Sunday, October 1, 2017

北朝鮮情勢と金融正常化に影響される米国市場

 















1.9月の株式市場
9月の株式市場は前半期では北朝鮮情勢の変化によって相場が大きく上下しましたが、後半期は北朝鮮情勢に加えてFOMCによる金融正常化の動きによって影響されました。主要な動きは以下の通りでした。

91日:米政府発表の8月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比156,000人増で、市場予想の180,000人増を下回り(失業率も4.4%に悪化)、長期金利の上昇による金融株への投資家の積極買いもあり、39ドル高(0.18%増加)。
95日:北朝鮮の核実験強行など地政学リスクの高まりと長期金利の低下による金融株の売りで、234ドル安(1.05%減少)。
96日:前日の大幅安の反動と連邦債務引き上げ問題で超党派の合意に前進したとの見方から、54ドル高(0.25%増加)。
97日:米長期金利の低下で、JP Morganなどの金融株が売られ、23ドル安(0.10%減少)。
911日:北朝鮮の軍事挑発が後退したことに加え、大型ハリケーンの被害が予想を下回るとの見方から、260ドル高(1.19%増加)。
912日:北朝鮮情勢やハリケーン被害への警戒感が後退したことや長期金利の上昇による金融株の買いなどで、61ドル高(0.28%増加)。
913日:原油高を背景とするエネルギー株が買われたことや税制改革への期待から、39ドル高(0.18%増加)。
914日:原油先物相場が上昇し、前日に続きエネルギー株が買われ、45ドル高(0.20増加)。
915日:北朝鮮が弾道ミサイルを発射したものの、市場の反応は限定的で、好業績の期待が高まるボーイングや新製品発表のアップルが相場をけん引し、65ドル高(0.29%増加)。
918日:北朝鮮情勢の過度の警官感が和らいだことや長期金利上昇に伴う金融株の買いが強まり、63ドル高(0.28%増加)。
919日:長期金利上昇に伴う金融株の買いに加え、通信株も上昇し、39ドル高(0.18%増加)。
920日:FOMCで政策金利の維持と10月からの保有資産の縮小を決定したが、金融正常化のペースは加速しないとの判断がなされ、42ドル高(0.09%増加)。
921日:FOMCが年内の利上げ見通しが高まり、割高感のあるハイテク株を中心に売りが優勢で、53ドル安(0.24%減少)。
925日:アップルなどのハイテク株が多く売られたことや北朝鮮情勢の警戒感が高まったことで、54ドル安(0.24%減少)。
926日:前日に売られたアップルが買われる一方、マクドナルドなどが売られ、12ドル安(0.05%減少)。
927日:トランプ政権と共和党指導部による税制改革案が公表され、法人税率の引き下げへの期待から、56ドル高(0.25%増加)。
928日:米国の長期金利の高止まりら、金融株の買いが続いたことやアナリストの投資判断が上方修正されたマクドナルドが2%強上昇し、相場を押し上げ、40ドル高(0.18%増加)。
929日:利益確定の売りが優勢であったが、長期金利上昇にによる金融株の買いで、終了時は24ドル高(0.11%増加)。

2.米国の雇用状況
米労働省が91日に発表した8月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比156,000人の増加で、市場予想の180,000人増を下回りました。6月の雇用者数の確定値は210,000人で21,000人の減少、7月の改定値は189,000人で20,000人の減少、合計として41,000人の減少となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者の平均増加数は185,000人で、好調さの目安とされた200,000人に近い水準を下回りました。なお、1月の失業率は4.4%で、0.1%悪化しました(広義の失業率は8.6%で変わらず)。労働参加率は62,9%で、前月と同水準でした。8月の時間当たり賃金上昇率は前月比0.1%増加で、前年同月比では2.5%増と同じ水準でした。部門別では製造業が36,000人の増加、建設業も28,000人の増加となりました。

3.FOMC会合とQE政策の評価
1FOMC会合の結果
FOMC会合が91920日に開催されましたが、政策金利の現状維持と同時に10月からFRBの保有資産の縮小を決定しました。会合後の声明文では以下のようなことが伝えられました。労働市場は引き続き力強さを増し、経済活動は緩やかに拡大している。雇用増はここ数カ月堅調さを保ち、失業率も低い水準を維持している。家計支出は緩やかなペースで拡大し、企業の設備投資もこの数四半期上向いた。インフレ率はエネルギーと食品の価格を除くと、鈍化し、2%を下回っている。アンケート調査では長期のインフレ予想はあまり変わっていない。

FOMCは法律で定められた使命を達成するために、雇用の最大化と物価安定の実現に努める。ハリケーン“ハービー”“イルマ”“マリア”は多くの地域社会に打撃を与え、深刻な被害をもたらした。ハリケーンの被害は短期的に経済活動の影響するであろうが、中期的に国の経済の進路を大きく変える可能性は低い。このため、FOMCは金融政策の運営姿勢の緩やかな調整によって、経済は緩やかなペースで拡大、労働市場の状況もさらにいくらか引き締まると予測する。インフレ率は中期的に2%付近で安定すると予測している。

景気見通しのリスクは短期的にほぼ均衡してきているようであるが、インフレ率の動向を注視する。

FOMCは労働市場情勢とインフレ率の実績と見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を0.751%に据え置くことを決定した。FF金利の誘導目標を調整する今後の時期と規模を判断するにあたって、雇用の最大化とインフレ率2%という目標との比較で評価していく。インフレ圧力、インフレ予想の指標、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断していく。FOMCは経済情勢がFF金利の緩やかな引き上げを許すようなかたちで進むと予測している。

FOMC20176月の「政策正常化の原則と計画への付録」で説明したバランスシート正常化プログラムを10月に開始する(注)
(注)10月から3カ月間の縮小幅は米国債が月60億ドル、MBSなどが40億ドルに留める。縮小は段階的に増やして1年後にはそれぞれ月300億ドル、月200億ドルとして、資産縮小の規模は最大で6,000億ドルとなる見込み。。

今回の決定はイエレン議長を含む9人のメンバー全員一致による。

今回、FOMCで政策金利の維持と10月からの保有資産の縮小を決定したことについては金融正常化のペースは加速しないとの判断がなされたこともあり、ダウは42ドル高となりました。

2)量的緩和(QE)政策の評価について
FOMC200811月以降に導入したQE政策で、FRBが保有する資産は現在約4.5兆ドルに達しており、今回FOMCが保有資産の段階的な縮小を決定したのは金融政策の正常化の観点からすれば当然と見られています。それと同時に、連銀によるQE政策の必要性については専門家の間でも未だに評価が分かれています。イエレン連銀議長やバーナンキ前連銀議長は金融市場が正常な状態であれば必要ないが、ゼロ金利政策が有効でないような異常な状況下では、QE政策は導入される必要があるとしています。

これに対し、次の連銀議長の候補の一人とされるテイラー・スタンフォード大教授は連銀が金利の先行きについて指針を与えればすむことであり、QEは必要がなかったとしています(2008年に起きた金融危機も、グリーンスパン連銀議長が早めに金利引き上げを実行していれば回避されたものであり、QE政策も不要であったとしています)。また、エバンス・シカゴ地区連銀総裁も金融危機の際にQEを導入したことにより、連銀は本来の役割を変えてしまったと批判しています。また、ブラインダー・プリンストン大教授(元連銀副議長)などの多くの専門家は2008年秋に始められたQE1については金融危機の時期であり、効果があったものの、2010年年以降始められたQE2 QE3の経済全般に与える効果は限定的であったとしています。特に、プロッサー・前フィラデルフィア地区連銀総裁はQE2以降のプログラムは連銀の低金利政策と共に、企業の自社株買いや利益配当の財源により多く使われ、株式市場を歪めてしまったのではないかと見ています。

FRB保有資産の段階的な縮小の株式市場への影響については、金利引き上げと同様に相場の下落要因となると見られますが、過度な金融緩和策によって、実体経済以上に高騰した米国の株式相場の現状からすれば、漸次的に下落調整が進むことは株式市場の健全性からも望ましいことのように思われます。

なお、高値が続く住宅不動産についても FRB保有の住宅モーゲージ債券の売却が長期金利の上昇と共に、価格の下落調整によい影響が出ることが期待されます。

4.米債務上限の短期引き上げで合意
トランプ政権は96日に与党の共和党、野党の民主党の議会指導者と会談し、10月にも限度に達し、デフォルトしかねないと懸念されていた米債務上限について、民主党側提案による12月中旬までの短期の引き上げ案で合意しました。与党共和党は歳出見直しのために、来年中間選挙後までの長期の引き上げを求めたいとしましたが、大統領としては米国南部のハリーケーン被害の復旧を優先させるために、連邦政府の資金繰り問題を早期に解決する必要があると判断したとされています。

米上院は7日に承認、下院も8日に承認、この問題が短期的には解決されることになりました。

5.税制改革
トランプ大統領は927日に与党共和党との間でまとめた税制改革案を発表しました。中心は企業税制で連邦法人税を現在の35%から20%に引き下げと海外所得の課税の原則廃止などで、個人ではこれまでの7段階から3段階に簡素化すると同時に、最高税率を39.6%から35%へ引き下げなどとなっています。本来、トランプ大統領は法人税を15%へ引き下げると主張していましたが、議会の共和党は財政赤字を懸念、最終的に20%で決着したとされています。

超党派の調査機関である「責任ある連邦予算委員会」は今回の税制改革が実現されれば、10年間で2.2兆ドルの減税規模となり、GDPを年間で0.5%押し上げるとの見方もあります。しかしながら、減税に見合う財源がない状態で大幅減税を行えば、10年間で2.7兆ドルの財政赤字を拡大させると「責任ある連邦予算委員会」は見ています。財政規律を重視する共和党の多くの議員がこのような財政赤字を拡大させる税制改革案を用意したのかについては未だ疑問の点がの残ります。

また、野党である民主党は個人への減税の恩恵の多くが富裕層に向けられていることを強く批判しており、今回の税制改革案がそのまま議会で承認される可能性は低いのではないかと思います。

なお、今回の税制改革案が発表された927日の株式相場は法人減税の期待から、56ドル高となりました。

6.ドイツの連邦議会選挙の結果
924日に行われたドイツの連邦議会選挙では、メルケル首相が率いる与党のキリスト教民主・社会同盟(CDUCSU)が第一党を維持したものの、得票率は前回の41.7%を大きく下回る33%に留まりました(議席数で約60票減少の見込み)。それと同時に、連立を組んでいた社会民主党(SPDも戦後最低の21%に惨敗しました。一方、極右政党のドイツのための選択肢(AfD)は大きく躍進し、得票率で12.6%を獲得し、94の議席を得ることになりました。今回の選挙の結果、第二党のSPDは政権には加わらず、野党に転じることを決めたため、少数政党の自由民主党(FDP)や緑の党との連立を組む必要に迫まれています。

FDPと緑の党との連立は経済政策で大きな違いはないものの、環境政策や移民受け入れでは主張が異なるため、閣僚人事を含め、連立交渉が長引く可能性もあります。特に10月には地方選が予定されているため、それが終わるまでは進まないことも予想されます。いずれにしても、与党の予想外の不振はこれまでEUをリードしてきたメルケル首相の与党が国内面をこれまで以上に重視せざるを得ない状況をもたらすものとなりました。

7.国連総会での米朝対立
トランプ大統領は919日に国連総会での初めての演説で、何度にもわたる経済制裁にも拘わらず、核ミサイルの実践配備を進める北朝鮮を強く非難すると同時に、厳しい警告を与えました。

しかしながら、米国内では、トランプ氏の持論である米国第一主義に基づく加盟国の主権優先の主張は2回に渡る世界大戦の経験を踏まえ、国連が国益による対立を話し合いによって解決を図る目的で設立されたことの歴史的な経緯を完全に無視したような演説内容への批判も起きています。更にトランプ大統領の国益優先の対決姿勢は、いかなる場合でも政権維持を図りたい北朝鮮の金政権からの強い反発が予想されましたが、21日には金政権から超強硬措置の断行を検討するとの声明を受けることになりました。

加えて、トランプ大統領が演説で大きな間違いをしたのはイランとの間に米国、英国、フランス、ドイツ、ロシア、中国の5か国が2年簡に渡る厳しい交渉によって作り上げた核合意を米国にとって史上最悪の協定と呼び、破棄を含む見直しをしたいと主張したことです。トランプ大統領は就任以来、TPPを一方的に破棄, パリ合意からの脱退、NAFTAの見直しを進めていますが、米国政府が進めてきた国家間の合意や取り決めの軽視は北朝鮮にとって米国への更なる不信となってしまったように思います。

北朝鮮が核ミサイルの実戦配備に真剣に取り組み始めたのは、米国が北朝鮮に対してクリントン政権の融和政策からブッシュ政権の敵視政策(20021月の一般教書にある悪の枢軸発言)に変更したことが要因の一つとされていますが、今回の国連総会でのトランプ大統領の演説は外交を知らないトランプ政権の深刻な問題を改めて認識させる結果になりました。いずれにしても、米国も北朝鮮も、相反する異常な性格のリーダーが核戦争のボタンを握っているという世界にとって非常な事態をどのように回避・解決するかという極めて難しい問題に直面しているように思います。
          (2017101日:   村方 清)