から、10月末で辞任することを表明、後任の本命とされたマッカーシー院内総務の急進派の支持を得られないことを理由に議長選挙には出馬しないことを明らかにしました。その後、ベイナー議長は下院予算委員長で前回の共和党副大統領候補であったライアン議員を強く推薦、ライアン議員は当初固辞していたものの、議長の運営条件をめぐる急進派との話し合いが合意に達したことから、29日に共和党議員8割以上の支持(232票)を得て下院議長となることが正式に決まりました。

これに先立ち、ベイナー議長はライアン新議長の責任を軽減する意味で、民主党との話し合いで、2017年3月までの債務限度引き上げと、加えて今後2年間で裁量的支出を800億ドル拡大し、増加分は国防費とそれ以外のプログラムで均等に分けるという予算案で合意、28日の下院本会議で266票対167票を持って承認されました(多くの共和党下院議員は反対)。上院においても、現在大統領候補に立候補しているテキサス州選出のクルズ議員やケンタッキー州選出のポール議員はティーパーティグループの影響が強く反対の立場を貫きましたが、30日の本会議では64票対35票で承認され、大統領の署名に回される予定となっています。こうして、ベイナー議長による職を辞任する覚悟の働きにより、懸念されていた債務限度引き上げと今年度予算問題は当面回避される見通しとなりました。

なお、10月28日の夜に共和党大統領立候補者による第3回目の討論会が経済問題をテーマにCNBCの主催で開かれました。CNN による討論会後の調査によれば、得点を上げたのはフロリダ州選出のルビオ上院議員、テキサス州選出のクルズ上院議員、オハイオ州のケーシック州知事などで、現在支持率で1位と2位にある実業家のトランプ氏と神経外科医のカーソン氏は政治経験の少なさから、得点を挙げるには至らなかったようです。また、ブッシュ元フロリダ州知事も他の候補者達からの批判を跳ね返す議論が展開できず、失点したとの評価を受けています。この議論で、注目されたのはクルズ上院議員とポール上院議員で、米国民の所得格差の拡大の要因の一つは連銀による長期に及ぶ過度な金融緩和策で、株価上昇の恩恵はウオール街の投資家がより多く受けていること、連銀の運営には連邦議会による監査が必要と主張していたことでした。

4.中国経済の停滞と世界経済の減速化
中国国家統計局は1019日に79月期のGDPが前年同期比で6.9%増となったことを発表しました。市場予想の6.8%を上回ったものの、7%を下回るのは0913月期以来6年半ぶりでした。また、19月期の工業生産は前年同期比6.2%増で、16月期に比べ0.1%減少しました。卸売物価についても9月は前年同期比5.9%減で、下落幅は20099月以来6年ぶりの大きさとなりました。

さらに注目されるのは、13日に発表された9月の貿易統計によれば、輸入額が前月比20.4%減で、11ヶ月連続でマイナスとなったことです。一部の見方では従来中国は戦略備蓄を理由に原油輸入量を増加させてきたものの、経済の低迷を反映して膨大な原油在庫が積み上がっているとされ、今後は原油輸入量を減少させるのではないかと見られています。

サウジなどの主要な産油国が従来の生産水準を維持する中で、もし中国の原油輸入量が減少することになれば、今後原油価格が更に下げることも予想され、石油・ガス産業の不振から米国の幾つかのシェールオイル企業の破綻を引き起こす恐れがあります。同様なことは鉄鉱石や石炭についても指摘されており、中国経済の停滞が国際的な資源の需給バランスを悪化させ、世界経済のデフレ化に拍車をかけることになります。

4.FOMC会合と再燃する中銀主導の過熱相場
102728日に開催されたFOMC会合で、連銀は現行のゼロ金利政策を維持することを決めました。声明では経済活動が緩やかに拡大しているものの、雇用環境が弱含みであることや物価上昇率が目標を下回る水準で推移していることを主な理由にしました。これにより、フェデラルファンドレートの誘導目標は従来通り、0.00.25%に維持されることになりました。しかしながら、利上げについて、雇用と物価を見極め、次回の会合で12月の金利引き上げが適切かどうかを判断するとしました。市場は今回の連銀の決定に当初は否定的に反応しましたが、その後はゼロ金利が続くことを肯定的に受け止め、終値は198ドル高となりました。

前月に市場の予想に反して、連銀は中国を始めとする発展途上国の経済減速など国際的な不透明感を理由に金利引き上げを見送りました。その後、米国市場は経済データの不振を背景に連銀のゼロ金利政策が長引くとの見方が高まり、1015日には政府発表のCPIが前月比0.2%下落したことから、その日のダウは217ドル高となりました。こうした傾向は10月後半になっても続き、22日にはECBのドラギ総裁が域内の物価上昇率の低下を理由に現行の金融緩和策の維持と更なる金融緩和策の表明によってダウは321ドル上昇、更に23日は中国の人民銀行が5回目の金利引下げを発表したことから165ドルの上昇となりました。

本来、株式市場の動きは実体経済の状況を反映することによって健全性が保たれますが、200811月に米連銀が急落した株式相場の早期回復を狙って、ゼロ金利政策に加えて大規模な量的緩和策を導入して以来、連銀の金融緩和策の度合いによって株式市場の相場が決定されている金融相場の様相を強めています。連銀の役割は本来雇用の拡大と物価の安定にあると規定されていますが、201011月の第2次量的緩和策導入以降の実績を見る限り、雇用の回復はあるものの、その多くは非正規やパートの従業員の増加であり、物価に至っては2011年を除き2%の目標を下回る水準で推移、実体経済の改善が十分にあったとは言えない状況となっています(20134月には日本でも日銀による大規模な量的緩和策が始められ、201412月にはECBも同じような政策を導入、世界の主要国で中銀の金融緩和策が株式市場に大きく影響する度合いを強めています)。

中銀が大規模な金融緩和策を長期に続けても、実体経済の改善効果が少ないのは米欧日の企業によるグローバル化と世界市場における自由貿易の拡大が急速に進んだこと、更にITなどの技術革新によって、供給過剰に基づく世界市場でのデフレ化が定着していることによります。そして実需の少ない中銀による量的緩和策はマネタリーベースの増加を通じて、株価や不動産価格を押し上げることになります。米国で連銀の政策がどちらかと言えばメインストリートより、ウォールストリートの利益に合致していると見られるのもこのためです。民主党の大統領候補であるサンダース上院議員だけでなく、共和党の大統領候補であるクルズ上院議員やポール上院議員も同様な主張をしています。また、一部の共和党議員は以前イエレン議長の議会公聴会で、連銀は株式市場の奴隷(Slave of the Market)になっているのではないかとの疑問を投げかけましたが、連銀の金融政策の役割は過度な金融緩和策で株価高騰を主目的にするのではなく、あくまでも国全体の実体経済の改善や健全な運営に全力を尽くすことが求められているはずです。

こうした中銀の大規模な金融緩和政策による資産インフレは実体経済との乖離を拡大させ、実体経済の裏づけのない株価や不動産価格の高騰は経済の不安定さを高めることになります。一つは企業の株価は四半期毎の企業の1株あたり利益率と売上げ高増加の度合いによって決まりますが、前者は短期的に従業員の削減や非正規雇用の増加によって達成できます。しかし、後者は実体経済の成長がなければ企業の売上げ増加も難しくなることです。また、前者についても、長期的に見れば、株主を満足させる高い資本利潤率の維持のためには恒常的な労働分配率の低下が必要で、それは個人消費が経済活動の中心である欧米日の先進国においては所得格差の拡大を通じてマクロ経済の健全な発展が阻害されてしまうことです。現在の中銀の過度な金融緩和策の問題は実体経済の動きとは無関係に、投資家が更なる株価の上昇を狙って投機的に投資に走りやすい環境を作り出していると言えます(一部の国では、中銀自体がETFなどを通じて株の購入を行なっており、株式市場の歪みが一層膨らむことになります)。

いずれにしましても、株式市場と実体経済との乖離が大きくなればなるほど、株式市場の不安定性は高まり、それは中銀自身の大きな金融政策の変更だけでなく、外的な通貨安競争の激化(近隣窮乏化)や地政学リスクの拡大あるいは国内面での所得格差の拡大による政治的な対立などによって、急激に崩れる可能性が高まることになります。米国の株式市場は過去にもこうした要因によってバブルとバーストを繰り返してきた歴史を持っており、今後連銀が金融正常化を含めて適切な対応措置を取らない限り、同じような道を辿っていくように思われてなりません。
       (2015111日:村方 清)