Friday, June 1, 2018

地政学リスクの高まりと株式市場













1.5月の株式市場
5月の株式市場は前半期が原油高と長期金利の上昇で株価も上昇傾向となりましたが、後半期は米中間の貿易交渉、米朝首脳会談の行方、イタリア政治の混乱等の政治的不透明感、更にアルミや鉄鋼製品への追加関税発動に伴う貿易戦争の懸念が増し、不安定な展開となりました。主要な動きは以下の通りでした。

51日:米サプライマネジメント(ISM)発表の4月の製造業景況感指数が57.3と前月から2ポイント低下したことやファイザーなど製薬会社の業績不振で、ダウは64ドル安(0.27%減少)。
52日:ドルが主要通貨に対し上昇、米企業の業績懸念の警戒感が強まったことやFOMC会合で6月に利上げするとの見方が広がり、174ドル安(0.72%減少)。
53日:米中の貿易摩擦交渉への警戒感から売りが先行、一時は393ドルまで下落したが、売り一巡後に、下降支持線とされる200日移動平均を上回ると上昇に転じ、5ドル高(0.02%増加)。
54日:4月雇用統計で雇用者増加数が164,000人と市場予想の190,000人を下回り(失業率は3.9%に低下)、FRBは利上げを急がないとの見方が増加したことに加え、アップル株がバフェット氏の大量買増しで、大幅高になったことで、332ドル高(2.34%減少)。
57日:原油高による石油株の上昇やアップルなどのIT株が買われ、95ドル高(0.39%増加)。
58日:トランプ大統領がイラン核合意から離脱すると声明、一時150ドル強の下落となったが、終了にかけて値を戻し、3ドル高(0.01%増加)。
59日:原油高による石油や素材株の買いや米長期金利上昇による金融株の買いで、182ドル高(0.75%増加)。
510日:米政府発表の4CPI0.2%の上昇で、市場予想を下回ったことから、利上げが加速するとの見方が後退し、株式市場の買いが広がり、197ドル高(0.80%増加)。
511日:トランプ大統領が薬価引き下げに向けて、規制緩和を進める考えを表明したことで、ヘルスケア関連株が買われ、92ドル高(0.37%増加)。
514日:トランプ大統領が中国通信大手のZTEへの経済制裁を緩和する可能性を示唆したところから、米中の貿易摩擦が和らぐとの期待から、68ドル高(0.27%増加)。
515日:米長期金利の指標とされる10年物国債金利が610カ月ぶりに一時3.09%に上昇、家計や企業の資金調達コストの上昇や株価の割高感が意識され、193ドル安(0.78%減少)。
5月16日:前日に大幅下落した反騰と四半期業績が改善したメーシーズなどの小売り株が買われ、63ドル高(0.25%増加)。
517日:米長期金利上昇による株割高感や米中貿易交渉の懸念から、55ドル安(0.22%減少)。
521日:貿易交渉を続けてきた米中が相互に追加関税を先送りしたことで、貿易摩擦への懸念が後退し、中国事業比率が高いキャタピラやボーイングなどが買われ、298ドル高(1.21%増加)。
522日:前日に大きく上昇した反動と米朝首脳会談開催の不透明感が強まったことで、179ド安(0.72%減少)。
523日:米中の貿易交渉の不透明感から、マイナス面で推移していたが、FRB512日のFOMC会合の要旨を公表し、利上げ加速の思惑が後退、52ドル高(0.21%増加)。
524日:トランプ大統領が米朝首脳会談を中止すると発表し、北朝鮮情勢の悪化からリスク回避の動きが強まり、石油株が下落、75ドル安(0.36%減少)。
525日:ロシアやOPEC加盟国が減産を一部解除するとの観測が広がり、石油株が下落、加えて長期金利の下落で金融株が売られ、59ドル安(0.24%減少)。
529日:イタリアとスペインの政治的混乱による警戒感から、欧州株式相場が大幅に下落、運用リスクを避けるため売りが優勢で、加えて長期金利の低下から金融株が下落を主導し、392ドル安(1.58%減少)。
530日;政治の混乱を背景としたイタリアの国債利回りの上昇が一時的に止まったことや前日大きく下落した金融株や石油株が買われ、306ドル高(1.26%増加)。
531日:トランプ政権がアルミと鉄鋼製品についてEU、メキシコ、カナダ等への追加関税措置の発動したことに伴い、貿易戦争拡大への懸念が高まり、252ドル安(1.02%減少)。

2.米国の雇用状況
米労働省が54日に発表した4月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比164,000人の増加で、市場予想の190,000人増を下回りました。2月の雇用者数の確定値は324,000人で2,000人の減少、3月の改定値は135,000人で32,000人の増加となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は208,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を上回りました。なお、2月の失業率は3.9 %で、前月から0.2%改善しました。労働参加率は62.8%で、前月より0.1%減少しました。1月の時間当たり賃金上昇率は前月比4セント増加で、前年同月比では2.6%増となりました。部門別では製造業が24,000人の増加、ヘルスケアが24,000人の増加となりました。

3.FOMC会合と金利据え置き
FOMC会合が512日に開催され、会合後の声明要旨では以下のようなことが伝えられました。前回3月のFOMC会合後に得た情報によれば、労働市場は拡大が続き、経済活動は緩やかに上昇した。雇用増はここ数か月間平均すると力強く、失業率は低水準に留まった。家計支出の伸びは20171012月期から緩やかになったが、企業の設備投資は引き続き堅調であった。全般的なインフレ率及びエネルギーと食品を除くインフレ率はいずれも、前年同期比で2%に近づいてきた、市場が織り込むインフレ率は依然低い。アンケート調査による測定では、長期のインフレ予想はあまり変わっていない。

法律で定められた使命を達成するため、FOMCは雇用の最大化とインフレ率の安定に努める。FOMCは金融政策の運営姿勢の緩やかな調整によって、経済は中期的に緩やかなペースで拡大、労働市場の状況も引き続き力強さを保つと予測する。インフレ率は前月同期比で測ったインフレ率は今後数か月で上昇し、中期的にFOMCの目標である2%前後で推移すると予測している。

景気見通しの短期リスクはほぼ均衡してきているようであるが、インフレ率の動向を注視している。

FOMCは労働市場情勢とインフレ率の実績と見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを1.501.75%に引き上げることを決定した。緩和的な金融政策は維持し、力強い労働市場及びインフレ率の2%への持続的回帰を支える。
FF金利の誘導目標を調整する今後の時期と規模を判断するにあたって、FOMCは雇用の最大化とインフレ率2%という目標との比較で経済情勢との実績と見通しを評価していく。労働市場状況に関する指標、インフレ圧力、インフレ予想の指標、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断していく。

FOMCは経済情勢がFF金利の緩やかな引き上げを許すようなかたちで進むと予測している。FF金利は、FOMCが長期的に通常と見なされる水準以下に維持される可能性が高い。但し、実際のFF金利の上がり方はデータが伝える経済見通し次第だ。
今回の決定はパウエル議長やダドリー副議長を含む8人のメンバーの賛成による。

今回のFMOC会合では、労働市場の拡大が続いていること、インフレ率がFRBが目標とする2%に近づいていることを踏まえ、次回の6月中旬のFOMC会合で追加利上げの可能性を示唆しました。もし、FRB6月に利上げに踏み切れば、政策金利は1.752.0%となり、2008年夏以来の水準になります。現在、米国の財政赤字の急激な増加もあり、長期金利の指標とされる10年物米国債金利も3%に近づき、30年固定住宅モーゲージの金利も4.58%と48カ月ぶりの水準になりました。今後、長短の金利がいずれも上昇することになれば、好調な米国経済をスローダウンさせることになりかねません。こうした状況を踏まえ、52日のダウ平均は174ドル安(0.72%減少)となりました。
4.米国のイラン核合意離脱と原油高への影響
トランプ大統領は58日に、現在の合意ではイランの弾道ミサイル開発を制限していないとの理由で、合意を破棄、イランに対する経済制裁を再開することを表明しました。2015年に成立した米中ロ英独仏の6か国がイランとの間で合意したのは、イランが濃縮ウラン貯蔵量を300キロまで、遠心分離機を6000機まで減らすことを合意したもので、査察を行ってきた国際原子力機関(IAEA)もイランが合意を守ってきたと報告してきました。また、トランプ大統領が主張する弾道ミサイルの開発問題は合意内容とは異なるものであるにもかかわらず、トランプ政権は一方的に合意を破棄して、経済制裁に踏み切ることになりました。

トランプ大統領の決定の背景には、イランを強く警戒するイスラエルの意向を反映したものとされ、14日のエルサレムへの米国大使館移転と共に、イスラエル寄りの政策を一層強めることにより、今年秋の中間選挙で、イスラエルを支持する米国の福音派の支持を強く取り込みたいとの考えがあったものと見られています。

しかし、こうしたトランプ政権の度を越した親イスラエル、反イラン政策は更なる原油高とイランとサウジアラビアの対立で既に混迷を深めている中東情勢を一層混乱させる結果になりかねません。2015年に経済制裁を解除されたイランは現在日産210万バレルを輸出していますが、米国の制裁措置が実施されれば、イランの輸出量は2012年当時の日産100万バレルまで落ち込み、原油1バ価格も1バレル当たり7585ドルまで上昇していく可能性があります。

5.米朝会談の中止の影響
トランプ大統領は524日に、北朝鮮の金委員長充てに612日に予定されていた米朝首脳会談を今は不適切として中止する書簡を送ったことを表明しました。北朝鮮との交渉が容易でなかったことは米国の歴代政権が経験してきたことですが、トランプ大統領は韓国の李大統領の強い勧めとトランプ大統領の自負心から、3月以降は会談の成功に楽観的になっていたように思います。

今回の会談が中止となった最大の理由は両国の思惑の違いにありました。本来、北朝鮮核兵器を所有することが自国の国際的な地位を高め、超大国である米国との交渉を優位に進められる唯一の手段であることを認識している北朝鮮にとって、非核化の方法は見返りが保証される段階的な措置でしかありえませんでした。また、米朝首脳会談を前に、米国の強硬姿勢に対して後ろ盾が必要と考えた北朝鮮が中国に急速に接近、中国も自らの国際的発言権向上のために応諾したことで、米朝会談の準備交渉をを米国ベースではなく、北朝鮮ベースに変えたい意向が強まっていました。

一方、米国は従来と同じく、北朝鮮の完全かつ検証可能で、不可逆的な非核化を強く求めており、最初から大きな対立点がありました。しかし、韓国の文大統領が北朝鮮による核戦争のリスクから自国を守ることを第一にして、強引に首脳会談をセットしたことから、トランプ大統領としては国内面でロシ疑惑や女性スキャンダルから、中間選挙での巻き返しのために米朝会談開催を理由したいとする思惑が出てきました。こうした両者の思惑の違いが会談が近づくにつれ、顕在化することになりました。

今後については、612日の米朝首脳会談が実施されるかどうかは不明ですが、北朝鮮は友好関係を再び強め中国を通じて制裁措置が緩くなることから、米国が主張する制裁措置の効果が薄れてくること、米国側も韓国の意向を無視して、軍事攻撃には踏み切れない事情があることからして、米朝関係の改善は容易ではなく、北東アジアの緊張という地政学リスクがは継続することになるように思います。

6.イタリアの政治的な混乱
今年34日に総選挙が行われたイタリアで、ポピュリズム政党の“五つ星運動”の第1党に、中道右派勢力の一角で極右的な性格を持つ“同盟”が第2党となりました。当初は五つ星運動と中道右派との連立政権になる予定でしたが、同盟がベルスコーニ元首相の政党“フォルツア・イタリア”との連携を拒否したことから、現在は五つ星運動と同盟の少数与党政権を目指すことになりました。

先週になり、マッタレッタ大統領が首相候補として、法学者のコンテ氏を指名、組閣を指示しました。党は財務省候補に反ユーロを主張するサボナ氏を指名していましたが、大統領はサバナ氏以外の閣僚を了承したものの、サボナ氏の財務相就任を拒否しました。これに対し、両党は他の財務相候補を立てなかったことから、コンテ氏は組閣に失敗、首相就任を断りました。その後、大統領は国際通貨基金の元高官であり、親EUのコッタレッリ氏を新たな首相候補として、組閣を命じました。しかし、コッタレッリ氏が率いる新内閣が軌道に乗る保証はありません。既に、同盟のサルビーニ党首はコッタレッリ首相候補指名について、選挙結果を尊重しておらず、支持できないとしています。また、ベラスコーニ氏のファルツア・イタリアも新内閣を支持しない意向を表明しました。このため、現状では、コッタレッリ氏の内閣が議会で承認される可能性は低いと見られています。議会で信任を得られなかった場合、大統領は議会を解散し、70日以内に総選挙が行われることになります。もし、総選挙が行われても、前回と同じく、反EUの五つ星運動や同盟が多数の議席を維持すれば、事態は再び振り出しに戻り、混乱が長期化する恐れがあります(531日夜に、一転してコンテ氏が組閣することで連立政権が合意したとの報道がありました)。
          (201861日: 村方 清)