1.8月の株式市場
8月の株式市場は前半においては原油先物相場の上昇と連銀の低金利政策への期待から株価が最高値を更新しました。しかし、後半は連銀の利上げも意識されるようになり、小幅ながら不安定な動きとなりました。主要な動きは以下の通りでした。
8月1日:ISMの7月製造業景況感指数は50を上回ったものの、原油先物相場が一時1バレル40ドルを下回り、大手石油株が大幅に売られ、ダウ平均は28ドル安(0.15%減少)。
8月2日:欧州の銀行株が財務健全性の懸念から大きく売られ全面安となったこと、原油先物相場が更に下落したことで、91ドル安(0.49減少)。
8月3日:原油先物相場が上昇したことや、ADPの7月非農業部門雇用者数が前月比179,000増で市場予想に近かったことで、41ドル高(0.23%増加)。
8月5日:米政府発表の7月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比255,000人増で市場予想の180,000人増を大きく上回り(失業率は4.9%で変わらず)、米景気持ち直しへの期待感から191ドル高(1.04%増加)。
8月8日:製薬大手の下落も含め、利益の確定売りが優勢で、14ドル安(0.08%減少)。
8月10日:原油先物相場が大きく下落、エネルギー株が売られ、37ドル安(0.20%減少)。
8月11日:原油先物相場が大きく上昇、メーシーズなど小売大手の四半期業績が好調で、小売や石油関連に買いが優勢となり、118ドル高(0.60%増加)。7月20日以来最高値更新。
8月12日:7月の小売売上高は横ばい、米卸売物価指数は市場予想に反して下落、8月の米消費者物価指数は市場予想を下回ったことで、警戒感が広がり、37ドル安(0.20%減少)。
8月15日:原油先物相場が急上昇し、WTIが一時1バレル45.93ドルとなったことから、石油関連や素材株が買われ、60ドル高(0.32%増加)。
8月16日:NY連銀総裁の発言などから、早期の金利引き上げが意識され、利益確定の売りが優勢で、84ドル安(0.45%減少)。
8月17日:7月のFOMCの議事録要旨が公開され、FRBによる利上げは緩やかなペースに留まるとの見方から、22ドル高(0.12%増加)。
8月18日:原油先物相場が上昇し、1バレル48ドル台前半まで上げたことから、石油株が買われ、24ドル高(0.13%増加)。
8月19日:サンフランシスコ連銀総裁等の利上げ前向き発言などから、9月の利上げの可能性が意識され、45ドル安(0.24%減少)。
8月22日:フィッシャーFRB連銀議長の経済情勢や物価目標の達成に楽観的な見方を示したことから、早期の利上げが意識され、24ドル安(0.12%減少)。
8月23日:7月の新築住宅販売件数が前月比12.4%増など好調な指標が発表されたが、26日のイエレン連銀議長の講演内容を見極めたい投資家も多く、18ドル高(0.10%増加)。
8月24日:原油先物相場の下落と高値相場からの利益確定売りで、66ドル安(0.35%減少)。
8月25日:イエレン議長の講演前に利益確定売りが優勢で、33ドル安(0.18%減少)。
8月26日:ジャクソンホール会議でのイエレン連銀議長の引き締め堅持の講演内容とフィッシャー連銀副議長のインタビューで、早期の利上げが意識され、53ドル安(0.29%減少)。
8月29日:7月の個人消費支出が前年同月比で1.6%上昇し、景気や物価の回復基調は続いているとの見方から、買いが優勢で、108ドル高(0.58%増加)。
8月30日:原油先物相場の下落と連銀の追加利上げが意識され、49ドル安(0.26%減少)。
8月31日:原油先物相場の下落と8月のADPの非農業部門雇用者数が177,000人増と順調な伸びを示したことで、連銀の追加利上げが意識され、53ドル安(0.29%減少)。8月にナスダックは1%上昇したものの、ダウ平均は31ドル安で7ヶ月ぶりに下落。
2.米国の雇用状況
米労働省が8月5日に発表した7月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比255,000人の増加で、市場予想の180,000人増を大きく上回りました。また、5月の雇用者数の確定値は24,000人で13,000人の増加、6月の改定値は292,000人で5,000人の増加となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は190,000人で、目標の200,000人を若干下回りました。なお、7月の失業率は4.9%で前月比横ばいでした(広義の失業率は9.7%で0.1%悪化)。労働参加率は62.8%で、前月より0.1%増加しました。7月の時間当たり賃金上昇率は0.3%増で、前年同月比で2.6%の上昇となりました。部門別ではレジャーやヘルスケア業が45,000人、小売業が14,700人、製造業も前月の15,000人増に続き、9,000人の増加となりました。また、建設業も3ヶ月間の減少後に14,000人の増加となりました。しかし、鉱山業は7月も7,000人減少となっています。
3.最高値更新の株式市場と利上げの可能性
(1)最高値更新の株式市場
8月11日の株式市場は、増産凍結交渉への期待感から原油先物相場が上昇したことに加え、
メーシーズやコールズなど大手百貨店の四半期業績改善を背景に、株価が高騰、ダウ平均価格、ナスダック総合株価指数、S&P500種株価指数の3つがいずれも最高値を更新、1999
年12月31日以来16年8ヶ月ぶりの出来事となりました。
しかしながら、翌日発表された経済指標を見ると、7月の米小売売上高は前月から横ばいで、市場予想の0.4%に届かず、7月の卸売物価指数も市場予想に反し、0.4%の下落となり、下落率では2015年9月以降最大となりました。加えて、8月の米消費者態度指数も市場予想を下回る結果となりました。
8月17日に公表されたFOMCの議事録要旨によれば、6月のFOMC会合で懸念された労働市場の停滞と英国のEU離脱後の金融市場への悪影響という2つの不確実性は遠のいたものの、大半の委員が追加利上げの決定前に、更なる追加データを待つ必要があることが賢明と指摘していました。また、景気見通しについては大きく変化していないものの、物価上昇が目標の2%を下回り、足踏みが続いていることに懸念を示しました。
米国の株式市場は6月23日の英国のEU離脱に関する国民投票後の一時的な調整はあったものの、その後は再び上昇傾向を強め、最高値を更新し続けました。その背景にあるのは米国経済の回復というより、米連銀の金融正常化への慎重姿勢が低利回り環境を持続させ、投資家に更なる株投資を促すという面もあるように思われます。特に、米連銀の慎重姿勢は日銀や欧州中央銀行が更なる金融緩和策を模索している時に、利上げを行なえばドル高となり、米国輸出企業の業績を悪化させかねないとの懸念があると見られています。
(2)利上げの可能性
そうした中で注目されたのは、各国の中央銀行首脳が集まるジャクソンホールの経済シンポジウムでのイエレン連銀議長の講演でした。議長は講演の中で、米景気の緩やかな回復に伴ない雇用の改善が続く中で、足踏み状態であった物価上昇率も2%に向かって高まっていくことを予想しました。その上で、FOMCとして緩やかな利上げが適切であると見ており、ここ数ヶ月は利上げの条件が整ってきたとしました。
イエレン議長の講演後の市場の反応は市場の予想の範囲内でしたが、利上げの決定に大きな影響力を持つと言われるフィッシャー連銀副総裁(元IMF専務理事で前イスラエル中央銀行総裁)がCNBCとのインタビューで、以下のような回答をしたことにより市場の反応は警戒的な動きを示すこととなりました。
(A)
利上げの条件が整ってきたとの判断の理由
-ここ3ヶ月間の雇用数は平均月間で190万人以上と安定してきていること。また、GDPも2%前後であるが、今後は上向く可能性があること。そして、インフレも依然2%以下であるが、今年は昨年より上昇していることが上げられる。
(B) 9月の利上げと今年2回の利上げの可能性
-全ては今後のデータ次第であるが、そうした可能性があることは否定しない。
(C) 今年1月に今年は4回の利上げを想定したと思うが、それは予想が外れたことによるものか。
-そうではなく、経済予測が難しくなっていることによる。
(D) 経済成長が約2%程度しかないのは何が理由か。
-生産性が伸びていないことが大きい。これが伸びない限り、高い成長は難しい。
(E) 財政政策への期待はあるのか。
-連銀ができることは金融政策であり、それだけでは十分でなく、財政政策も必要と思われる。但し、財政政策の権限は議会と大統領に与えられており、連銀は直接に関与できない。
(F) 米国の大統領選挙や欧州の選挙が与える影響
-連銀が重視するのは経済データであり、政治による影響は少ないと思っている。但し、政治結果が予想とは全く異なることになった場合は、金融政策を変えることもあり得る。
なお、フィッシャー連銀副総裁以外にも、ジャクソンホール会議前にニューヨーク連銀のダドリー総裁、サンフランシスコ連銀のウイリアムズ総裁が近い将来の利上げを示唆しています。また、23日に公表された公定歩合に関する7月会合の議事要旨では、全12連銀のうち、3分の2の8連銀が引き上げを求めていたことも明らかになりました。
フィッシャー連銀副総裁のインタビュー後、市場は早期利上げの可能性が高まったとして警戒的な動きと成り、下落幅が拡大し、終値は53ドル安となりました。なお、一部のエコノミストからは長期に渡って金融緩和策を続けたことにより、連銀の金融政策が限界になっており、利上げをすることにより、将来の不測事態への対応措置の幅を持たせることができるのも大きな要因ではないかとしています。
いずれにしても、現在の米国の株式市場は、経済が絶好調ではないにもかかわらず、連銀の低金利政策を背景に8月初めの株価は連日最高値を更新するなど、過熱状態にあり、利上げにより、株価の調整が図られることは株式市場の健全さを取り戻す上でも必要ことではないかと思われます。
(2016年9月1日: 村方 清)