1.11月の株式市場
11月の株式市場は11月8日の大統領選挙日を控えた11月6日までは警戒感から下落基調でした。しかし、矛盾の多い大幅減税と大型インフラ投資を掲げるトランプ候補が当選すると、投資家の過剰な期待から上昇基調に転じ、後半には連日最高値の更新となりました。主要な動きは以下の通りでした。
11月1日:11月8日予定の大統領選挙で政策展開が理解しにくい共和党のトランプ候補がリードの一部報道で、市場不透明感への警戒感から、ダウ価格は105ドル安(0.58%減少)。
11月2日:1-2日のFOMC会合で、政策金利の据え置きを決定したが、年内の利上げの可能性が意識されたことや大統領選の不透明感から、77ドル安(0.43%減少)。
11月4日:米政府発表の10月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比161,000人増で市場予想の175,000人増を下回ったものの(失業率は4.9%に低下)、年内のFRBの追加利上げの可能性はあるとの見方が強く、更に大統領選の不透明感から、42ドル安(0.24%増加)。
11月7日:11月5日にFBIが私的メール問題でクリントン候補を訴追しない方針を示したことから、経験豊かなクリントン候補が大統領選挙で勝つとの見方が高まり、8日間連続の下落基調が変化、原油先物相場の上昇も加わり、大幅上昇の371ドル高(2.08%増加)。
11月8日:クリントン候補が優勢との見方が続いていることから、73ドル高(0.40%増加)。
11月9日:大統領選で勝利したトランプ候補の政策の恩恵を受けると見られる金融株や製薬株を中心に買いが優勢となり、257ドル高(1.40%増加)。
11月10日:昨日に続き、金融株や製薬株が大幅な上昇で、218ドル高(1.17%増加)。
11月11日:原油先物相場は下落したものの、ディズニーやシスコシステムズなどが上昇し、相場を支え、40ドル高(0.21%増加)。週間の上昇率は5.4%で、5年11カ月振り。
11月15日:原油先物相場上昇による石油株の買いやIT株の買戻しで、54ドル高(0.29%増加)。
11月16日:トランプ候補の政策の恩恵を受けると見られている金融株を中心に利益確定の売りが優勢で、55ドル安(0.29%減少)。
11月17日:朝に発表された消費者物価指数は前月比0.4%上昇、10月の住宅着工件数も前月比25.5%増で米景気の好調さが伝えられ、連銀議長の議会証言での近い将来の利上げも予想されたものであったことから、36ドル高(0.19%増加)。
11月18日:株価指数が連日過去最高圏で推移しており、利益確定売りが出て、36ドル安(0.19%減少)。
11月21日:次期トランプ政権の経済政策の期待から、89ドル高(0.47%増加)。
11月22日:トランプ政権への期待から、67ドル高(0.35%増加)。ダウは19000ドル突破。
11月23日:11月のPMIや消費者態度指数など経済指標が改善されたことやトランプ政権の経済政策への期待から、59ドル高(0.31%増加)。
11月25日:トランプ政権と年末商戦への期待から、69ドル高(0.36%増加)。
11月28日:前週4日連続で最高値を更新したことから、30日のOPEC総会前に利益確定の売りが優勢で、54ドル安(0.28%減少)。
11月29日:7-9月期のGDP改定値が前期比年率3.2%で、市場予想を上回ったことや大手医療保険のユナイテッドヘルスグループの四半期業績が好調で、24ドル高(0.12%増加)。
11月30日:OPECが30日の総会で8年ぶりに減産が合意したことから、原油先物相場が急上昇し、石油株を中心に買いが広がったが、取引終了時にかけて利益確定の売りが優勢となり、2ドル高(0.01%増加)。11月のダウ価格上昇率は5.4%で今年3月以降最高の伸び。
2.米国の雇用状況
米労働省が11月4日に発表した10月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比161,000人の増加で、市場予想の175,000人増を下回りました。しかし、8月の雇用者数の確定値は176,000人で9,000人の増加、9月の改定値は197,000人で35,000人の増加となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者数の平均増加数は178,000人で、目標の200,000人を下回りました。なお、9月の失業率は4.9%で0.1%改善しました(広義の失業率は9.5%で0.2%の改善)。労働参加率は62.8%で、前月比0.1%減少しました。10月の時間当たり賃金上昇率は0.4%増加で、前年同期比で2.8%上昇となりました。部門別では建設業が11,000人、ヘルスケア業が39,000人の増加となりましたが、小売業は1,100人の減少となりました。製造業が前月に続き、更に9,000人の減少となりました。
3.FOMC会合及び連銀議長の議会証言
11月1-2日にFOMCが開催されましたが、金融政策の現状維持を決定、追加の利上げを見送りました。会合後の声明文では以下のようなことが伝えられました。経済活動は上向いており、労働市場は引き続き力強さを増した。失業率は変化していないが、雇用増は堅調であった。家計支出の緩やかに伸びているが、企業の設備投資は依然弱い状態が続いている。インフレ率は幾分高まったが、エネルギー価格及びエネルギー以外の輸入価格の低下もあり、FOMCの長期目標である2%wを下回る水準で推移している。
FOMCは法律で定められた雇用の最大化と物価安定の実現という2大使命を達成することに努める。FOMCは金融政策の緩かな調整によって、経済は緩やかなペースで拡大し、労働市場の状況も更に改善していくものと予測している。インフレ率も短期的に低く留まるが、一時的な影響が消え、労働市場が力強さを増すにつれ、中期的に2%に向かっていくものと予測している。FOMCはインフレ率や世界経済と金融市場の動向を引き続き注視する。
こうした経済見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)の誘導目標を0.25-0.5%に据え置くことを決定したFF金利を引き上げる条件は整ってきたと判断しているが、当面(雇用とインフレの)目標に向け、前進を続けることを裏付ける一段の確証を得るのを待つこと決めた。FOMCは今後の経済情勢がFF金利の緩やかな引き上げを許すような形で進むと予測している。FF金利は当面長期的に通常と見られる水準以下に維持される可能性が高い。但し、実際のFF金利の上がり方はデータが伝える経済見通し次第だ。
米機関債と住宅担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する政策を維持する。この政策はFF金利が通常の水準に戻るまで維持する。
なお、今回の決定は8人のメンバーの賛成によるもので、2人のメンバーがFF金利の目標レンジを0.50-0.75%に引き上げるべきとして反対しました。
FOMCは9月の会合で年1回の利上げを予定していることを提示していますが、今回については11月8日に大統領選挙を控えており、選挙結果への影響を考慮し、見送ったと判断されます。これにより、利上げの機会は12月13-14日に開催される今年最後のFOMC会合を待つことになります。
11月17日にイエレン連銀議長は上下両院の合同経済委員会で議会証言に質疑応答に臨みました。米国経済の現状について、経済活動が上向きであること、労働市場も改善傾向が続いていること、インフレ率は原油などのエネルギー価格の下落もあり、目標を下回っているが、中期的には目標に向かって進んでいくであろうとの従来の見方を繰り返しました。それと同時に、利上げの条件は整ってきているとして、12月のFOMC会合での利上げの可能性を示唆しました。
また、質疑応答の中で、トランプ候補が掲げた大型インフラ投資について、完全雇用の状況にある米国経済の中で、その必要性に否定的見解を示しました。その一方、長期的な生産性向上に結びつく財政政策は望ましいとの見方を示しました。更に、トランプ候補が撤廃を主張するドッド・フランク法(金融規制改革法)については、金融危機防止には重要で、その法律によって金融機関の経営も自己資本が増加し、安定性が確保されているとして、撤廃に反対を唱えました。
4.英国のEU離脱には議会承認が必要との判決
英国のEU離脱に関連して、市民側が訴えていたEU離脱には議会の承認が必要性について、英国のロンドン高等法院は11月3日にこれを認め、EUに通知する前に議会承認が必要との判決を出しました。英国政府はこの判決を不服として最高裁に上訴する方針が示しました。最高裁での審理は12月になると見られています。もし、最高裁が同様の判決をした場合、来年3月までに議会承認を得られるかどうかは不透明で、政府としては改めて戦略を立て直す必要に迫られることになります。
5.OPECの減産合意
30日に開催されたOPECの総会で、9月末に合意された総量で日産120万バレルの減産合意に基づき、加盟国の減産割り当てが合意されました。それによると、合意が難しいと見られていたサウジアラビアとイランが其々50万バレルと20万バレルの減産となることが決定されました。OPECとしては加盟国以外のロシアなどにも減産を要請することが伝えられています(ロシアも30万バレルの減産をする用意があることを示唆)。
OPECの減産合意は成立したものの、問題は減産により原油価格が上昇すれば、米国のシュエールオイルの生産が再び活発になることも予想され、原油価格が大幅に上昇することは当面ないものと見られています。
6.トランプ次期大統領の経済政策と過熱状態の株式市場
11月8日の大統領選挙で、事前の予想に反して、共和党のトランプ候補が勝利しましたが、株式市場では今後のトランプ政権の経済政策を見越した動きが始まりました。直後の数日間で大きく上昇したのは、規制緩和が期待される銀行などの金融株と新規薬品を開発する製薬会社株で、10-15%程度上昇しました。その一方、課税強化が予想される海外での生産や販売が大きいアップルなどのIT関連株は軒並み大きく下落しました。この傾向が就任後も続くかについては、規制緩和による悪影響や物価上昇による金利引き上げの動きも見ておく必要があり、見通しがはっきりしません。
トランプ政権の主要経済政策は政権移行100日計画に見られる大幅減税と景気刺激を促進する財政支出にあります。特に企業減税では法人税率を現行の35%から15%に引き上げる計画と言われています。財政支出策では老朽化した道路や橋などの公共事業による約1兆ドルのインフラ投資が中心になると見られます。前者については、両議会の多数派となった共和党の“小さな政府”の考え方に近く、議会の理解も得られるものと見られるものの、後者については財政支出との関連で、政府の財政赤字が巨額になる恐れもあります。なお、前にものべたように、11月17日の議会証言でイエレン連銀議長はトランプ政権の大型インフラ投資に否定的なコメントを述べています。
トランプ政権では新たな財政支出の財源を海外事業活動の大きい企業への課税強化や海外における米軍駐留経費の受入国分担費増額で補い、更にこうした政策で経済成長が加速すれば税収増が望まれると考えているようです。しかし、海外比率の高い企業への課税強化や駐留経費の受入国負担増はいずれも強い反発も予想され、容易ではないのではないかと思われます(民主党のクリントン候補の計画では収益を上げている企業や富裕層に対する増税を公共のインフラ投資の財源としていましたので、財政赤字に与える影響も限られています)。
海外との貿易取引について、トランプ候補はNAFTAがロストベルトの白人労働者の奪ったものであり、見直しの必要があること、TPPも米国民の雇用を奪うものとして、脱退を表明しています。しかしながら、労働集約度の比較的高い鉄鋼製品や自動車などのオールドエコノミーに属する産業については、為替水準や関税率以上に労賃の差が強い影響力を持つものであり、自由貿易協定を廃止して生産工場を発展途上国から米国へ戻そうとすれば、米国の競争力が低下するように思われます。更に、高コストの米国製品を普及しようとすれば、米国の消費者が割高のものを買うことになりはしないとかの疑問が生じます。この点、トランプ候補は、多くの米国企業がIT技術の普及に伴い、労賃の安い発展途上国に生産拠点を移す経済のグローバル化の意味を十分に理解していないように感じられます。また、オールドエコノミーに属する労働集約的な産業の雇用を重視する反面、米国が世界をリードしてきたIT関連や最先端医療など今後の成長が期待されるニューエコノミーを軽視しているようなところがあり、米国の産業高度化が停滞する恐れもあります。
前からも伝えていますが、トランプ政権の政策は1980年に発足したレーガンの第一政権の政策に類似するものがあり、減税とインフラ投資の大幅拡大で財政赤字が急速に拡大、インフレが過熱する恐れがあります。いずれにしても、トランプ政権の主要な経済政策が矛盾の大きな内容を含んでいることを考えると、大統領選挙後に始まったトランプ・ラリーといわれ現象は投資家の過大な期待による投機的動きと言った方がよく、新政権発足後に矛盾点の顕在化により、大きな調整が出てくるようにも思われます。
(2016年12月1日:村方 清)