1.8月の株式市場
8月の株式市場は供給サイドに大きな原因がある現在のインフレ問題に対して、連銀が需要サイドに焦点を当てた過度な金融引き締め政策に固執することで、市場の不安定度が一層増しています。主要な動きは以下の通りでした。
8月1日: 前週までの上昇で短期的過熱感が意識され、利益確定売りが優勢で、米中間の地政学的リスクの高まりも投資家心理の重荷となり、47ドル安(0.14%減少)。
8月2日:ペロシ下院議長が2日に台湾を訪問し、米中間の緊張の高まりを懸念した売りが出て、402ドル安(1.23%減少)。
8月3日:米サプライマネジメント協会が発表した非製造業景況感指数が56.7と市場予想に反して上昇、米中関係への過度な懸念もひとまず和らぎ、416ドル高(1.29%増加)。
8月4日:7月の雇用統計発表前に投資家の様子見ムードが強く、方向感に欠ける相場展開であったが、米原油先物相場が続落し、86ドル安(0.26%減少)。
8月5日:5日発表の7月の雇用統計で非農業部門の雇用者数は前月比528,000人増で市場予想の258,000人を大きく上回り、景気後退への懸念がやや和らぎ、77ドル高(0.23%増加)。
8月8日:先週発表の7月の雇用統計が市場予想を大幅に上回り、米景気への懸念が後退したことで、29ドル高(0.09%増加)。
8月9日:半導体大手の業績予想の下方修正が相次ぎ、ハイテク株への売りが優勢となり、58ドル安(0.18%減少)。
8月10日:朝方発表の7月のCPIは前年同月比8.5%と前月の9.1%から鈍化し、市場予想の8.7%も下回り、コア指数も5.9%にとどまり、FRBによる利上げ加速の観測が後退し、535ドル高(1.63%増加)。
8月11日:11日発表の7月の米卸売物価指数が0.5%下落と市場予想の0.2%上昇に反して低下、FRBが利上げを急ぐとの観測が後退、但し長期金利の上昇もあり、27ドル高(0.06%増加)。
8月12日:インフレのピークアウトを示す経済指標が相次ぎ、FRBが利上げペースを弱めるとの期待が相場を押し上げ、424ドル高(1.27%増加)。
8月15日:インフレがピークアウトして、FRBがりあげペースを弱めるとの見方や原油先物相場が大幅に下落して、151ドル高(0.45%増加)。
8月16日:小売り大手の決算が市場予想を上回り、消費関連銘柄や景気敏感株が買われて、
240ドル高(0.71%増加)。
8月17日:景気敏感株やハイテク株などに目先の利益を確定する目的の売りが優勢で、米長期金利も上昇し、172ドル安(0.50%増加)。
8月18日:前日公表のFOMC議事要旨を受け、利上げペースが減速するとの観測が買いを支えて、19ドル高(0.06%増加)。
8月19日:7月中旬から上昇基調が続いており、短期的な利益確定売りが優勢で、加えて、米長期金利の上昇もあり、292ドル安(0.86%減少)。
8月22日:FRBが積極的な金融引き締めを継続するとの観測が改めて強まり、幅広い銘柄に売りが出て、643ドル安(1.91%減少)。
8月23日:FRBが金融引き締めを続けるとの警戒感が強く、売りが優勢となり、154ドル安(0.47%減少)。
8月24日:前日までの3日連続で1000ドル余り下げており、短期的押し目買いが入り、59ドル高(0.18%増加)。
8月25日:上昇基調にあった米長期金利が低下し、株式の相対的な割高感が和らぐとみた買いが優勢で、323ドル高(0.98%増加)。
8月26日:パウエル連銀議長がジャクソンホール会議で講演し、インフレ抑制を最優先に利上げを続ける方針を改めて強調、米景気の一段の悪化を懸念した売りが幅広い銘柄に広がり、1008ドル安(3.03%減少)。
8月29日:米連銀議長の26日の講演会での金融引き締め長期化観測が強まり、米景気の一段の悪化を懸念した売りが続き、184ドル安(0.57%減少)。
8月30日:NY連銀総裁が30日のイベントで金融引き締めを来年まで続ける必要があると述べ、金融引き締めが長期化するとの懸念から、308ドル安(0.96%減少)。
8月31日:31日もFRB高官からタカ派寄りの発言が聞かれ、金融引き締めの予想以上の長期化が懸念されて、280ドル安(0.88%減少)。8月のダウ平均は月間で1,335ドル安(4.1%減少)で、特に最後の4営業日で1,781ドル安となった。
米労働省が8月5日に発表した7月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比528,000人の増加で、市場予想の258,000人の増加を大きく上回りました。5月の雇用者数の確定値は386,000人で2,000人の増加、6月の改定値は398,000人で、26,000人の増加となりました。7月の失業率は3.5%で前月より0.1%改善しました。労働参加率は62.1%で前月より0.1%下落しました。7月の時間当たり賃金上昇率は前月比で15セント増加しました。部門別ではレジャー・観光業が96,000人の増加、専門・ビジネスサービス業が89,000人の増加、へルスケア業が70,000人の増加、建設業が32,000人の増加、製造業が30,000人の増加となりました。
3.米消費者物価は8.5%上昇で3カ月ぶりに鈍化
米労働省が10日に発表した7月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比8.5%上昇しました。ガソリン価格が前月から下がり6月の9.1%から縮小しました。事前の予想では8.7%の上昇でしたが、伸び率は3か月ぶりに縮小しました。エネルギーと食品を除く指数の上昇率は前年同月比5.9%で前月から横ばいとなりました。
その一方、家賃を中心とする住居費の価格が5.7%上昇し、粘着性のある家賃や外食の価格が下がりにくい傾向を示しています。アトランタ連銀はそうした粘着価格を集めて作った消費者物価指数は6月に年率5.6%に達し、今後のインフレ圧力になることを懸念も生じています。
4.7月のFOMCの議事要旨
FRBは8月17日に7月26-27日に開いたFOMCの議事要旨を公表しました。今回の会合では2回連続となる0.75%の利上げを決定したが、参加者はどこかの時点で利上げを減速することが適切」との点で一致していましたが、今後は経済指標に応じて柔軟に対応する姿勢を強調しました。
今回の会合では参加者全員が更なる金融引き締めが求められているとの見方を共有した一方、多くの参加者は経済に影響が広がる時間差をあることを指摘して、必要以上に引き締めてしまう可能性もあるとしました。
FRBは3月に0.25%の利上げでゼロ金利政策を解除して以降、会合毎に利上げペースを上げてきました。パウエル議長は0.5%の利上げを実施した5月会合の記者会見で、6,7月も同じ幅の利上げを続けると強く示唆したが、物価上昇率の加速が止まらず、6月には約27年振りとなる0.75%の利上げを迫まれました。7月会合前にも強いインフレ指標が出ましたが初めて利上げ幅の加速が止まりました。こうしたことを踏まえ、参加者は先行きの金融政策により慎重になっています。
5. FRB議長はジャクソン会議で金利引き上げ継続を表明
FRBのパウエル議長は8月26日の経済シンポジウム「ジャクソン会議」で講演し、高インフレの抑制についてやり遂げるまでやり続けなければならないと利上げ継続を改めて表明しました。また、講演の直前に米商務省が発表した7月の個人消費支出物価指数は前年同月比6.3%上昇しましたが、パウエル議長は1カ月の改善でインフレ率が低下していると確信するには程遠いと指摘しました。
同時に、利上げは家計や企業の痛みをもたらすと言及した一方、金融引き締めが過度に景気を冷やすリスクについて懸念が出ているが、議長は価格の安定がなけば経済は誰のためにも機能しないと明言しました。
加えて、歴史的な教訓として例示したのが、早期の金融緩和で高いインフレの長期化を招いた1970年代で、現在の高インフレが長引けが長引くほど、高い物価上昇率が続くという予想が定着するとの懸念を示し、インフレ抑制を優先する決意を強調しました。
来年の利下げ転換を織り込んだ以上の動きを念頭に、歴史は時期尚早な金融緩和を強く戒めているとけん制しました。
これを受けて、市場では金融引き締めの長期化観測が強まり、米景気の一段の悪化を懸念した売りが幅広い銘柄に広がり、ダウは1008ドルの下落となりました(下落幅は今年3番目の大きさ)。
(2022年9月1日: 村方 清)