Tuesday, November 1, 2016

長期金利上昇の影響を受けた米国の株式市場





1.10月の株式市場
10月の株式市場は原油先物相場の動きに加え、長期金利が徐々に上昇することによって公益事業やREITなど高利回り株が売られ、市場全体としても伸び悩む結果になりました。主要な動きは以下の通りでした。

10月3日:ISMの9月製造業景況感指数は51.5と前月から2.1ポイント増加したものの、先週末に大きく上昇した反動から利益確定売りが優勢で、ダウ価格は54ドル高(0.30増加)。
10月4日:ECBの量的緩和縮小の可能性が指摘され、米連銀でも年内の利上げ観測が根強く、公益事業、通信株、REITなど高利回り配当株が売られ、85ドル安(0.47%減少)。
10月5日:原油先物相場が1バレル50ドル近くまで上昇したことや9月非製造業景況感指数が2015年10月以来の高水準である57.1まで達したことを受けて早期の利上げが意識され、石油株や金融株が買われ、113ドル高(0.62%増加)。
10月7日:米政府発表の9月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比156,000人増で市場予想の180,000人増を下回ったものの(失業率は5.0%に上昇)、FRBの追加利上げの可能性は残っているとの見方から、28ドル安(0.15%減少)。
10月10日:原油先物相場が一時1バレル51.60ドルの高値をつけ、エネルギー株が買われたこと、第2回目の大統領選討論会でもクリントン候補が優位で、89ドル高(0.49%増加)。
10月11日:非鉄大手アルコアの四半期決算が市場予想に届かず、企業業績の不透明感がつながったことや米金利の上昇によるドル高の懸念から、200ドル安(1.09%減少)。
10月13日:中国の貿易収支の悪化を受けて、世界景気の不透明感が出てきたことから、売りが優勢で、45ドル安(0.25%減少)。
10月14日:JPモルガンなど米銀大手の四半期業績が好調で買いが広がったが、利上げへの警戒心も強く、39ドル高(0.22%増加)。
10月17日:欧州市場の低迷に加え、原油先物市場も下落、52ドル安(0.29%減少)。
10月18日:ユナイテッドヘルスやゴールドマン・サックスなどの四半期業績が好調であったことから、76ドル高(0.42%増加)。
10月19日:原油先物相場の上昇やモルガンスタンレーの四半期業績が好調で、41ドル高(0.22%増加)。
10月20日:トラベラーズやベライゾンの四半期業績が不調で、40ドル安(0.22%減少)。
10月24日:マイクロソフトなどの四半期業績が好調であることや大規模な合併・買収が発表されたことが好感され、77ドル高(0.43%増加)。
10月25日:原油先物相場の下落に加え、スリーエムやキャタピラーの四半期業績が不振で、
54ドル安(0.30%減少)。
10月26日:ボーイングの四半期業績が好調で、30ドル高(0.17%増加)。
10月27日:欧州の金利上昇に加え、米国でも10年物国債利回りが一時1.87%になるなど長期金利が上昇し、REITなどの銘柄が売られ、30ドル安(0.16%減少)。
10月28日:7-9月期のGDPは前期比年率2.9%増の高い水準で、米景気改善への期待が広がったが、午後にクリントン候補の使用メール問題で再調査開始とのニュースで、8ドル安(0.05%減少)。
10月31日:11月1-3日のFOMC会合を前に様子見姿勢が強く、19ドル安(0.1%減少)。

2.米国の雇用状況
米労働省が10月7日に発表した9月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比156,000人の増加で、市場予想の180,000人増を下回りました。また、7月の雇用者数の確定値は252,000人で23,000人の減少、8月の改定値は167,000人で16,000人の増加となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は192,000人で、目標の200,000人を下回りました。なお、9月の失業率も5.0%で0.1%悪化しました(広義の失業率は9.7%で横ばい)。労働参加率は62.9%で、前月比0.1%増加しました。9月の時間当たり賃金上昇率は0.2%増加で、前年同期比で2.6%上昇となりました。部門別では建設業が23,000人、小売業が22,000人、ホスピタリティ業が15,000人の増加となったものの、製造業が前月に続きさらに13,000人の減少となりました。

3.FOMC会合と長期金利の見通し
1012日に公表された92021日のFOMC会合議事要旨によれば、参加者の多くは利上げ条件が整い、比較的近いうちの利上げが適切との意見を表明しました。しかし、9月会合で利上げについては、多くの委員は労働市場のスラックスは残っており、インフレ圧力の兆候は殆どないと主張、利上げの根拠が強まっているものの、目標に向かって更なる証拠を待つことが必要としました。これに対し、複数の委員は経済が完全雇用に近い状態で、利上げの遅れは将来急激な利上げを余儀なくされる懸念があり、即時の利上げが必要であると主張しました。最終的に、9月の会合では投票権のある10名の委員のうち、7名が政策金利の据え置きを主張し、現状維持が決まりました。但し、その7名の多くは雇用状態の改善が続けば、早期の利上げが適切としました(米商務省が1028日に発表した79月期のGDP速報値では前期比年率2.9%増で、201479月期以来の高い伸び)。

次回のFOMC1112日に予定されていますが、118日の大統領選直前と言うこともあり、利上げが決定されることは低いと見られますが、声明文で利上げに前向きな姿勢が示されれば、12月の利上げの可能性は高くなると思われます。なお、米国の長期金利は10月下旬に欧州の金利上昇を受けて、5ヶ月振りの水準へ上昇しており、声明文の内容によっては長期金利の上昇圧力が一段と高まり、株式市場のマイナス要因となることも予想されます。

4.ECB(欧州中銀)の量的緩和策
ECB1020日に理事会を開きましたが、ドラギ総裁は記者会見で20173月末までとしている量的緩和策を延長するかどうかについて128日の理事会で決定することを伝えました。市場関係者は消費者物価上昇率が9月でも前年同期比で0.4%に留まっていることから、12月の理事会で6ヶ月程度の延長をするのではないかとの見方が多いようですが、量的緩和策の政策効果については疑問の声が出てくるようになっていることや割り当ての再調整も容易でないことから、延長するにしても規模の縮小を行なうのではないかとの見方も出ています。いずれにしても、12月は米国のFRBによる利上げの可能性も取りざたされており、欧米の中央銀行がどのような決定を行なうか従来以上に関心が高まっています。

5.原油価格の動向
928日のOPECの臨時総会で、加盟国の原油生産量を日産3250万―3300万バレルに制限することで合意しましたが、その後の原油先物相場は1バレル50台ドルで回復する状況になっています。しかしながら、更なる価格上昇については1130日のOPEC総会のメンバー国間の割り当て合意が成立するかが依然不透明であること、加えて米国のシェールオイル業界の増産の動きも伝えられており、慎重な見方が多いようです。特に、米国のシュールオイル会社の中には生産性向上により、採算点を1バレル40ドル以下においているところもあり、50ドル台後半で安定的に推移すれば、増産に踏み切るところも出てくるところが見込まれています。この結果、シェールオイルの全体の生産量が増加に転じれば、OPEC加盟国間の足並みが乱れ、自国の生産量削減に応じない国も現れてくることが予想されます。

6.大統領選両候補の経済政策の違い
1019日に民主党のクリントン候補と共和党のトランプ候補による第3回目の討論会がラスベガスで行なわれました。討論会のテーマの一つが経済問題であり、米国の経済成長をどのように回復させるか、及び財政赤字をいかに改善させるかについて議論が交わされました。クリントン候補が主張したのはミドルクラスを豊かにさせるような政策の導入であり、連邦政府によるインフラ投資の拡大と高度技術産業の育成を掲げました。このための財源としては富裕層と企業に対する税負担を増加させるというもので(25万ドル以下の家計には税負担の増額はなし)、かなり明確な政策が伝えられました。これに対し、トランプ候補は企業及び家計に対する大幅減税と規制緩和と同時に、貿易政策の根本的な見直しによる米国での産業復活を主張するものの、従来と同じく具体的な実行計画を示しませんでした。トランプ候補の問題はグローバリゼーションやIT技術の発展で、付加価値が低く労働集約的な産業はコスト面の優位性から発展途上国にシフトされているのが世界経済の動きにも拘らず、貿易協定の見直しでそうした産業が米国に戻ってくると考えている時代遅れの認識であったように思います(第1回の討論会でも、トランプ候補は司会者から同じ質問を何度も聞かれても答えられませんでした)。

次に、財政赤字の改善については司会者から現在の米国の財政赤字はGDP77%であるが、試算によれば、クリントン候補の計画では今後10年間で86%となること、トランプ候補の計画では105%に上昇となってしまうことへの懸念が出されました。これに対し、クリントン候補は政府による重点投資は富裕層と企業への増税で補うもので、追加の負担はないと説明しましたが、財政赤字の具体的な改善策は示されませんでした。これに対し、トランプ候補はインドや中国のGDP成長率は現在8%や7%となっているが、米国が1%程度しかないのが問題で、45%の成長率になれば財政赤字の問題は解消されると回答しました。しかし。トランプ候補は米国だけでなく欧州や日本など先進国が陥っている低成長には構造的な問題があることを殆ど理解していないように見られました。また、レーガン大統領の第一期に導入された大幅減税が巨額の財政赤字をもたらしたことも十分に認識してしないのではないかと感じられました。

いずれにしても、経済に強いとされるトランプ候補ですが、彼のビジネス経験が不動産開発業務(最近は不動産のブランドビジネス)に偏っているためか、グローバル化や技術革新が急激に進む中で、米国の製造業が置かれている状況を十分に理解していないように見られました。そして、このことが今後の米国に必要な政策を提言できず、次期大統領しての十分な資格を持っていないと判断させてしまっているように思われます。
           (2016111日: 村方 清)