Monday, August 1, 2016

中銀間の緩和競争が招く過熱相場の再現


 













1.7月の株式市場
7月の株式市場は6月23日の英国民のEU離脱決定による市場の混乱が主要国の中央銀行の対応もあり早期に収まったことや超低金利環境下で主要企業の低めの四半期業績に納得する投資家も多く、ダウもS&P500も最高値を更新しました。主要な動きは以下の通りでした。

7月1日:欧州の株式市場が上昇し、投資心理が改善したことや6月の米ISM製造業景況感指数が予想以上に改善し、ダウ平均価格は19ドル高(0.11%増加)。
7月5日:原油先物相場の下落や欧州株安を受けて米国市場も投資家心理が悪化、資源株や金融関連株を中心に売りが優勢となり、109ドル安(0.61%減少)。
7月6日:ISMが発表した6月の非製造業景況感指数が前月から上昇、市場予想を上回った
ことや6月のFOMC会合で早期利上げに慎重姿勢であったことから、78ドル高(0.44%増加)。
7月7日:原油先物相場が下落したことや持ち高調整の動きから、23ドル安(0.13%減少)。
7月8日:米政府発表の6月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比287,000人増で市場予想の175,000人増を大きく上回り(失業率は4.9%に上昇)、米景気持ち直しへの期待感から251ドル高(1.40%増加)。
7月11日:先週末の雇用改善による景気回復の期待から、80ドル高(0.44%増加)。
7月12日:FRBが追加利上げに慎重との期待で121ドル高(0.66%増加)。ダウ最高値更新。
7月13日:緩和的金融策への期待と過熱感への警戒が交錯し、24ドル高(0.13%増加)。
7月14日:四半期業績を発表したJPモルガンの好調さを反映して、金融株が中心に買いが優勢となり、134ドル高(0.73%増加)。最高値更新。
7月15日:米国の6月小売売上高は前月比0.6増で、市場予想を大きく上回ったが、高値相場が続きことからの警戒感もあり、10ドル高(0.05%増加)。
7月18日:好業績期待と高値相場への警戒感から、17ドル高(0.09%増加)。
7月19日:ジョンソン・エンド・ジョンソン等の業績が好調で、26ドル高(0.14%増加)。
7月20日:マイクロソフト等の業績が好調で、36ドル高(0.19%増加)。
7月21日:インテルやアメリカンエクプレス等の業績悪化で、78ドル安(0.42%減少)。
7月22日:買いの材料は少ないものの、低金利状態への期待から、54ドル高(0.29%増加)。
7月25日:原油先物相場下落や過去最高相場から利益確定売りで、78ドル安(0.42%減少)。
7月26日:マクドナルドやベライゾンの四半期業績不振で、19ドル安(0.10%減少)。
7月27日:FOMC会合後の声明文で、追加利上げの時期は明確に示さなかったが、経済見通しに関する短期的なリスクは弱まったとの指摘をしたこともあり、2ドル高(0.01%減少)。
7月28日:フェイスブック等は好調であったが、フォードは不振で16ドル安(0.09%減少)。
7月29日:米政府発表の4-6月期のGDP速報値は前年同期比1.2%増で市場予想を下回り、
景気の先行き不透明感が出て、24ドル安(0.13%減少)。但し、7月全体では2.8%の増加。
2.米国の雇用状況
米労働省が7月8日に発表した6月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比287,000人の増加で、市場予想の170,000人増を大きく上回りました。また、4月の雇用者数の確定値は144,000人で21,000人の増加、4月の改定値は11,000人で27,000人の減少となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は147,000人で、目標の200,000人を下回りました。なお、4月の失業率は前月から0.2%上昇の4.9%へ悪化しました(広義の失業率は9.6%で0.1%改善)。労働参加率は62.7%で、前月より0.1%増加しました。時間当たりの賃金上昇率は0.1%増と僅かな上昇となりました。部門別ではレジャーやヘルスケア業が59,000人、小売業が29,900人、製造業も14,000人の増加となりました。一方、建設業は増減無しで、鉱山業は減少が続いています。

3.高まるEU内の不協和音
EUの権限が強いことや移住の自由に対する反発から、英国は6月23日の国民投票で離脱を決定しましたが、EUへの反発はそれ以外の国々からも起きています。その一つは財政再建の取り組みが不十分として制裁措置の勧告を受けたスペインやポルトガルなどです。EUの財政ルールでは財政赤字を国内総生産の3%以内に抑えることを求められていますが、スペインは2015年の財政赤字は5.1%に上っており、追加の緊縮政策がなくては達成できない状況です。ポルトガルについても、2013年までに3%以内に抑えることを約束していたものの、それができず2015年まで延長されていました。スペインでは反緊縮の立場を取る急進左派のポデモスが勢力を伸ばしており、政権がEUの勧告に従って更なる緊縮策を導入すれば、国内政治が不安定になるという恐れがあります。

もう一つはハンガリーやポーランドなど旧東欧圏の国々で、EU本部があるブリュッセルに権限が集中していることに対し、加盟国の権限強化を求める動きを活発化させています。
特に、この問題は欧州委員会が提案した加盟国への強制的な難民割り当てで深刻化しました。ドイツやオランダはEUとして統一的に対応すべきことも多いとして、加盟国への権限委譲には否定的で、両者は依然対立しています。これまでは、英国が非ユーロ国の代表とも言うべき存在でしたが、今後は英国を除く非ユーロ国がEU本部との話し合いが続けられることになります。

4.トルコのエルドアン強硬政権とクーデターの失敗
7月15日に起きたトルコでの一部軍隊によるクーデターは、前日に起きたフランスのニースで起きた大量殺傷事件と共に、大きな衝撃を与えました。ここ数年、トルコは内政面でイスラム教色の強いエルドアン政権による強圧政治が目立っています。その一方、対外面ではトルコは米国連合のIS掃討作戦の重要な空爆基地拠点であり、加えて欧州に向かう大量の中東難民の待機地ともなっています。このため、トルコの政治体制が崩壊することがあれば国際政治に与える影響は極めて深刻なものとなる恐れがありました。

しかし、クーデターが進展するにつれ、今回の事件は軍トップの参謀長を含むトルコ軍全体の動きではなく、エルドアン政権に対立する米国亡命中の宗教指導者ギュレン氏に近い軍の一部グループによる権力奪取の試みであったことが判明、夏期休暇中であったエルドアン大統領の呼びかけに一般市民や警察組織が協力、反乱軍が投降していくことになりました。エルドアン政権はギュアン師が今回のクーデター事件の黒幕と断定、米国に対し引渡しを要求、米国のケリー国務長官も十分な証拠があれば、適切に判断すると回答したことが伝えられています(実際に米国にいるギュアン師が関与したかどうかは不明)

今回、クーデターが失敗に終わったことにより、エルドアン政権は欧米との合意を今後とも履行していくことが期待されますが、その一方、国内面で、7月20日に3カ月間の非常事態宣言を実施して、ギュアン派を一掃すべく強圧政治が一層エスカレート(既に7000人近い軍と司法関係者を拘束、9000人近い警察関係者を解任)させている状況です。欧米政府の立場からすれば、対IS作戦やシリア難民問題でトルコ政府の協力は不可欠ですが、エルドアン政権が独裁体制を強化し、国民への強圧政治を一段と強めることには反対で、難しい対応を迫られています。

5.FOMC会合と中銀間の緩和競争による過熱相場
6月23日の英国のEU離脱決定による株式市場の混乱が収まった後、米国では7月中旬以降ダウ価格が連日のように史上最高値を更新するなど再び過熱状態が繰り返されています。
こうした状況の中で、注目された7月26-27日のFOMC会合では、金融政策の現状維持を決め、追加利上げを見送りました。但し、減速傾向であった雇用指標が6月には急回復し、
加えて、株価も連日最高値を更新するなどの状態を続けているところから、短期的なリスクは弱まったと指摘しました。この点、今後の経済指標も順調であれば、昨年12月以降、半年以上も見送ってきた利上げを9月のFOMC会合で決める可能性も出てきています。

しかしながら、連銀は欧州や日本の連銀が過度な金融政策を取り続けている中で、連銀による利上げはドル高を招き、米国の輸出企業の業績悪化にも懸念を抱いていると言われています。その一方、米、日、欧州の中央銀行による過度の金融緩和策が続けられれば、為替安誘導による低価格の輸出品競争が際限もなく、繰り返されることになります。同時に、
グローバル化や技術革新が進む現在のビジネス環境の中では、中央銀行による金融緩和策によって実体経済を回復させることは難しく(7月29日の米国政府発表の4-6月期GDPは市場予想の2.6%を大きく下回る1.2%増)、むしろ株価や不動産価格の高騰といった資産インフレに大きな効果をもたらすことになります。

私が記録を取っている30近くの株価動向を見ると、配当率の安定性が売り物であったAT&TやVerizonなどを含め3分の1近くが最近の一ヶ月程度に最高値を更新しています(一部の投資アドバイザーはこうした低金利状態下ではPERが19から25になっても正当化されるとしています)。しかしながら、2000年初めに起きたITバブルの時の経験などからすれば、実体経済の改善を伴わない株価高騰(株バブル)は長期的に続く保証はなく、何かを契機に急激に下落することになります。本来、中央銀行は株式市場を含む金融市場の安定に主眼点を置くべきであり、一部の中央銀行がデフレ脱却を口実に過剰な金融緩和策を通じて通貨価値の下落や株価の高値誘導に必死になっているのは間違っているという感じがします。
         (2016年8月1日:  村方 清)