1.1月の株式市場
1月の株式市場は上旬が中東情勢の悪化に伴ない売りが強まりましたが、中旬に米中貿易協議の第一段階合意で買いが優勢となり、下旬には中国での新型肺炎感染拡大の影響で再び大きな下落傾向となりました。主要な動きは以下の通りでした。
1月2日:中国が1日に金融緩和策を発表し、景気が持ち直し、世界景気の回復を促すとの見方が広がり、330ドル高(1.16%増加)。
1月3日:米軍がイラクでイランの革命防衛隊の司令官を殺害し、中東情勢が悪化するとの警戒感から幅広い銘柄に売りが広がり、234ドル安(0.81%減少)。1月6日:米国とイランの対立激化の懸念か一時下げ幅が200ドルを超えたが、その後原油先物相場が一時的に下げに転じ、投資家のリスク回避姿勢が和らぎ、69ドル高(0.24%増加)。
1月7日:トランプ大統領の指示によるイラン革命防衛隊司令官の殺害に対し、イランが米国に報復する考えを示し、米国も対抗する構えで、中東リスクが拡大’、120ドル安(0.42%減少)。
1月8日:イランがイラク国内の米軍基地を攻撃したが、トランプ大統領がそれに対抗するための武力行使を否定する演説をし、投資家の間で安心感が広がり、161ドル高(0.56%増加)。
1月9日:中東情勢をめぐる懸念の後退や、米中の貿易協議の進展期待から、最高値を更新し、212ドル高(0.74%増加)。
1月10日:前日に過去最高値を付けたこともあり、目先の利益を確保する売りに押され、更にボーイングなども運転停止中の小型機の承認が遅れるなどで下落、133ドル安(0.46%減少)。
1月13日:米中貿易協議の第一段階の合意文書の署名が15日に迫り、米中関係の修復が進むとの見方が広がり、83ドル高(0.29%増加)。
1月14日:JPモルガンなどの米銀大手が発表した4半期決算の好調さから買いが優勢であったが、米政府は対中追加関税を今週の大統領選挙まで維持するとの報道が伝えられると、上げ幅が減少、33ドル高(0.11%増加)。
1月15日:米中政府が貿易協議の第一段階の合意文書に署名、これが米国景気と企業業績の追い風になるとの見方から、買いが優勢で、91ドル高(0.31%増加)。
1月16日:年末商戦が前年同期比4.1%増と好調であったこと、四半期業績好調のモルガンスタンレーなど金融株が買われたこと、NAFTAに代わるUSMCAが上院で承認されたことなどを受けて、買いが優勢で、267ドル高(0.92%増加)。
1月17日:米中貿易問題を巡る関係改善や景気回復への期待から、買いが優勢で50ドル高(0.17%増加)。
1月21日:中国の新型肺炎の感染拡大の懸念に加え、主力小型機の運転再開が遅れる可能性のあるボーイングが大きく下げ、152ドル安(0.52%減少)。
1月22日:主力小型機の運転再開に不透明感が強まったボーイングが大きく下落、ダウ平均の重荷となり、10ドル安(0.03%減少)。
1月23日:中国での新型肺炎の感染拡大が投資家心理の重荷となり、大幅下落したものの、世界保健機関が緊急事態宣言を見送るとしたことで、下げ幅が縮小し、26ドル安(0.09%減少)。
1月24日:中国での新型肺炎に関連し、米疾病対策センターが米国で2人目の感染者を発表、米国内の感染拡大を警戒した売りが優勢で、170ドル安(0.58%減少)。
1月27日:中国の新型肺炎感染拡大が嫌気され、世界景気の重荷との見方で投資家のリスク回避姿勢から、一時550ドル近く下がり、終値は454ドル安(1.57%下落)。昨年10月2日来の大きさ。
1月28日:前日に大きく下げた反動で、自律反発組の買いが入ったことや新型肺炎について、米中政府が感染拡大を抑える対策を打ち出したことで、187ドル高(0.66%増加)。
1月29日:FOMCが金利据え置きを決めたものの、パウエル議長の記者会見で世界景気に慎重な発言が相次ぎ、米長期金利が一段と低下し、金融株が下落、終値は12ドル高(0.04%増加)。
1月30日:新型肺炎の感染拡大の警戒感から売りが先行したが、一巡後はマイクロソフトなど業績期待の高い銘柄に買いが入り、上昇に転じて、125ドル高(0.43%増加)。
1月31日:新型肺炎の感染拡大で世界景気の先行き不透明感が強まり、投資家が運用リスク回避姿勢を深め、景気動向に影響されやすい資本財や資源株の幅広い銘柄に売りが強まり、603ドル安(2.09%減少)。下げ幅は昨年8月23日以来半年ぶりの大きさ。
米労働省が1月10日に発表した12月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比145,000人の増加で、市場予想の165,000人増を下回りました。10月の雇用者数の確定値は156,000人で4,000人の増加、11月の改定値は266,000人で10,000人の増加となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約184,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を再び下回りました。なお、12月の失業率は3.5%で、前月と変わりませんでした。労働参加率は63.2 %で、前月と同じ水準でした。12月の時間当たり賃金上昇率は前月比で3セント上昇し、前年同月比では2.9%増となりました。部門別では小売業が41,000人の増加、ヘルスケアが28,000人の増加、レジャー・観光業が40,000人の増加となりました。その一方、製造業は12,000人の減少となりました。
1月15日に米中政府は貿易協議の第1段階の合意文書に署名しました。今回の合意文書では、米農産品の輸入拡大に加え、知的財産権の保護や中国による米国のIT技術移転の強要禁止などの7項目が盛り込まれています。その中で、トランプ政権は今回の合意により今後2年の間に、2017年に中国が輸入した米国の製品やサービスの金額が少なくとも2000億ドル上回ることを中国政府に義務づけたとその成果を強調しています。しかしながら、今回の合意文書にある大きな矛盾は1月22日付のFinancial Times紙の記事に指摘されているように、中国の市場開放を求めながら、合意事項に規定された内容は中国政府に管理貿易を強要するという矛盾する内容になっていることです。この背景には、トランプ大統領が今年秋の大統領選挙を控え、中国からの輸入拡大という数字的な目標を貿易協議の中心的成果として強調することになってしまったように思います。中国の共産党政府にとっては、彼らにとって不可欠な政府の産業補助金やハイテク産業育成策(中国製造2025)の問題がカバーされていないことに安堵感があったはずです。1年以上の交渉期間を続けながらも、これだけの成果しか示せないトランプ政権には、他の政策と同じように、表面的な成果だけが追及され、本質的な内容には踏み込めないという根本的な欠陥があるように思われます。
トランプ大統領のウクライナ疑惑に関して、米国上院での弾劾裁判の審理が1月21日午後から始まりました。米国の歴史の中で、大統領への弾劾裁判はこれが3人目となります。22日からは4日間に渡り、検察官役の下院代表委員とホワイトハウスの弁護団がそれぞれ、冒頭陳述を行いました。
今回の契機となったのは、トランプ大統領が今年の大統領選挙を自らが有利にするために、ウクライナ政府に対し、2019年4月以降、政敵バイデン前副大統領親子の捜査と「2016年米大統領選挙に当時のウクライナ政府が介入したとの陰謀論の捜査の開始を公言するように要求、同時にウクライナ政府が求めていたホワイトハウスでの首脳会談や軍事援助を凍結し、圧力をかけたとされるものです。民主党が多数派の下院では、12月18日に、「権力乱用」と「議会妨害」の2つの訴追条項でトランプ大統領を訴追していました。野党の民主党が、ボルトン前大統領補佐官などを新たな証人に呼ぶように求めましたが、与党の共和党は速やかに終結させることを目指し、1月31日の上院会議では証人が不要との与党共和党案が2名の反対意見が出たものの、承認され、終結の方向で進むことになりました。但し、米国民の約75%が新たな証人を求めることに賛成していただけに、今回の上院での与党共和党の強引なやり方が今年秋の大統領選挙や上院選挙に何等かの悪影響が出てくる可能性はあります。
FOMC会合が1月28-29日に開催され、会合後の声明要旨で以下のようなことが伝えられました。前回12月のFOMC会合後に得た情報によれば、労働市場は強さを保っており、経済活動は緩やかに拡大した。雇用増はここ数か月平均すると堅調で、失業率も低水準を保った。家計支出は緩やかに増加したが、企業の設備投資および輸出は弱いままだ。全般的なインフレ率と、食品・エネルギーを除くインフレ率は2%を下回っている。市場で予測したインフレ値は依然弱く、アンケートによる調査では長期のインフレ予想はあまり変わっていない。
法律で定められた使命を達成するため、FOMCは雇用の最大化とインフレ率の安定に努める。
FOMCはフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを1.50-1.75%に据え置くことを決定した。持続的な経済成長、力強い労働市場の情勢、目標の2%前後への回帰を支えるために、現在の金融政策スタンスが適切と考える。FOMCはFF金利の目標レンジの道筋を見極めるため、海外の動向や抑制されたインフレ圧力など、景気見通しに関する情報が意味するものを注視していく。
FF金利の誘導目標を調整する今後の時期と規模を判断するにあたって、FOMCは雇用の最大化とインフレ上昇率2%という目標との比較で経済情勢との実績と見通しを評価していく。労働市場状況に関する指標、インフレ圧力、インフレ予想の指標、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断していく。
今回の決定はパウエル議長やウイリアムズ副議長を含む10人のメンバーの賛成による。
なお、今回のFOMC会合では4会合ぶりに政策金利の据え置きを決め、声明では金融政策は現在のスタンスが適切と指摘しました。しかしながら、パウエル議長の記者会見が始まると、世界景気についての慎重な発言が相次ぎ、米長期金利が一段と低下、金融株が下落、更に新型肺炎の感染拡大への警戒感から、原油先物相場の下落から、石油株も下落、終値は12ドル高に留まりました。
6.上昇基調に歯止めをかけた中国発の新型肺炎の感染拡大
1月21日に中国の武漢で発生した新型肺炎の感染拡大は、それまでの米国株式の上昇基調に歯止めをかけることになりました。ダウ平均は4日連続して下落し、24日には一時300ドルを超える状況となりました。ダウ平均の4日連続の下落は2019年8月前半以来で、キャタピラーなど中国の売り上げ比率が高い銘柄に売りが膨らみました。リスク回避の動きは安全資産とされる債券市場にも広がり、長期金利は3か月振りの水準まで低下しました。
世界的な金融緩和で、株式市場への資金流入が続き、ヘッジファンドや個人の株式持ち高が歴史的な高水準にまで膨らんでいただけに、今回の中国発の新型肺炎の感染拡大はリスクオフの動きを加速させることになりました。1月30日には、世界保健機関(WHO)が新型肺炎を「国際的に懸念される公衆衛生の緊急事態」と宣言したこともあり、続く31日には新型肺炎の感染拡大による世界景気のへの悪影響への懸念が強まり、603ドル安(2.09%減少)となりました。
(2020年2月1日: 村方 清)