1.5月の株式市場
5月の株式市場は引き続き、原油先物相場の上昇や中国経済の減速懸念が和らぐ一方、米国経済の緩やかな回復を背景に連銀の金利引き上げが意識され、株価の変動が大きくなりました。主要な動きは以下の通りでした。
5月2日:米国の4月ISM製造業景況感指数が前月の51.8%から50.8%へ低下したために、連銀の低金利政策の長期化するとの期待から、ダウ平均価格は118ドル高(0.66%増加)。
5月3日:中国製造業のPMIの悪化、オーストラリアの中央銀行による史上最低の金利引下げに加え、原油先物相場も下落して、140ドル安(0.78%減少)。
5月4日:ADPが発表した4月の非農業部門の雇用者数の伸びは156,000人で市場予想の193,000人に届かず、中国経済の減速にも警戒感が強く、100ドル安(0.56%減少)。
5月6日:米政府発表の4月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比160,000人増で市場予想の200,000人増を下回り(失業率は5.0%で変わらず)、緩和的な金融政策が長期化するとの見方から80ドル高(0.45%増加)。
5月10日:原油先物相場が上昇したことや中国の卸売物価指数が前年同月比3.4%下落と前月より下落幅が縮小し、中国の景気減速懸念が和らいだことで、222ドル高(1.26%増加)。
5月11日:ウォルトディズニーや百貨店大手メーシーなどの四半期業績が振るわず、個人消費株を中心に売りが広がり、217ドル安(1.21%減少)。
5月13日:原油先物相場の下落に加え、4月の米小売売上高は前月比1.3%増と市場予想を上回ったものの、小売企業の業績は低迷したところが多く、185ドル安(1.05%減少)。
5月16日:原油先物相場の上昇や著名投資家ウォーレン・バフレットの投資会社が第1四半期にアップル株を取得していたことからアップル株が急上昇、175ドル高(1%増加)。
5月17日:4月のCPIが0.4%増で市場予想を上回ったことや住宅着工件数の増加などによる米経済の改善から、FRBの利上げ先送りが弱まるとの見方で、181ドル安(1.02%減少)。
5月19日:ニューヨーク連銀総裁の追加利上げの可能性発言などに影響され、FRBによる早期利上げへの警戒からの売りが優勢で、91ドル安(0.52%減少)。
5月20日:世界市場の株高を受けて、下落基調の米国市場も買戻しが優勢となり、66ドル高(0.38%増加)。
5月24日:米新築住宅販売件数が前月比16.6%増の年ベース619,000戸と2008年1月以来の高水準となったことで、住宅市況の改善が確認され、213ドル高(1.22%増加)。
5月25日:原油先物市場の上昇や世界的株高の影響を受けて、投資家心理が改善し、買いが優勢となり、145ドル高(0.82%増加)。
5月27日:原油先物相場が下落、イエレン議長の利上げ含みの講演から下落に転じる場面もあったが、欧州市場の株高や1-3月期GDP改定値の上方修正で、45ドル高(0.25%増加)。
5月31日:4月の個人消費支出は前月比1.0%増と6年8ヶ月ぶりの高い伸びとなったことで、早期の利上げを見込んだ売りが優勢となり、86ドル安(0.98%減少)。
2.米国の雇用状況
米労働省が5月6日に発表した4月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比160,000人の増加で、市場予想の208,000人増を下回りました。また、2月の雇用者数の確定値は233,000人で12,000人の減少、3月の改定値は208,000人で7,000人の減少となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は200,333人で、依然として目標の200,000人を上回っています。なお、4月の失業率は前月と変わらず、5.0%に留まりました(広義の失業率は9.7%へ0.1%低下)。労働参加率は62.8%で、前月より0.2%減少しました。時間当たりの賃金上昇率は0.3%の上昇となりました。部門別では製造業が4,000人増加した一方、鉱山業が8,000人の減少、小売業も3,000人の減少となりました。
3.変貌する米国の小売業ビジネス
4月の米小売売上高は前月比1.3%増となりましたが、主因は販売が好調な自動車とオンラインショッピングであり、大手百貨店を含む伝統的な店舗ショッピングは不振が続いています。最大手のメーシーズは売り上げが7%の減少、高級店のノードストロムも1.7%の減少、中価格帯のコールズや低価格帯のJCペニーも其々3.9%と2%の減少となりました。こうした状況から、小売企業の業績悪化を反映して、5月13日のダウ平均価格は185ドル安(1.05%減少)となりました。
これに対し、アマゾンに代表されるオンラインショッピングは4月だけで2.1%の増加、年間では10.2%の増加となりました。一部の見方では、アマゾンの衣料品売り上げが2017年に1位になると予想しています。衣料品の店舗ショッピングが不振であるのはオンラインショッピングに比べ、労賃などのコストが割高になってしまうことに加えて、消費者の消費パターンが衣料品や靴などを購入するよりはケーブル、衛星テレビ、スマートフォンなどの通信サービスにより多くのお金を費やす傾向が広がっていることにも影響されています(衣料品などの支出は年率1%の伸びであるのに対し、これらのサービスに使う費用は年率5.1%の伸びを示しています)。
米国のGDPの約70%は個人消費ですが、店舗ショッピングからオンラインショッピングに大きく移行していく時に、それが経済成長や雇用に与える影響を分析していくことが必要になっています(今年1月15日に米国小売企業最大のウォールマートは全世界で269店舗、全米で154店舗の閉鎖を発表)。
4.連銀による利上げの可能性
5月18日に、連銀は4月26-27日に開催されたFOMCの議事録を公表しました。議事録では、今後発表される指標が第2四半期経済の最長加速を示し、雇用市場が改善を続け、物価上昇率が目標の2%に向かって前進するならば、6月の会合でフェデラルファンドレートの目標レンジを引き上げることが適切になるだろうとしました。
また、1-3月期の国内消費の低迷については、多くの委員は一時的な要因が理由であるとして、堅調な雇用創出や実質所得の増加、家計資産の改善から、低迷は持続しないと見ていました。加えて、世界経済と金融市場がもたらすリスクは和らいだとの認識で一致していました。
加えて、イエレン連銀議長が5月27日にハーバード大学での討論で、経済指標の改善が続けば今後数ヶ月以内に利上げが適切になるとの見方を示しました。この日に発表された今年1-3月期のGDP改定値は速報値の0.5%から0.8%へ上方修正されており、4-6月期についてもニューヨーク連銀の予測モデルでは2.9%を示すなど、経済成長の回復が見込まれています。加えて、個人消費についても、前述したように自動車とオンラインショッピングの好調さから4月の米小売売上高は前月比1.3%増を示し、27日に発表されたミシガン大学の5月消費者態度指数は速報値の95.8から94.7へ下方修正されたものの、昨年6月以来の高水準となりました。こうしたことから、早ければ、6月14-15日に開催される連銀のFOMC会合でフェデラルファンド(FF)の誘導目標を0.25%引き上げる可能性が出てきました。なお、市場関係者でも、株の投資アナリストで著名なJim
Cramer氏は昨年12月の連銀による利上げに強く反対しましたが、5月27日には近い将来の利上げに賛意を示していました。
5.世界経済の構造変化
5月26日と27日に日本の伊勢志摩で開催された7カ国首脳会議で、議長国である日本の安倍首相は世界経済がリーマン危機の時と同じようなリスクがあるとの認識を提起しましたが、ドイツや英国の首脳さらにIMF専務理事からは必ずしも賛意が得られませんでした。
安倍首相がリスク判断の根拠としたのは2015年初め以降の石油など資源価格の急激な下落に加え、中国やブラジルなど新興国経済の急速な悪化のようですが、米国での一般的な見方とは大分異なっていると思われます。資源価格の下落や新興国経済の悪化の最大要因は米国の連銀が2008年11月以降導入した量的緩和策が2014年末に終了し、緩和政策による過度なマネーが作り上げた人為的な資源価格の高騰あるいは新興国の投機的な経済活動が急速に縮小し始めたことによるものです。それは米国で起きている資産バブルの調整と共に、過度(あるいは異常)な金融緩和策の終了に伴う金融正常化の当然の帰結であったように思われます。その意味では過度な金融緩和策の導入に際しては、常に金融正常化に戻るための出口戦力を用意しておくことが最も重要になるはずです(日銀も欧州連銀も現在出口戦略がなく、実体経済に大きな改善効果が見込めない金融緩和策を一段と強めるばかりで、今後の副作用による悪影響が深く懸念されます)。
一方、中国経済については中国が発展途上国から中進国になったことによる従来実行してきた共産党政権による国家主導型の経済運営が大きな転換期に来ていることだと思います。本来は市場経済原則を導入し、業績不振が目立つ国営企業の整理統合を図るべき時期に来ていると見られますが、それは共産党政権による経済運営の失敗と受け止められかねず、思い切った政策展開ができないというのが現状であると思います。
なお、日米欧の先進国経済、特に日欧が陥っている経済の停滞についてはニューノーマル(長期停滞)といった観点から見ておくことも必要ではないかと思います。この仮説を唱えたラリー・サマーズ元財務長官によれば、現在の経済では投資より貯蓄が好まれ、慢性的な貯蓄過剰が見られる状況になっており、過剰貯蓄は実質金利を押し下げ、弱い需要は低い経済成長の原因となり、インフレ率はターゲットを下回ることになると説明しています。また、こうした状況下で、完全雇用を実現するために金融政策を導入すれば、信用流入額があまりに膨大で、資産バブルを伴う金融市場の不安定化が避けられなくなるとしています。彼によれば、長期停滞下の一時的な経済回復は、持続不可能な信用創出と株や不動産の高騰という資産価格バブルによって実現されているものであり、量的緩和が終われば経済成長はまた低いレベルに押し下げられていくことになります。
こうした状況に対応するために、サマーズ氏が主張するのは行き過ぎた金融緩和策ではなく、民間貯蓄が民間投資を著しく上回っている場合には、政府は借り入れを負やし、より多くの投資をしなければならないとしています。特に、米国の場合、経済全体に対する政府のインフラ投資の割合が最も低い国であり、公共事業の拡大が必要であるとしています。彼の提案は財政赤字が順調に改善されていく米国には適用される余地があると思われます(但し、財政規律を強く求める共和党が連邦議会の多数派であるかぎり、財政際策の実行は容易ではないと現実もあります)。 その一方、政府債務がGDP比率で世界最大の日本あるいは高比率の南欧諸国を抱えるEUでは財政政策を積極的に実行できるような環境ではありません。
現在、先進国経済の低成長やデフレ化をもたらしている実体経済の最大要因は政治体制や経済原則が異なった国や地域まで拡大した企業の行過ぎたグローバル化であり、4の米小売業の変化で述べたようなITを活用した急激な技術革新であると思います。いずれも従来の雇用を奪う点では経済のマイナスであり、行過ぎたグローバル化や技術革新の見直しが必要があると思います(特に、中国の外資導入政策は未だに重要産業は中国側が51%の支配権を維持することを条件とされ、先進国企業に対する中国のライバル企業の育成や発展に主眼点が置かれているために、全体としてマクロ面で中国からの経済的脅威を受けることになります)。
しかしながら、反グローバル化や反技術革新だけでは政府・中央銀行による通貨安政策と同じように、その時の政府の政権維持のために生産性が低く、競争力のない衰退産業の保護対策になってしまうだけに、グローバル化の進展や技術革新の導入を前提としながら、先進国経済の構造を一層高い段階に進める必要があります。今回のサミットで、最も注目されたのはドイツのメルケル首相が提唱した市場における民間部門の構造調整、特に第4次産業革命、すなわちインターネットを活用した高度技術戦略を提唱していたことでした(ドイツ政府は財政規律と金融節度を前提としているために、政府の財政政策や中銀の金融緩和策への依存度は低い)。今後はITを使った産業や社会全体のシステム化を進めると同時に、そこで余った労働力は人と人の接触・対応能力が要求される医療や介護などのサービス産業に転換させていくような大規模な構造調整が必要になってきているように思われます。
(2016年6月1日: 村方 清)