1.5月の株式市場
5月の株式市場は新型コロナウイルス感染拡大による閉鎖が次第に解除され、経済活動が再開されるとの期待から回復基調となりました。しかし、株価の上昇傾向は実体経済の動きをはるかに超えて進んでいるとの警戒感も出てきました。主要な動きは以下の通りでした。
5月1日:新型コロナウイルス感染拡大問題で、トランプ大統領が中国を批判したのを受け、関税引き上げや損害賠償金の請求など米中対立の再燃が世界経済を下押するとの懸念から、622ドル安(2.55%減少)。
5月4日:新型コロナウイルスの感染源を巡り、米中の対立が激化するとの警戒感から売りが先行したが、売り一巡後は石油株やハイテク株を中心に買いが強まり、引きにかけて、26ドル高(0.11%増加)。5月5日:米経済活動の再開や新型コロナウイルスのワクチン開発の期待から買いが優勢であったが、取引終了近くに経済の先行き懸念から上昇幅が縮小し、133ドル高(0.56%増加)。
5月6日:米雇用指標の悪化や米中対立の懸念から、売りが優勢で、218ドル安(0.91%減少)。
5月7日:経済活動の再開が多くの州に広がり、米景気が回復するとの期待から主力ハイテク株を中心に買いが優勢で、211ドル高(0.89%増加)。
5月8日:新型コロナウイルスの発生源を巡る米中対立が先鋭化するとの懸念が後退し、市場心理が改善、米国の多くの州で経済活動の制限が緩和されたこともあり、455ドル高(1.91%増加)。
5月11日:中国や韓国で集団感染が発生しコロナウイルスの第2波を警戒した売りが優勢で、109ドル安(0.45%減少)。
5月12日:米国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長が米上院公聴会で、経済活動の再開を急げば感染症の再拡大を招くとの警告をしたことで米景気の回復が遅れるとの懸念から、457ドル安(1.89%減少)。
5月13日:パウエル連銀議長の13日午前中の講演会で新型コロナウイルスによる米景気の下振れリスクを強調、投資家心理が悪化、幅広い銘柄に売りが出て、517ドル安(1.89%減少)。
5月14日:前日までの3日間で1083ドルも下落しており、自律反発を狙った短期筋の買いが優勢で、377ドル高(1.62%増加)。
5月15日:経済活動の再開に伴う米景気指標の改善や原油先物相場の上昇などを好感した買いが優勢で、60ドル高(0.255増加)。
5月18日:新型コロナウイルスのワクチン開発の期待が高まり、景気敏感株を中心に幅広い銘柄に買いが優勢となり、912ドル高(3.85%増加)。
5月19日:前日に大きく上昇した反動で、目先の利益確定の売りが優勢であったことや早期再開したテキサス州などで新型ウイルス感染者が増加したことで、391ドル安(1.69%減少)。
5月20日:米国で経済活動が再開され、米景気が回復に向かうとの期待が高まり、銀行や資本財などの景気敏感株を中心に幅広い銘柄が買われ、369ドル高(1.52%増加)。
5月21日:午前中は経済活動の制限緩和から買いが優勢であったが、香港を巡る米中の関係悪化から、利益確定の売りが優勢となり、102ドル安(0.41%減少)。
5月22日:中国が香港の統制強化に向けて動いており、米中関係の溝が深まるとの警戒感から売りが優勢で、9ドル安(0.04%減少)。
5月26日:米経済活動の再開やワクチン開発を巡るニュースが市場心理を上向かせ、景気敏感株を中心に買いが入り、530ドル高(2.17%増加)。
5月27日:米経済活動の再開が順調に進むとの期待が高まり、業績が契機に左右されやすい金融株を中心に買いが優勢で、553ドル高(2.21%増加)。
5月28日:トランプ政権が29日に香港問題で対中政策に関する制裁措置を課す可能性が高いとの見方が広がり、148ドル安(0.58%減少)。
5月29日:トランプ大統領が午後に発表した中国に対する制裁措置が事前に警戒されていたほど厳しくなかったこともあり、下げ幅を縮小して、18ドル安(0.07%減少)。
米労働省が5月8日に発表した4月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比20,500,000人の減少で、戦後最大の減少となりました。雇用者数の減少は2010年9月以来9年半振りとなりました。2月の雇用者数の確定値は230,000人で45,000人の減少、3月の改定値はマイナス701,000人で、870,000人の減少となりました。なお、4月の失業率は14.7%で、前月と比べて10.3%悪化し、戦後最悪となりました。労働参加率は60.2 %で、前月から2.5%減少し、1973年1月の統計開始以来、最悪となりました。3月の時間当たり賃金上昇率は前月比で1.34ドル上昇しましたが、これは低賃金の労働者が著しく減少したためです。部門別ではレジャー・観光業が7,700,000人の減少、教育・ヘルスケア業が2,500,000人の減少、専門・ビジネスサービスが2,100,000人の減少、小売業が2,100,000人の減少、製造業が1,300,000人の減少となりました。
FRBのパウエル議長は5月13日に国際経済研究所主催の講演会で、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、米経済は長期に渡り低迷し、所得も停滞する恐れがあること、FRBは必要に応じて一層の対応措置を取ると明言しました。同時に、財政支出も一段の拡大が求められるとしました。パウエル連銀議長はこれまでの対応は迅速で強力であったが、回復が勢いづくためには一定の時間がかかる可能性があるとして、長期的に経済損失を抑えながら、力強い景気回復を後押しするにはたとえ費用がかかっても、追加の財政支援を行う価値があるとして、議会側に対応を求めました。その一方、トランプ政権が求めるゼロ金利政策には検討していないと述べました。市場はパウエル連銀議長の発言が米景気の下振れリスクを強調したこともあり、投資家心理が悪化、銀行やハイテク株など幅広い銘柄が売られ、457ドル安になりました。
新型コロナウイルス感染拡大により米国経済が深刻な影響を受けているにもかかわらず、米国の株式市場は急速な回復傾向を示しています。5月27日にはダウ平均は553ドル高となり、3月6日以来ほぼ2カ月半ぶりの高値を記録しました。米国のGDPは4月29日に商務省が発表した2020年の第1四半期がマイナス4.8%で、リーマンショック後の2008年第4四半期のマイナス8.4%以来11年振りとなりました。第2四半期には更に悪化し、1930年代の大恐慌以来の歴史的なマイナス成長が予測されています。加えて、失業率も5月8日に発表された労働省の4月の雇用統計によれば、
4月の失業率は前月の4.4%から10.3%悪化し、14.7%になりました。このまま推移すれば20%を超えることも予想されます。
こうした実体経済と乖離した米国の株式市場の動きは、今回の新型コロナウイルス感染拡大問題が起きる前から指摘されているところです。その最大の理由は株式市場の構造、特に、S&P500を構成する米国の大企業は米国内の小型零細企業とは異なる状況下で事業を展開していることがあげられます。S&P500を構成する大企業は多額の現金を保有し、債券市場から定期的な安価で資金調達できる立場にあり、景気後退にも耐えられる可能性が高くなっています。このことがS&P500のような株価指数と米国経済の見通しが異なる理由となっています。
次に、マイクロソフト、アップル、アマゾン、アルファベット、フェイスブックなど5大上場企業の株価は今年も依然上昇を続けており、S&P500社の残りの会社の株価が4月末までに約13%下落したのとは異なっています。しかも、これら5社の株価増額は現在S&P500 全体の5分の1で、過去30年で最も高くなっています。こうした5つの大企業は新型コロナウイルス感染拡大問題が、逆風になるどころか、むしろ追い風になっています。
最後に、上場している米国の大企業にとっては、FRBの金融緩和策や政府、特にトランプ政権下での財政政策がより大きな恩恵を受ける立場にあります。トランプ政権が常に要求するFRBの低金利政策や大企業や富裕層を優遇した税制措置は上場している大企業にとってプラスの面が大きくなることがあります。
新型コロナウイルスの感染拡大による米中の対立関係の悪化に加え、今度は中国政府が5月28日に香港への統制を強化する香港国家安全法の導入を決めたことで、米中の対立が一層強まる状況となりました。トランプ大統領は今回の措置が香港の高度の自治を前提に従来認めてきた一国二制度を破り、一国一制度に置き換わることになり、香港の高度な自由を保障を前提に認めてきた優遇措置を見直す手続きを入らざるを得ないと表明しました。
米国は香港が1997年に英国から返還されて以来、香港原産品には米国が課している対中制裁関税を適用してきませんでしたが、トランプ大統領はこうした優遇措置を取りやめることになります。
トランプ政権が発足して以来、対中政策の中心は貿易や投資の分野でしたが、現在はファーウェイの技術への警戒、WHOをめぐる医療対応、さらにウイグル民族や香港の人権問題まで拡大してきており、両国の覇権問題が大きく影響する事態になっています。
(2020年6月1日: 村方 清)