Wednesday, December 1, 2021

コロナウイルス変異株のオミクロン型に揺れる株式市場









1.11月の株式市場

11月の株式市場は前半が米景気や企業業績改善に対する期待感が強く、上昇基調を続けましたが、1126日に世界保健機関が南アフリカで発見されたコロナウイルス変異株の深刻さを発表して以降は、各国でも警戒感が強まり、大幅な下落となりました。主要な動きは以下の通りでした。

111日:米景気や企業業績に対する楽観が広がり、株買いを支えたものの、3日にFOMCの結果発表を控えて様子見ムードも強く、朝買いの一巡後は伸び悩み、94ドル高(0.26%増加)

112日:市場予想を上回る米企業の決算発表が続き、米景気の底堅さを意識した買いが入ったが、3日のFOMCの結果発表を控えて様子見ムードも強く、上値は重く、139ドル高(0.39%増)。

113日:FOMC23日の会合で市場の予想通りに11月から量的緩和縮小(テーパリング)の開始を決めたが、利上げに慎重な姿勢を示したことで安心感が広がり、105ドル高(0.29%増加)。

114日:4日の債券市場で米長期金利が一時1.50%と前日終値から大幅に低下し、JPモルガンなど金融株が軒並み下落、33ドル安(0.09%減少)。

115日:5日発表の10月の雇用統計で非農業部門の雇用者数は前月比531,000人増で市場予想の450,000上回り、米国の景気回復への期待感から、204ドル高(0.56%増加)。

118日:米議会下院が115日に1兆ドル規模のインフラ投資法案を可決したことを受け、政策の恩恵で収益が拡大すると見られる銘柄を中心に買いが優勢で、104ドル高(0.29%増加)

119日:前日まで連日で過去最高値を更新したため、上昇が目立つ景気敏感株を中心に利益確定売りに押され、112ドル安(0.31%減少)。

1110日:1110日発表の米消費者物価指数の上昇率が前年同月比で6.2%になり、市場では利上げの時期が前倒しになるとの見方が強まり、240ドル安(0.66%減少)

1111日:前日に市場予想を下回る決算を発表したディスニーが大幅安となり、ダウ平均を大幅に下げ、159ドル安(0.44%減少)。

1112日:米長期金利が落ち着いた動きとなり、主力ハイテク株への見直し買いが続き、指数を押し上げ、179ドル高(0.50%増加)。

1115日:米長期金利が上昇し、高株価収益率銘柄のハイテク株の一角に相対的な割高感を意識した売りが出て、13ドル安(0.04%減少)。

1116日:米国小売り売上高は前月比1.7%増と市場予想以上に伸び、消費が景気回復を後押しするとの見方が広がり、55ドル高(0.15%増加)。

1117日:目先の利益を確定する売りが優勢で、クレジットカードのビザが大幅安となったことも重なり、211ドル安(0.58%減少)。

1118日:前日夕に四半期決算を発表したシスコシステムズが大幅に下落、アメリカンエキスプレスなども下げて、60ドル安(0.17%減少)。

1119日:新型ウイルスの感染再拡大で、欧州景気の回復が遅れるとの見方が投資家心理の悪化につながり、269ドル安(’0.05%減少)。

1122日:バイデン大統領がFRBのパウエル議長を再任する方針を発表し、金融政策の安定性を期待した買いが優勢であったが、米長期金利の上昇で高株価収益率のハイテク株に売りが広がり、17ドル高(0.05%増加)。

1123日:パウエル連銀議長の続投の見通しを受けて、米長期金利が更に上昇し、金融株が買われた半面、高株価収益率のハイテク株は売られ、195ドル高(0.55%増加)

1124日:長期金利の上昇一服で金融株が売られて相場の重荷となる一方、米景気の回復期待から景気敏感株の一部に買いが入るなど方向感に乏しく、9ドル安(0.03%減少)

1126日:南アフリカで新型コロナウイルスの新たな変異株が見つかったことで、アジアや欧州に株式相場が大幅下落した流れが米国にも及び、905ドル安(2.53%減少)。

1129日:新型ウイルスの変異型オミクロン型の感染拡大への警戒感から26日に905ドル安となった反動で、目先の反発を見込んだ投資家がハイテク株を中心に押し目買いをして、292ドル高(0.68%増加)。

11月30日:パウエル連銀議長の議会証言を受けて、米金融政策の正常化が’想定より早く進むとの見方と新型コロナの変異株オミクロン型の感染拡大懸念が高まり、652ドル安(1.86%減少)。


2.米国の雇用状況

米労働省が115日に発表した10月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比531,000人の増加で、市場予想の400,000人の増加を大きく上回りました。8月の雇用者数の確定値は483,000人で117,000 人の増加、9月の改定値は312,000人で、118,000人の増加となりました。なお、10月の失業率は4.6%で、前月より0.2%下がりました。労働参加率は61.6%で、前月と変わりませんでした。9月の時間当たり賃金上昇率は前月比で11セント増加しました。部門別ではレジャー・観光業が164,000人の増加、専門・ビジネスサービス業が100,000人の増加、製造業が60,000人の増加、輸送・倉庫業が54,000人の増加、建設業が44,000人の増加、ヘルスケア業が37,000人の増加、小売業が35,000人の増加となりました。

 

3.量的緩和縮小の開始を決めたFOMC

FOMC会合が1123日に開催され、会合後の声明要旨で以下のようなことが伝えられました。FRBはこの試練の時に米経済を支え、雇用の最大化と物価の安定の目標を推進するために、あらゆる手段を使うことを約束する。

新型コロナウイルスワクチン接種の進捗と力強い政策支援を受け、経済活動と雇用の指標は引き続き強さを増している。パンデミックによる打撃が最も大きかった産業はこの数か月改善しているが、夏場のコロナウイルスの感染増で回復ペースが落ちた。物価上昇率は、主に一時的な要因を反映して高まっている。経済及び米国の家計と企業の信用の流れを支える政策措置もあり、金融情勢は全般に依然として緩和的だ。

景気の動向は依然としてウイルスの拡大状況に左右されている。ワクチン接種の普及と供給制約の改善が引き続き経済活動と雇用の拡大、およびインフレの低下を助けると見込んでいる。経済の先行きへのリスクは残っている。

FOMCは雇用の最大化と長期的な2%のインフレ達成を目指している。物価上昇率がこの長期目標を下回る状態が続いていることから、当面は2%よりやや上のインフレ達成を目指す。そうすることで、インフレ率が長期的に平均で2%になり、長期インフレ予測が2%で安定するようにする。

これらの成果が出るまで、金融政策の緩和的なスタンスを維持すると予測している。

FOMCはフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを00.25%に据え置くことを決定した。労働市場の情勢がFOMCの雇用最大化の判断と一致する水準に達し、インフレ率が2%に上昇して当面は2%をやや上回るところで軌道に乗るまでこの目標レンジを維持することが適切と予測する。

昨年12月以降、FOMCの目標に向けて経済はさらなる大きな前進を遂げたことから、毎月の資産購入ペースを、国債は月額100億ドル、ローン担保証券は月額50億ドルずつ減らし始めることを決定した。今月後半から、FOMCは国債保有を少なくとも月700億ドル、ローン担保証券の保有を少なくとも月350億ドル増やす。12月後半からは、国債保有を少なくとも月600億ドル、ローン担保証券を少なくとも月300億ドル増やす。総資産購入を毎月同様のペースで減らしていくことが適切になると判断しているが、景気見通しの変化があれば購入のペースを調整する用意がある。FRBが行っている証券の購入と保有は、円滑な市場機能と緩和的な金融情勢の促進を助け、家計と企業の信用の流れを支える。

金融政策の適切なスタンスを判断するにあたって、FOMCは引き続き、景気見通しについて経済指標が示す意味を注視する。目標達成のリスクが現れた場合は、金融政策のスタンスを適切なものに調整する準備がある。公衆衛生、労働市場の状況、インフレ圧力、インフレ予想の指標、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断していく。

今回の決定はパウエル議長やウイリアムズ副議長を含む11人のメンバーの賛成による。

FRB203月に量的緩和を再開し、米国債を月800億ドル、住宅ローン担保証券を月400億ドル購入している。これを11月から購入月額を米国債100億ドル、担保証券50億ドルの敬50億ドル減らしていく計画を正式に決めました。順調であれば8カ月で購入額はゼロになり、226月でテーパリングは終了します。しかし、テーパリングで徐々に絞っても追加の資産購入は続くこと、更に満期となる米国債の償還分も再投資するなど、当面は緩和的な金融環境が続くことになります。また、利上げについても、パウエル議長は記者会見で今は利上げする時期ではないと繰り返し明言したことから、市場で事前に強まっていた利上げ早期化の観測が和らいだこともあり、ダウ平均は105ドル高(0.29%増加)で終えました。

 

4.バイデン大統領、インフラ投資法案に署名

バイデン米大統領は15日、5年間で総額1兆ドル(約114兆円)規模のインフラ投資法に署名し、同法が成立しました。政権が掲げる経済政策の柱の一つで、上院は8月、下院は115日にいずれも超党派の賛成多数で可決していました。2020年の大統領選から「米国の結束」を訴えてきたバイデン氏にとっては、公約を一つ達成したことになります。

同法は道路、橋、電力、鉄道、高速通信網などのインフラ整備に約5500億ドルを新規投資する内容で、連邦政府のインフラ投資額は5年にわたり約25%増え、米国土木学会が試算するインフラ投資の不足額のほぼ半分をカバーすることになります。

バイデン氏が3月に発表した当初計画は8年間で総額2兆ドル規模でしたが、規模や内容で野党・共和党に譲歩を重ね、超党派合意を実現しました。バイデン氏は「国を前進させる唯一の方法は、妥協と合意だ。我々は国民のために民主主義を機能させた」と超党派で成立させた意義を強調しました。 

インフラ投資法の成立を受け、バイデン政権は、経済政策のもう一つの柱である気候変動・社会保障関連に10年間で総額175兆ドルを投じる大型歳出法案の成立を目指すことになります。ただ、与党の民主党内で、社会保障への大型歳出を求める左派と、財政規律を重視する穏健派の対立が続き、法案のとりまとめが依然難航しています。


5.パウエル連銀議長の再任

バイデン大統領は1122日にFRBのパウエル連銀議長を再任する方針を決定しました。同時に、次期議長の有力候補であったブレイナード理事を副議長に指名する方針を表明しました。市場で新型コロナウイルス危機を大過なく乗り越えたパウエル氏が再任するとの見方が大勢であったが、民主党内の急進左派は気候変動や金融規制への取り組みが不十分であったと批判、また、パウエル氏がトランプ前大統領の指名を受けた議長であることにも不満が強く、ウォーレン上院議員はパウエル氏の再任を阻止すると公表しています。

多様性の実現を掲げる民主党政権にとって、金融政策の方向性ではパウエル議長と一致し、民主党政権で国際担当の財務次官などの要職を歴任した女性のブレイナード氏起用は大きいものでした。但し、米経済は高インフレの長期化という難しい局面に直面しており、金融政策は量的緩和の縮小を始めて正常化への転換期にありまし。この点、バイデン政権としては、党派色を超えてパウエル氏を続投させ、経済政策運営の安定性を求めるべきとの最終的な判断がなされたと見られます。


6.コロナ変異株のオミクロン型の脅威

世界保健機関(WHO)は1126日に南アフリカで見つかった新型コロナウイルス株をオミクロン型と名付け、最も警戒レベルが高い変異株に分類しました。多くの変異を持ち、ワクチンが効きにくい性質に加えて、高い感染力を持つ可能性が指摘されています。既に、オミクロン型は英国、ドイツ、オランダなどの欧州だけでなく、カナダやオーストラリアにでも感染者が見つかり、各国で渡航制限措置が相次いで発表されています。また、株式市場でも欧州やアジアだけでなく、米国でも1126日にダウは905ドルの下落(2.53%減少)、1130日も500ドルの下落(2.10%減少)となりました。

ウイルスは感染した人間の体内で増殖する際に遺伝情報のコピーミスを起こし、これが変異とされています。新型コロナの感染拡大が続く限り、変異は避けて通れず、感染力や病原性を高める懸念がある変異を持つウイルスが変異型として警戒されます。オミクロン型が特徴的なのは、従来の変異型に比べて、一度にたくさんの変異が蓄積していることにあります。この理由として、南アフリカはエイズウイルスの感染者が多い地域であり、免疫が働かない免疫不全の人がウイルスに長期に渡って感染し、増殖を繰り返した可能性が指摘されています。

今後については、オミクロン型の特性について、データの詳細な研究と分析が必要になりますが、同時に既存ワクチンメーカーの方でも、従来のワクチンの有効性や新たな調整が必要であるかをを分析していくことになります。いずれにしても、株式市場へのオミクロン型の影響については、こうした研究と分析結果を待たねばならず、当面の間は不安定な動きが続くことになります。       

           (2021121日: 村方 清)

  

Monday, November 1, 2021

米主要企業の業績好調を反映した上昇相場

 







1.10月の株式市場

10月の株式市場は前半において中国不動産会社の経営不安問題の影響があったものの、後半は米国主要企業の四半期業績が好調であったことで、株価の上昇傾向が続きました。主要な動きは以下の通りでした。

101日:製薬のメルクが1日に開発中のコロナウイルス経口治療薬の有効性を確認し、早急に使用許可を申請すると発表、経済活動の正常化への期待から、483ドル高(1.43%増加)

104日:朝方に米長期金利が上昇する場面があり、株価収益率が高く、金利上昇時に売られやすい主力ハイテク株が下げを主導、中国の不動産大手の恒大集団の不透明感や米連邦政府の債務上限問題もくすぶり、324ドル安(0.94%減少)。

105日:前日の下げを受けた自律反発狙いの買いが主力ハイテク株が入り、9月のISMの非製造業景況感指数が市場より好調であったことが分かると買いが強まり、311ドル高(0.92%増加)。

106日:連邦政府の債務上限問題で野党の共和党幹部が債務上限を一時的に停止、12月までの支出をカバーできる範囲で債務拡大容認の提案、投資家心理が改善、102ドル高(0.30%増加)

107日:米与野党が米連邦政府の債務上限問題で、12月までの先送りで合意、デフェルトが回避できるとの見方から、ダウやキャタピラー等の景気敏感株が買われ、338ドル高(0.98%増加)

108日:3日発表の8月の雇用統計で非農業部門の雇用者数は前月比235,000人増で市場予想の720,000人を大きく下回わり、米国の景気回復が鈍化との懸念から、75ドル安(0.21%減少)。

1011日:原油など商品相場の上昇を背景とした長期金利の先高観は根強く、午後に入り売りが膨らみ、大手金融も売りが出たことで、250ドル安(0.72%減少)

1012日:重要な米経済指標や主要企業の決算発表を13日以降に控えて様子見ムードが強く、またIMFが世界と米国の経済成長率の予想を下方修正、景気敏感株を中心に売りが誘い、118ドル安(0.34%減少)。

1013日:決算を発表したJPモルガンや悪材料の出たアップルが下落し相場の重荷になったが、一方で朝方発表の9月のCPが前年同期比で4.0%上昇で前月と変わらず、長期金利が低下し、相場の支えになり、53セント安(0.00%)。

1014日:市場予想を上回る米主要企業の決算発表が相次ぎ、投資家心理が改善、また朝方の米経済指標を受け、過度なインフレや景気減速の懸念が後退、株式の買いが優勢となり、535ドル高(1.56%増加)

1015日:金融を中心に米主要企業の好決算の発表が続き、投資家心理が上向き、加えて9月の米小売売上高が前月比0.7%増と市場予想を上回り、382ドル高(1.09%増加)

1018日:中国の79月期のGDPが市場予想に届かず、嫌気した売りが先行、その後、今週から始める本格的な米主要企業の決算発表の期待による買いが入り、36ドル安(0.16%減少)。

1019日:四半期決算が本格化する中で、ジョンソンエンドジョンソンなどの好業績銘柄を中心に買いが集まり、199ドル高(0.56%増加)。

1020日:市場予想を上回る米主要企業の決算発表が続いている中で、ビットコインの最高値更新を受けて投資家心理が強気に傾き、152ドル高(0.43%増加)

1021日:前日夕に発表した決算が嫌気されてITIBMが急落して、ダウ平均の重荷になったが、堅調な米景気指標を支えに買いも入り、6ドル安(0.02%減少)

1022日:中国大手不動産の恒大集団がひとまず債務不履行を回避できる見通しとなったことから投資家心理が改善、好決算のアメリカンエキスプレスも大幅上昇し、74ドル高(0.21%増加)

1025日:市場予想を上回る米主要企業の決算が続くとの期待から投資家心理を支えたが、一部に短期的な過熱感からの利益確定売りも出て、64ドル高(0.18%増加)

1026日:市場予想を上回る米主要企業の今期決算が相次ぎ、好感した買いが入ったことや10月の米消費者信頼感指数が113.8と上昇したことで、16ドル高(0.04%増加)。

1027日:26日夕に業績見通しを発表したビザが大幅安となったことや米債券市場で長短金利さが縮小し、利ざや悪化懸念から金融株が売られ、266ドル安(0.74%減少)

1028日:市場予想を上回る決算を発表した銘柄が買われ、製薬のメルクや建機のキャタピラーなどが指数を推し上げ、240ドル高(0.68%増加)。

1029日:好決算を発表したシェブロンやメルクなどが高く、一方、売り上げが市場予想を下回ったアップルが売られ、相場の重荷になり、89ドル高(0.25%増加)

  
2.米国の雇用状況 
米労働省が108日に発表した9月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比194,000人の増加で、市場予想の490,000人の増加を大きく下回りました。7月の雇用者数の確定値は1,091,000人で38,000 人の増加、8月の改定値は366,000人で、131,000人の増加となりました。なお、9月の失業率は4.8%で、前月より0.4%下がりました。労働参加率は61.6%で、前月より0.1%下がりました。9月の時間当たり賃金上昇率は前月比で19セント増加しました。部門別ではレジャー・観光業が74,000人の増加、専門・ビジネスサービス業が60,000人の増加、小売業が56,000人の増加、輸送・倉庫業が47,000人の増加、情報関連業が32,000人の増加となりました。その一方、地方政府や州政府の教育業が144,000人の減少となりました。 


3.米連邦政府の債務上限問題は
12月までの暫定合意

米国連邦政府の債務上限問題に関連して、米議会与党の民主党は米国債の債務不履行リスクを避けるために、野党の共和党が提案した政府の債務上限を123日までの政府資金を賄える分に当たる4800億ドルだけ引き上げることで民主党も合意しました。この合意を受けて、株式市場では、ダウ平均は一時500ドル強の上昇を示しました。この結果、民主党は問題を約2か月間先送りできるものの、本格的な債務上限の引き上げに向けた民主党内の調整が引き続き課題となります。

民主党内では、リベラル色の濃い3.5兆ドル法案を推す左派と財政膨張を嫌う中道派が強く対立しており、債務上限問題までに党内調整が遅れれば、デフォルトリスクが再び高まることになります。民主党が法案を通すには1人の造反も許されず、厳しい状況が123日の期限まで続くことになります。


4.FRBの量的緩和縮小(テーパリング)の時期と方向性

FRB1013日に公表した9月分のFOMCの議事要旨によれば、次回11月会合での決定を前提にテーパリングの開始時期を11月中旬か12月中旬としました。FRBはコロナウイルス危機が深まった203月に量的緩和を再開し、現在は月間で米国債を800億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)も400億ドルベースで保有残高を積み増し続けています。テーパリングは月々の資産購入額を少しずつ減らしていき、最終的に保有資産の拡大を止める作業を指しています。FRBの事務局では毎月、米国債を100億ドル、MBS50億ドルの幅で購入額を縮小する案を示しています。

資産残高の拡大を止めた後は資産購入を償還分の再投資のみにとどめ、資産規模を一定する。その上で政策金利の引き上げの機会をうかがうことになります。そして、利上げが軌道に乗る要であれば、正常化の総仕上げとして保有資産を削減する段階に進めることになります。

前回の金融危機後の量的緩和第3弾を幕引きした過程を振り返ると、テーパリングは135月に開始予告の段階で市場の混乱を招いたあと、141月に始まり、同10月に終えました。利上げは1512月にずれ込みました。そして、資産削減に踏み出したので1710月になってからでした。しかし、利上げ継続やトランプ政権の減税路線も重なって長期金利に強い上昇圧力が加わり、18年には米中貿易摩擦も生じて、米国の株式市場が不安定になりました。

今回はテーパリング開始に際し、市場での深刻な混乱は起きていません。問題はテーパリングの工程表が定まっていないことです。最初に、利上げの開始時期について、緩和縮小に積極的なタカ派はインフレ圧力を一時的とみなさず、テーパリング完了直後の利上げ開始を主張します。これに対して、引き締めに慎重なハト派はインフレ圧力はなお一時的として、23年以降の利上げ開始を求めます。加えて、FRBの資産残高は前回の緩和局面のピークをはるかに上回っており、資産削減は極めて困難が予想されます。

利上げを含めた正常化を急ぎすぎると、金利急騰を通じて、株価急落やクレジット市場の急収縮を招く恐れがあります。また、ドル高が進行して新興国からの資金流出やドル建て債務の返済負担の増大から、債務危機を誘発する恐れがあります。その一方で、市場の混乱を恐れて金融引き締めに及び腰になると、インフレ圧力が一時的な現象に収まらず、将来急激な引き締めに踏み切らざるを得ない可能性も出てきます。いずれにしても、今回の正常化は前回に比べて、長く厳しいものにならざるを得ないと見られます。


5. バイデン政権による規模半減の経済政策

バイデン大統領は1028日に、看板政策の一つである気候変動・社会保障関連歳出法案を巡り、規模を従来の35千億ドルから17500憶ドルに減額した新たな枠組みを発表し、全面的な支持の獲得に自信を示しました。新たな枠組みでは気候変動対策や就学前教育支援などの支出は確保していますが、家族有給休暇や超富裕層を対象とする増税は含まれていません。しかも、現在、1兆ドル規模の超党派のインフラ投資法案の早期成立を望む党内の穏健派と、大規模な歳出法案を巡る採決を同時に実施しないのであれば、インフラ法案を支持しないという進歩派との間ではすれ違いが続いています。ペロシ下院議長は当初28日に超党派インフレ投資法案の採決を目指していましたが、進歩派の強硬意見を懸念して、同日の採決を断念した経緯があります。

バイデン大統領は28日にローマでのG20首脳会議に出発するのに先立ち、下院民主党議員と面化した際に、採決結果によって今後の下院と上院の多数派優位と大統領職が決定されると言っても大げさではないと訴えたとしていますが、この法案の行方が今後のバイデン政権への米国民の支持率に大きな影響を与えることは確実と思われます。

            (2021111日: 村方 清)