1.2月の株式市場
2月の株式市場はトランプ政権の経済政策に対する投資家の過剰な期待から2月9日以降12日間連続で上昇(1987年の記録に並ぶ)、上昇率も4.9%に達しました。主要な動きは以下の通りでした。
2月1日:アップルの四半期業績が好調であったことやISMの製造業景況感指数も市場予想を大幅に上回るものだったが、FOMCが現状維持を決めたことで買いが鈍り、ダウは27ドル高0.14%増加)。
2月3日:米政府発表の12月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比227,000人増で、市場予想の175,000人増を大きく上回ったこと(失業率は4.8%に上昇)及びトランプ大統領が金融規制の見直しを指示する大統領令に署名したことで、金融株が大きく上昇、187ドル高(0.94%増加)。2月7日:米企業の業績改善から買いが優勢だったが、原油安を受けて伸び悩み、38ドル高(0.19%増加)。
2月8日:トランプ政権の政策運営の不透明感から金融株に売りが出て、36ドル安(0.18%減少)。
2月9日:米航空大手幹部との会談でトランプ大統領による減税などの税制改革の言及があったとの報道から、景気や企業業績の押し上げ期待から、118ドル高(0.59%増加)。
2月10日:トランプ政権による減税など経済政策への投資家の期待が続いていることや原油先物相場の上昇でエネルギー株が買われ、97ドル高(0.48%増加)。
2月13日:トランプ政権の減税措置や金融規制緩和への期待から、143ドル高(0.70%増加)。
2月14日:イエレン連銀議長の上院銀行委員会での証言で今後数回のFOMC会合で追加利上げの可能性を示唆したことから、利上げで収益改善が期待される銀行株が買われ、92ドル高(0.45%増加)。
2月15日:1月の米小売売上高は前月比0.4%増、消費者物価指数も前月比0.6%上昇市場予想を上回り、米景気の回復が続いているとの見方で、107ドル高(0.52%増加)。
2月21日:ウォールマートやホームデポなどの小売大手の決算が好調であったことや原油高を背景に石油株にも買いが優勢で、119ドル高(0.58%増加)。
2月22日:1月の中古住宅販売件数が市場予想より増加したこと、ダウ・ケミカルとの合併を発表したデュポンが欧州当局の審査通過で3%強の上昇となり相場を押し上げ、33ドル高(0.16%増加)。
2月23日:原油高とトランプ政権の経済政策への期待で、35ドル高(0.17%増加)。
2月27日:28日のトランプ大統領の議会演説への期待から、16ドル高(0.08%増加)。
2月28日:トランプ大統領の議会演説を前に利益確定の売りが強く、25ドル安(0.12%減少)。ダウ平均は昨日まで12日間連続の最高値更新。月間ベースで2月は4.9%上昇。
2.米国の雇用状況
米労働省が2月3日に発表した2月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比227,000人の増加で、市場予想の175,000人増を大きく上回りました。11月の雇用者数の確定値は164,000人で40,000人の減少、12月の改定値は157,000人で1,000人の増加で、合計として39,000人の減少となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者の平均増加数は183,000人で、完全雇用に近い水準であり堅調な増加と見られています。なお、1月の失業率は4.8%で、0.1%悪化しました(広義の失業率は9.4%で0.2%の悪化)。労働参加率は62.9%で、前月比0.1%増加しました。1月の時間当たり賃金上昇率は0.1%増加で、前年同期比で2.5%増に留まりました。部門別では小売業が45,900人の増加、建設業が36,000人の増加、製造業も5,000人の増加となりました。
3.FOMCの現状維持決定とイエレン議長の議会証言
1月31日-2月1日にFOMCが開催されましたが、金融政策の現状維持を決定、追加の利上げを見送りました。会合後の声明文では以下のようなことが伝えられました。労働市場は引き続き力強さを増し、経済活動は緩やかなペースで拡大を続けた。た。雇用増は依然好調で、失業率も低水準を維持している。家計支出の緩やかに伸びているが、企業の設備投資は依然弱い状態が続いている。インフレ率はこの数四半期上昇したが、FOMCの長期目標である2%wを下回る水準で推移している。
FOMCは法律で定められた雇用の最大化と物価安定の実現という2大使命を達成することに努める。FOMCは金融政策の緩かな調整によって、経済は緩やかなペースで拡大し、労働市場の状況も更に改善していくものと予測している。インフレ率も短期的に低く留まるが、一時的な影響が消え、労働市場が力強さを増すにつれ、中期的に2%に向かっていくものと予測している。
景気見通しのリスクは短期的にほぼ均衡している。FOMCはインフレ率や世界経済と金融市場の動向を引き続き注視する。
こうした経済見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)の誘導目標を0.50-0.75%に据え置くことを決定した。FF金利の誘導目標を調整する今後の時期と規模を判断するにあたって、FOMCは雇用の最大化と物価上昇率2%という目標との比較で経済情勢の実績と見通しを評価していく。FOMCは今後の経済情勢がFF金利の緩やかな引き上げを許すような形で進むと予測している。FF金利は当面長期的に通常と見られる水準以下に維持される可能性が高い。但し、実際のFF金利の上がり方はデータが伝える経済見通し次第だ。
米機関債と住宅担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する政策を維持する。この政策はFF金利が通常の水準に戻るまで維持する。
なお、今回の決定は10人のメンバーの全員賛成によるものであった。
イエレン連銀議長は14日と15日に、議会ので証言に出席しました。イエレン議長の現状説明はFOMC会合での声明文とほぼ同じ内容でしたが、質疑応答の主要なやり取りは以下のようなものでした。
① 連銀のバランスシートの改善
―金融正常化の方針の中で、政策金利が一定の水準に達した時点で、国債やMBSの再投資のを行う。最終的には国債のみの保有とする。また、現在、短期の政策金利の調整が経済に与える影響について十分と考えており、バランスシート運営を今後金融政策手段として活用することは消極的にならざるをえない。
② テーラールールの適用性
テーラールールの適用は米国の実質金利が2%以上であることを前提にしており、現在の米国のように0%程度であれば、米国経済には不適切であると思われる〈注〉。(注)テーラー教授の指摘は、グリーンスパン議長当時、金利引き上げが必要であったにも変わらず、長期に低金利政策を維持した結果、リーマン破綻な度に見られる住宅不動産バブルによる住宅向モーゲージローン証券化の行き過ぎが生じたとしている。
③ トランプ大統領のドッド・フランク法の見直し
イエレン議長はドッド・フランク法の設立により、大手金融機関の資本力が強化されたことは評価している。一部の議員はコミュニティバンクやクレジットユニオンが大手の金融機関と同じような不適切な規制を受けてきたと批判している。
④ トランプ政権の経済政策
イエレン議長は直接、トランプ政権の経済政策にコメントすることは避け、トランプ政権の経済政策には長期的に経済成長を高めるための生産性上昇を促す政策が見られないことを指摘している。
4.トランプ大統領の議会演説
トランプ大統領は28日に米議会上下両院本会議で、就任後初めての議会演説を行いました(通常、大統領は1月に一般教書演説を行うが、新たに就任した大統領は演説が2月にずれるのが慣行)。
内容的にはオバマ前大統領の時のような自由世界のリーダーとしての理念的な提言は皆無で、1月20日の大統領就任の際の米国第一主義の繰り返しでした。国内的には従来から主張してきた規制緩和と減税による米国経済の成長促進を掲げ、対外的には米国の利益優先の保護主義の正当性の主張でした。これに加えて、国防費の大場増加と官民の資金による約1兆ドルのインフラ投資でした。トランプ大統領は法人税を35%から20%を下げるような減税を歴史的な改革を行うと言っていますが、小さな政府を前提とした1981年のレーガンの税制改革が与えたような衝撃はなかったように思います。また、当時の米国の財政状況と異なり、米国の累積財政赤字額が20兆ドルを超えるような現在の状況で、大幅な減税が可能なのかという疑問が生じます(年間赤字は、オバマ前大統領の下で2009年の約1兆6000億ドルから2016年の約6000億ドルの大幅削減に成功)。さらに、約1兆ドルのインフラ投資についても、民主党のクリントン候補は財源を示したものの、トランプ大統領は未だにそれがなく、財政規律を重視する議会の共和党保守派がどこまで認めるかは明確ではありません(採算性が確実でないインフラ投資に民間資金がどこまで集まるかもよくわかりません)。最後に、留意すべきはレーガン大統領の下で行われた大幅減税とソ連に対抗すべく取られた巨額な国防費増大が米国の財政赤字を急激に悪化させ、レーガン大統領は2期目の1986年の税制改正で多くの減税措置を廃止せざるを得なくなったことです。
いずれにしても、米国の株式市場は11月8日のトランプ候補の勝利後、ダウベースで約2500ドルの13.5%の上昇を示してきましたが、トランプ政権の具体的な政策効果というより、投資家の過剰な期待が株価を異常に引き上げているように思います。
(2017年3月1日: 村方 清)