Sunday, September 1, 2019

トランプ大統領の時代遅れの経済政策が招く株式市場の混乱


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1.8月の株式市場
8月の株式市場は、米中貿易協議に関する両国関係者の発言に大きく影響されたことや景気後退の前兆とされる逆イールド現象が起きて、株式市場の混乱が続きました。主要な動きは以下の通りでした。
 
81日:トランプ大統領が午後に、中国に対し残りの3000億ドルへも91日から10%の追加関税を課すと発表したことで、市場全体に動揺が広がり、281ドル安(1.05%減少)。
82日:7月の米雇用統計は雇用者増加数が164,000人増で、市場予想とほぼ同水準だったこと(失業率は3.7%で前月と同じ)に加え、トランプ大統領が前日に対中制裁関税「第4弾」の発動を表明し、米中貿易摩擦問題が厳しくなるとの懸念が広がり、98ドル安(0.37%減少)
85日:トランプ大統領が中国への追加関税を発表して以来、世界経済の不安が急激に高まり、投資家のリスク回避姿勢の強まりから、767ドル安(2.90%減少)。
86日:中国当局が元安進行を抑制するとの姿勢を示したことで、米中貿易戦争への過度の懸念が和らいだことや5日に767ドル安となったことの反動で、312ドル高(1.21%増加)
87日:欧米の長短金利が大幅に低下し、世界景気の減速が意識されたことから、一時下げ幅が589ドルに拡大するなど投資家のリスク回避姿勢が強まり、22ドル安(0.09%減少)。
88日:7月の中国貿易統計で輸出が予想以上に増加したのを受けて、世界景気減速への懸念が後退、かつ中国人民銀行が人民元のレートを予想より高く設定したことから、371ドル高(1.43%増加)
89日:世界経済の不透明感に加え、トランプ大統領が9月の米中貿易協議について中止する可能性を示唆したこともあり、91ドル安(0.34%減少)。
812日:米中対立の長期化による世界経済の減速懸念から、投資家のリスク回避姿勢を強め、米長期金利の指標である10年物国債の利回りが低下、390ドル安(1.48%減少)。
813日:中国に対する第4弾の制裁関税について、米国政府がスマートフォンなどの一部品目を12月に先送りすると発表、米中貿易摩擦の緩和が期待され、373ドル高(1.44%増加)
814日:中国や欧州の経済指標の悪化を受け、貿易摩擦による世界経済の停滞に加え、米国債市場で10年物国債と2年物国債の利回りが逆転する逆イールド現象が12年振りに起こり、投資家の警戒感が強まり、800ドル安(3.05%減少)。
815日:四半期業績が好調であったウォルマートが6%高であったことやコカ・コーラなどの飲料・日用品銘柄が相場をけん引し、100ドル高(0.39%増加)
816日:景気の減速懸念を招いた長期金利の低下が一服し、金融やハイテク株を中心に幅広い銘柄に買いが入り、307ドル高(1.20%増加)
819日:米中貿易摩擦の激化への警戒感が和らいだことに加え、米長期金利の低下が一服したこともあり、相場の押し上げが見られ、250ドル高(0.96%増加)。
820日:米中貿易摩擦の懸念と香港の大規模デモの継続に加えて、イタリア首相の辞任に伴う政局の流動化で欧州市場が全面安となり、米金利の低下もあり、173ドル安(0.66%減少)。
821日:小売業のターゲットやロウズなどの四半期決算が市場予想を上回ったことから、米国の個人消費の堅調さが維持されているとの見方から、240ドル高(0.93%増加)。
822日:航空機のボーイングが新型機の運行再開に向けた前向きの評価や増産計画が伝えられ、ダウ平均を押し上げ、50ドル高(0.19%増加)
823日:中国が米国の対中報復関税「第4弾」への報復関税を発表したのに対して、トランプ大統領がツイッターで対応策を講じる投稿、米中貿易摩擦の激化が警戒され、中国への収益依存度が高い銘柄を中心に売りが広がり、623ドル安(2.37%減少)
826日:トランプ大統領が中国との貿易協議再開を表明したことに加え、イランとの首脳会談への前向きな姿勢を示したことを好感、270ドル高(1.05%増加)。
827日:米中貿易協議について進展を期待させる材料がなかったことや景気後退の前兆とされる逆イールド現象が強まったところから、121ドル安(0.47%減少)
828日:米中貿易摩擦の悪材料がなかったことや逆イールド現象の度合いが和らいだこともあり、JPモルガンなどの金融株を中心に買いが強まり、258ドル高(1.00%増加)。
829日:米中貿易協議で、両サイドから対立姿勢を和らげる報道があり、キャタピラーやナイキなど中国売り上げ高比率が高い銘柄を中心に買いが広がり、326ドル高(1.25%増加)。
830日:米中貿易協議に関連して、トランプ大統領による制裁関税の企業収益への影響を軽視する発言がツィーターにあったが、中国政府からの前向きの発言があったことで、41ドル高(0.16%増加)
 
2.米国の雇用状況
米労働省が82日に発表した7月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比164,000人の増加で、市場予想の160,000人増とほぼ同じ水準でした。5月の雇用者数の確定値は62,000人で10,000人の減少、6月の改定値は193,000人で31,000人の減少となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約140,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を大きく下回りました。なお、8月の失業率は3.7%で、前月と同じ水準でした。労働参加率も63.0 %で、前月より0.1%上昇しました。7月の時間当たり賃金上昇率は前月比8セント増加で、前年同月比では3.2%増となりました。部門別では専門・ビジネスサービス業が31,000人の増加、ヘルスケア業が30,000人の増加 金融関連業18,000人の増加、製造業も16,000人の増加となりました。
 
3.トランプ大統領の時代遅れの経済政策が招く株式市場の混乱
トランプ大統領は20171月に大統領に就任して以来、自国第一主義による米国の貿易赤字の縮小を目指す一方、国内面ではインフラ投資や軍事力増強のための財政支出の拡大、企業や富裕層への大幅減税とオバマケアなどの政府管掌による福祉歳費の削減などを実行してきました。これらの政策は当初は米国企業への税優遇や景気刺激策として評価され、株式市場における株価上昇に貢献しました。しかしながら、時間の経過と共に、トランプ大統領の政策の多くが新たな問題を抱えるようになり、株式市場にも不安定な動きとなって表れるようになりました。
 
最初に自国第一主義による米国の貿易赤字の縮小については、カナダやメキシコとのNAFTAの見直しは米国に優位性があることから、相手国からの譲歩を引き出すことに成功しました。しかし、米国の最大貿易赤字国である中国とは2017年末以降長期に渡る交渉を続けているものの、状況は改善するどころか、悪化の道をたどっています。トランプ大統領の最大の誤算は関税引き上げによる中国製品の値上げが米国市場での中国製品の需要減となって、中国側は米国の要求を受け入れざるを得ないと判断したことにあります。
 
しかし、米国側の要求は単に米中間の貿易不均衡是正ではなく、中国企業が国際市場で競争力のある製品を作り出せる中国政府による優遇措置の改革を求めており、現在の共産党政権の存立基盤を脅かす領域に入ろうとしています。例えば、自動車などの基幹産業について中国資本が51%の持ち分を条件となる外資導入政策は、先端技術が遅れている中国企業にとっては外国の高度な技術移転を可能にさせる点で必要な政策でした。これに対して、トランプ政権は中国企業による外国企業への知的財産権の強制移転を禁止させる要求しており、中国政府にとって受け入れが困難となります。また、米国などの市場競争主義国にとっては、高度な技術製品の開発に対する政府の補助金供与は制限的ですが、世界をリードする産業を国策で支援する中国共産党政権の立場からは当然とこととなり、受け入れられるものではありません。更に、中国側は米国政府からの関税引き上げに対して、中央銀行が人民元の価値を下げることで対応することも可能であり、米国政府による政策措置の限界が明らかになっています。株式市場では米中の間で強硬姿勢が伝わると株価が大きく下げる傾向にあり、トランプ大統領が当初発表した対中貿易赤字の短期的解消とは程遠い状況になっています。
 
本来、市場経済主義でない大国の貿易政策に二国間の関税措置で対応するには、相手国からの対抗関税を引き起こし、やがて自国にも跳ね返ってくるなどエスカレートが繰り返されるという問題があります。そうした関税措置による二国間対応の限界を克服するには、オバマ前大統領のように、TPPのような多国間貿易協定をベースに問題国に対する封じ込め政策で改革を求めていくべきでした。トランプ大統領や担当閣僚は二国間交渉で強く臨めば早期に目標が達成できるとの判断の下に、行動してしましました。トランプ大統領の知識と経験のなさがここでも大きな間違いをする結果になってしまっています。
 
また、814日の米国市場は、トランプ大統領主導の米国第一主義による主要国との貿易摩擦に基づく世界経済の不透明感から、米国債市場で10年物国債が一時1.57%になり、2年物国債の1.63%を下回る逆イールド現象を起こし、800ドルを超える暴落となりました。これに対し、トランプ大統領はこうした債権市場の異常な現象は連銀の金利引き下げが遅れたことが原因であるとして、1%以上の短期金利の引き下げを繰り返し要求しています。しかし、中央銀行の役割は金融市場の安定性を追求していくものであり、トランプ大統領のように、自らが引き起こした米中貿易摩擦による株式市場の落ち込みを中銀の金利引き下げにより株価の引き上げを目論むことは株式市場への政府介入の度合いを強め、市場原則への混乱と歪みを引き起こすだけの結果になりかねません。
 
更に、820日にはトランプ大統領は、景気を下支えするために給与税の一時的な引き下げを検討していることを明らかにしました。しかしながら、米国の財政赤字は2017年末にトランプ減税と呼ばれる10年で1.5兆ドルの巨額減税を実施し、財政赤字が急速に膨らんでいる中で更なる減税には与党の共和党議員からも反対は強く、実現の見通しは不透明です。
 
トランプ大統領の経済政策の最大の問題点は、選挙公約時から株価上昇だけが目的化してしまい、米国経済の健全な運営が何であるかに焦点が当てられていないことにあります。特に、株価がかなりの高水準にある時に、更なる株価引き上げ策を講じれば株価のバブル化が一層強まり、やがて暴落していくことのリスクに十分な注意を払っていないことにあります。
 
4.トランプ大統領がもたらすG7首脳会議存続への疑問
フランスのピアリッツで開催されていた先進7か国による主要国首脳会議(G7)は3日間の日程を終え閉幕しました。主催国であったフランスのマクロン大統領は通常の詳細な首脳宣言の代わりに、1ページの成果文書を発表、貿易やイランなどの問題に言及しました。まず、貿易に関しては、公正で開かれた世界貿易を支持するとした上で、不公正貿易のより迅速な是正と世界貿易機関(WTO)の改革を求めました。また、イラン問題については、イランが核兵器を保有すべきでなく、中東地域の安定を支援しなければならないとしました。
 
しかし、1975年にフランスのランベイユで始まった主要7か国首脳会議は常に保護主義への反対と自由貿易の推進を確認してきましたが、2017年に米国でトランプ氏が大統領になって以降、首脳会議の風景は一変することになりました。以前は自由貿易の旗振り役であった米国の大統領がその役割を放棄し、保護主義に基づく政策を取り始めたからです。また、世界の各地で様々な悪影響が出始めている地球温暖化の対策をめぐっても、2016年のパリ協定を巡って欧州と米国の対立が激化しています。加えて、今回からは欧州で自国第一主義を唱える英国のジョンソン首相が登場し、欧州内でも自由貿易主義の理念が揺らぎ始めています。
 
来年のG7の会合は米国で予定されていますが、米国のトランプ大統領が今後とも米国の国益優先の政策に拘り、英国がジョンソン首相の下で、EUからの合意なき離脱となった場合、世界経済の混乱と低迷は一層深刻になることが予想されるだけに、今後はG7首脳会議の存立意義が問われかねない状態になっていると思われます。
           (201991日:村方 清)