Friday, July 1, 2016

英国のEU離脱決定と株式市場の混乱
















1.6月の株式市場
6月の株式市場は中頃までは英国のEU離脱に関する6月23日の国民投票の見方が交錯し不安定であったものの、直前には原油先物相場の上昇や5月の雇用者数の大幅減少による金利引き上げ時期の遅れなどで、実体経済と乖離した上昇傾向が再び始まっていました。しかし、6月23日の国民投票で事前の予想とは異なる英国のEU離脱の決定により、米国のみならず世界の株式市場は大幅下落しました。その後、月末には再び買い戻しの動きが活発化することになりました。主要な動きは以下の通りでした。

6月2日:OPEC総会で原油の増産凍結で合意し、先物相場が下げ幅を強めたが。ADPの5月雇用レポートで雇用者数の伸びが市場予想を上回ったことから、49ドル高(0.27%増加)。
6月3日:米政府発表の5月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比38,000人増で市場予想の155,000人増を大きく下回り(失業率は4.7%に低下)、米景気への警戒感が増して32ドル安(0.18%減少)。
6月6日:原油先物相場の上昇とイエレン連銀議長の講演で、5月の雇用統計悪化による利上げ時期の後退との観測から、買いが優勢となり、113ドル高(0.64%増加)。
6月8日:原油先物相場の上昇とドル高懸念が和らぎ、67ドル高(0.37%増加)。
6月10日:原油先物相場の下落に加え、英国のEU離脱に関する国民投票の最新調査で、離脱支持が残留支持を上回ったことから、世界的株安となり、120ドル安(0.67%減少)。
6月13日:英国のEU離脱への警戒感が羅世界的な株安が続いていることやビジネス交流サイトのリンクトンの買収を発表したマイクロソフトが大幅下落し、133ドル安(0.74%減少)。
6月14日:英国のEU離脱の世論調査で離脱派が優勢であることで、JPモルガンなどの金融株に売りが広がり、58ドル安(0.33%減少)。
6月15日:FOMCが現状維持の発表を行なったものの、市場の反応は限られ、取引終了にかけて売りが優勢となり、35ドル安(0.20%減少)。
6月16日:朝方は世界株安の影響から売りが優勢であったが、英国で残留支持派の野党下院議員の射殺事件を受けて、残留派の支持が広がるとの思惑から、93ドル高(0.53%増加)。
6月17日:英国のEU離脱を問う国民投票への不透明感から、58ドル安(0.33%減少)。
6月20日:英国のEU離脱への懸念が後退し、130ドル高(0.73%増加)。
6月22日:23日の英国でのEU離脱の国民投票を控え、結果を見極めたいとする投資家が多く、49ドル安(0.27%減少)。
6月23日:英国のEU離脱に関する国民投票で残留支持が優勢との期待から、投資家心理が改善し、230ドル高(1.29%増加)。
6月24日:英国の国民投票によるEU離脱の決定を受けて、世界景気の減速や金融市場の混乱につながるとの警戒感から、610ドル安(3.39%減少)。下げ幅は2011年8月8日以来。
6月27日:英国のEU離脱決定に伴う欧州経済の不透明感や金融市場の混乱を受けて、金融や素材株を中心に売りが広がり、261ドル安(1.50%減少)。
6月28日:英国のEU離脱問題に一服感が出て、欧州株が上昇、米国でも投資家心理に歯止めがかかり、買いが優勢となって、 269ドル高(1.57%増加)。
6月29日:原油先物相場の上昇に加え、英国のEU離脱決定に伴なう金融市場の混乱が落ち着いてきたことから欧州市場の株価が上昇したことで、285ドル高(1.64%増加)。
6月30日:欧州の株高や英中銀の金融緩和観測で、買いが増し、235ドル高(1.33%増加)。

2.米国の雇用状況
米労働省が6月3日に発表した5月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比38,000人の増加で、市場予想の155,000人増を大きく下回りました。また、3月の雇用者数の確定値は186,000人で22,000人の減少、4月の改定値は123,000人で37,000人の減少となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は116,000人で、目標の200,000人を大きく下回りました。なお、4月の失業率は前月から0.3%低下の4.7%となり、2007年11月以来の低水準となりました(広義の失業率は9.7%で変わらず)。労働参加率は62.6%で、前月より0.2%減少しました。時間当たりの賃金上昇率は0.2%増と僅かな上昇となりました。部門別では小売業が11,400人増加したものの、ベライゾンの一時的なストライキの影響で情報部門が38,000人の減少、製造業も10,000人の減少、不振が続く鉱山業も10,000人の減少となりました(鉱山業はピーク時より207,000人の減少)。

3.イエレン議長の講演とFOMC会合
イエレン議長は6月6日の午後に講演し、5月の雇用統計が予想を大幅に下回る38,000人増に留まったことに関連して、政策金利は物価と雇用の安定を確保するため、緩やかに引き上げていくことが必要と指摘しました。イエレン議長は5月下旬の講演では経済成長が予想通りに続けば、今後数ヶ月以内に利上げが適切として、早ければ6月14-15日のFOMCで利上げに踏み切る可能性があると観測されていました。いずれにしても、5月の雇用統計の悪化と6月23日に予定される英国のEU離脱の是非をめぐる国民投票の結果の懸念もあり、6月の利上げは無くなったと見られています。

6月14-15日にFOMCが開催されました。会合後の声明文では以下のようなことが伝えられました。経済活動は上向いたようであるが、雇用改善のペースは減速した。失業率は改選したものの、雇用増加は減少した。 家計支出の伸びは強まった。今年初め以降、住宅部門は改善を続けており、純輸出の低迷も和らいだようだが、企業の設備投資は軟化した。インフレ率についてはエネルギー価格の低下とエネルギー価格以外の輸入価格の下落の影響もあり、FOMCの目標である2%を下回る水準で推移している。

FOMCは金融政策の緩やかな調整によって経済が緩やかなペースで拡大し、労働市場の指標も力強さを増していくものと予測していた。インフレ率はエネルギー価格の低下もあり、短期的に低く留まるが、一時的な影響が消え、労働市場が力強さを増すに連れ、中期的に2%へ向かっていくものと予測している。FOMCは物価指標および世界経済と金融市場の動向を引き続き注視する。

こうした経済見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)の誘導目標を0.25-0.5%に据え置くことを決定した。経済情勢はFF金利の緩やかな引き上げを許すような形が進むものとみているが、当面通常と見る水準以下に維持される可能性が高い。今後実際のFF金利の上げ方はデータが伝える経済見通しによって決定される。

なお、米機関債と住宅担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する既存の政策を維持する。この政策はFF金利が通常の水準に戻るまで維持するとしました。

加えて、6月21日と22日に、イエレン議長は連邦議会の上院と下院で証言を行い、FOMCでの決定を踏まえ、労働市場に減速感があり、慎重姿勢が必要であることや英国のEU離脱問題の展開によっては重大な影響が懸念されることを改めて伝えました。

また、FOMC会合やイエレン連邦議長の議会証言後の株式市場の反応は限定的でしたが、その理由は6月23日に予定される英国のEU離脱をめぐる国民投票の結果を見極めたいとする投資家が多かったことによります。

4.英国のEU離脱決定と世界株式市場への影響
英国のEU離脱をめぐる国民投票は6月23日に実施されましたが、最終結果は離脱支持が1741万(51.9%)、残留支持が1614万(48.1%)で、120万票以上の差で離脱が決定しました。国民投票直前までは残留派の辛勝を予想する世論も多く、主要国の株価の上昇が見られていただけに、今回の結果は衝撃を持って受け止められています。但し、6月16日の英国残留を支持していた下院議員の射殺事件前には離脱派が優勢であったことや6月23日の天候が悪かった残留派地域の投票率が低かったことからすれば、今回の国民投票の結果は全く起こりえなかったことではありませんでした。

今後の影響については、残留のために最大の努力をしてきたキャメロン保守党党首が6月24日に辞意を表明したこともあり、9月初めまでに選出される新しい保守党のリーダーとEUとの間で関税や移民問題などを中心に交渉が始められることになります。しかし、EU執行部には英国の離脱が既存メンバーに悪影響を及ぼすことの懸念から、フランスやイタリアなどからはかなり厳しい態度で臨むべきとの意向が伝えられています(6月29日のEU理事会で英国との交渉では単一市場へのアクセスと移動の自由は不可分であることを確認)。経済面の影響を考えると、英国のEU離脱は英国にとっては140億ユーロの拠出金を節約できるという短期的なメリットはあるものの、英国のEUとの貿易総額は約49%で、米国の11%や中国の7%を大きく超えており、単一市場のEUへのアクセスが容易でなくなることの長期的なデメリットが大きいものと見られます。更に、欧州の金融センターであった英国のシティの役割低下が避けられないことや英国を欧州への輸出のための生産・販売拠点として位置づけていた外国企業の移転が新たな関税により欧州大陸に急速に進むことも予想されます。

また、経済的な問題以外に、EUメンバー国のオランダやデンマークなどで自国の主権回復を求める反EUの動きが起きており、今回の英国の離脱がそうした動きを加速させる恐れもあります。また、シリアや中東地域からの難民の流入問題ではEUの中核メンバーであるドイツとフランスの中にも反EUグループの台頭があり、そうしたグループとEUの統合を拡大させたいとするEU執行部や支援メンバー国政府との間の争いが激しくなることも予想されます。いずれにしても、オランダは2017年春に総選挙を、フランスは5月に大統領選挙を、ドイツは9月に総選挙を抱えており、選挙の結果によってはEUの求心力の一層の低下から政治・経済的な混乱がさらに深まる恐れがあります。

また、別の側面として、EUメンバー国における反EUの動きの台頭は行過ぎたグローバル化で取り残された先進国における中産階級や労働者グループなどの不満や反発が自国の主権を取り戻そうと言う右派グループに結びついてきている場合もあります。この点、先進各国で広がる企業のグローバル化による所得格差や過度な金融緩和に基づく株や土地価格の高騰を通じた資産格差の拡大にどのように対応すべきかの問題まで考える必要が出てきています(米国で米国第一主義を訴える共和党のトランプ大統領候補が英国でのEU離脱の動きを支持したのもそうした理由に基づいています)。

他方、今回の英国のEU離脱は世界の株式市場にも大きな不安定性をもたらしていいます。6月24日の先進国の株式市場の下落率を見ると、ポンドの価値が大幅に低下した英国の下落率は3.15%に留まったものの、中核メンバーであるドイツとフランスの下落率は各々6.32%と8.04%に及びました。更に経済の低迷が続く南欧諸国ではイタリアが12.69%、スペインが12.10%、ギリシャが16.30%となりました。米国の下落率は数字的には3.39%でしたが、下げ幅としては2011年8月8日以来、4年10ヶ月振りの大きさでした。また、日本も経済の低迷の中で、急速な円高の影響もあり、7.92%の高い下落率となりました。米国に比べ、欧州諸国や日本での下落率が高かったのは、財政負担の限界から、中央銀行によって取られている過度な金融緩和措置が株や不動産価格などの資産インフレを助長させ、改善効果の少ない実体経済との乖離を大きくさせ、高値相場にあった株式市場の不安定性が従来以上に高まっていたことによるものと見られます。今後についても、欧州の政治・経済的な混乱がユーロに対する米国や日本の通貨の価値上昇となって表われてくるところから、これらの国の輸出比率の高い企業の業績悪化が避けられず、株式市場の不安定性は当面続かざるを得ないと見られます。
      (2016年7月1日: 村方 清)