Saturday, October 1, 2016

再び利上げが見送られた米国の株式市場

















1.9月の株式市場
9月の株式市場は前半においては原油先物相場の動きと利上げをめぐる連銀関係者の発言によって影響されました。後半はFOMCの現状維持の決定で株価は持ち直したものの、原油先物相場の動向によって再び不安定な展開となりました。主要な動きは以下の通りでした。

9月1日:ISMの8月製造業景況感指数は49.4と前月から3.2ポイント低下、原油先物相場も下落、一時下げ幅は105ドルまで拡大したが、取引終了時にかけて持ち高調整の買いが優勢となり、ダウ平均価格は18ドル高(0.10%増加)。
9月2日:米政府発表の8月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比151,000人増で市場予想の180,000人増を下回り(失業率は4.9%で変わらず)、FRBの追加利上げの観測が後退して、73ドル高(0.39%増加)。
9月6日:ISMの8月非製造業景況感指数は51.4%と市場予想を大幅に下回ったものの、原油先物相場が上昇し、石油・エネルギー株が買われ、46ドル高(0.25%増加)。
9月8日:ECBが現行の金融緩和政策維持を決めたこと及びアップルやナイキの投資判断が引き下げられたことで、全体の相場が下落し、46ドル安(0.25%減少)。
9月9日:8日のECBの金融政策維持に加え、9日のボストン連銀総裁の講演会での金融正常化への前向き姿勢を受けて、欧米主要国の金利上昇が続き、394ドル安(2.13%減少)。下落幅としては6月24日以来、2ヶ月半ぶり。
9月12日:FRBのブレイナード理事等が金融緩和解除に慎重な姿勢を示したことから、早期の利上げ観測が後退、多くの銘柄に買戻しが入り、240ドル高(1.32%増加)。
9月13日:原油先物相場が国際エネルギー機関の下方修正の需要予測を受け、前日比3%安の1バレル44.90ドルまで低下、石油関連株に売りが優勢で、258ドル安(1.41%減少)。
9月15日:8月の米小売売上高は前月比))0.3%減など主要な経済指標が低調で、FRBの9月の利上げが難しくなったとの見方から、買いが優勢となり、178ドル高(0.99%増加)。
9月16日:MBSの不正販売でドイツ銀行が米国司法省から巨額の和解金を求められたとの報道で欧米の金融株が下落したことや原油先物相場の下落で、89ドル安(0.49%減少)。
9月21日:FOMC会合で現行の金融政策の維持を決定したことから、市場も好感、取引終了時にかけて、上げ幅が拡大し、164ドル高(0.90%増加)。
9月22日:FRBが利上げを見送ったことから、当面低金利状態が続くとの見方から、REITなどへの買いが広がり、99ドル高(0.54%増加)。
923日:原油先物相場が大きく下落したことや過去最高値近い高値相場による売りが優勢で、131ドル安(0.71%減少)。
926日:米司法省より巨額の和解金支払いを求められたドイツ銀行株が大幅に下落に伴い、欧州株も下落、米国でも金融株を中心に売りが拡大し、167ドル安(0.91%減少)。
927日:大統領候補の討論会でトランプ候補の勝利への警官感が薄らいだことやドイツ銀行が上げに転じたことから、金融株の買戻しが広がり、133ドル高(0.74%増加)。
928日:OPECの非公式会合で生産量調整の合意との報道で、原油先物相場が大幅に上昇したことから、石油やエネルギー関連株が大きく上がり、111ドル高(0.61%増加)。
929日:ドイツ銀行の急落による金融システム全体のリスク懸念から、米国市場でも金融株を中心に売りが広がり、195ドル安(1.07%減少)。
930日:昨日まで急落したドイツ銀行株が米国司法省との和解金の大幅減額で決着するのと報道から反騰したで、米国の銀行株を中心に買い戻しが入り、165ドル高(0.91%増加)。

2.米国の雇用状況
米労働省が9月2日に発表した8月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比151,000人の増加で、市場予想の180,000人増を下回りました。また、6月の雇用者数の確定値は271,000人で21,000人の減少、7月の改定値は275,000人で20,000人の増加となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は232,000人で、目標の200,000人を上回りました。なお、8月の失業率は4.9%で前月比横ばいでした(広義の失業率も9.7%で横ばい)。労働参加率も62.8%で、前月比横ばいでした。8月の時間当たり賃金上昇率は0.1%増で、前年同月比で2.4%の上昇となりました。部門別ではヘルスケア業が39,000人、小売業が15,100人の増加となったものの、製造業が14,000人の減少となった他、鉱山業も4,000人減少となっています。

3.米国株式市場の変動要因-原油価格の動向と利上げの可能性
9月の米国株式市場の動きを見ると、2つの要因によって株価が大きく動いていることがわかります。一つは原油先物相場の動きによって、原油相場が上昇すると株価も上昇、原油相場が下落すると株価も下落するパターンを繰り返していることです。もう一つは経済指標データの好不調によって、連銀関係者が利上げの必要性を説くと、株価は下がり、現行金利水準の維持を唱えると株価は反発するというものです。

A)原油価格の動向
原油相場の動きについては国際エネルギー機関(IEA)が毎月の月報で需給見通しを出しており、今月もこれが株式市場に大きな影響を与えることになりました。9月13日に公表された月報によれば、2017年を通じて世界的な石油在庫の積み上がりが続き、供給過剰が4年連続することになると予想しています。特に、中国やインドの需要が失速する中で7-9月の消費の伸びは2年ぶりに低水準に落ち込む一方、供給はOPEC加盟国が記録的な生産を続けており、問題を悪化させているとしています。IEAは先月の月報で年内に需給均衡が回復するとの見通しを示していましたが、今回は少なくとも来年上期は供給が需要を上回りつづけ、需給の均衡回復については暫く時間を待たなければならないとしています。13日の株式市場はこの報告を受けて、258ドルの下落となりました。また、利上げを見送った9月21日のFOMC決定後、9月23日には原油先物相場の大幅低下から、ダウ平均価格は131ドルの下落となりました。

その後、アルジェで開かれていたOPECの臨時総会で、28日に加盟14カ国の原油生産量を日量3250万―3300万バレルに制限することで一致、現在の生産量が日産3300万バレル以上であるところから、2008年以来8年ぶりの減産合意となりました(国別の具体的な生産調整量は11月30日にウィーンで開催する総会で決定する予定)。28日の株式市場はOPECの非公式減産合意を受けて、ダウ価格は111ドルの上昇となりました。

今回の合意で、原油先物相場が一時的に1バレル50ドル台を回復することはあるにしても、本格的な原油高になるかはかなりの疑問とされます。11月30日の総会で総論には賛成でも、自国の減産に反対という産油国が出てくると見られる他、その合意が順守されるかは不透明であることです。特にイラクやイランのように市場シェアの拡大を狙って積極的な投資をしている国にとっては増産凍結は容易ではないと見られます。また、需要サイドにおいても、世界経済の低迷、特に中国などでは経済減速による石油需要の急速な増加は望めないこと、米国のシェールオイル生産業界も原油価格が1バレル50ドル台になれば、増産してくるはずで、今回の合意の中期的な効果は限定的なものに留まるように思われます。

B)再び見送られた利上げ
連銀の利上げについては20-21日に開かれたFOMCの会合に注目が集まりましたが、結果は金融政策の現状維持を決め、利上げを見送りました。会合後の声明文では以下のようなことが伝えられました。労働市場は引き続き強さを増しており、経済活動も今年前半の緩やかな拡大から上向いた。家計支出も力強く伸びた。一方、企業の設備投資は依然弱い状態が続いている。インフレ率もエネルギー価格及びエネルギー以外の輸入価格の低下もあり、FOMCの長期目標である2%wを下回る水準で推移している。

FOMCは法律で定められた雇用の最大化と物価安定の実現という2大使命を達成することに努める(注)。FOMCは金融政策の緩やかな調整によって、経済は緩やかなペースで拡大し、労働市場の状況も更に改善していくものと予測している。インフレ率も短期的に低く留まるが、一時的な影響が消え、労働市場が力強さを増すにつれ、中期的に2%に向かっていくものと予測している。FOMCは引き続きインフレ率や世界経済と金融市場の動向を注視する。

こうした経済見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)の誘導目標を0.25-0.5%に据え置くことを決定したFF金利を引き上げる条件は整ってきたと判断しているが、当面(雇用とインフレの)目標に向け、前進を続けることを裏付ける一段の確証を得るのを待つこと決めた。FOMCは経済情勢はFF金利の緩やかな引き上げのみを許すような形で進むと予測している。FF金利は当面長期的に通常と見られる水準以下に維持される可能性が高い。但し、実際のFF金利の上がり方はデータが伝える経済見通し次第だ。

米機関債と住宅担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する政策を維持する。この政策はFF金利が通常の水準に戻るまで維持する。

なお、今回の決定は7人のメンバーの賛成によるもので、3人のメンバーがFF金利の目標レンジを0.50-0.75%に引き上げるべきとして反対しました。また、会合後の記者会見で、イエレン議長は利上げの条件は整ってきたことを改めて指摘し、年1回の追加利上げを見込んでいることも明らかにしました。

先月の8月26日と27日にジャクソンホール会議でのイエレン議長の講演内容やフィッシャー連銀副総裁のインタビューで、FRBの早期利上げが近いとの感触を持たせましたが、9月に入り、ISMの8月製造業景況感指数や非製造業景況感指数がいずれも予想を下回ると連銀関係者の利上げに対する慎重意見が目立ってきていました。しかしながら、連銀による長期に渡る金融緩和政策によって、全体の株価は低迷する実体経済に比べ、上昇しすぎていることは間違いなく(FOMCの現状維持の決定があった21日も終値のダウ平均価格は164ドル高)、金融市場の安定化のためには株価のある程度の下落調整が必要になってきています。更に、今後の金融政策の柔軟性を持たせるためには、利上げにより、将来の予期せぬ出来事に対して、金融緩和策を取れる余地を残しておくようにすることも重要になっています。この点、今回利上げの決定はなされなかったものの、11月と12月に予定されるFOMOC会合で、利上げが決定される可能性はかなり高いものと見られます。

(注)連銀が2大使命を担うことになったのは1977年の連邦準備改革法によるとされます。しかし、正規雇用が大半であった当時と異なり、企業のグローバル化やIT技術の急速に発達した結果、正規雇用が全体の3分の2以下まで低下した現在のような状況で雇用の最大化とは何を意味するのか、あるいは市場経済でない中国のような旧共産圏国家が世界の実物経済に供給面で大きく関与し、先進国経済のデフレ化の大きな原因となっている時に、金融機能しか持っていない連銀に2%の物価上昇の達成というような大きな目標を与えることが適切であるのかに大きな疑問を持たざるを得ません。現在のような経済構造が大きく変化した中で、連銀が雇用最大化や2%物価上昇率など、曖昧かつ容易に達成できない目標を掲げ、金融緩和を長期間続け、株価や不動産価格などの資産価格が高騰した結果、低迷する実体経済の乖離が大きくなり、金融の不安定化や所得格差の拡大に拍車を駆けているように思われます。特に、ここ数年の金融政策の決定を行うFOMC開催時期における株価の異常な動きを見ると、本来企業業績を反映すべき株式市場が中銀である連銀の決定に投資家が過大に反応しているように思われます(中銀相場の形成)。その意味で、バーナンキ前連銀議長とイエレン現連銀議長の下で始められた大規模な量的緩和策が株価を高く誘導しすぎ、今は急激な下落を恐れる投資家に振り回される結果、金融正常化への道が容易でない事態になっているように思われます(スタンフォード大のテーラー教授が主張するように、グリンスパン元連銀議長が金利機能を重視し、金利の引き上げを早期にしていれば、リーマン破綻のような金融危機はなく、バーナンキ前議長による量的緩和策も不要であったということになると思います)。

なお、9月26日に行なわれた大統領候補による討論会でも、トランプ候補は現在米国の株式市場は民主党政権のために連銀によって実施されている無謀な低金利政策によってバブルの危険な状態にあると主張しました。しかし、実際は前述したように連銀が長期に渡り超金融緩和策、今は低金利政策を続けているのは1977年に制定された連邦準備改正法で規定された現在の環境に合わないデゥアルマンデートに縛られ過ぎていることにあると言ってよいように思います。
        (2016年10月1日:  村方 清)