1.3月の株式市場
3月の株式市場は原油価格の下落傾向や中国経済の悪化に僅かながら歯止めがかかる一方、米国経済の回復傾向から金融正常化に伴なう金利引き上げの影響が次第に意識される状況になっています。主要な動きは以下の通りでした。
3月1日:米国の2月ISM製造業景況感指数が前月の48.2%から49.5%へ増加して市場予想を上回ったことや1月の建設支出も1.5%の高い伸びを示したことから、349ドル高(2.11%増加)。1月6日以降2ヶ月ぶりの高値。
3月3日:原油先物相場が上昇したことやISMの非製造業景況感指数は市場が警戒するほど悪化したものではなかったことで、45ドル高(0.06%増加)。
3月4日:米政府発表の2月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比242,000人増で市場予想の190,000人を大きく上回ったこと(失業率は4.9%で変わらず)、原油先物相場も上昇し、63ドル高(0.37%増加)。
3月7日:原油先物相場が大幅上昇、石油関連株の買いが優勢で、68ドル高(0.40%増加)。
3月8日:原油先物相場の下落に加え、中国の2月貿易収支の減少による世界景気減速への懸念から、利益確定の売りが優勢で、110ドル安(0.64%減少)。
3月10日:ECBによるマイナス金利の拡大と量的緩和策の拡大で押し上げた欧州株がドラギ総裁の記者会見での追加緩和策への慎重さから、下げに転じ、5ドル安(0.03%減少)。
3月11日:原油先物相場が3ヶ月ぶりの高値を付けた他、欧州やアジアの株式市場が上昇したのを受けて、米市場でも買いが優勢で、218ドル高(1.28%増加)。年初来の高値を記録。
3月16日:FOMC会合後の声明や政策金利の見通しから、利上げは当初より緩やかになるとの市場の見方が広がり、74ドル高(0.43%増加)。
3月17日:原油先物相場が3ヶ月半ぶりに1バレル40ドルを回復したこと、3月の製造業景況感指数が12.4と市場予想に反して大幅に改善し、156ドル高(0.90%増加)。
3月18日:16日のFOMC後、FRBの利上げペースが緩やかになるとの見方が強まっていることやドルが主要通貨に対し大きく下げていることから、121ドル高(0.69%増加)。
3月22日:ベルギーのテロ事件を受け、航空会社や旅行関連株の売りが広がり、41ドル安(0.23%減少)。
3月23日:原油先物相場が1バレル39ドル台後半に下落したことから、素材関連株の売りが膨らんだことや短期的な高値警戒による利益確定売りが強く、80ドル安(0.45%下落)。
3月29日:原油先物相場が下落し、株式相場も大きく値下がりしたが、イエレン連銀議長の講演で緩和的な金融政策が続くとの見方が強まり、97ドル高(0.56%増加)。
3月30日:緩和的な金融政策が続くとの見方から、買いが優勢で、83ドル高(0.47%増加)。
3月31日:緩和的金融政策への期待と利益確定売りが交錯し、32ドル安(0.18%減少)。
2.米国の雇用状況
米労働省が3月4日に発表した2月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比242,000人の増加で、市場予想の190,000人増を大きく上回りました。また、12月の雇用者数の確定値は271,000人で9,000人の増加、1月の改定値は172,000人で21,000人の増加となりました。この結果、1月の雇用者数は200,000人を下回ったものの、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は228,000人で依然として目標の200,000人を上回っています。なお、8月の失業率は前月と同じく、ほぼ完全雇用に近い4.9%でした。労働参加率は62.9%で、前月より0.2%上昇しました。時間当たりの賃金上昇率は2.2%の減少となりました。部門別では、ヘルスケア関連業が57,000人、小売業が55,000人、建設業が19,000人増加した一方、建設業が18,000人、鉱山業が15,000人の減少となりました。
3.FOMC会合とその影響
3月16日と17日にFOMCが開催されました。会合後の声明文では以下のような点が伝えられました。ここ数ヶ月の国際経済と金融市場の動きにかかわらず、経済活動は緩やかに拡大、家計支出や住宅部門も一段と改善している。一方、企業の設備投資や輸出は軟化し、労働市場に関する指標は更に力強さを増していることを示している。インフレ率についてはエネルギー価格の低下とエネルギー価格以外の輸入価格の低下の影響もあり、FOMCの目標である2%を下回る水準で推移している。
FOMCは金融政策スタンスの緩やかな調整によって経済は緩やかなペースで拡大し、労働市場の指標も引き続き力強さを増すものと予測している。しかし、国際経済と金融市場の動向が引き続きリスクをもたらしている。インフレ率も先のエネルギー価格の更なる下落もあり、短期的に低く留まるが、一時的な影響が消え、労働市場が力強さを増すにつれ、中期的には2%へ向かっていくものと予測している。
こうした経済見通しを踏まえ、フェデラルファンドレート(FF)の誘導目標を0.25%-0.5%に据え置くことを決定した(賛成は9名で、カンザスシティー連銀総裁は0.50%-0.75%への引き上げを求めた)。経済情勢はFF金利の緩やかな引き上げを許すような形で進むとみているが、当面は長期的に通常と見る水準以下に維持される可能性が高い。今後実際のFF金利の上げ方は、データが伝える経済見通しによって決定される。
また、米機関債と住宅ローン担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する既存の政策を維持する。この政策はFF金利が通常の水準に戻るまで維持され、金融緩和状態が継続するのに役立つはずとしました。
今回のFOMC会合で特徴的であったのは、昨年12月のFOMC会合で2016年は年4回の利上げが想定されていましたが、年2回と修正されたことです。これは昨年12月以降に顕著になった原油などエネルギー価格の低下や中国などの景気減速が米国内の経済に与える悪影響に配慮せざるを得なかったためと見られます。一部のアナリストは昨年12月の金利引き上げは時期尚早であったとの見方を取っていますが、12月末以降今年初めにおける株価の下落は予想されていなかった海外要因が大きく響いたものでした。
因みに3月初め以降は原油価格の上昇傾向が進んでおり、また中国経済の停滞に伴う株価の影響も限定的になっています。また、3月25日に発表された2015年10-12月のGDP確定値は前期比年率換算で1.4%増となり、2月下旬発表の改定値が0.4%上方修正されました。この点、FRBは、3月29日のイエレン連銀議長の講演会での慎重発言などがあるものの、今後金融正常化に向かって追加利上げに次第に向かっていくものと見られます。なお、追加利上げがドル高となって一時的に海外比率の高い企業の採算を悪化させ、株価の調整要因となりますが、既に高値水準にある米国の株価水準からすれば、長期的に見れば健全な調整になるものと思われます。
4.オバマ大統領のキューバ訪問
3月21日に、オバマ大統領は米国の大統領として88年振りにキューバを訪問しました。キューバは人口約1100万人、一人当たりGDPが約7,000ドルの中進国ですが、歴史的には米国との経済繋がりは深く、今回の訪問は今後米国が中南米関係を転換させる上で大きな意味を持っています。その一方、キューバは依然社会主義国家であり、民主政治体制ではなく、国民の基本的な権利が十分に保証されているとは言えず、難しい面も持っています。
中国などの共産主義国家に見られるように、共産党政権による市場開放策は政権の権力維持や拡大を狙いとされることが多く、日米欧の企業による優れた資本や技術の提供が共産党政権の権力強化に使われてしまう危険性を含んでいます。GDPで世界第2位となった中国の場合、自動車などの主要産業における合弁企業の外資出資比率は依然49%に制限されており、支配権は中国側企業に委ねられ、中国側のペースで進められています。
今回、オバマ大統領は22日にハバナの国立劇場でキューバ国民向けの演説をし、「冷戦の遺物を葬るためにここに来たこと」、「キューバの人々に友情の手を差し伸べる」と同時に」「表現、集会、信仰の自由などの人権は普遍的なもの」などとして、キューバの人権状況の改善や民主化の促進を求めました。こうしたオバマ政権の演説が、キューバの民主化や国民の人権尊重といった方向に向かうように期待したいものです。
同時に、オバマ政権が掲げる平和主義外交は評価されるべきものですが、理念が優先される結果、中国の共産党政権などが進める国内の人権抑圧や対外的な覇権主義に対し、有効な手段となっていないという現実があり、新たな対策を講じる必要があるように思われます(共和党のトランプ候補のような過激な対応策ではなく)。
5.中銀への過度依存がもたらす悪循環の欧州市場
欧州中央銀行(ECB)は10日の理事会で包括的な金融川策を決定しました。その一つは民間銀行が余剰資金をECBに預けた場合に課す手数料(マイナス金利)を現行の0.3%から0.4%に引き上げであり、もう一つは量的緩和策の規模を現行の月額600億ユーロから800億ユーロへ拡大でした。また、量的緩和策には国債だけでなく、高格付けのユーロ建て社債を追加することも決めました。
今回、ECB理事会が包括的な金融緩和策を発表したのは欧州市場における物価低迷で、一時はプラスに転じていた消費者物価上昇率は最近マイナスに転じており、今回の理事会でも昨年12月時点で1.0%と見込んでいたのを0.1%に下方修正しました。
しかしながら、こうしたECBによる追加の金融緩和策が企業の設備投資拡大のための借り入れ増加に向かう保証はありません。世界的なデフレ化現象の中で実体経済に新たな資金需要があるとは到底考えられず、中銀が追加の金融緩和策を導入しても、巨額の貸し出しが起こる可能性は少ないといえます。むしろ、問題はこうした過度な常な金融緩和策が不動産市場に流れ、不動産市場が過熱していることです(米国では連銀が2008年11月に導入した量的緩和策が株式市場の急回復をもたらしました)。
欧州の株式市場が中銀の過度な金融緩和策によって大きな影響を受けていることは昨年12月と同様で、今回もドラギ総裁が記者会見で、追加の緩和策は想定していないと発言したことから、欧州市場は軒並み下落に転じました。
いずれにしても、中銀依存の高い欧州や日本は、現在のようなグローバル化によるデフレ化が進む中で、中銀による政策展開には限界があることの認識を持つことが急務となるように思われます。
(2016年4月1日: 村方 清)