Thursday, December 1, 2016

トランプ・ラリーに見られる過熱相場の動向



















1.11月の株式市場
11月の株式市場は11月8日の大統領選挙日を控えた11月6日までは警戒感から下落基調でした。しかし、矛盾の多い大幅減税と大型インフラ投資を掲げるトランプ候補が当選すると、投資家の過剰な期待から上昇基調に転じ、後半には連日最高値の更新となりました。主要な動きは以下の通りでした。

11月1日:11月8日予定の大統領選挙で政策展開が理解しにくい共和党のトランプ候補がリードの一部報道で、市場不透明感への警戒感から、ダウ価格は105ドル安(0.58%減少)。
11月2日:1-2日のFOMC会合で、政策金利の据え置きを決定したが、年内の利上げの可能性が意識されたことや大統領選の不透明感から、77ドル安(0.43%減少)。
11月4日:米政府発表の10月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比161,000人増で市場予想の175,000人増を下回ったものの(失業率は4.9%に低下)、年内のFRBの追加利上げの可能性はあるとの見方が強く、更に大統領選の不透明感から、42ドル安(0.24%増加)。
11月7日:11月5日にFBIが私的メール問題でクリントン候補を訴追しない方針を示したことから、経験豊かなクリントン候補が大統領選挙で勝つとの見方が高まり、8日間連続の下落基調が変化、原油先物相場の上昇も加わり、大幅上昇の371ドル高(2.08%増加)。
11月8日:クリントン候補が優勢との見方が続いていることから、73ドル高(0.40%増加)。
11月9日:大統領選で勝利したトランプ候補の政策の恩恵を受けると見られる金融株や製薬株を中心に買いが優勢となり、257ドル高(1.40%増加)。
11月10日:昨日に続き、金融株や製薬株が大幅な上昇で、218ドル高(1.17%増加)。
11月11日:原油先物相場は下落したものの、ディズニーやシスコシステムズなどが上昇し、相場を支え、40ドル高(0.21%増加)。週間の上昇率は5.4%で、5年11カ月振り。
11月15日:原油先物相場上昇による石油株の買いやIT株の買戻しで、54ドル高(0.29%増加)。
11月16日:トランプ候補の政策の恩恵を受けると見られている金融株を中心に利益確定の売りが優勢で、55ドル安(0.29%減少)。
11月17日:朝に発表された消費者物価指数は前月比0.4%上昇、10月の住宅着工件数も前月比25.5%増で米景気の好調さが伝えられ、連銀議長の議会証言での近い将来の利上げも予想されたものであったことから、36ドル高(0.19%増加)。
11月18日:株価指数が連日過去最高圏で推移しており、利益確定売りが出て、36ドル安(0.19%減少)。
11月21日:次期トランプ政権の経済政策の期待から、89ドル高(0.47%増加)。
11月22日:トランプ政権への期待から、67ドル高(0.35%増加)。ダウは19000ドル突破。
11月23日:11月のPMIや消費者態度指数など経済指標が改善されたことやトランプ政権の経済政策への期待から、59ドル高(0.31%増加)。
11月25日:トランプ政権と年末商戦への期待から、69ドル高(0.36%増加)。
11月28日:前週4日連続で最高値を更新したことから、30日のOPEC総会前に利益確定の売りが優勢で、54ドル安(0.28%減少)。
11月29日:7-9月期のGDP改定値が前期比年率3.2%で、市場予想を上回ったことや大手医療保険のユナイテッドヘルスグループの四半期業績が好調で、24ドル高(0.12%増加)。
11月30日:OPECが30日の総会で8年ぶりに減産が合意したことから、原油先物相場が急上昇し、石油株を中心に買いが広がったが、取引終了時にかけて利益確定の売りが優勢となり、2ドル高(0.01%増加)。11月のダウ価格上昇率は5.4%で今年3月以降最高の伸び。

2.米国の雇用状況
米労働省が11月4日に発表した10月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比161,000人の増加で、市場予想の175,000人増を下回りました。しかし、8月の雇用者数の確定値は176,000人で9,000人の増加、9月の改定値は197,000人で35,000人の増加となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は178,000人で、目標の200,000人を下回りました。なお、9月の失業率は4.9%で0.1%改善しました(広義の失業率は9.5%で0.2%の改善)。労働参加率は62.8%で、前月比0.1%減少しました。10月の時間当たり賃金上昇率は0.4%増加で、前年同期比で2.8%上昇となりました。部門別では建設業が11,000人、ヘルスケア業が39,000人の増加となりましたが、小売業は1,100人の減少となりました。製造業が前月に続き、更に9,000人の減少となりました。

3.FOMC会合及び連銀議長の議会証言
11月1-2日にFOMCが開催されましたが、金融政策の現状維持を決定、追加の利上げを見送りました。会合後の声明文では以下のようなことが伝えられました。経済活動は上向いており、労働市場は引き続き力強さを増した。失業率は変化していないが、雇用増は堅調であった。家計支出の緩やかに伸びているが、企業の設備投資は依然弱い状態が続いている。インフレ率は幾分高まったが、エネルギー価格及びエネルギー以外の輸入価格の低下もあり、FOMCの長期目標である2%wを下回る水準で推移している。

FOMCは法律で定められた雇用の最大化と物価安定の実現という2大使命を達成することに努める。FOMCは金融政策の緩かな調整によって、経済は緩やかなペースで拡大し、労働市場の状況も更に改善していくものと予測している。インフレ率も短期的に低く留まるが、一時的な影響が消え、労働市場が力強さを増すにつれ、中期的に2%に向かっていくものと予測している。FOMCはインフレ率や世界経済と金融市場の動向を引き続き注視する。

こうした経済見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)の誘導目標を0.25-0.5%に据え置くことを決定したFF金利を引き上げる条件は整ってきたと判断しているが、当面(雇用とインフレの)目標に向け、前進を続けることを裏付ける一段の確証を得るのを待つこと決めた。FOMCは今後の経済情勢がFF金利の緩やかな引き上げを許すような形で進むと予測している。FF金利は当面長期的に通常と見られる水準以下に維持される可能性が高い。但し、実際のFF金利の上がり方はデータが伝える経済見通し次第だ。

米機関債と住宅担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する政策を維持する。この政策はFF金利が通常の水準に戻るまで維持する。

なお、今回の決定は8人のメンバーの賛成によるもので、2人のメンバーがFF金利の目標レンジを0.50-0.75%に引き上げるべきとして反対しました。

FOMCは9月の会合で年1回の利上げを予定していることを提示していますが、今回については11月8日に大統領選挙を控えており、選挙結果への影響を考慮し、見送ったと判断されます。これにより、利上げの機会は12月13-14日に開催される今年最後のFOMC会合を待つことになります。

11月17日にイエレン連銀議長は上下両院の合同経済委員会で議会証言に質疑応答に臨みました。米国経済の現状について、経済活動が上向きであること、労働市場も改善傾向が続いていること、インフレ率は原油などのエネルギー価格の下落もあり、目標を下回っているが、中期的には目標に向かって進んでいくであろうとの従来の見方を繰り返しました。それと同時に、利上げの条件は整ってきているとして、12月のFOMC会合での利上げの可能性を示唆しました。

また、質疑応答の中で、トランプ候補が掲げた大型インフラ投資について、完全雇用の状況にある米国経済の中で、その必要性に否定的見解を示しました。その一方、長期的な生産性向上に結びつく財政政策は望ましいとの見方を示しました。更に、トランプ候補が撤廃を主張するドッド・フランク法(金融規制改革法)については、金融危機防止には重要で、その法律によって金融機関の経営も自己資本が増加し、安定性が確保されているとして、撤廃に反対を唱えました。

4.英国のEU離脱には議会承認が必要との判決
英国のEU離脱に関連して、市民側が訴えていたEU離脱には議会の承認が必要性について、英国のロンドン高等法院は113日にこれを認め、EUに通知する前に議会承認が必要との判決を出しました。英国政府はこの判決を不服として最高裁に上訴する方針が示しました。最高裁での審理は12月になると見られています。もし、最高裁が同様の判決をした場合、来年3月までに議会承認を得られるかどうかは不透明で、政府としては改めて戦略を立て直す必要に迫られることになります。

5.OPECの減産合意
30日に開催されたOPECの総会で、9月末に合意された総量で日産120万バレルの減産合意に基づき、加盟国の減産割り当てが合意されました。それによると、合意が難しいと見られていたサウジアラビアとイランが其々50万バレルと20万バレルの減産となることが決定されました。OPECとしては加盟国以外のロシアなどにも減産を要請することが伝えられています(ロシアも30万バレルの減産をする用意があることを示唆)。

OPECの減産合意は成立したものの、問題は減産により原油価格が上昇すれば、米国のシュエールオイルの生産が再び活発になることも予想され、原油価格が大幅に上昇することは当面ないものと見られています。

6.トランプ次期大統領の経済政策と過熱状態の株式市場
11月8日の大統領選挙で、事前の予想に反して、共和党のトランプ候補が勝利しましたが、株式市場では今後のトランプ政権の経済政策を見越した動きが始まりました。直後の数日間で大きく上昇したのは、規制緩和が期待される銀行などの金融株と新規薬品を開発する製薬会社株で、10-15%程度上昇しました。その一方、課税強化が予想される海外での生産や販売が大きいアップルなどのIT関連株は軒並み大きく下落しました。この傾向が就任後も続くかについては、規制緩和による悪影響や物価上昇による金利引き上げの動きも見ておく必要があり、見通しがはっきりしません。

トランプ政権の主要経済政策は政権移行100日計画に見られる大幅減税と景気刺激を促進する財政支出にあります。特に企業減税では法人税率を現行の35%から15%に引き上げる計画と言われています。財政支出策では老朽化した道路や橋などの公共事業による約1兆ドルのインフラ投資が中心になると見られます。前者については、両議会の多数派となった共和党の“小さな政府”の考え方に近く、議会の理解も得られるものと見られるものの、後者については財政支出との関連で、政府の財政赤字が巨額になる恐れもあります。なお、前にものべたように、11月17日の議会証言でイエレン連銀議長はトランプ政権の大型インフラ投資に否定的なコメントを述べています。

トランプ政権では新たな財政支出の財源を海外事業活動の大きい企業への課税強化や海外における米軍駐留経費の受入国分担費増額で補い、更にこうした政策で経済成長が加速すれば税収増が望まれると考えているようです。しかし、海外比率の高い企業への課税強化や駐留経費の受入国負担増はいずれも強い反発も予想され、容易ではないのではないかと思われます(民主党のクリントン候補の計画では収益を上げている企業や富裕層に対する増税を公共のインフラ投資の財源としていましたので、財政赤字に与える影響も限られています)。

海外との貿易取引について、トランプ候補はNAFTAがロストベルトの白人労働者の奪ったものであり、見直しの必要があること、TPPも米国民の雇用を奪うものとして、脱退を表明しています。しかしながら、労働集約度の比較的高い鉄鋼製品や自動車などのオールドエコノミーに属する産業については、為替水準や関税率以上に労賃の差が強い影響力を持つものであり、自由貿易協定を廃止して生産工場を発展途上国から米国へ戻そうとすれば、米国の競争力が低下するように思われます。更に、高コストの米国製品を普及しようとすれば、米国の消費者が割高のものを買うことになりはしないとかの疑問が生じます。この点、トランプ候補は、多くの米国企業がIT技術の普及に伴い、労賃の安い発展途上国に生産拠点を移す経済のグローバル化の意味を十分に理解していないように感じられます。また、オールドエコノミーに属する労働集約的な産業の雇用を重視する反面、米国が世界をリードしてきたIT関連や最先端医療など今後の成長が期待されるニューエコノミーを軽視しているようなところがあり、米国の産業高度化が停滞する恐れもあります。

前からも伝えていますが、トランプ政権の政策は1980年に発足したレーガンの第一政権の政策に類似するものがあり、減税とインフラ投資の大幅拡大で財政赤字が急速に拡大、インフレが過熱する恐れがあります。いずれにしても、トランプ政権の主要な経済政策が矛盾の大きな内容を含んでいることを考えると、大統領選挙後に始まったトランプ・ラリーといわれ現象は投資家の過大な期待による投機的動きと言った方がよく、新政権発足後に矛盾点の顕在化により、大きな調整が出てくるようにも思われます。
      (2016121日:村方 清)

Tuesday, November 1, 2016

長期金利上昇の影響を受けた米国の株式市場





1.10月の株式市場
10月の株式市場は原油先物相場の動きに加え、長期金利が徐々に上昇することによって公益事業やREITなど高利回り株が売られ、市場全体としても伸び悩む結果になりました。主要な動きは以下の通りでした。

10月3日:ISMの9月製造業景況感指数は51.5と前月から2.1ポイント増加したものの、先週末に大きく上昇した反動から利益確定売りが優勢で、ダウ価格は54ドル高(0.30増加)。
10月4日:ECBの量的緩和縮小の可能性が指摘され、米連銀でも年内の利上げ観測が根強く、公益事業、通信株、REITなど高利回り配当株が売られ、85ドル安(0.47%減少)。
10月5日:原油先物相場が1バレル50ドル近くまで上昇したことや9月非製造業景況感指数が2015年10月以来の高水準である57.1まで達したことを受けて早期の利上げが意識され、石油株や金融株が買われ、113ドル高(0.62%増加)。
10月7日:米政府発表の9月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比156,000人増で市場予想の180,000人増を下回ったものの(失業率は5.0%に上昇)、FRBの追加利上げの可能性は残っているとの見方から、28ドル安(0.15%減少)。
10月10日:原油先物相場が一時1バレル51.60ドルの高値をつけ、エネルギー株が買われたこと、第2回目の大統領選討論会でもクリントン候補が優位で、89ドル高(0.49%増加)。
10月11日:非鉄大手アルコアの四半期決算が市場予想に届かず、企業業績の不透明感がつながったことや米金利の上昇によるドル高の懸念から、200ドル安(1.09%減少)。
10月13日:中国の貿易収支の悪化を受けて、世界景気の不透明感が出てきたことから、売りが優勢で、45ドル安(0.25%減少)。
10月14日:JPモルガンなど米銀大手の四半期業績が好調で買いが広がったが、利上げへの警戒心も強く、39ドル高(0.22%増加)。
10月17日:欧州市場の低迷に加え、原油先物市場も下落、52ドル安(0.29%減少)。
10月18日:ユナイテッドヘルスやゴールドマン・サックスなどの四半期業績が好調であったことから、76ドル高(0.42%増加)。
10月19日:原油先物相場の上昇やモルガンスタンレーの四半期業績が好調で、41ドル高(0.22%増加)。
10月20日:トラベラーズやベライゾンの四半期業績が不調で、40ドル安(0.22%減少)。
10月24日:マイクロソフトなどの四半期業績が好調であることや大規模な合併・買収が発表されたことが好感され、77ドル高(0.43%増加)。
10月25日:原油先物相場の下落に加え、スリーエムやキャタピラーの四半期業績が不振で、
54ドル安(0.30%減少)。
10月26日:ボーイングの四半期業績が好調で、30ドル高(0.17%増加)。
10月27日:欧州の金利上昇に加え、米国でも10年物国債利回りが一時1.87%になるなど長期金利が上昇し、REITなどの銘柄が売られ、30ドル安(0.16%減少)。
10月28日:7-9月期のGDPは前期比年率2.9%増の高い水準で、米景気改善への期待が広がったが、午後にクリントン候補の使用メール問題で再調査開始とのニュースで、8ドル安(0.05%減少)。
10月31日:11月1-3日のFOMC会合を前に様子見姿勢が強く、19ドル安(0.1%減少)。

2.米国の雇用状況
米労働省が10月7日に発表した9月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比156,000人の増加で、市場予想の180,000人増を下回りました。また、7月の雇用者数の確定値は252,000人で23,000人の減少、8月の改定値は167,000人で16,000人の増加となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は192,000人で、目標の200,000人を下回りました。なお、9月の失業率も5.0%で0.1%悪化しました(広義の失業率は9.7%で横ばい)。労働参加率は62.9%で、前月比0.1%増加しました。9月の時間当たり賃金上昇率は0.2%増加で、前年同期比で2.6%上昇となりました。部門別では建設業が23,000人、小売業が22,000人、ホスピタリティ業が15,000人の増加となったものの、製造業が前月に続きさらに13,000人の減少となりました。

3.FOMC会合と長期金利の見通し
1012日に公表された92021日のFOMC会合議事要旨によれば、参加者の多くは利上げ条件が整い、比較的近いうちの利上げが適切との意見を表明しました。しかし、9月会合で利上げについては、多くの委員は労働市場のスラックスは残っており、インフレ圧力の兆候は殆どないと主張、利上げの根拠が強まっているものの、目標に向かって更なる証拠を待つことが必要としました。これに対し、複数の委員は経済が完全雇用に近い状態で、利上げの遅れは将来急激な利上げを余儀なくされる懸念があり、即時の利上げが必要であると主張しました。最終的に、9月の会合では投票権のある10名の委員のうち、7名が政策金利の据え置きを主張し、現状維持が決まりました。但し、その7名の多くは雇用状態の改善が続けば、早期の利上げが適切としました(米商務省が1028日に発表した79月期のGDP速報値では前期比年率2.9%増で、201479月期以来の高い伸び)。

次回のFOMC1112日に予定されていますが、118日の大統領選直前と言うこともあり、利上げが決定されることは低いと見られますが、声明文で利上げに前向きな姿勢が示されれば、12月の利上げの可能性は高くなると思われます。なお、米国の長期金利は10月下旬に欧州の金利上昇を受けて、5ヶ月振りの水準へ上昇しており、声明文の内容によっては長期金利の上昇圧力が一段と高まり、株式市場のマイナス要因となることも予想されます。

4.ECB(欧州中銀)の量的緩和策
ECB1020日に理事会を開きましたが、ドラギ総裁は記者会見で20173月末までとしている量的緩和策を延長するかどうかについて128日の理事会で決定することを伝えました。市場関係者は消費者物価上昇率が9月でも前年同期比で0.4%に留まっていることから、12月の理事会で6ヶ月程度の延長をするのではないかとの見方が多いようですが、量的緩和策の政策効果については疑問の声が出てくるようになっていることや割り当ての再調整も容易でないことから、延長するにしても規模の縮小を行なうのではないかとの見方も出ています。いずれにしても、12月は米国のFRBによる利上げの可能性も取りざたされており、欧米の中央銀行がどのような決定を行なうか従来以上に関心が高まっています。

5.原油価格の動向
928日のOPECの臨時総会で、加盟国の原油生産量を日産3250万―3300万バレルに制限することで合意しましたが、その後の原油先物相場は1バレル50台ドルで回復する状況になっています。しかしながら、更なる価格上昇については1130日のOPEC総会のメンバー国間の割り当て合意が成立するかが依然不透明であること、加えて米国のシェールオイル業界の増産の動きも伝えられており、慎重な見方が多いようです。特に、米国のシュールオイル会社の中には生産性向上により、採算点を1バレル40ドル以下においているところもあり、50ドル台後半で安定的に推移すれば、増産に踏み切るところも出てくるところが見込まれています。この結果、シェールオイルの全体の生産量が増加に転じれば、OPEC加盟国間の足並みが乱れ、自国の生産量削減に応じない国も現れてくることが予想されます。

6.大統領選両候補の経済政策の違い
1019日に民主党のクリントン候補と共和党のトランプ候補による第3回目の討論会がラスベガスで行なわれました。討論会のテーマの一つが経済問題であり、米国の経済成長をどのように回復させるか、及び財政赤字をいかに改善させるかについて議論が交わされました。クリントン候補が主張したのはミドルクラスを豊かにさせるような政策の導入であり、連邦政府によるインフラ投資の拡大と高度技術産業の育成を掲げました。このための財源としては富裕層と企業に対する税負担を増加させるというもので(25万ドル以下の家計には税負担の増額はなし)、かなり明確な政策が伝えられました。これに対し、トランプ候補は企業及び家計に対する大幅減税と規制緩和と同時に、貿易政策の根本的な見直しによる米国での産業復活を主張するものの、従来と同じく具体的な実行計画を示しませんでした。トランプ候補の問題はグローバリゼーションやIT技術の発展で、付加価値が低く労働集約的な産業はコスト面の優位性から発展途上国にシフトされているのが世界経済の動きにも拘らず、貿易協定の見直しでそうした産業が米国に戻ってくると考えている時代遅れの認識であったように思います(第1回の討論会でも、トランプ候補は司会者から同じ質問を何度も聞かれても答えられませんでした)。

次に、財政赤字の改善については司会者から現在の米国の財政赤字はGDP77%であるが、試算によれば、クリントン候補の計画では今後10年間で86%となること、トランプ候補の計画では105%に上昇となってしまうことへの懸念が出されました。これに対し、クリントン候補は政府による重点投資は富裕層と企業への増税で補うもので、追加の負担はないと説明しましたが、財政赤字の具体的な改善策は示されませんでした。これに対し、トランプ候補はインドや中国のGDP成長率は現在8%や7%となっているが、米国が1%程度しかないのが問題で、45%の成長率になれば財政赤字の問題は解消されると回答しました。しかし。トランプ候補は米国だけでなく欧州や日本など先進国が陥っている低成長には構造的な問題があることを殆ど理解していないように見られました。また、レーガン大統領の第一期に導入された大幅減税が巨額の財政赤字をもたらしたことも十分に認識してしないのではないかと感じられました。

いずれにしても、経済に強いとされるトランプ候補ですが、彼のビジネス経験が不動産開発業務(最近は不動産のブランドビジネス)に偏っているためか、グローバル化や技術革新が急激に進む中で、米国の製造業が置かれている状況を十分に理解していないように見られました。そして、このことが今後の米国に必要な政策を提言できず、次期大統領しての十分な資格を持っていないと判断させてしまっているように思われます。
           (2016111日: 村方 清)

Saturday, October 1, 2016

再び利上げが見送られた米国の株式市場

















1.9月の株式市場
9月の株式市場は前半においては原油先物相場の動きと利上げをめぐる連銀関係者の発言によって影響されました。後半はFOMCの現状維持の決定で株価は持ち直したものの、原油先物相場の動向によって再び不安定な展開となりました。主要な動きは以下の通りでした。

9月1日:ISMの8月製造業景況感指数は49.4と前月から3.2ポイント低下、原油先物相場も下落、一時下げ幅は105ドルまで拡大したが、取引終了時にかけて持ち高調整の買いが優勢となり、ダウ平均価格は18ドル高(0.10%増加)。
9月2日:米政府発表の8月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比151,000人増で市場予想の180,000人増を下回り(失業率は4.9%で変わらず)、FRBの追加利上げの観測が後退して、73ドル高(0.39%増加)。
9月6日:ISMの8月非製造業景況感指数は51.4%と市場予想を大幅に下回ったものの、原油先物相場が上昇し、石油・エネルギー株が買われ、46ドル高(0.25%増加)。
9月8日:ECBが現行の金融緩和政策維持を決めたこと及びアップルやナイキの投資判断が引き下げられたことで、全体の相場が下落し、46ドル安(0.25%減少)。
9月9日:8日のECBの金融政策維持に加え、9日のボストン連銀総裁の講演会での金融正常化への前向き姿勢を受けて、欧米主要国の金利上昇が続き、394ドル安(2.13%減少)。下落幅としては6月24日以来、2ヶ月半ぶり。
9月12日:FRBのブレイナード理事等が金融緩和解除に慎重な姿勢を示したことから、早期の利上げ観測が後退、多くの銘柄に買戻しが入り、240ドル高(1.32%増加)。
9月13日:原油先物相場が国際エネルギー機関の下方修正の需要予測を受け、前日比3%安の1バレル44.90ドルまで低下、石油関連株に売りが優勢で、258ドル安(1.41%減少)。
9月15日:8月の米小売売上高は前月比))0.3%減など主要な経済指標が低調で、FRBの9月の利上げが難しくなったとの見方から、買いが優勢となり、178ドル高(0.99%増加)。
9月16日:MBSの不正販売でドイツ銀行が米国司法省から巨額の和解金を求められたとの報道で欧米の金融株が下落したことや原油先物相場の下落で、89ドル安(0.49%減少)。
9月21日:FOMC会合で現行の金融政策の維持を決定したことから、市場も好感、取引終了時にかけて、上げ幅が拡大し、164ドル高(0.90%増加)。
9月22日:FRBが利上げを見送ったことから、当面低金利状態が続くとの見方から、REITなどへの買いが広がり、99ドル高(0.54%増加)。
923日:原油先物相場が大きく下落したことや過去最高値近い高値相場による売りが優勢で、131ドル安(0.71%減少)。
926日:米司法省より巨額の和解金支払いを求められたドイツ銀行株が大幅に下落に伴い、欧州株も下落、米国でも金融株を中心に売りが拡大し、167ドル安(0.91%減少)。
927日:大統領候補の討論会でトランプ候補の勝利への警官感が薄らいだことやドイツ銀行が上げに転じたことから、金融株の買戻しが広がり、133ドル高(0.74%増加)。
928日:OPECの非公式会合で生産量調整の合意との報道で、原油先物相場が大幅に上昇したことから、石油やエネルギー関連株が大きく上がり、111ドル高(0.61%増加)。
929日:ドイツ銀行の急落による金融システム全体のリスク懸念から、米国市場でも金融株を中心に売りが広がり、195ドル安(1.07%減少)。
930日:昨日まで急落したドイツ銀行株が米国司法省との和解金の大幅減額で決着するのと報道から反騰したで、米国の銀行株を中心に買い戻しが入り、165ドル高(0.91%増加)。

2.米国の雇用状況
米労働省が9月2日に発表した8月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比151,000人の増加で、市場予想の180,000人増を下回りました。また、6月の雇用者数の確定値は271,000人で21,000人の減少、7月の改定値は275,000人で20,000人の増加となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は232,000人で、目標の200,000人を上回りました。なお、8月の失業率は4.9%で前月比横ばいでした(広義の失業率も9.7%で横ばい)。労働参加率も62.8%で、前月比横ばいでした。8月の時間当たり賃金上昇率は0.1%増で、前年同月比で2.4%の上昇となりました。部門別ではヘルスケア業が39,000人、小売業が15,100人の増加となったものの、製造業が14,000人の減少となった他、鉱山業も4,000人減少となっています。

3.米国株式市場の変動要因-原油価格の動向と利上げの可能性
9月の米国株式市場の動きを見ると、2つの要因によって株価が大きく動いていることがわかります。一つは原油先物相場の動きによって、原油相場が上昇すると株価も上昇、原油相場が下落すると株価も下落するパターンを繰り返していることです。もう一つは経済指標データの好不調によって、連銀関係者が利上げの必要性を説くと、株価は下がり、現行金利水準の維持を唱えると株価は反発するというものです。

A)原油価格の動向
原油相場の動きについては国際エネルギー機関(IEA)が毎月の月報で需給見通しを出しており、今月もこれが株式市場に大きな影響を与えることになりました。9月13日に公表された月報によれば、2017年を通じて世界的な石油在庫の積み上がりが続き、供給過剰が4年連続することになると予想しています。特に、中国やインドの需要が失速する中で7-9月の消費の伸びは2年ぶりに低水準に落ち込む一方、供給はOPEC加盟国が記録的な生産を続けており、問題を悪化させているとしています。IEAは先月の月報で年内に需給均衡が回復するとの見通しを示していましたが、今回は少なくとも来年上期は供給が需要を上回りつづけ、需給の均衡回復については暫く時間を待たなければならないとしています。13日の株式市場はこの報告を受けて、258ドルの下落となりました。また、利上げを見送った9月21日のFOMC決定後、9月23日には原油先物相場の大幅低下から、ダウ平均価格は131ドルの下落となりました。

その後、アルジェで開かれていたOPECの臨時総会で、28日に加盟14カ国の原油生産量を日量3250万―3300万バレルに制限することで一致、現在の生産量が日産3300万バレル以上であるところから、2008年以来8年ぶりの減産合意となりました(国別の具体的な生産調整量は11月30日にウィーンで開催する総会で決定する予定)。28日の株式市場はOPECの非公式減産合意を受けて、ダウ価格は111ドルの上昇となりました。

今回の合意で、原油先物相場が一時的に1バレル50ドル台を回復することはあるにしても、本格的な原油高になるかはかなりの疑問とされます。11月30日の総会で総論には賛成でも、自国の減産に反対という産油国が出てくると見られる他、その合意が順守されるかは不透明であることです。特にイラクやイランのように市場シェアの拡大を狙って積極的な投資をしている国にとっては増産凍結は容易ではないと見られます。また、需要サイドにおいても、世界経済の低迷、特に中国などでは経済減速による石油需要の急速な増加は望めないこと、米国のシェールオイル生産業界も原油価格が1バレル50ドル台になれば、増産してくるはずで、今回の合意の中期的な効果は限定的なものに留まるように思われます。

B)再び見送られた利上げ
連銀の利上げについては20-21日に開かれたFOMCの会合に注目が集まりましたが、結果は金融政策の現状維持を決め、利上げを見送りました。会合後の声明文では以下のようなことが伝えられました。労働市場は引き続き強さを増しており、経済活動も今年前半の緩やかな拡大から上向いた。家計支出も力強く伸びた。一方、企業の設備投資は依然弱い状態が続いている。インフレ率もエネルギー価格及びエネルギー以外の輸入価格の低下もあり、FOMCの長期目標である2%wを下回る水準で推移している。

FOMCは法律で定められた雇用の最大化と物価安定の実現という2大使命を達成することに努める(注)。FOMCは金融政策の緩やかな調整によって、経済は緩やかなペースで拡大し、労働市場の状況も更に改善していくものと予測している。インフレ率も短期的に低く留まるが、一時的な影響が消え、労働市場が力強さを増すにつれ、中期的に2%に向かっていくものと予測している。FOMCは引き続きインフレ率や世界経済と金融市場の動向を注視する。

こうした経済見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)の誘導目標を0.25-0.5%に据え置くことを決定したFF金利を引き上げる条件は整ってきたと判断しているが、当面(雇用とインフレの)目標に向け、前進を続けることを裏付ける一段の確証を得るのを待つこと決めた。FOMCは経済情勢はFF金利の緩やかな引き上げのみを許すような形で進むと予測している。FF金利は当面長期的に通常と見られる水準以下に維持される可能性が高い。但し、実際のFF金利の上がり方はデータが伝える経済見通し次第だ。

米機関債と住宅担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する政策を維持する。この政策はFF金利が通常の水準に戻るまで維持する。

なお、今回の決定は7人のメンバーの賛成によるもので、3人のメンバーがFF金利の目標レンジを0.50-0.75%に引き上げるべきとして反対しました。また、会合後の記者会見で、イエレン議長は利上げの条件は整ってきたことを改めて指摘し、年1回の追加利上げを見込んでいることも明らかにしました。

先月の8月26日と27日にジャクソンホール会議でのイエレン議長の講演内容やフィッシャー連銀副総裁のインタビューで、FRBの早期利上げが近いとの感触を持たせましたが、9月に入り、ISMの8月製造業景況感指数や非製造業景況感指数がいずれも予想を下回ると連銀関係者の利上げに対する慎重意見が目立ってきていました。しかしながら、連銀による長期に渡る金融緩和政策によって、全体の株価は低迷する実体経済に比べ、上昇しすぎていることは間違いなく(FOMCの現状維持の決定があった21日も終値のダウ平均価格は164ドル高)、金融市場の安定化のためには株価のある程度の下落調整が必要になってきています。更に、今後の金融政策の柔軟性を持たせるためには、利上げにより、将来の予期せぬ出来事に対して、金融緩和策を取れる余地を残しておくようにすることも重要になっています。この点、今回利上げの決定はなされなかったものの、11月と12月に予定されるFOMOC会合で、利上げが決定される可能性はかなり高いものと見られます。

(注)連銀が2大使命を担うことになったのは1977年の連邦準備改革法によるとされます。しかし、正規雇用が大半であった当時と異なり、企業のグローバル化やIT技術の急速に発達した結果、正規雇用が全体の3分の2以下まで低下した現在のような状況で雇用の最大化とは何を意味するのか、あるいは市場経済でない中国のような旧共産圏国家が世界の実物経済に供給面で大きく関与し、先進国経済のデフレ化の大きな原因となっている時に、金融機能しか持っていない連銀に2%の物価上昇の達成というような大きな目標を与えることが適切であるのかに大きな疑問を持たざるを得ません。現在のような経済構造が大きく変化した中で、連銀が雇用最大化や2%物価上昇率など、曖昧かつ容易に達成できない目標を掲げ、金融緩和を長期間続け、株価や不動産価格などの資産価格が高騰した結果、低迷する実体経済の乖離が大きくなり、金融の不安定化や所得格差の拡大に拍車を駆けているように思われます。特に、ここ数年の金融政策の決定を行うFOMC開催時期における株価の異常な動きを見ると、本来企業業績を反映すべき株式市場が中銀である連銀の決定に投資家が過大に反応しているように思われます(中銀相場の形成)。その意味で、バーナンキ前連銀議長とイエレン現連銀議長の下で始められた大規模な量的緩和策が株価を高く誘導しすぎ、今は急激な下落を恐れる投資家に振り回される結果、金融正常化への道が容易でない事態になっているように思われます(スタンフォード大のテーラー教授が主張するように、グリンスパン元連銀議長が金利機能を重視し、金利の引き上げを早期にしていれば、リーマン破綻のような金融危機はなく、バーナンキ前議長による量的緩和策も不要であったということになると思います)。

なお、9月26日に行なわれた大統領候補による討論会でも、トランプ候補は現在米国の株式市場は民主党政権のために連銀によって実施されている無謀な低金利政策によってバブルの危険な状態にあると主張しました。しかし、実際は前述したように連銀が長期に渡り超金融緩和策、今は低金利政策を続けているのは1977年に制定された連邦準備改正法で規定された現在の環境に合わないデゥアルマンデートに縛られ過ぎていることにあると言ってよいように思います。
        (2016年10月1日:  村方 清)

Thursday, September 1, 2016

最高値更新の株式市場と利上げの可能性
















1.8月の株式市場
8月の株式市場は前半においては原油先物相場の上昇と連銀の低金利政策への期待から株価が最高値を更新しました。しかし、後半は連銀の利上げも意識されるようになり、小幅ながら不安定な動きとなりました。主要な動きは以下の通りでした。

8月1日:ISMの7月製造業景況感指数は50を上回ったものの、原油先物相場が一時1バレル40ドルを下回り、大手石油株が大幅に売られ、ダウ平均は28ドル安(0.15%減少)。
8月2日:欧州の銀行株が財務健全性の懸念から大きく売られ全面安となったこと、原油先物相場が更に下落したことで、91ドル安(0.49減少)。
83日:原油先物相場が上昇したことや、ADP7月非農業部門雇用者数が前月比179,000増で市場予想に近かったことで、41ドル高(0.23%増加)。
8月5日:米政府発表の7月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比255,000人増で市場予想の180,000人増を大きく上回り(失業率は4.9%で変わらず)、米景気持ち直しへの期待感から191ドル高(1.04%増加)。
8月8日:製薬大手の下落も含め、利益の確定売りが優勢で、14ドル安(0.08%減少)。
8月10日:原油先物相場が大きく下落、エネルギー株が売られ、37ドル安(0.20%減少)。
811日:原油先物相場が大きく上昇、メーシーズなど小売大手の四半期業績が好調で、小売や石油関連に買いが優勢となり、118ドル高(0.60%増加)。720日以来最高値更新。
812日:7月の小売売上高は横ばい、米卸売物価指数は市場予想に反して下落、8月の米消費者物価指数は市場予想を下回ったことで、警戒感が広がり、37ドル安(0.20%減少)。
815日:原油先物相場が急上昇し、WTIが一時1バレル45.93ドルとなったことから、石油関連や素材株が買われ、60ドル高(0.32%増加)。
816日:NY連銀総裁の発言などから、早期の金利引き上げが意識され、利益確定の売りが優勢で、84ドル安(0.45%減少)。
817日:7月のFOMCの議事録要旨が公開され、FRBによる利上げは緩やかなペースに留まるとの見方から、22ドル高(0.12%増加)。
818日:原油先物相場が上昇し、1バレル48ドル台前半まで上げたことから、石油株が買われ、24ドル高(0.13%増加)。
819日:サンフランシスコ連銀総裁等の利上げ前向き発言などから、9月の利上げの可能性が意識され、45ドル安(0.24%減少)。
822日:フィッシャーFRB連銀議長の経済情勢や物価目標の達成に楽観的な見方を示したことから、早期の利上げが意識され、24ドル安(0.12%減少)。
823日:7月の新築住宅販売件数が前月比12.4%増など好調な指標が発表されたが、26日のイエレン連銀議長の講演内容を見極めたい投資家も多く、18ドル高(0.10%増加)。
824日:原油先物相場の下落と高値相場からの利益確定売りで、66ドル安(0.35%減少)。 
825日:イエレン議長の講演前に利益確定売りが優勢で、33ドル安(0.18%減少)。
826日:ジャクソンホール会議でのイエレン連銀議長の引き締め堅持の講演内容とフィッシャー連銀副議長のインタビューで、早期の利上げが意識され、53ドル安(0.29%減少)。
829日:7月の個人消費支出が前年同月比で1.6%上昇し、景気や物価の回復基調は続いているとの見方から、買いが優勢で、108ドル高(0.58%増加)。
830日:原油先物相場の下落と連銀の追加利上げが意識され、49ドル安(0.26%減少)。
831日:原油先物相場の下落と8月のADPの非農業部門雇用者数が177,000人増と順調な伸びを示したことで、連銀の追加利上げが意識され、53ドル安(0.29%減少)。8月にナスダックは1%上昇したものの、ダウ平均は31ドル安で7ヶ月ぶりに下落。

2.米国の雇用状況
米労働省が8月5日に発表した7月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比255,000人の増加で、市場予想の180,000人増を大きく上回りました。また、5月の雇用者数の確定値は24,000人で13,000人の増加、6月の改定値は292,000人で5,000人の増加となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は190,000人で、目標の200,000人を若干下回りました。なお、7月の失業率は4.9%で前月比横ばいでした(広義の失業率は9.7%で0.1%悪化)。労働参加率は62.8%で、前月より0.1%増加しました。7月の時間当たり賃金上昇率は0.3%増で、前年同月比で2.6%の上昇となりました。部門別ではレジャーやヘルスケア業が45,000人、小売業が14,700人、製造業も前月の15,000人増に続き、9,000人の増加となりました。また、建設業も3ヶ月間の減少後に14,000人の増加となりました。しかし、鉱山業は7月も7,000人減少となっています。

3.最高値更新の株式市場と利上げの可能性
1)最高値更新の株式市場
8月11日の株式市場は、増産凍結交渉への期待感から原油先物相場が上昇したことに加え、
メーシーズやコールズなど大手百貨店の四半期業績改善を背景に、株価が高騰、ダウ平均価格、ナスダック総合株価指数、S&P500種株価指数の3つがいずれも最高値を更新、1999
12月31日以来16年8ヶ月ぶりの出来事となりました。

しかしながら、翌日発表された経済指標を見ると、7月の米小売売上高は前月から横ばいで、市場予想の0.4%に届かず、7月の卸売物価指数も市場予想に反し、0.4%の下落となり、下落率では2015年9月以降最大となりました。加えて、8月の米消費者態度指数も市場予想を下回る結果となりました。

8月17日に公表されたFOMCの議事録要旨によれば、6月のFOMC会合で懸念された労働市場の停滞と英国のEU離脱後の金融市場への悪影響という2つの不確実性は遠のいたものの、大半の委員が追加利上げの決定前に、更なる追加データを待つ必要があることが賢明と指摘していました。また、景気見通しについては大きく変化していないものの、物価上昇が目標の2%を下回り、足踏みが続いていることに懸念を示しました。

米国の株式市場は6月23日の英国のEU離脱に関する国民投票後の一時的な調整はあったものの、その後は再び上昇傾向を強め、最高値を更新し続けました。その背景にあるのは米国経済の回復というより、米連銀の金融正常化への慎重姿勢が低利回り環境を持続させ、投資家に更なる株投資を促すという面もあるように思われます。特に、米連銀の慎重姿勢は日銀や欧州中央銀行が更なる金融緩和策を模索している時に、利上げを行なえばドル高となり、米国輸出企業の業績を悪化させかねないとの懸念があると見られています。

2)利上げの可能性
そうした中で注目されたのは、各国の中央銀行首脳が集まるジャクソンホールの経済シンポジウムでのイエレン連銀議長の講演でした。議長は講演の中で、米景気の緩やかな回復に伴ない雇用の改善が続く中で、足踏み状態であった物価上昇率も2%に向かって高まっていくことを予想しました。その上で、FOMCとして緩やかな利上げが適切であると見ており、ここ数ヶ月は利上げの条件が整ってきたとしました。

イエレン議長の講演後の市場の反応は市場の予想の範囲内でしたが、利上げの決定に大きな影響力を持つと言われるフィッシャー連銀副総裁(元IMF専務理事で前イスラエル中央銀行総裁)がCNBCとのインタビューで、以下のような回答をしたことにより市場の反応は警戒的な動きを示すこととなりました。

(A)       利上げの条件が整ってきたとの判断の理由
-ここ3ヶ月間の雇用数は平均月間で190万人以上と安定してきていること。また、GDPも2%前後であるが、今後は上向く可能性があること。そして、インフレも依然2%以下であるが、今年は昨年より上昇していることが上げられる。

B) 9月の利上げと今年2回の利上げの可能性
-全ては今後のデータ次第であるが、そうした可能性があることは否定しない。

C) 今年1月に今年は4回の利上げを想定したと思うが、それは予想が外れたことによるものか。
-そうではなく、経済予測が難しくなっていることによる。

D) 経済成長が約2%程度しかないのは何が理由か。
-生産性が伸びていないことが大きい。これが伸びない限り、高い成長は難しい。

E) 財政政策への期待はあるのか。
-連銀ができることは金融政策であり、それだけでは十分でなく、財政政策も必要と思われる。但し、財政政策の権限は議会と大統領に与えられており、連銀は直接に関与できない。

F) 米国の大統領選挙や欧州の選挙が与える影響
-連銀が重視するのは経済データであり、政治による影響は少ないと思っている。但し、政治結果が予想とは全く異なることになった場合は、金融政策を変えることもあり得る。

なお、フィッシャー連銀副総裁以外にも、ジャクソンホール会議前にニューヨーク連銀のダドリー総裁、サンフランシスコ連銀のウイリアムズ総裁が近い将来の利上げを示唆しています。また、23日に公表された公定歩合に関する7月会合の議事要旨では、全12連銀のうち、3分の2の8連銀が引き上げを求めていたことも明らかになりました。

フィッシャー連銀副総裁のインタビュー後、市場は早期利上げの可能性が高まったとして警戒的な動きと成り、下落幅が拡大し、終値は53ドル安となりました。なお、一部のエコノミストからは長期に渡って金融緩和策を続けたことにより、連銀の金融政策が限界になっており、利上げをすることにより、将来の不測事態への対応措置の幅を持たせることができるのも大きな要因ではないかとしています。

いずれにしても、現在の米国の株式市場は、経済が絶好調ではないにもかかわらず、連銀の低金利政策を背景に8月初めの株価は連日最高値を更新するなど、過熱状態にあり、利上げにより、株価の調整が図られることは株式市場の健全さを取り戻す上でも必要ことではないかと思われます。
         (2016年9月1日: 村方 清)


Monday, August 1, 2016

中銀間の緩和競争が招く過熱相場の再現


 













1.7月の株式市場
7月の株式市場は6月23日の英国民のEU離脱決定による市場の混乱が主要国の中央銀行の対応もあり早期に収まったことや超低金利環境下で主要企業の低めの四半期業績に納得する投資家も多く、ダウもS&P500も最高値を更新しました。主要な動きは以下の通りでした。

7月1日:欧州の株式市場が上昇し、投資心理が改善したことや6月の米ISM製造業景況感指数が予想以上に改善し、ダウ平均価格は19ドル高(0.11%増加)。
7月5日:原油先物相場の下落や欧州株安を受けて米国市場も投資家心理が悪化、資源株や金融関連株を中心に売りが優勢となり、109ドル安(0.61%減少)。
7月6日:ISMが発表した6月の非製造業景況感指数が前月から上昇、市場予想を上回った
ことや6月のFOMC会合で早期利上げに慎重姿勢であったことから、78ドル高(0.44%増加)。
7月7日:原油先物相場が下落したことや持ち高調整の動きから、23ドル安(0.13%減少)。
7月8日:米政府発表の6月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比287,000人増で市場予想の175,000人増を大きく上回り(失業率は4.9%に上昇)、米景気持ち直しへの期待感から251ドル高(1.40%増加)。
7月11日:先週末の雇用改善による景気回復の期待から、80ドル高(0.44%増加)。
7月12日:FRBが追加利上げに慎重との期待で121ドル高(0.66%増加)。ダウ最高値更新。
7月13日:緩和的金融策への期待と過熱感への警戒が交錯し、24ドル高(0.13%増加)。
7月14日:四半期業績を発表したJPモルガンの好調さを反映して、金融株が中心に買いが優勢となり、134ドル高(0.73%増加)。最高値更新。
7月15日:米国の6月小売売上高は前月比0.6増で、市場予想を大きく上回ったが、高値相場が続きことからの警戒感もあり、10ドル高(0.05%増加)。
7月18日:好業績期待と高値相場への警戒感から、17ドル高(0.09%増加)。
7月19日:ジョンソン・エンド・ジョンソン等の業績が好調で、26ドル高(0.14%増加)。
7月20日:マイクロソフト等の業績が好調で、36ドル高(0.19%増加)。
7月21日:インテルやアメリカンエクプレス等の業績悪化で、78ドル安(0.42%減少)。
7月22日:買いの材料は少ないものの、低金利状態への期待から、54ドル高(0.29%増加)。
7月25日:原油先物相場下落や過去最高相場から利益確定売りで、78ドル安(0.42%減少)。
7月26日:マクドナルドやベライゾンの四半期業績不振で、19ドル安(0.10%減少)。
7月27日:FOMC会合後の声明文で、追加利上げの時期は明確に示さなかったが、経済見通しに関する短期的なリスクは弱まったとの指摘をしたこともあり、2ドル高(0.01%減少)。
7月28日:フェイスブック等は好調であったが、フォードは不振で16ドル安(0.09%減少)。
7月29日:米政府発表の4-6月期のGDP速報値は前年同期比1.2%増で市場予想を下回り、
景気の先行き不透明感が出て、24ドル安(0.13%減少)。但し、7月全体では2.8%の増加。
2.米国の雇用状況
米労働省が7月8日に発表した6月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比287,000人の増加で、市場予想の170,000人増を大きく上回りました。また、4月の雇用者数の確定値は144,000人で21,000人の増加、4月の改定値は11,000人で27,000人の減少となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は147,000人で、目標の200,000人を下回りました。なお、4月の失業率は前月から0.2%上昇の4.9%へ悪化しました(広義の失業率は9.6%で0.1%改善)。労働参加率は62.7%で、前月より0.1%増加しました。時間当たりの賃金上昇率は0.1%増と僅かな上昇となりました。部門別ではレジャーやヘルスケア業が59,000人、小売業が29,900人、製造業も14,000人の増加となりました。一方、建設業は増減無しで、鉱山業は減少が続いています。

3.高まるEU内の不協和音
EUの権限が強いことや移住の自由に対する反発から、英国は6月23日の国民投票で離脱を決定しましたが、EUへの反発はそれ以外の国々からも起きています。その一つは財政再建の取り組みが不十分として制裁措置の勧告を受けたスペインやポルトガルなどです。EUの財政ルールでは財政赤字を国内総生産の3%以内に抑えることを求められていますが、スペインは2015年の財政赤字は5.1%に上っており、追加の緊縮政策がなくては達成できない状況です。ポルトガルについても、2013年までに3%以内に抑えることを約束していたものの、それができず2015年まで延長されていました。スペインでは反緊縮の立場を取る急進左派のポデモスが勢力を伸ばしており、政権がEUの勧告に従って更なる緊縮策を導入すれば、国内政治が不安定になるという恐れがあります。

もう一つはハンガリーやポーランドなど旧東欧圏の国々で、EU本部があるブリュッセルに権限が集中していることに対し、加盟国の権限強化を求める動きを活発化させています。
特に、この問題は欧州委員会が提案した加盟国への強制的な難民割り当てで深刻化しました。ドイツやオランダはEUとして統一的に対応すべきことも多いとして、加盟国への権限委譲には否定的で、両者は依然対立しています。これまでは、英国が非ユーロ国の代表とも言うべき存在でしたが、今後は英国を除く非ユーロ国がEU本部との話し合いが続けられることになります。

4.トルコのエルドアン強硬政権とクーデターの失敗
7月15日に起きたトルコでの一部軍隊によるクーデターは、前日に起きたフランスのニースで起きた大量殺傷事件と共に、大きな衝撃を与えました。ここ数年、トルコは内政面でイスラム教色の強いエルドアン政権による強圧政治が目立っています。その一方、対外面ではトルコは米国連合のIS掃討作戦の重要な空爆基地拠点であり、加えて欧州に向かう大量の中東難民の待機地ともなっています。このため、トルコの政治体制が崩壊することがあれば国際政治に与える影響は極めて深刻なものとなる恐れがありました。

しかし、クーデターが進展するにつれ、今回の事件は軍トップの参謀長を含むトルコ軍全体の動きではなく、エルドアン政権に対立する米国亡命中の宗教指導者ギュレン氏に近い軍の一部グループによる権力奪取の試みであったことが判明、夏期休暇中であったエルドアン大統領の呼びかけに一般市民や警察組織が協力、反乱軍が投降していくことになりました。エルドアン政権はギュアン師が今回のクーデター事件の黒幕と断定、米国に対し引渡しを要求、米国のケリー国務長官も十分な証拠があれば、適切に判断すると回答したことが伝えられています(実際に米国にいるギュアン師が関与したかどうかは不明)

今回、クーデターが失敗に終わったことにより、エルドアン政権は欧米との合意を今後とも履行していくことが期待されますが、その一方、国内面で、7月20日に3カ月間の非常事態宣言を実施して、ギュアン派を一掃すべく強圧政治が一層エスカレート(既に7000人近い軍と司法関係者を拘束、9000人近い警察関係者を解任)させている状況です。欧米政府の立場からすれば、対IS作戦やシリア難民問題でトルコ政府の協力は不可欠ですが、エルドアン政権が独裁体制を強化し、国民への強圧政治を一段と強めることには反対で、難しい対応を迫られています。

5.FOMC会合と中銀間の緩和競争による過熱相場
6月23日の英国のEU離脱決定による株式市場の混乱が収まった後、米国では7月中旬以降ダウ価格が連日のように史上最高値を更新するなど再び過熱状態が繰り返されています。
こうした状況の中で、注目された7月26-27日のFOMC会合では、金融政策の現状維持を決め、追加利上げを見送りました。但し、減速傾向であった雇用指標が6月には急回復し、
加えて、株価も連日最高値を更新するなどの状態を続けているところから、短期的なリスクは弱まったと指摘しました。この点、今後の経済指標も順調であれば、昨年12月以降、半年以上も見送ってきた利上げを9月のFOMC会合で決める可能性も出てきています。

しかしながら、連銀は欧州や日本の連銀が過度な金融政策を取り続けている中で、連銀による利上げはドル高を招き、米国の輸出企業の業績悪化にも懸念を抱いていると言われています。その一方、米、日、欧州の中央銀行による過度の金融緩和策が続けられれば、為替安誘導による低価格の輸出品競争が際限もなく、繰り返されることになります。同時に、
グローバル化や技術革新が進む現在のビジネス環境の中では、中央銀行による金融緩和策によって実体経済を回復させることは難しく(7月29日の米国政府発表の4-6月期GDPは市場予想の2.6%を大きく下回る1.2%増)、むしろ株価や不動産価格の高騰といった資産インフレに大きな効果をもたらすことになります。

私が記録を取っている30近くの株価動向を見ると、配当率の安定性が売り物であったAT&TやVerizonなどを含め3分の1近くが最近の一ヶ月程度に最高値を更新しています(一部の投資アドバイザーはこうした低金利状態下ではPERが19から25になっても正当化されるとしています)。しかしながら、2000年初めに起きたITバブルの時の経験などからすれば、実体経済の改善を伴わない株価高騰(株バブル)は長期的に続く保証はなく、何かを契機に急激に下落することになります。本来、中央銀行は株式市場を含む金融市場の安定に主眼点を置くべきであり、一部の中央銀行がデフレ脱却を口実に過剰な金融緩和策を通じて通貨価値の下落や株価の高値誘導に必死になっているのは間違っているという感じがします。
         (2016年8月1日:  村方 清)

Friday, July 1, 2016

英国のEU離脱決定と株式市場の混乱
















1.6月の株式市場
6月の株式市場は中頃までは英国のEU離脱に関する6月23日の国民投票の見方が交錯し不安定であったものの、直前には原油先物相場の上昇や5月の雇用者数の大幅減少による金利引き上げ時期の遅れなどで、実体経済と乖離した上昇傾向が再び始まっていました。しかし、6月23日の国民投票で事前の予想とは異なる英国のEU離脱の決定により、米国のみならず世界の株式市場は大幅下落しました。その後、月末には再び買い戻しの動きが活発化することになりました。主要な動きは以下の通りでした。

6月2日:OPEC総会で原油の増産凍結で合意し、先物相場が下げ幅を強めたが。ADPの5月雇用レポートで雇用者数の伸びが市場予想を上回ったことから、49ドル高(0.27%増加)。
6月3日:米政府発表の5月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比38,000人増で市場予想の155,000人増を大きく下回り(失業率は4.7%に低下)、米景気への警戒感が増して32ドル安(0.18%減少)。
6月6日:原油先物相場の上昇とイエレン連銀議長の講演で、5月の雇用統計悪化による利上げ時期の後退との観測から、買いが優勢となり、113ドル高(0.64%増加)。
6月8日:原油先物相場の上昇とドル高懸念が和らぎ、67ドル高(0.37%増加)。
6月10日:原油先物相場の下落に加え、英国のEU離脱に関する国民投票の最新調査で、離脱支持が残留支持を上回ったことから、世界的株安となり、120ドル安(0.67%減少)。
6月13日:英国のEU離脱への警戒感が羅世界的な株安が続いていることやビジネス交流サイトのリンクトンの買収を発表したマイクロソフトが大幅下落し、133ドル安(0.74%減少)。
6月14日:英国のEU離脱の世論調査で離脱派が優勢であることで、JPモルガンなどの金融株に売りが広がり、58ドル安(0.33%減少)。
6月15日:FOMCが現状維持の発表を行なったものの、市場の反応は限られ、取引終了にかけて売りが優勢となり、35ドル安(0.20%減少)。
6月16日:朝方は世界株安の影響から売りが優勢であったが、英国で残留支持派の野党下院議員の射殺事件を受けて、残留派の支持が広がるとの思惑から、93ドル高(0.53%増加)。
6月17日:英国のEU離脱を問う国民投票への不透明感から、58ドル安(0.33%減少)。
6月20日:英国のEU離脱への懸念が後退し、130ドル高(0.73%増加)。
6月22日:23日の英国でのEU離脱の国民投票を控え、結果を見極めたいとする投資家が多く、49ドル安(0.27%減少)。
6月23日:英国のEU離脱に関する国民投票で残留支持が優勢との期待から、投資家心理が改善し、230ドル高(1.29%増加)。
6月24日:英国の国民投票によるEU離脱の決定を受けて、世界景気の減速や金融市場の混乱につながるとの警戒感から、610ドル安(3.39%減少)。下げ幅は2011年8月8日以来。
6月27日:英国のEU離脱決定に伴う欧州経済の不透明感や金融市場の混乱を受けて、金融や素材株を中心に売りが広がり、261ドル安(1.50%減少)。
6月28日:英国のEU離脱問題に一服感が出て、欧州株が上昇、米国でも投資家心理に歯止めがかかり、買いが優勢となって、 269ドル高(1.57%増加)。
6月29日:原油先物相場の上昇に加え、英国のEU離脱決定に伴なう金融市場の混乱が落ち着いてきたことから欧州市場の株価が上昇したことで、285ドル高(1.64%増加)。
6月30日:欧州の株高や英中銀の金融緩和観測で、買いが増し、235ドル高(1.33%増加)。

2.米国の雇用状況
米労働省が6月3日に発表した5月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比38,000人の増加で、市場予想の155,000人増を大きく下回りました。また、3月の雇用者数の確定値は186,000人で22,000人の減少、4月の改定値は123,000人で37,000人の減少となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は116,000人で、目標の200,000人を大きく下回りました。なお、4月の失業率は前月から0.3%低下の4.7%となり、2007年11月以来の低水準となりました(広義の失業率は9.7%で変わらず)。労働参加率は62.6%で、前月より0.2%減少しました。時間当たりの賃金上昇率は0.2%増と僅かな上昇となりました。部門別では小売業が11,400人増加したものの、ベライゾンの一時的なストライキの影響で情報部門が38,000人の減少、製造業も10,000人の減少、不振が続く鉱山業も10,000人の減少となりました(鉱山業はピーク時より207,000人の減少)。

3.イエレン議長の講演とFOMC会合
イエレン議長は6月6日の午後に講演し、5月の雇用統計が予想を大幅に下回る38,000人増に留まったことに関連して、政策金利は物価と雇用の安定を確保するため、緩やかに引き上げていくことが必要と指摘しました。イエレン議長は5月下旬の講演では経済成長が予想通りに続けば、今後数ヶ月以内に利上げが適切として、早ければ6月14-15日のFOMCで利上げに踏み切る可能性があると観測されていました。いずれにしても、5月の雇用統計の悪化と6月23日に予定される英国のEU離脱の是非をめぐる国民投票の結果の懸念もあり、6月の利上げは無くなったと見られています。

6月14-15日にFOMCが開催されました。会合後の声明文では以下のようなことが伝えられました。経済活動は上向いたようであるが、雇用改善のペースは減速した。失業率は改選したものの、雇用増加は減少した。 家計支出の伸びは強まった。今年初め以降、住宅部門は改善を続けており、純輸出の低迷も和らいだようだが、企業の設備投資は軟化した。インフレ率についてはエネルギー価格の低下とエネルギー価格以外の輸入価格の下落の影響もあり、FOMCの目標である2%を下回る水準で推移している。

FOMCは金融政策の緩やかな調整によって経済が緩やかなペースで拡大し、労働市場の指標も力強さを増していくものと予測していた。インフレ率はエネルギー価格の低下もあり、短期的に低く留まるが、一時的な影響が消え、労働市場が力強さを増すに連れ、中期的に2%へ向かっていくものと予測している。FOMCは物価指標および世界経済と金融市場の動向を引き続き注視する。

こうした経済見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)の誘導目標を0.25-0.5%に据え置くことを決定した。経済情勢はFF金利の緩やかな引き上げを許すような形が進むものとみているが、当面通常と見る水準以下に維持される可能性が高い。今後実際のFF金利の上げ方はデータが伝える経済見通しによって決定される。

なお、米機関債と住宅担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する既存の政策を維持する。この政策はFF金利が通常の水準に戻るまで維持するとしました。

加えて、6月21日と22日に、イエレン議長は連邦議会の上院と下院で証言を行い、FOMCでの決定を踏まえ、労働市場に減速感があり、慎重姿勢が必要であることや英国のEU離脱問題の展開によっては重大な影響が懸念されることを改めて伝えました。

また、FOMC会合やイエレン連邦議長の議会証言後の株式市場の反応は限定的でしたが、その理由は6月23日に予定される英国のEU離脱をめぐる国民投票の結果を見極めたいとする投資家が多かったことによります。

4.英国のEU離脱決定と世界株式市場への影響
英国のEU離脱をめぐる国民投票は6月23日に実施されましたが、最終結果は離脱支持が1741万(51.9%)、残留支持が1614万(48.1%)で、120万票以上の差で離脱が決定しました。国民投票直前までは残留派の辛勝を予想する世論も多く、主要国の株価の上昇が見られていただけに、今回の結果は衝撃を持って受け止められています。但し、6月16日の英国残留を支持していた下院議員の射殺事件前には離脱派が優勢であったことや6月23日の天候が悪かった残留派地域の投票率が低かったことからすれば、今回の国民投票の結果は全く起こりえなかったことではありませんでした。

今後の影響については、残留のために最大の努力をしてきたキャメロン保守党党首が6月24日に辞意を表明したこともあり、9月初めまでに選出される新しい保守党のリーダーとEUとの間で関税や移民問題などを中心に交渉が始められることになります。しかし、EU執行部には英国の離脱が既存メンバーに悪影響を及ぼすことの懸念から、フランスやイタリアなどからはかなり厳しい態度で臨むべきとの意向が伝えられています(6月29日のEU理事会で英国との交渉では単一市場へのアクセスと移動の自由は不可分であることを確認)。経済面の影響を考えると、英国のEU離脱は英国にとっては140億ユーロの拠出金を節約できるという短期的なメリットはあるものの、英国のEUとの貿易総額は約49%で、米国の11%や中国の7%を大きく超えており、単一市場のEUへのアクセスが容易でなくなることの長期的なデメリットが大きいものと見られます。更に、欧州の金融センターであった英国のシティの役割低下が避けられないことや英国を欧州への輸出のための生産・販売拠点として位置づけていた外国企業の移転が新たな関税により欧州大陸に急速に進むことも予想されます。

また、経済的な問題以外に、EUメンバー国のオランダやデンマークなどで自国の主権回復を求める反EUの動きが起きており、今回の英国の離脱がそうした動きを加速させる恐れもあります。また、シリアや中東地域からの難民の流入問題ではEUの中核メンバーであるドイツとフランスの中にも反EUグループの台頭があり、そうしたグループとEUの統合を拡大させたいとするEU執行部や支援メンバー国政府との間の争いが激しくなることも予想されます。いずれにしても、オランダは2017年春に総選挙を、フランスは5月に大統領選挙を、ドイツは9月に総選挙を抱えており、選挙の結果によってはEUの求心力の一層の低下から政治・経済的な混乱がさらに深まる恐れがあります。

また、別の側面として、EUメンバー国における反EUの動きの台頭は行過ぎたグローバル化で取り残された先進国における中産階級や労働者グループなどの不満や反発が自国の主権を取り戻そうと言う右派グループに結びついてきている場合もあります。この点、先進各国で広がる企業のグローバル化による所得格差や過度な金融緩和に基づく株や土地価格の高騰を通じた資産格差の拡大にどのように対応すべきかの問題まで考える必要が出てきています(米国で米国第一主義を訴える共和党のトランプ大統領候補が英国でのEU離脱の動きを支持したのもそうした理由に基づいています)。

他方、今回の英国のEU離脱は世界の株式市場にも大きな不安定性をもたらしていいます。6月24日の先進国の株式市場の下落率を見ると、ポンドの価値が大幅に低下した英国の下落率は3.15%に留まったものの、中核メンバーであるドイツとフランスの下落率は各々6.32%と8.04%に及びました。更に経済の低迷が続く南欧諸国ではイタリアが12.69%、スペインが12.10%、ギリシャが16.30%となりました。米国の下落率は数字的には3.39%でしたが、下げ幅としては2011年8月8日以来、4年10ヶ月振りの大きさでした。また、日本も経済の低迷の中で、急速な円高の影響もあり、7.92%の高い下落率となりました。米国に比べ、欧州諸国や日本での下落率が高かったのは、財政負担の限界から、中央銀行によって取られている過度な金融緩和措置が株や不動産価格などの資産インフレを助長させ、改善効果の少ない実体経済との乖離を大きくさせ、高値相場にあった株式市場の不安定性が従来以上に高まっていたことによるものと見られます。今後についても、欧州の政治・経済的な混乱がユーロに対する米国や日本の通貨の価値上昇となって表われてくるところから、これらの国の輸出比率の高い企業の業績悪化が避けられず、株式市場の不安定性は当面続かざるを得ないと見られます。
      (2016年7月1日: 村方 清)